薬物性肝障害の症状と治療から見る肝機能障害と予防法

薬物性肝障害の症状と治療

薬物性肝障害の基本情報
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定義

医薬品、市販薬、漢方薬、サプリメントなどによって引き起こされる肝臓の障害

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発症頻度

入院患者の肝逸脱酵素上昇の原因として最も多い

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重要性

多くは軽症だが、重症化すると劇症肝炎に進展し生命を脅かす可能性がある

薬物性肝障害(Drug-Induced Liver Injury: DILI)は、医療機関で処方された薬剤だけでなく、ドラッグストアで購入できる一般用医薬品、漢方薬、サプリメント、健康食品などによって引き起こされる肝臓の炎症です。日常診療において稀ならず遭遇する薬物の副作用であり、入院患者の肝逸脱酵素上昇の原因として最も多いとされています。

多くの場合は無症状か軽症で経過しますが、中には重症化して劇症肝炎に進展し、生命を脅かすこともある重要な病態です。医療従事者は薬物性肝障害の症状、診断、治療について十分な知識を持ち、早期発見・早期対応ができるようにすることが重要です。

薬物性肝障害の症状と発症メカニズム

薬物性肝障害の症状は、無症状から重症の肝不全症状まで幅広く存在します。多くの患者は初期段階では無症状であることが多く、定期的な血液検査で肝機能異常が発見されることがよくあります。

代表的な症状としては以下のものが挙げられます。

  • 倦怠感
  • 食欲不振
  • 発熱
  • 発疹
  • 吐き気・嘔吐
  • かゆみ(そう痒感)

重症化した場合には、以下のような肝不全の症状が出現することもあります。

  • 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
  • 腹痛
  • 肝臓の腫れ
  • 皮下出血
  • 震え
  • 意識障害

発症のタイミングは、初回服用直後に発症する場合もあれば、長期継続服用後に発症する場合もあり様々です。一般的には薬剤開始後5〜90日で発症することが多いとされています。発症するまでの期間は4週間以内が70%以上、8週間以内が80%を占めるというデータもあります。

薬物性肝障害の発症メカニズムは大きく分けて2つのタイプに分類されます。

  1. 中毒性:薬物自体またはその代謝産物が直接肝毒性を持ち、用量依存性に肝障害を引き起こします。アセトアミノフェンによる肝障害が代表例です。動物実験でも再現可能で、肝障害の発生をある程度予測できます。
  2. 特異体質性:薬物性肝障害の多くはこのタイプに属します。さらに「アレルギー性特異体質」と「代謝性特異体質」に分類されます。
    • アレルギー性特異体質:薬物やその代謝産物がハプテンとなり担体蛋白と結合して抗原性を獲得し、T細胞依存性肝細胞障害を引き起こします。
    • 代謝性特異体質:薬物代謝関連酵素の遺伝的素因による個人差が原因となります。

特異体質性の肝障害は用量非依存性であるため、発症の予測が困難です。

薬物性肝障害の分類と診断基準

薬物性肝障害は、肝障害のパターンによって以下の3つのタイプに分類されます。

  1. 肝細胞障害型:AST(GOT)、ALT(GPT)などの肝逸脱酵素の上昇が主体となります。急性ウイルス性肝炎に類似した臨床像を示します。
  2. 胆汁うっ滞型:ALP(アルカリホスファターゼ)、γ-GTPなどの胆道系酵素の上昇が主体となります。胆汁うっ滞が主体の肝障害では、起因薬物を継続投与した場合には閉塞性黄疸に匹敵するほどの高度の黄疸を呈し、胆汁性肝硬変に進展する例もあります。
  3. 混合型:肝細胞障害と胆汁うっ滞の両方の特徴を持ちます。アミノトランスフェラーゼ値とアルカリホスファターゼ値のどちらにも明らかな優位性が認められません。

これらの分類には「R値」(R-Ratio)が用いられます。

R値 = (ALT/ALT上限値)/(ALP/ALP上限値)

  • R値 > 5:肝細胞障害型
  • R値 < 2:胆汁うっ滞型
  • R値 2〜5:混合型

薬物性肝障害の診断は、薬物の服用歴と肝機能障害の時間的関連性を詳細に評価することが重要です。診断の「ゴールドスタンダード」はなく、他の肝障害の原因を除外することが必要です。

診断のアプローチとしては以下のステップが推奨されます。

  1. 腹部エコー検査などで器質的原因を除外する
  2. 開始後5〜90日以内の薬剤をすべてリストアップする(市販薬、サプリメント、漢方薬も含む)
  3. 肝障害のパターン(肝細胞障害型、胆汁うっ滞型、混合型)を分類する
  4. 疑わしい薬剤と中止して問題のない薬剤の優先順位をつける
  5. 疑わしく中止可能な薬剤を1種類中止する
  6. 肝機能検査を定期的にフォローし、改善するかどうかを評価する

薬物性肝障害の原因となる薬剤とリスク因子

薬物性肝障害を引き起こす可能性のある薬剤は非常に多岐にわたります。主な原因薬剤としては以下のものが挙げられます。

近年は免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を含めた抗がん剤による薬物性肝障害が増加しています。また、外用薬でも薬物性肝障害が起こることがあるため注意が必要です。

薬物性肝障害のリスク因子としては以下のものが知られています。

  • 高齢(特に65歳以上)
  • 女性
  • 肥満
  • 既存の肝疾患(B型・C型肝炎、アルコール性肝障害など)
  • 腎機能障害
  • 薬物アレルギーの既往
  • 薬物性肝障害の既往
  • 遺伝的素因
  • 複数の薬剤の併用
  • アルコールとの併用

特に薬物性肝障害の既往のある患者が、肝障害の原因となった薬物を再度服用した場合、より重篤な肝障害が発現する可能性があることに注意が必要です。

薬物性肝障害の治療法と経過観察

薬物性肝障害の治療の基本は、原因と考えられる薬物の中止です。多くの場合、原因薬物を中止することで症状は改善し、予後も良好です。ただし、薬物によっては中止することで危険を伴うこともあるため、医師の指示に従って治療を受けることが重要です。

具体的な治療法としては以下のものがあります。

  1. 原因薬物の中止:最も重要な治療です。ただし、場当たり的に薬剤を中止するのではなく、系統立てたアプローチが必要です。
  2. 安静と食事療法:安静臥床での経過観察、低脂肪食(脂肪を1日30〜40gに制限など)による消化の良い食事を中心とした食事療法が推奨されます。
  3. 薬物療法
    • 肝障害の程度が中等度以上の場合:強力ネオファーゲンシー(SNMC)の静脈注射
    • ウルソデオキシコール酸(UDCA)の経口投与
    • 黄疸を伴う場合:ステロイド治療
    • 肝機能改善薬の使用
  4. 重症例の管理
    • 劇症肝炎に進展した場合:副腎皮質ステロイドの投与
    • 肝不全の症状に対する対症療法
    • 必要に応じて肝移植の検討

経過観察においては、定期的な肝機能検査が重要です。特に原因薬物中止後の肝機能の改善を確認するために、週2〜3回程度の採血フォローが推奨されます。肝逸脱酵素がピークアウトするかどうかを確認し、改善しない場合は他の原因薬物の中止や追加治療を検討します。

また、重度の肝機能障害をきたしている場合は、プロトロンビン時間や血清アルブミン値、コリンエステラーゼ値などの検査項目を追加して肝予備能を評価することも重要です。

薬物性肝障害の予防法と患者指導のポイント

薬物性肝障害を予防するためには、以下のような対策が重要です。

  1. リスク評価と薬剤選択
    • 患者の薬物アレルギー歴や薬物性肝障害の既往を詳細に聴取する
    • 肝疾患や腎疾患のある患者では、薬剤の代謝や排泄が悪くなっている可能性があるため、薬剤選択や用量調整に注意する
    • 高リスク患者(高齢者、肥満者など)では、肝障害リスクの低い薬剤を選択する
  2. 定期的な肝機能検査
    • 薬物療法開始前に肝機能検査を実施する
    • 特に肝障害リスクの高い薬剤を使用する場合は、投与開始後定期的に肝機能検査を実施する
    • 投与開始後2週間、1ヶ月、3ヶ月などの時点での検査が推奨される
  3. 患者教育
    • 薬物性肝障害のリスクと症状について説明する
    • 倦怠感、食欲不振、嘔気・嘔吐、かゆみ、黄疸などの症状が出現した場合は速やかに医療機関に連絡するよう指導する
    • 過去に薬物性肝障害を起こした薬剤名をメモして覚えておくよう伝える
    • 処方薬以外の市販薬、サプリメント、健康食品の使用についても医師や薬剤師に相談するよう指導する
  4. 多剤併用の回避
    • 不要な薬剤は中止する
    • 複数の薬剤を併用する場合は、相互作用に注意する
    • 特に高齢者では多剤併用(ポリファーマシー)を避ける
  5. アルコールとの併用回避
    • 肝障害リスクのある薬剤を使用中はアルコール摂取を控えるよう指導する

医療従事者は、薬物性肝障害のリスクを最小限に抑えるために、これらの予防策を実践するとともに、患者に適切な指導を行うことが重要です。特に薬物性肝障害の既往がある患者では、原因薬物の再投与を避け、類似薬剤の使用にも注意が必要です。

薬物性肝障害と免疫チェックポイント阻害薬の関連性

近年、がん治療の分野で広く使用されるようになった免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による薬物性肝障害が注目されています。これは従来の薬物性肝障害とは異なるメカニズムで発症し、特殊型として分類されることもあります。

免疫チェックポイント阻害薬による肝障害の特徴は以下の通りです。

  • 発症率:抗CTLA-4抗体(イピリムマブ)で約10%、抗PD-1/PD-L1抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)で約5%程度
  • 発症時期:投与開始後8〜12週間が多いが、投与開始直後から1年以上経過後まで様々
  • 肝障害パターン:肝細胞障害型が多いが、胆汁うっ滞型や混合型も見られる
  • 症状:多くは無症状で、定期的な肝機能検査で発見されることが多い

免疫チェックポイント阻害薬による肝障害の発症メカニズムは、T細胞の活性化による自己免疫性の肝障害と考えられています。通常の薬物性肝障害とは異なり、免疫関連有害事象(immune-related adverse events: irAE)の一つとして発症します。

治療アプローチも通常の薬物性肝障害とは異なり、重症度に応じて以下のような対応が推奨されています。

  • Grade 1(ALT/AST正常上限の1〜3倍):免疫チェックポイント阻害薬を継続し、肝機能を注意深くモニタリング
  • Grade 2(ALT/AST正常上限の3〜5倍):免疫チェックポイント阻害薬を一時中断し、改善が見られない場合はプレドニゾロン0.5〜1mg/kg/日を開始
  • Grade 3-4(ALT/AST正常上限の5倍以上):免疫チェックポイント阻害薬を中止し、プレドニゾロン1〜2mg/kg/日を開始、改善が見られない場合はミコフェノール酸モフェチルなどの免疫抑制剤を追加

がん治療において免疫チェックポイント阻害薬の使用が増加している現在、医療従事者はこの特殊な薬物性肝障害のリスクと管理方法について十分な知識を持つことが重要です。定期的な肝機能検査と早期発見・早期治療が予後改善のカギとなります。

日本臨床腫瘍学会による免疫関連有害事象管理ガイドラインには、免疫チェックポイント阻害薬による肝障害の詳細な管理方法が記載されています