オピオイド系麻酔前投薬の適切な使用と管理
成人の予定手術では前投薬が不要な症例も多い。
オピオイド系麻酔前投薬の基本的な薬剤と投与目的
オピオイド系麻酔前投薬は、手術前に投与することで術中・術後の疼痛管理を円滑にする重要な薬剤群です。代表的な薬剤としてモルヒネとフェンタニルが広く使用されており、それぞれ異なる薬理学的特性を持っています。
モルヒネは古くから使用されている強オピオイドで、鎮痛効果が強く持続時間も比較的長いという特徴があります。一方、フェンタニルはモルヒネの50~100倍の鎮痛効果を持ち、作用発現が速く半減期が短いため、麻酔導入時や術中管理に適しています。
つまり状況に応じた使い分けが重要です。
これらのオピオイドを麻酔前に投与する主な目的は、術前の不安軽減と鎮痛効果の確保です。患者の精神状態を安定させることで、麻酔導入時の血圧上昇や頻脈などの循環動態の変動を抑制できます。特に心血管疾患を持つ患者では、術前の交感神経系の興奮を抑えることが合併症予防につながるため、オピオイドの前投薬が有効な選択肢となります。
また、オピオイドには用量依存的な鎮静作用もあり、ベンゾジアゼピン系薬剤であるミダゾラムやジアゼパムと併用することで、相乗的な抗不安効果が得られます。ただし併用時には呼吸抑制のリスクが高まるため、慎重な観察が必要です。
投与経路としては、経口投与、筋肉内注射、静脈内投与などがありますが、前投薬としては手術30分~1時間前の筋肉内注射が一般的です。静脈内投与は作用発現が速い反面、呼吸抑制が急激に起こる可能性があるため、麻酔導入直前や術中使用に限定されることが多いですね。
日本ペインクリニック学会の麻薬性鎮痛薬に関する詳細な薬理学的解説
オピオイド系麻酔前投薬の副作用と呼吸抑制の管理
オピオイドの最も重大な副作用は呼吸抑制であり、適切な管理を怠ると生命に関わる事態を招く可能性があります。オピオイドは延髄の呼吸中枢に直接作用し、二酸化炭素に対する感受性を低下させることで呼吸回数を減少させます。
呼吸抑制の発生頻度は投与量や患者の状態に大きく依存します。適切に使用する限りは稀ですが、高齢者、腎機能障害患者、他の中枢神経抑制薬との併用時にはリスクが著しく増加します。高齢者では薬物代謝能力が低下しているため、同じ投与量でも血中濃度が高くなりやすく、過量投与になりやすいという特徴があります。
実際の臨床現場では、フェンタニルの過量投与により高齢者が呼吸停止に至った事例も報告されています。患者の体重だけでなく、年齢、肝腎機能、併用薬を総合的に評価した用量調整が必須です。特に75歳以上の高齢者では、通常量の25~50%に減量することが推奨されています。
呼吸抑制の早期発見には、投与後15~30分の集中的なモニタリングが重要です。観察項目としては呼吸回数(12回/分以下で要注意)、呼吸の深さ、酸素飽和度、意識レベルが挙げられます。傾眠傾向が強く呼吸数が10回/分以下に低下した場合は、速やかにナロキソン(オピオイド拮抗薬)の投与を検討する必要があります。
その他の副作用として、嘔気・嘔吐、便秘、掻痒感、尿閉などがあります。嘔気・嘔吐は投与初期に約30~40%の患者に出現しますが、数日~1週間程度で耐性が形成されます。一方、便秘には耐性ができないため、オピオイドを継続使用する場合は予防的に緩下剤を投与することが推奨されます。
長期オピオイド使用患者が手術を受ける場合は、さらに複雑な管理が必要になります。これらの患者はオピオイド耐性を獲得しているため、通常量では十分な鎮痛効果が得られず、術中・術後に大量のオピオイドが必要になることがあります。つまり術前からの使用歴を詳細に把握することが重要です。
APSF(麻酔患者安全財団)によるオピオイド誘発性呼吸障害の管理指針
オピオイド系前投薬と他剤との相互作用
オピオイドは多くの薬剤と相互作用を起こすため、併用薬の確認と適切な用量調整が欠かせません。特に注意が必要なのは、中枢神経抑制作用を持つ薬剤との併用です。
ベンゾジアゼピン系薬剤(ミダゾラム、ジアゼパムなど)とオピオイドを併用すると、相互の鎮静作用が増強され、呼吸抑制のリスクが大幅に上昇します。大量のオキシコドンを投与中の患者にセボフルランとミダゾラムを用いて全身麻酔を行った症例では、術後の覚醒が著しく遅延したという報告があります。
結論は慎重な用量調整です。
プロポフォールなどの静脈麻酔薬とオピオイドを併用する際も、各薬物の初回投与量を通常の25%程度まで減量する必要があります。これは相乗的な効果により、少量でも十分な麻酔深度が得られるためです。逆に通常量を投与すると循環抑制や遷延性の呼吸抑制を引き起こす危険性があります。
また、CYP3A4で代謝されるオピオイド(フェンタニル、オキシコドンなど)は、この酵素を阻害または誘導する薬剤との併用で血中濃度が変動します。マクロライド系抗生物質、アゾール系抗真菌薬、一部の抗ウイルス薬はCYP3A4を阻害するため、オピオイドの血中濃度が上昇し副作用が増強される可能性があります。
プレガバリンやガバペンチンなどの神経障害性疼痛治療薬も、オピオイドとの併用で呼吸抑制のリスクを高めることが知られています。これらの薬剤は単独でも軽度の呼吸抑制を起こすことがあり、オピオイドと組み合わせると相加的に作用します。
痛いですね。
術前からMAO阻害薬を服用している患者では、一部のオピオイド(特にペチジン)との併用が禁忌とされています。セロトニン症候群や高血圧クリーゼなどの重篤な副作用を引き起こす可能性があるためです。MAO阻害薬の服用歴がある場合は、最低14日間の休薬期間が必要とされています。
相互作用のリスクを最小限に抑えるためには、術前診察時に患者の服薬歴を詳細に聴取し、必要に応じて薬剤師と連携して薬物動態を評価することが推奨されます。
ERASプロトコールにおけるオピオイド系前投薬の位置づけ
ERAS(Enhanced Recovery After Surgery:術後回復強化)プロトコールは、周術期管理を最適化することで術後合併症を減少させ、早期退院を実現する包括的なアプローチです。このプロトコールにおいて、麻酔前投薬の考え方は従来と大きく異なります。
ERASプロトコールでは、作用時間の長い鎮静薬や睡眠薬の使用を避けることが推奨されています(Grade A)。これは術後の覚醒遅延や認知機能障害を防ぎ、早期離床を促進するためです。
つまり前投薬が不要な症例も多いです。
特に成人の予定手術では、麻酔前投薬を完全に省略する傾向が強まっています。適切な術前説明と患者との信頼関係構築により、薬剤を使用せずとも多くの患者が落ち着いて手術に臨めることが明らかになってきました。術前診察時に十分な時間をかけて麻酔や手術の流れを説明し、患者の不安や疑問に丁寧に答えることが、最も効果的な「前投薬」となり得るのです。
ただし、全ての症例で前投薬が不要というわけではありません。極度の不安を抱える患者、精神疾患の既往がある患者、小児などでは、適切な前投薬が麻酔導入を円滑にし、患者のストレスを軽減する重要な役割を果たします。
要は個別化が基本です。
ERASの文脈でオピオイドを使用する場合は、作用時間の短いフェンタニルなどが選択されます。しかし、術前のオピオイド投与は術後の鎮痛薬必要量を増やす可能性も指摘されており、慎重な判断が求められます。代わりに非オピオイド鎮痛薬(アセトアミノフェン、NSAIDsなど)を術前に投与し、オピオイドの使用量を最小限に抑えるマルチモーダル鎮痛が推奨されています。
術後疼痛管理においても、ERASではオピオイドの使用を必要最小限にとどめ、硬膜外麻酔や末梢神経ブロックなどの局所麻酔技術を積極的に活用します。これにより術後のイレウス、悪心嘔吐、尿閉などのオピオイド関連副作用を減少させ、早期の経口摂取と離床が可能になります。
オピオイド系前投薬の投与量設定と患者別の注意点
オピオイド系前投薬の投与量は、患者の年齢、体重、全身状態、腎肝機能、併用薬などを総合的に評価して決定する必要があります。画一的な投与では過量投与や効果不十分のリスクが高まります。
成人の標準的な前投薬としてモルヒネを使用する場合、通常0.1~0.15mg/kgを手術30分~1時間前に筋肉内注射します。体重60kgの患者であれば6~9mg程度となります。フェンタニルの場合はモルヒネの50~100倍の効力があるため、0.5~1μg/kg(体重60kgで30~60μg)が目安です。
これが基本です。
しかし高齢者では、肝血流量の減少や腎機能低下により薬物クリアランスが低下しているため、大幅な減量が必要です。75歳以上では通常量の半分程度から開始し、反応を見ながら追加投与を検討します。高齢者では予想よりも強い呼吸抑制が現れることがあるため、投与後の観察を特に慎重に行う必要があります。
腎機能障害患者では、オピオイドの活性代謝物が蓄積しやすく、遷延性の副作用が出現する危険性があります。モルヒネの場合、活性代謝物であるモルヒネ-6-グルクロニドが腎排泄されるため、腎不全患者では血中濃度が通常の数倍に上昇することがあります。このような場合はフェンタニルなど代謝物が活性を持たない薬剤を選択するか、投与量を25~50%に減量することが推奨されます。
長期オピオイド使用患者では、耐性により通常量では効果が不十分なことがあります。術前のオピオイド使用量を詳細に聴取し、換算表を用いて適切な投与量を算出する必要があります。例えば、経口モルヒネ60mg/日を内服している患者では、静脈内投与換算で約20~30mg/日相当のオピオイド耐性があると推定されます。
妊娠後期の患者では、オピオイドは胎盤を通過して胎児に影響を与える可能性があるため、必要性を慎重に判断します。
どうなりますか。
特に分娩直前の投与は新生児の呼吸抑制を引き起こすリスクがあるため、可能な限り避けるべきです。
小児では体重あたりの投与量は成人と同等かやや多めとなりますが、修正在胎45週未満の乳児では呼吸抑制のリスクが高いため投与を避けることが推奨されています。小児の前投薬では、経口投与可能なミダゾラムシロップなどが使いやすく、オピオイドは必要最小限にとどめることが一般的です。