腰椎麻酔とルンバールの基礎知識と合併症

脊椎麻酔とルンバールの基礎と実践

脊椎麻酔とルンバールの基本
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目的と適応

診断や治療を目的とした髄液採取や薬剤投与のための処置

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実施部位

第3-4腰椎間または第4-5腰椎間(ヤコビー線を目安に)

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主な合併症

硬膜穿刺後頭痛、神経障害、感染症など

脊椎麻酔とルンバールの定義と目的

脊椎麻酔とルンバール(腰椎穿刺)は、いずれも脊柱管内にアプローチする医療処置ですが、その目的は異なります。ルンバールは主に診断目的で髄液を採取したり、薬剤を髄腔内に投与するための処置です。一方、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、手術などの際に下半身の痛みを遮断するための麻酔法です。
脊髄は髄膜によって包まれ、脳脊髄液(髄液)に浮いた状態で存在しています。この髄液は外部環境の変化や衝撃から脳・脊髄を保護し、脳の形状維持の役割を担っています。成人の髄液量は約150mLで、1日に約500mL産生され、常に入れ替わっています。正常な場合、髄液圧は70~180mmH₂O程度に保たれていますが、疾患によって変化することがあります。
脊椎麻酔は、脊髄くも膜下腔に局所麻酔薬を注入する麻酔法で、腰椎麻酔とも呼ばれます。成人の脊髄末端は第一腰椎(L1)付近にあり、それより下は馬尾神経となっているため、脊髄損傷のリスクを避けるために第3-4腰椎間(L3/4)辺りから穿刺します。

脊椎麻酔の適応と禁忌

脊椎麻酔の適応となるのは、主に下腹部より下の手術です。具体的には以下のような手術が適しています。

  • 帝王切開
  • 虫垂切除術
  • 鼠径ヘルニア手術
  • 下肢骨折手術
  • 経膣・経尿道的手術

基本的に2時間以内の手術が適応となります。長時間の手術が予想される場合や術後鎮痛を目的として硬膜外麻酔を併用することもあります。
一方で、脊椎麻酔には以下のような禁忌事項があります。
絶対的禁忌

  • 穿刺部位の感染
  • 頭蓋内圧亢進(脳幹ヘルニアのリスクがある)
  • 患者の協力が得られない場合

相対的禁忌

  • 脊柱術後や変形
  • 二分脊椎
  • 出血傾向(抗血小板・抗凝固薬服用中や休薬期間不足、血小板数や凝固能低下)
  • 病的肥満
  • 循環血液量減少や大動脈弁狭窄など前負荷依存状態

これらの禁忌事項に該当する場合は、他の麻酔法を検討するか、リスクとベネフィットを慎重に評価する必要があります。

脊椎麻酔とルンバールの手技と看護介助

脊椎麻酔やルンバールの手技は、医師が行いますが、看護師は患者の体位保持や不安軽減、処置中の観察など重要な役割を担います。以下に手順と看護介助のポイントを説明します。
準備と体位
通常、穿刺は側臥位で行われます。肥満患者や妊婦、仙骨領域だけ麻酔したい場合は座位で行うこともあります。患者を横向きにし、背中がベッドサイドのぎりぎりに来るように位置を調整します。
体位保持のポイント

  • 患者には、穿刺予定部位を背中側に突き出し、両膝をお腹に抱えるよう指導
  • 頭はおへそを覗き込むような姿勢で、胎児のように丸まってもらう
  • この姿勢により脊椎間が広がり、穿刺しやすくなる
  • 介助者は患者のお腹側から肩と膝を支える

穿刺部位の確認
穿刺部位のランドマークとなる骨盤の上前腸骨稜を触れます。左右の前腸骨稜を結ぶ線はヤコビー線と呼ばれ、その中央がL4もしくはL4/5に相当します。
処置の実際

  1. 医師は滅菌手袋を着用し、穿刺部とその周囲を消毒
  2. 滅菌布を患者にかける
  3. 23-27G程度の細い針で皮膚皮下の局所浸潤麻酔を行う
  4. 脊髄くも膜下針(スパイナル針25-27G)を穿刺
  5. 針は皮膚、皮下、棘上靭帯、棘間靭帯、黄色靭帯、硬膜くも膜を経て、脊髄くも膜下腔に達する
  6. 針先が硬膜を穿刺する際、プツンと破る感覚がある
  7. 針の内筒を抜き、髄液の逆流を確認
  8. 薬液の入ったシリンジを針に接続し、シリンジを引いて髄液の逆流を再確認
  9. 2-3mL程度の局所麻酔液を10-15秒ほどかけて注入
  10. 処置後、皮膚穿刺部に絆創膏を貼付

看護師の役割

  • 患者の不安軽減のための声かけと説明
  • 適切な体位の保持の介助
  • 処置中のバイタルサインの観察
  • 患者の表情や訴えの観察
  • 医師への適切な器材の準備と受け渡し

穿刺時に針先が神経に触れ腰や下肢に放散痛が起こることがありますが、その場合は針をずらすか、症状が継続する場合は新たに穿刺し直します。また、患者によっては予定の針の長さでは脊髄くも膜下腔に届かない場合があり、長いスパイナル針が必要になることもあります。

脊椎麻酔で使用される薬剤と効果

脊髄くも膜下麻酔で使用される主な薬剤はブピバカイン(マーカイン®︎)です。多くの施設でこの局所麻酔薬が使用されています。脊髄くも膜下麻酔用の局所麻酔薬には、主に髄液に対して高比重のものと等比重(髄液内では実際は低比重)の製剤があります。
高比重と等比重の違い

  • 高比重:重力の影響で身体の床側に麻酔が広がる
  • 等比重:天井側に麻酔が広がる傾向がある

この特性を利用して、手術部位や患者の体位に応じて適切な薬剤を選択します。通常、2-3mLの投与量で2時間程度効果が持続します。
その他にも以下の薬剤が使用されることがあります:

  • ジブカイン
  • テトラカイン

また、鎮痛効果の増強や術後鎮痛目的に少量の麻薬(オピオイド)を添加することもあります。これにより、局所麻酔薬の効果を補完し、より良好な鎮痛効果を得ることができます。
使用する薬剤の選択は、手術の種類、予想される手術時間、患者の状態などを考慮して決定されます。医師は患者の年齢、身長、体重、全身状態などを考慮して、適切な薬剤と投与量を決定します。

脊椎麻酔とルンバールの合併症と対策

脊椎麻酔やルンバールには、いくつかの合併症が発生する可能性があります。これらを理解し、適切に対応することが重要です。
1. 硬膜穿刺後頭痛(PDPH: Post Dural Puncture Headache)
最も一般的な合併症の一つで、硬膜の穿刺部位から脳脊髄液が漏出し、脳脊髄液が減少することによって起こります。最近では穿刺針の改良や麻酔科医の慎重な穿刺操作などにより、その発生頻度は5%以下に低下しています。
症状と特徴

  • 穿刺後数日で発症し、1週間程度で改善することが多い
  • 立位や座位など、頭を起こす姿勢で頭痛が増悪する
  • 横になると軽減する特徴がある

対策と治療

  • 輸液負荷
  • アセトアミノフェン、非ステロイド系消炎鎮痛薬の投与
  • カフェイン含有飲料(コーヒー、紅茶など)の摂取
  • 症状が長期間改善しない場合は、硬膜外自家血注入法(ブラッドパッチ)を検討

かつては硬膜穿刺後頭痛の予防のために、穿刺後24時間の厳密な臥床安静が推奨されていましたが、現在の研究では硬膜穿刺後頭痛の予防と体位やベッド上安静とは関係ないと考えられています。したがって、患者の状態に応じて体位変換や頭部のギャッチアップを行うことが可能です。
2. 神経障害
穿刺時の神経損傷や局所麻酔薬の神経毒性により、一時的または永続的な神経障害が生じることがあります。
予防策

  • 適切な穿刺部位の選択(L3/4またはL4/5)
  • 穿刺時に患者が放散痛を訴えた場合は針を引き戻す
  • 適切な薬剤と投与量の選択

3. 感染症(髄膜炎、硬膜外膿瘍)
穿刺部位からの細菌侵入により、髄膜炎や硬膜外膿瘍が発生する可能性があります。
予防策

  • 厳密な無菌操作
  • 穿刺部位の適切な消毒
  • 穿刺部位の感染がある場合は処置を延期

4. 脊髄・硬膜外血腫
特に抗凝固療法中の患者や血液凝固異常のある患者では、穿刺により血腫が形成されるリスクがあります。
予防策

  • 抗凝固薬の適切な休薬期間の確保
  • 凝固能検査の確認
  • 穿刺回数の最小化

5. 高位・全脊椎麻酔
局所麻酔薬が予想以上に頭側に広がり、呼吸筋麻痺や循環抑制を引き起こすことがあります。
対策

  • 適切な薬剤量と濃度の選択
  • バイタルサインの継続的なモニタリング
  • 蘇生機器の準備

これらの合併症は稀ではありますが、発生した場合には迅速な対応が必要です。医療従事者は合併症の症状を理解し、早期発見・早期対応ができるよう準備しておくことが重要です。

脊椎麻酔後の患者ケアと看護のポイント

脊椎麻酔後の患者ケアは、合併症の早期発見と患者の安全・安楽を確保するために重要です。以下に、脊椎麻酔後の看護のポイントを説明します。
麻酔効果の確認と観察
麻酔後は、麻酔の効き具合を定期的に確認します。

  • 感覚遮断のレベル:ピンプリックテストや冷感テストで確認
  • 運動機能:下肢の動きを観察
  • 麻酔の退行:徐々に感覚や運動機能が回復していくか確認

バイタルサインの観察
麻酔の影響による循環動態の変化を観察します。

  • 血圧:特に低血圧に注意
  • 心拍数:徐脈の有無
  • 呼吸状態:呼吸数、SpO₂
  • 体温:低体温に注意

合併症の早期発見
前述した合併症の症状に注意し、早期発見に努めます。

  • 頭痛:特に体位変換時に増強する頭痛
  • 神経症状:しびれ、麻痺、異常感覚
  • 背部痛:穿刺部位の痛みや放散痛
  • 排尿障害:尿閉や残尿感

体位変換と早期離床
かつては脊椎麻酔後の頭痛予防のために厳密な臥床安静が推奨されていましたが、現在の研究では硬膜穿刺後頭痛の予防と体位やベッド上安静とは関係ないと考えられています。

  • 患者の状態に応じて体位変換や頭部のギャッチアップを行う
  • 麻酔の効果が十分に退行したことを確認してから離床を促す
  • 初回離床時は必ず看護師が付き添い、めまいや立ちくらみに注意

水分摂取と排尿管理
脊椎麻酔後は膀胱機能が一時的に低下することがあります。

  • 十分な水分摂取を促す
  • 排尿状況を確認(初回排尿の有無、量、残尿感)
  • 必要に応じて導尿を検討

患者教育
退院時や外来患者の場合は、以下の点について指導します。

  • 頭痛が出現した場合の対処法(横になる、水分摂取、カフェイン摂取)
  • 異常な神経症状が出現した場合は速やかに受診するよう指導
  • 穿刺部位の清潔保持

記録
看護記録には以下の内容を詳細に記載します。

  • 麻酔の種類、使用薬剤、投与量
  • 麻酔効果の範囲と持続時間
  • バイタルサインの推移