抗血小板薬一覧と作用機序
抗血小板薬は血栓形成の重要なプロセスである血小板凝集を抑制することで、動脈血栓症の予防や治療に用いられる薬剤です。心筋梗塞や脳梗塞などの血栓性疾患の予防・再発防止に広く使用されています。これらの薬剤は作用機序によっていくつかのグループに分類されます。
抗血小板薬は、その作用機序によって大きく分けて以下のグループに分類されます。
- COX(シクロオキシゲナーゼ)阻害薬
- P2Y12受容体阻害薬
- PDE(ホスホジエステラーゼ)阻害薬
- 5HT2(セロトニン)受容体阻害薬
- プロスタグランジン関連薬
それぞれのグループには特徴的な薬剤があり、疾患や患者の状態に応じて適切な薬剤を選択することが重要です。抗血小板薬の適切な使用は、血栓性疾患の予防において非常に重要ですが、同時に出血リスクも考慮する必要があります。
抗血小板薬のCOX阻害薬とアスピリンの特徴
COX阻害薬の代表的な薬剤はアスピリンです。アスピリンはCOX-1を不可逆的に阻害することでトロンボキサンA2の産生を抑制し、血小板凝集を阻害します。
アスピリン製剤には以下のようなものがあります。
- バイアスピリン(腸溶錠100mg)
- バファリン(非腸溶錠)
- アスピリン・ダイアルミネート(配合錠A81、現在は製造中止)
アスピリンの主な適応症は。
- 狭心症(慢性安定狭心症、不安定狭心症)
- 心筋梗塞
- 虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作、脳梗塞)
- 冠動脈バイパス術後や経皮的冠動脈形成術後の血栓・塞栓形成の抑制
- 川崎病(川崎病による心血管後遺症を含む)
アスピリンは低用量(75〜100mg/日)で十分な抗血小板作用を発揮します。高用量になると消化管障害などの副作用リスクが高まるため、抗血小板目的では低用量が推奨されています。
アスピリンの作用持続時間は7〜10日間と長く、手術前には通常7日前からの休薬が必要です。ただし、低リスクの手技では3日前からの休薬で対応可能な場合もあります。
アスピリンの主な副作用には、消化管障害(胃潰瘍、消化管出血)、アスピリン喘息、出血傾向の増強などがあります。消化管障害のリスクがある患者には、プロトンポンプ阻害薬(PPI)との併用が推奨されることがあります。
抗血小板薬のP2Y12阻害薬とクロピドグレルの使い方
P2Y12阻害薬は血小板表面のADP受容体(P2Y12)に結合し、血小板の活性化と凝集を抑制します。この系統の薬剤は急性冠症候群や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の患者に広く使用されています。
主なP2Y12阻害薬には以下のものがあります。
- クロピドグレル(プラビックス)
- 規格:錠25mg/75mg(ジェネリックでは50mg錠も)
- 適応症:虚血性脳血管障害後の再発抑制、PCIが適用される虚血性心疾患、末梢動脈疾患
- 作用持続時間:10〜14日
- 休薬期間:14日前
- チクロピジン(パナルジン)
- 規格:細粒10%、錠100mg
- 適応症:血管手術および血液体外循環に伴う血栓・塞栓の治療、慢性動脈閉塞症、虚血性脳血管障害
- 作用持続時間:10〜14日
- 休薬期間:10〜14日前(低リスク手技では5日前)
- 重大な副作用として無顆粒球症や血栓性血小板減少性紫斑病があり、現在はクロピドグレルが第一選択となっています
- プラスグレル(エフィエント)
- 規格:錠2.5mg/3.75mg/5mg、OD錠20mg
- 適応症:PCIが適用される虚血性心疾患、虚血性脳血管障害後の再発抑制
- 休薬期間:14日以上前
- クロピドグレルよりも強力な抗血小板作用を持ちます
- チカグレロル(ブリリンタ)
- 規格:錠60mg/90mg
- 適応症:PCIが適用される急性冠症候群、リスク因子を有する陳旧性心筋梗塞
- 休薬期間:5日以上前
- 他のP2Y12阻害薬と異なり可逆的に作用するため、作用の発現が早く、消失も早いという特徴があります
P2Y12阻害薬は通常、アスピリンと併用されることが多く(DAPT:dual antiplatelet therapy)、特に冠動脈ステント留置後には一定期間のDAPTが推奨されています。ステントの種類や患者のリスクに応じてDAPTの期間は異なります。
クロピドグレルは肝臓のCYP2C19で代謝活性化される前駆体(プロドラッグ)であり、CYP2C19の遺伝子多型によって効果に個人差が生じることがあります。日本人はCYP2C19の機能低下型が多いとされており、効果不十分となるリスクがあります。
抗血小板薬のPDE阻害薬とシロスタゾールの効果
PDE(ホスホジエステラーゼ)阻害薬は、細胞内のcAMP(環状アデノシン一リン酸)の分解を抑制することで血小板凝集を抑制するとともに、血管拡張作用も有しています。この系統の代表的な薬剤にはシロスタゾールとジピリダモールがあります。
- シロスタゾール(プレタール)
- 規格:散20%、OD錠50mg/100mg(ジェネリックでは錠50mg/100mgと内服ゼリー50mg/100mgも)
- 適応症:慢性動脈閉塞症に基づく虚血性諸症状の改善、脳梗塞発症後の再発抑制
- 作用持続時間:48時間
- 休薬期間:3日前
シロスタゾールはPDE3阻害薬であり、血小板凝集抑制作用に加えて、血管平滑筋弛緩作用による血管拡張効果も持っています。このため、間欠性跛行(かんけつせいはこう)などの末梢動脈疾患の症状改善に特に有効です。
シロスタゾールの主な副作用には、頭痛、動悸、頻脈、消化器症状などがあります。特に頭痛は比較的高頻度に見られますが、通常は一過性で、服用を継続するうちに軽減することが多いです。
重要な注意点として、シロスタゾールは心不全患者には禁忌とされています。これはPDE3阻害による心筋収縮力増強作用が心不全を悪化させる可能性があるためです。また、重度の肝機能障害患者にも禁忌です。
- ジピリダモール(ペルサンチン)
- 規格:錠12.5mg/25mg/100mg(散剤と静注はジェネリックのみ)
- 適応症:狭心症、心筋梗塞、その他の虚血性心疾患、うっ血性心不全など
- 作用持続時間:不明(比較的短い)
- 休薬期間:1〜2日前
ジピリダモールはPDE阻害に加えて、アデノシンの細胞内取り込み阻害作用も持っています。現在は単剤での使用は少なく、主にワーファリンとの併用による心臓弁置換術後の血栓・塞栓の抑制などに用いられています。
ジピリダモール徐放剤(ペルサンチン-Lカプセル150mg)は現在販売中止となっています。
抗血小板薬の5HT2阻害薬とサルポグレラートの適応症
5HT2(セロトニン2)受容体阻害薬は、血小板表面のセロトニン受容体をブロックすることで血小板凝集を抑制します。この系統の代表的な薬剤はサルポグレラート(アンプラーグ)です。
サルポグレラート(アンプラーグ)の特徴。
- 規格:細粒10%、錠50mg/100mg
- 適応症:慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍、疼痛および冷感等の虚血性諸症状の改善
- 作用持続時間:4〜6時間(比較的短い)
- 休薬期間:1日前
サルポグレラートは選択的な5HT2A受容体拮抗薬であり、血小板凝集抑制作用に加えて、血管平滑筋の収縮抑制や血管内皮細胞からのNO産生促進などの作用も持っています。これらの作用により、末梢循環を改善する効果があります。
サルポグレラートの主な特徴として、他の抗血小板薬と比較して出血リスクが低いことが挙げられます。これは、サルポグレラートが血小板の一次止血には大きく影響せず、主に血小板凝集の二次相を抑制するためです。
主な副作用には、消化器症状(腹部不快感、悪心、下痢など)、頭痛、めまい、発疹などがありますが、重篤な副作用は比較的少ないとされています。
サルポグレラートは1日3回の服用が必要であり、服薬コンプライアンスの面では注意が必要です。作用時間が短いため、手術前の休薬期間も1日と短く設定されています。
抗血小板薬のプロスタグランジン系薬剤と休薬期間の管理
プロスタグランジン系の抗血小板薬には、プロスタサイクリン(PGI2)誘導体であるベラプロストとリマプロストがあります。これらは血管拡張作用と血小板凝集抑制作用を併せ持つ薬剤です。
- ベラプロスト(ドルナー、プロサイリン)
- 規格:錠20μg(ジェネリックでは錠40μgも)
- 適応症:慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍、疼痛及び冷感の改善、原発性肺高血圧症
- 作用持続時間:6時間
- 休薬期間:1日前
- ベラプロスト徐放剤(ケアロードLA、ベラサスLA)
- 規格:錠60μg
- 適応症:肺動脈性肺高血圧症
- 通常の製剤より作用時間が長い特徴があります
- リマプロストアルファデクス(オパルモン、プロレナール)
- 規格:錠5μg
- 適応症:閉塞性血栓血管炎に伴う潰瘍、疼痛、冷感などの虚血性諸症状の改善
- 作用持続時間:3時間
- 休薬期間:1日前
これらのプロスタグランジン系薬剤は、血管拡張作用が強く、末梢循環障害の改善に有効です。特にリマプロストはバージャー病(閉塞性血栓血管炎)に対する治療薬として用いられています。
抗血小板薬の休薬期間管理は、手術や侵襲的処置を行う際に非常に重要です。休薬期間は薬剤の作用持続時間に基づいて設定されていますが、手術の種類(出血リスクの高低)や患者の血栓リスクによって調整が必要です。
主な抗血小板薬の休薬期間一覧。
薬剤名 | 通常の休薬開始時期 | 低リスク手技の場合 |
---|---|---|
アスピリン | 7日前 | 3日前 |
クロピドグレル | 14日前 | 変更なし |
チクロピジン | 10〜14日前 | 5日前 |
プラスグレル | 14日以上前 | 変更なし |
チカグレロル | 5日以上前 | 変更なし |
シロスタゾール | 3日前 | 変更なし |
ジピリダモール | 1〜2日前 | 変更なし |
サルポグレラート | 1日前 | 変更なし |
ベラプロスト | 1日前 | 変更なし |
リマプロスト | 1日前 | 変更なし |
特に冠動脈ステント留置後の患者では、抗血小板薬の休薬による血栓リスクと、継続による出血リスクのバランスを慎重に評価する必要があります。可能であれば、ステント留置後のDAPT必要期間が終了するまでは、待機的手術を延期することが推奨されます。
抗血小板薬の配合剤と最新の治療戦略
近年、複数の抗血小板薬や他の薬剤との配合剤も開発されており、服薬コンプライアンスの向上や相乗効果を目的として使用されています。
主な配合剤には以下のようなものがあります。
- コンプラビン配合錠
- クロピドグレル75mg + アスピリン100mgの配合剤
- 適応症:経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される虚血性心疾患
- タケルダ配合錠
- アスピリン100mg + ランソプラゾール15mgの配合剤
- アスピリンによる消化管障害リスクを軽減するためのPPI(プロトンポンプ阻害薬)との配合剤
- キャブピリン配合錠
- アスピリン100mg + ボノプラザン10mgの配合剤
- タケルダと同様に消化管障害リスク軽減を目的としたP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)との配合剤
抗血小板療法の最新の治療戦略としては、以下のような傾向があります。
- 個別化治療の重視
- 患者の血栓リスクと出血リスクを総合的に評価
- 遺伝子多型(特にCYP2C19)を考慮した薬剤選択
- 血小板機能検査を用いた効果モニタリング
- DAPT(二剤併用抗血小板療法)の期間最適化
- 従来は一律に12ヶ月間のDAPTが推奨されていたが、現在は患者のリスクに応じて期間を調整
- 出血リスクの高い患者では短期間(3〜6ヶ月)
- 血栓リスクの高い患者では長期間(12ヶ月以上)
- 抗凝固薬との併用戦略
- 心房細動を合併した冠動脈疾患患者に対する抗血小板薬と抗凝固薬の併用療法
- 出血リスクを考慮した「減量戦略」の採用
- 新規薬剤の開発
- より選択性の高いP2Y12阻害薬
- 可逆的に作用する薬剤(チカグレロルなど)
- 新たな作用機序を持つ抗血小板薬
日本人は欧米人と比較して、抗血小板薬による出血リスクが高いとされており、特に高齢者では慎重な投与が必要です。また、日本人はCYP2C19の機能低下型が多いため、クロピドグレルの効果が不十分となる可能性があります。このような人種差を考慮した治療戦略の構築が重要です。
2023年の日本循環器学会のガイドラインでは、急性冠症候群後のDAPTについて、出血リスクの高い患者では6ヶ月程度の短期DAPT後、クロピドグレル単剤に切り替える戦略も選択肢として提示されています。
抗血小板薬の副作用と相互作用の臨床的意義
抗血小板薬の主な副作用は出血リスクの増加ですが、薬剤によって特徴的な副作用や相互作用があります。これらを理解し、適切に管理することが安全な抗血小板療法には不可欠です。
主な抗血小板薬の副作用。
- アスピリン
- 消化管障害(胃潰瘍、消化管出血)
- アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息)
- 肝機能障害
- 出血傾向(特に高用量で顕著)
- P2Y12阻害薬
- シロスタゾール
- 頭痛、動悸、頻脈
- 消化器症状(腹部不快感、下痢)
- 心不全患者には禁忌
- サルポグレラート
- 消化器症状(腹部不快感、悪心)
- 頭痛、めまい
- 発疹
- プロスタグランジン系
- 顔面紅潮、頭痛
- 下痢、腹痛
- 血圧低下
重要な薬物相互作用。
- アスピリンとNSAIDs
- 消化管障害リスクの増加
- イブプロフェンはアスピリンの抗血小板作用を阻害する可能性
- P2Y12阻害薬とCYP阻害薬/誘導薬
- クロピドグレル:オメプラゾールなどのCYP2C19阻害薬により効果減弱
- クロピドグレル:リファンピシンなどのCYP誘導薬により効果増強
- シロスタゾールとCYP3A4阻害薬
- 複数の抗血栓薬併用
- 抗凝固薬(ワーファリン、DOAC)との併用で出血リスク増加
- 三剤併用(DAPT + 抗凝固薬)では特に注意が必要
臨床的に重要な点として、高齢者では腎機能低下や併存疾患、多剤併用が多いため、副作用や相互作用のリスクが高まります。特に75歳以上の高齢者では、抗血小板薬による出血リスクが若年者と比較して2〜3倍高いとされています。
また、抗血小板薬の中止や変更を行う際には、リバウンド現象(急激な血小板活性化)による血栓リスクの増加に注意が必要です。特にP2Y12阻害薬からの急な切り替えは避け、必要に応じて段階的な移行を検討すべきです。
消化管出血リスクの高い患者(高齢者、消化性潰瘍の既往、NSAIDs併用など)では、PPIの併用が推奨されます。特にアスピリン使用時には、消化管保護を目的としたPPIの併用が効果的です。
抗血小板薬の副作用管理においては、定期的な臨床症状の確認と必要に応じた血液検査(血球数、肝機能、腎機能など)が重要です。また、患者教育を通じて、出血症状(鼻出血、歯肉出血、皮下出血、黒色便など)の早期発見と報告を促すことも大切です。
糖尿病患者では血小板機能が亢進していることが多く、抗血小板薬の効果が減弱する可能性があります。このような患者では、より強力な抗血小板療法や、血糖コントロールの最適化を含めた総合的なアプローチが必要となることがあります。