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須納瀬豊の行政処分と群馬大学病院
須納瀬豊医師の腹腔鏡手術による患者死亡
群馬大学医学部附属病院(以下、群大病院)で起きた手術死問題は、日本の医療界に大きな衝撃を与えました。2009年から2014年にかけて、第二外科の須納瀬豊助教(当時45歳)が執刀した肝臓がんの患者のうち、腹腔鏡手術で8人、開腹手術で10人、計18人が死亡するという深刻な事態が発生しました。
腹腔鏡手術は、開腹手術に比べて患者への負担が少ないとされる一方で、高度な技術が要求されます。須納瀬医師の技術不足が死亡の主な原因とされており、群大病院もこの点を認めています。
この問題が明るみに出たのは2014年11月のことでした。当初は腹腔鏡手術による8人の死亡のみが報告されましたが、その後の調査で開腹手術による死亡者も含めて30人にも上ることが判明し、医療界に大きな衝撃を与えました。
群大病院の手術死問題の背景には、第一外科と第二外科の対立構造があったとされています。第一外科が旧帝大出身者のエリート集団であったのに対し、第二外科は「落ちこぼれ」と位置付けられており、須納瀬医師に腹腔鏡手術を任せることで第一外科に対抗しようとしていたという指摘もあります。
須納瀬豊と元教授への行政処分要求
2017年8月、問題の医師と当時の上司(教授)との対面が実現し、事情説明を受けた患者遺族たちは「二人に反省の色がない」「このまま男性医師らを医療に従事させれば同様の事案再発につながる」として、男性医師らに対する医業停止などの行政処分を求める要望書を厚生労働省に提出する意向を示しました。
しかし、2018年1月の時点で、須納瀬医師と元教授への行政処分は行われていませんでした。医師への行政処分は主に刑事罰を受けた医師に対して行われるのが通例であり、医療事故の場合はあまり例がありません。
群大病院の手術死問題では、刑事事件化されていないことが行政処分の障壁となっている可能性があります。近年、医療事故の刑事事件化は減少傾向にあり、その背景には2008年に無罪が確定した福島県立大野病院事件の影響があるとされています。
須納瀬豊の手術死問題と病院の対応
群大病院の対応にも問題があったとされています。当初、病院は峯岸敬副院長(当時)を委員長とする院内調査委員会を立ち上げましたが、その運営には多くの問題点がありました。
• 外部委員の選定や会合への出席に不透明な点があった
• 議事録や執刀医からのヒアリング記録を外部委員に開示しなかった
• 報告書の内容を勝手に書き換えた
これらの問題点から、この調査は「お手盛り報告書」と批判されました。
2015年4月、厚生労働省の審議会は群大の調査報告書の作成過程に問題があったとして、厚労相に厳重処分を進言しました。その結果、群大病院は高度な診療を行う「特定機能病院」の指定から除外されるという厳しい処分を受けました。
須納瀬豊医師の反省と遺族の思い
2016年7月、群馬大学は須納瀬医師と当時の上司だった教授を懲戒解雇処分としました。しかし、遺族たちの怒りは収まりませんでした。
2017年夏、遺族会と須納瀬医師、元教授との直接対話が実現しましたが、遺族たちは「反省の色が見られない」と失望しました。須納瀬医師と元教授は、調査報告書で指摘された診療上の問題のうち、カルテ記載が不十分だったこと以外は問題として認めなかったとされています。
遺族会代表の木村豊さんは「心から反省してくれていたら、処分は求めなかったと思う」と語っており、遺族たちの思いは複雑なものがあります。
この事件は、医療事故における医師の責任と患者・遺族の思いの間にある深い溝を浮き彫りにしました。医療の質と安全性の向上、そして患者と医療者のコミュニケーションの重要性を再認識させる契機となりました。
須納瀬豊事件後の医療安全対策強化
群大病院は、この事件を契機に医療安全対策の大幅な見直しを行いました。2014年6月以降、様々な改善・改革の取り組みを実施しています。
主な取り組みには以下のようなものがあります:
• 医療安全管理体制の強化
• 患者中心の医療の推進
• 院内報告制度の充実
• 医療事故の科学的分析と予防策の立案
• 職員間のコミュニケーション強化
• 患者・家族との対話重視
群大病院は、これらの取り組みを通じて「安全で質の高い患者本位の医療を提供し、地域のみなさま方から厚い信頼を得られる病院に生まれ変わること」を目指しています。
また、2020年1月7日に改訂された医療安全管理指針では、以下のような基本的考え方が示されています:
• 安全文化の育成
• 人はミスを犯す存在であることの認識
• システム構築の重要性
• 個人の高い医療安全意識の必要性
• 医療事故の定義の明確化
• 院内報告制度の重要性
• 患者との対話重視
これらの取り組みは、須納瀬豊医師による手術死問題を教訓として、医療安全の向上と患者中心の医療の実現を目指すものとなっています。
須納瀬豊医師による手術死問題は、日本の医療界に大きな衝撃を与え、医療安全の重要性を再認識させる契機となりました。この事件を通じて、医療機関の組織的な問題、医師の技術と倫理、患者・遺族とのコミュニケーション、そして医療事故への対応と再発防止など、多くの課題が浮き彫りになりました。
群大病院の取り組みは、他の医療機関にとっても参考になるものであり、日本の医療全体の質と安全性の向上につながることが期待されています。しかし、遺族の思いに応えるためには、さらなる努力と時間が必要であることも忘れてはなりません。
医療事故の防止と適切な対応は、医療機関だけでなく、患者、行政、そして社会全体で取り組むべき課題です。須納瀬豊医師の事件を教訓として、より安全で信頼される医療システムの構築に向けて、継続的な努力が求められています。