制吐性麻酔前投薬の効果と投与タイミング

制吐性麻酔前投薬と投与タイミング

デキサメタゾンを手術終了直前に投与しても制吐効果は得られません。

この記事の3ポイント要約
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制吐薬の投与タイミングは薬剤で異なる

デキサメタゾンは効果発現まで2時間かかるため麻酔導入時の投与が必須。5-HT3受容体拮抗薬は手術終了時または終了直前の投与が推奨される

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リスク因子に応じた複数薬剤の併用が重要

女性・非喫煙者・PONV歴・術後オピオイド使用の4大リスク因子の数に応じて、作用機序の異なる制吐薬を2〜3剤併用することでPONV発生率を大幅に低減できる

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2021年に5-HT3受容体拮抗薬がPONVに保険適応

オンダンセトロンとグラニセトロンが術後悪心嘔吐に対して保険適応となり、エビデンスに基づいた制吐療法が日本でも実施可能になった

制吐性麻酔前投薬の目的と術後悪心嘔吐(PONV)

術後悪心嘔吐(PONV:Postoperative Nausea and Vomiting)は、全身麻酔を受けた患者の約30%に発生する最も一般的な麻酔関連合併症です。PONVが発症すると、患者の麻酔満足度が著しく低下するだけでなく、術後疼痛の増悪、創部離開、出血などの二次的な合併症を引き起こすリスクが高まります。特に複数のリスク因子を有する高リスク患者では、予防的介入を行わない場合、発生率は最大80%にまで上昇することが報告されています。

制吐性麻酔前投薬は、このPONVを予防するために麻酔導入前または手術中に投与される薬剤群を指します。これらの薬剤は、嘔吐中枢や化学受容体トリガーゾーンに作用する複数の受容体系(ドパミン受容体、セロトニン受容体、ニューロキニン受容体など)を標的として、悪心嘔吐の発生を抑制します。

どのような効果があるのでしょうか?

制吐性麻酔前投薬を適切に使用することで、PONVの発生率を49.5%から14.3%へと大幅に減少させることができたという研究報告があります。これは東京ドーム約1個分のスペースに入る観客数に換算すると、約5万人中約1万7,000人もの患者が吐き気や嘔吐から解放されることを意味します。患者は術後早期から経口摂取が可能となり、回復が促進されます。早期離床や退院までの期間短縮にもつながるため、日帰り手術の成功率向上にも貢献しています。

大分県立病院の術後悪心嘔吐に関する解説では、PONVの基本的なリスク因子と予防戦略について詳しく説明されています

制吐性麻酔前投薬のリスク因子評価とApfelスコア

PONV予防の第一歩は、患者のリスク評価です。Apfelらが提唱した4大リスク因子は、①女性、②過去のPONVまたは乗り物酔いの既往、③非喫煙者、④術後オピオイド使用、です。これらのリスク因子の数によって、PONVの発生率を予測できます。因子が0個の場合は発生率約10%、1個で約20%、2個で約40%、3個で約60%、4個すべて該当する場合は約80%と、因子数に比例して発生率が上昇します。

つまり女性が基本です。

女性は男性と比較して約2.6倍の頻度でPONVを発症します。このメカニズムは完全には解明されていませんが、ホルモン変動や脳内受容体の感受性の違いが関与していると考えられています。婦人科手術や腹腔鏡下胆嚢摘出術など、特定の手術ではPONV発生率が50〜70%にまで達することが知られています。

非喫煙者もリスクが高いことが分かっています。喫煙者はPONVが起きにくいという一見矛盾した現象がありますが、これはニコチンが嘔吐中枢の感受性を低下させるためと推測されています。ただし、この「メリット」は喫煙による術後合併症(創感染、肺合併症、痛覚過敏など)の増加というデメリットをはるかに上回るため、決して喫煙を推奨するものではありません。

麻酔科医は、術前診察でこれらのリスク因子を評価し、リスクスコアに応じて制吐薬の種類と数を決定します。リスク因子が2個以上の場合は、作用機序の異なる複数の制吐薬の併用が推奨されています。

制吐性麻酔前投薬の種類と作用機序の違い

制吐性麻酔前投薬には、作用機序の異なる複数の薬剤クラスが存在します。主要な薬剤として、5-HT3受容体拮抗薬(オンダンセトロン、グラニセトロン)、ドパミンD2受容体拮抗薬(ドロペリドール、メトクロプラミド)、コルチコステロイド(デキサメタゾン)、NK1受容体拮抗薬(アプレピタント)があります。

5-HT3受容体拮抗薬は、2021年8月30日にオンダンセトロンとグラニセトロンが日本で術後悪心嘔吐に対する保険適応を取得しました。これにより、海外で長年PONVのゴールドスタンダードとされてきた薬剤が、日本でもエビデンスに基づいて使用できるようになりました。これらの薬剤は、消化管や脳の化学受容体トリガーゾーンに存在する5-HT3受容体を遮断することで制吐効果を発揮します。

それが原則です。

ドパミンD2受容体拮抗薬のドロペリドールは、かつてPONV予防の第一選択薬として広く使用されていました。低用量(0.625〜1.25mg)での使用で十分な制吐効果が得られます。ただし、2歳以下の小児、パーキンソン病患者、20歳未満の若年者では錐体外路症状の発生頻度が高いため、使用が制限されています。また、QT間隔延長のリスクがあるため、心電図モニタリングが推奨されます。

デキサメタゾンは、術後の制吐効果に加えて鎮痛効果も期待できるステロイド薬です。

通常8mgを単回静脈内投与します。

大規模試験では、デキサメタゾン投与群で術後24時間以内の嘔吐発生率が標準治療群の33.2%から24.0%に有意に減少したことが報告されています。単回投与であれば、血糖上昇や感染リスクは臨床的に問題とならないことが証明されています。

PONVに苦しむ患者にとって、複数の作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで、単剤使用よりも高い制吐効果が得られます。例えば、オンダンセトロンとデキサメタゾンの併用、あるいはこれらにドロペリドールを加えた3剤併用により、高リスク患者でもPONV発生率を大幅に低減できます。

米国麻酔患者安全財団の記事では、ドパミン拮抗薬を含む制吐薬の最新のエビデンスと安全性について詳細に解説されています

制吐性麻酔前投薬の投与タイミングと効果発現時間

制吐性麻酔前投薬の効果を最大限に引き出すためには、各薬剤の薬物動態に基づいた適切な投与タイミングが極めて重要です。薬剤によって効果発現までの時間が大きく異なるため、画一的な投与スケジュールでは十分な制吐効果が得られません。

デキサメタゾンは効果発現まで約2時間を要するため、麻酔導入時の投与が強く推奨されています。手術終了時や終了直前に投与しても、術後早期のPONVを予防することができません。例えば、1時間の手術であれば、麻酔導入時に投与することで手術終了後ちょうど覚醒時に最大効果が得られます。これは、電車で2時間先の目的地に行くために、出発時刻に合わせて家を出るようなものです。

対照的に、5-HT3受容体拮抗薬のオンダンセトロンやグラニセトロンは、効果発現が比較的速やかであるため、手術終了時または終了直前の投与が推奨されています。オンダンセトロンは通常4mgを緩徐に静脈内投与します。グラニセトロンは1mgを30秒以上かけて静脈内投与します。これらの薬剤は投与後15〜30分で効果を発揮し始め、術後覚醒時から早期にかけてのPONVを効果的に予防します。

ドロペリドールもまた、手術終了30分〜1時間前の投与が一般的です。麻酔前投薬として単独使用する場合は、麻酔開始30〜60分前に0.05〜0.1mg/kgを筋肉内注射します。フェンタニルとの併用による神経遮断性鎮痛法では、より低用量での使用が可能です。

この投与タイミングを間違えると、せっかくの制吐薬も十分な効果を発揮できません。特にデキサメタゾンの投与タイミングミスは、PONVの予防失敗につながる典型的なエラーパターンです。麻酔記録を確認する際は、各制吐薬の投与時刻が適切かどうかをチェックすることが、PONV発生率の改善に直結します。

制吐性麻酔前投薬の併用戦略と高リスク患者への対応

高リスク患者に対しては、単剤ではなく複数の制吐薬を併用することが国際的なガイドラインで推奨されています。リスク因子が2個の中等度リスク患者には2剤併用、3〜4個の高リスク患者には3剤以上の併用が推奨されます。

典型的な併用パターンとして、デキサメタゾン(麻酔導入時)+ オンダンセトロン(手術終了時)の組み合わせが頻繁に使用されます。この2剤併用により、それぞれの作用機序が補完し合い、単剤使用よりも有意に高い制吐効果が得られます。大規模試験では、併用群のPONV発生率が約30%低下したことが報告されています。

さらに高リスクの患者では、デキサメタゾン + オンダンセトロン + ドロペリドールの3剤併用が有効です。小児の術後嘔吐ハイリスク症例を対象とした研究では、この3剤併用が成人だけでなく小児でも有効であることが示されています。ただし、ドロペリドールの使用には年齢制限があるため、小児では慎重な適応判断が必要です。

これは使えそうです。

麻酔方法の工夫も併用戦略の重要な要素です。吸入麻酔薬はPONVのリスク因子であるため、プロポフォールによる全静脈麻酔(TIVA)に変更することでPONV発生率を約20%減少させることができます。プロポフォール自体に軽度の制吐効果があることも知られています。また、術後鎮痛においてオピオイドの使用を減らすために、末梢神経ブロックや硬膜外麻酔などの区域麻酔を併用することも有効な戦略です。

腹腔鏡手術では気腹によるPONVリスクが高いため、術中から積極的に制吐薬を使用します。婦人科腹腔鏡手術では、デキサメタゾンとオンダンセトロンの併用に加えて、メトクロプラミドモサプリドなどの消化管運動促進薬を追加することで、腸管機能の早期回復も期待できます。

制吐性麻酔前投薬の安全性と注意すべき副作用

制吐性麻酔前投薬は一般的に安全性が高い薬剤群ですが、それぞれに特有の副作用や使用制限があるため、適切なリスク管理が必要です。

デキサメタゾンの主な懸念事項は血糖上昇と感染リスクです。ただし、術中単回投与(8mg)では、糖尿病患者でも臨床的に問題となる血糖上昇は稀であり、周術期感染率の上昇も認められないことが大規模研究で確認されています。むしろ、デキサメタゾンの抗炎症作用により術後疼痛が軽減され、オピオイド使用量が減少することで、間接的にPONV予防に寄与します。ただし、複数回投与や高用量使用では血糖管理に注意が必要です。

5-HT3受容体拮抗薬では、便秘が比較的よく見られる副作用です。オンダンセトロンやグラニセトロンの投与後、腸管蠕動が抑制されることがあります。日帰り手術では問題になりにくいですが、入院患者では術後の下剤処方を検討する必要があります。また、オンダンセトロンには軽度のQT間隔延長作用があり、ドロペリドールと併用する場合は相加的なリスクがあるため、術中心電図モニタリングが推奨されます。

ドロペリドールの最も重要な注意点は、使用禁忌と制限です。2歳以下の乳幼児、パーキンソン病患者、外来患者(麻酔前後の管理が行き届かない)、重篤な心疾患患者には投与できません。また、20歳未満の若年者では錐体外路症状(アカシジア、ジストニアなど)の発生頻度が高いため、原則として使用を避けるべきとされています。成人でも過度の鎮静、不快感、不安、アカシジアが報告されているため、低用量から開始し、患者の反応を注意深く観察する必要があります。

これらの副作用リスクを理解した上で、患者ごとの背景疾患や手術内容に応じて最適な制吐薬の組み合わせを選択することが、安全で効果的なPONV予防につながります。術前診察で患者の既往歴やアレルギー歴を詳細に聴取し、禁忌事項を確認することが医療安全の基本です。

杏林大学医学部付属病院では、全身麻酔患者へのデキサメタゾン注射薬の適応外使用に関する詳細な説明文書を公開しています

制吐性麻酔前投薬の効果が不十分だった場合の対処法

予防的に制吐薬を投与したにもかかわらず、術後にPONVが発症してしまった場合の対処法も重要です。PONVを発症した患者には、予防に使用した薬剤とは異なる作用機序の制吐薬を投与することが推奨されています。

例えば、手術室でオンダンセトロンが予防的に投与されていた場合、術後にPONVが発症したらドロペリドールやメトクロプラミドといったドパミン拮抗薬を追加します。デキサメタゾンが使用されていた場合は、5-HT3受容体拮抗薬やドパミン拮抗薬を選択します。このように、既に使用した薬剤とは異なる受容体系に作用する薬剤を選ぶことで、相加的な制吐効果が期待できます。

短時間作用型制吐薬(オンダンセトロン、ドロペリドールなど)の投与から6時間以上経過しており、他の選択肢がない場合は、同じ薬剤の再投与を考慮することもあります。ただし、1日の最大投与量を超えないよう注意が必要です。オンダンセトロンの場合、1回4mgを1日2回まで投与可能です。

意外ですね。

非薬物療法も補助的に有効です。P6(内関)と呼ばれる手首のツボへの指圧やアキュバンド(リストバンド型の指圧器具)の装着、アロマセラピー(ペパーミントやジンジャーの香り)の吸入などが、軽度から中等度のPONVに対して一定の効果を示すことが報告されています。これらは副作用がほとんどないため、薬物療法に追加して試してみる価値があります。

患者教育も重要な要素です。術後は急激な体位変換を避け、ゆっくりと起き上がるよう指導します。水分摂取は少量ずつ頻回に行い、固形物の摂取は悪心が治まってから開始します。これらの生活指導により、PONVの悪化や遷延を防ぐことができます。

PONV発症時には迅速に対応し、患者の苦痛を最小限に抑えることが、術後回復の促進と患者満足度の向上につながります。麻酔科医と病棟スタッフが連携し、切れ目のないPONV管理を提供することが求められます。

制吐性麻酔前投薬の今後の展望と新規薬剤

PONV予防の分野では、新たな薬剤や投与法の研究が進んでいます。NK1受容体拮抗薬であるアプレピタントは、もともと抗がん剤による悪心嘔吐の予防薬として使用されてきましたが、PONVに対する有効性も報告されています。海外では術前3時間以内に40mgを経口投与する方法が検討されており、今後日本でも保険適応が拡大される可能性があります。

アミスルプリドは、ヨーロッパで使用されている新しいドパミンD2/D3受容体拮抗薬です。オンダンセトロンまたはデキサメタゾンとの併用で、それぞれの単剤使用よりも有意にPONVを低減できることが示されています。日本ではまだ承認されていませんが、QT延長のリスクがドロペリドールよりも低いとされており、将来的な選択肢として期待されています。

レミマゾラムは、新しい超短時間作用型ベンゾジアゼピン系鎮静薬です。プロポフォールと比較した研究では、PONV発生率に有意差はなかったものの、揮発性麻酔薬と比較すると低い傾向が見られました。今後、さらなる大規模研究により、レミマゾラムのPONV予防効果が明らかになることが期待されます。

個別化医療の観点から、遺伝子多型に基づいたPONVリスク評価や制吐薬選択の研究も進んでいます。特定の遺伝子型を持つ患者では、特定の制吐薬に対する反応性が異なることが報告されており、将来的には遺伝子検査に基づいた最適な制吐療法が実現する可能性があります。

2021年の5-HT3受容体拮抗薬の保険適応拡大により、日本の周術期管理は大きく前進しました。今後も新規薬剤の導入や既存薬の適応拡大により、より効果的で安全なPONV予防が可能になることが期待されます。麻酔科医は最新のエビデンスを常にアップデートし、患者一人ひとりに最適な制吐戦略を提供していく必要があります。