硬膜外麻酔薬の種類と使い分け
低濃度のロピバカインなら運動機能を保てます。
硬膜外麻酔における局所麻酔薬の種類と作用時間
硬膜外麻酔で使用される局所麻酔薬は、作用時間により短時間作用性と長時間作用性に大きく分類されます。短時間作用性にはリドカイン(キシロカイン)やメピバカインがあり、効果発現は約15分、持続時間は80~140分程度です。長時間作用性にはブピバカイン(マーカイン)、ロピバカイン(アナペイン)、レボブピバカイン(ポプスカイン)があり、効果発現は15~20分、持続時間は140~225分程度となります。
リドカインは最も広く使用されている短時間作用性局所麻酔薬で、安全域が広く作用発現が速いのが特徴です。硬膜外麻酔では通常2%濃度が使用され、基準最高用量は1回200mgとされています。テストドーズや穿刺直後の効果確認に適しており、多くの施設で硬膜外穿刺後の初回投与薬として選択されます。
ロピバカインは2001年に日本で承認された長時間作用性局所麻酔薬で、ブピバカインと比較して心毒性が低く安全性が高いことが最大の特徴です。血管収縮作用を有するユニークな性質があり、組織からの吸収が遅く血中濃度上昇が緩やかになります。硬膜外麻酔では0.2%濃度で術後鎮痛に、0.5~1%濃度で手術麻酔に使用され、現在の硬膜外持続鎮痛の主役となっています。
つまり作用時間で選べるということです。
ブピバカインは長年にわたり長時間作用性局所麻酔薬の標準薬として使用されてきましたが、心毒性の問題が報告されて以降、特に高濃度での産科麻酔への使用は制限されています。0.125~0.25%濃度で選択的知覚神経遮断が可能で、疼痛治療に優れた効果を発揮します。ラセミ体(左右旋性混合)であるため、より安全なS体であるロピバカインやレボブピバカインへの移行が進んでいます。
レボブピバカインはブピバカインの左旋性光学異性体のみで構成され、心血管系への毒性が低減された薬剤です。日本では2008年に承認され、ポプスカインという商品名で販売されています。ロピバカインと同様の特性を持ち、0.125~0.25%濃度で術後鎮痛、0.5~0.75%濃度で手術麻酔に使用されます。
日本臨床麻酔学会の論文では、局所麻酔薬の物理化学的特徴と臨床効果の関係について詳しく解説されています。
硬膜外麻酔薬の濃度選択による効果の違い
局所麻酔薬の濃度選択は、求める神経遮断の程度によって決定されます。低濃度では主に知覚神経が遮断され、高濃度では知覚神経に加えて運動神経も遮断されるという選択性があります。この特性を理解することが、適切な薬剤選択の鍵となります。
術後鎮痛では、患者の早期離床を促進するために運動機能を保ちながら痛みだけを取り除くことが重要です。ロピバカインやレボブピバカインの0.2~0.25%濃度を使用すると、十分な鎮痛効果を得ながら下肢の運動機能を温存できます。持続投与速度は通常4~6mL/時で、48時間程度の持続投与が可能です。この濃度では交感神経遮断による血圧低下も最小限に抑えられます。
手術麻酔では、知覚神経だけでなく運動神経も遮断する必要があります。ロピバカインでは0.5~1%、レボブピバカインでは0.5~0.75%、ブピバカインでは0.5%濃度が使用されます。単回投与量は通常10~20mLで、麻酔範囲は穿刺部位と投与容量により調整されます。高濃度使用時は局所麻酔薬中毒のリスクが高まるため、極量を守ることが必須です。
濃度が効果を決めるわけですね。
リドカインは主に2%濃度で使用されますが、作用時間が短いため長時間手術や術後鎮痛には適していません。硬膜外穿刺後のテストドーズとして1.5~3mL投与し、脊髄くも膜下や血管内への誤注入がないことを確認するために用いられます。5分以内に広範囲の運動神経遮断が出現すればくも膜下投与、頻脈や血圧上昇があれば血管内投与を疑います。
濃度選択を誤ると、術後に運動麻痺が遷延して離床が遅れたり、逆に鎮痛不十分で患者の苦痛が増大したりします。手術部位や術式、患者の年齢や体格を考慮し、最適な濃度を選択することが医療従事者に求められる判断力です。妊婦では局所麻酔薬への感受性が妊娠初期から亢進するため、通常より20~30%減量することが推奨されています。
硬膜外麻酔におけるオピオイドの併用効果
硬膜外腔にオピオイド鎮痛薬を投与すると、脊髄後角のオピオイド受容体に直接作用し、局所麻酔薬とは異なる機序で鎮痛効果を発揮します。硬膜外投与で使用される主なオピオイドは、フェンタニルとモルヒネです。フェンタニルは脂溶性が高く作用発現が速い(10~15分)ですが持続時間は短め(2~4時間)、モルヒネは水溶性で作用発現は遅い(30~60分)ですが持続時間が長い(12~24時間)という対照的な特性を持ちます。
局所麻酔薬とオピオイドを併用する最大の利点は、局所麻酔薬の必要量を減らせることです。局所麻酔薬は濃度が高いほど交感神経遮断による血圧低下や運動神経遮断が強くなりますが、オピオイドを併用すれば局所麻酔薬の濃度を下げても十分な鎮痛効果が得られます。例えば、ロピバカイン0.2%にフェンタニル2~5μg/mLを添加した溶液を持続投与すると、ロピバカイン単独より優れた鎮痛効果が得られながら運動機能は保たれます。
オピオイド併用が効果的ということです。
フェンタニルの硬膜外投与量は、単回投与で25~100μg、持続投与で25~100μg/時が標準です。脂溶性が高いため硬膜を速やかに通過し、全身循環への移行も速いという特徴があります。副作用として掻痒感が高頻度(20~30%)で出現しますが、通常は軽度で抗ヒスタミン薬で対応可能です。呼吸抑制は硬膜外投与では稀ですが、大量投与時や高齢者では注意が必要です。
モルヒネの硬膜外投与量は2~5mgで、くも膜下投与では0.1~0.3mgというはるかに少量で効果を発揮します。水溶性のため硬膜外腔に長時間とどまり、頭側への拡散も起こりやすいという特性があります。このため遅発性呼吸抑制(投与後6~12時間)のリスクがあり、投与後は24時間の呼吸モニタリングが推奨されます。掻痒感や尿閉の頻度もフェンタニルより高くなります。
術後鎮痛でオピオイド単独投与も可能ですが、体動時の痛みに対しては局所麻酔薬の方が効果的です。そのため現在の標準的な術後硬膜外鎮痛は、低濃度局所麻酔薬とフェンタニルの併用が主流となっています。具体的にはロピバカイン0.2%とフェンタニル2μg/mLの混合液を4~6mL/時で持続投与する方法が広く採用されています。
JMS医療関係者向けサイトの解説では、硬膜外鎮痛で使用する薬剤の詳細な情報が提供されています。
硬膜外麻酔薬における添加薬剤の役割
局所麻酔薬にはその効果を増強・延長する目的でさまざまな薬剤が添加されます。最も一般的な添加薬はエピネフリン(アドレナリン)で、20万倍希釈濃度(5μg/mL)で使用されます。血管収縮作用により局所麻酔薬の吸収が遅延し、作用時間が延長されるとともに、極量(最大使用量)を増やすことができます。リドカインなどの短時間作用性薬剤でエピネフリン添加効果は顕著で、持続時間が80~120分から120~180分へ延長されます。
エピネフリン添加には血管内誤注入の早期発見という重要な役割もあります。硬膜外カテーテルが血管内に迷入していた場合、エピネフリンを含む薬液が投与されると1~2分以内に頻脈(心拍数20回/分以上の増加)や血圧上昇が出現します。この反応を利用してテストドーズが実施されますが、β遮断薬服用中の患者では反応が鈍いため注意が必要です。
添加薬で効果が変わります。
重炭酸ナトリウムを添加して薬液をアルカリ化すると、塩基型局所麻酔薬の比率が増加し神経膜透過速度が高まります。結果として作用発現時間が短縮されるため、硬膜外無痛分娩から緊急帝王切開に移行する際など、速やかな麻酔効果が必要な場面で有用です。ただしアルカリ化により局所麻酔薬の安定性が低下するため、調製後は速やかに使用する必要があります。
クロニジンやケタミンなど他の薬剤添加による効果増強も報告されていますが、副作用や安全性の問題から日常的には使用されていません。クロニジンは鎮静や血圧低下、徐脈といった副作用があり、ケタミンは幻覚や悪夢のリスクがあります。医療経済や事故防止の観点からも、添加薬はエピネフリンとオピオイドに限定するのが現実的です。
局所麻酔薬の混合使用についても注意が必要です。短時間作用性と長時間作用性を混合しても、期待される相乗効果は得られないことが研究で示されています。例えばクロロプロカインとブピバカインを混合すると、作用発現はクロロプロカイン単独より遅く、持続時間はブピバカイン単独より短くなります。また混合薬剤の極量は相加的に考えるべきで、それぞれの極量まで使用できるわけではありません。
硬膜外麻酔薬選択における臨床的考慮点
適切な硬膜外麻酔薬を選択するには、手術内容、麻酔の目的、患者因子を総合的に判断する必要があります。全身麻酔併用か単独使用か、術中麻酔か術後鎮痛か、持続投与か単回投与かによって最適な薬剤は変わります。
開腹手術や開胸手術など侵襲の大きな手術では、術中は高濃度局所麻酔薬(ロピバカイン0.75%など)で強い知覚・運動神経遮断を得て、術後は低濃度(ロピバカイン0.2%)に切り替えて離床を促進する戦略が一般的です。下肢手術では腰部硬膜外麻酔、腹部手術では胸部硬膜外麻酔が選択され、穿刺部位は手術部位の中心となる椎間レベルで行います。カテーテル先端位置が適切でないと薬液の拡がりが不十分となり、鎮痛効果が得られません。
臨床判断が重要になります。
患者の年齢も重要な考慮点です。高齢者では若年者に比べ局所麻酔薬への感受性が高く、必要な投与量と濃度は20~30%減少します。これは硬膜外腔の解剖学的変化や神経線維の退行性変化によるものです。投与量を減らさないと過度の血圧低下や広範囲の麻酔が生じるリスクがあります。
肝機能障害のある患者では、アミド型局所麻酔薬(リドカイン、ロピバカイン、ブピバカインなど)の代謝が遅延し血中濃度が上昇しやすくなります。肝切除術では手術中に肝血流が減少し、局所麻酔薬の代謝がさらに低下するため、持続投与中の血中濃度が時間とともに上昇する可能性があります。このような場合は投与速度を減らすか、投与時間を制限する配慮が必要です。
出血傾向のある患者や抗凝固薬服用中の患者では、硬膜外血腫のリスクが高まるため硬膜外麻酔自体が相対的禁忌となります。しかし周術期の抗血栓療法が必要な患者は増加しており、各種抗凝固薬の休薬期間や再開時期について日本麻酔科学会のガイドラインを参照することが推奨されます。穿刺やカテーテル抜去のタイミングを誤ると、重篤な神経障害につながる可能性があります。
安全性を最優先にすべきです。
医療経済的観点も無視できません。多種類の同効薬剤を在庫することは、薬剤取り違えのリスクを高め、コスト増加にもつながります。したがって施設内で使用する局所麻酔薬を、短時間作用性(リドカイン)と長時間作用性(ロピバカインまたはレボブピバカイン)の2種類程度に絞り、濃度を変えて使い分けることが実践的です。オピオイドも硬膜外投与が承認されているフェンタニルとモルヒネに限定し、その特性を十分理解して使用することが安全管理につながります。
ナース専科の解説では、硬膜外麻酔の実施方法と使用薬剤について看護師向けに詳しく説明されています。
硬膜外麻酔薬の安全管理と合併症対策
硬膜外麻酔薬使用における最大のリスクは局所麻酔薬中毒です。末梢神経ブロックでの発生頻度は0.075~0.2%、硬膜外麻酔では0.04%と報告されており、決して稀ではありません。中毒症状は中枢神経症状(金属味、耳鳴り、多弁、けいれん)から始まり、重症化すると心血管系症状(不整脈、心停止)へ進行します。
局所麻酔薬中毒を防ぐための基本原則は、極量を守ること、分割投与すること、吸引試験を行うことです。リドカインの極量はエピネフリン無添加で1回200mg、添加時は400mg、ロピバカインは1回300mg(妊婦では200mg)とされています。一度に大量投与せず、3~5mLずつ分割して投与し、各回の投与前に吸引試験で血液逆流がないことを確認します。
万が一中毒が発生した場合の対処も理解しておく必要があります。初期症状出現時は投与を直ちに中止し、酸素投与と呼吸管理を行います。けいれんにはミダゾラムやプロポフォールを使用し、心停止に至った場合は直ちに胸骨圧迫を開始します。脂肪乳剤(イントラリポス20%)の静注が有効で、初回1.5mL/kgをボーラス投与後、0.25mL/kg/分で持続投与します。これはリピッドレスキューと呼ばれ、局所麻酔薬中毒の特異的治療法として確立されています。
合併症対策は必須知識です。
硬膜外血腫は頻度1/150000例と極めて稀ですが、発症すると対麻痺に至る重篤な合併症です。主な症状は背部痛と下肢筋力低下で、発症後8時間以内に除圧手術を行えば神経学的回復が期待できます。リスク因子は出血傾向、抗凝固薬使用、穿刺困難例での複数回穿刺などです。術後の神経症状観察が早期発見の鍵となります。
硬膜外膿瘍の発生頻度は0.6/10000例未満ですが、カテーテル留置期間が長いほどリスクが高まります。背部痛と発熱が初発症状で、進行すると脊髄圧迫症状が出現します。穿刺部位の清潔操作、カテーテル挿入部のドレッシング管理、発熱時の早期対応が予防の基本です。感染が疑われる場合は躊躇せずカテーテルを抜去し、必要に応じてMRI検査を行います。
術後の観察項目として、鎮痛効果の評価も重要です。硬膜外鎮痛が不十分な原因には、カテーテル位置不良、投与速度不足、片側効き、薬液漏れなどがあります。冷覚試験で麻酔範囲を確認し、PCAボタンのプッシュ回数をチェックし、カテーテル固定部を観察します。これらの情報をもとに、薬液のボーラス投与、持続速度の増加、カテーテル位置の調整などを行って効果改善を図ります。
安全な硬膜外麻酔薬管理には、各薬剤の特性理解、適切な選択、投与技術、合併症の早期発見という多層的なアプローチが求められます。医療従事者がこれらの知識を統合し、個々の患者に最適な麻酔管理を提供することが、良好な術後経過につながるのです。
Please continue.
