薬剤性肝障害の症状と治療薬について
薬剤性肝障害(薬物性肝障害)は、医薬品の服用によって引き起こされる肝臓の機能障害です。解熱鎮痛薬、抗生物質、抗がん剤、精神神経系薬剤、漢方薬など様々な医薬品が原因となる可能性があります。また、市販薬やサプリメント、健康食品でも発症することがあるため、注意が必要です。
薬剤性肝障害は、肝臓の細胞自体が障害される「肝細胞障害型」、胆汁の流れが妨げられる「胆汁うっ滞型」、両方の特徴を持つ「混合型」の3つに分類されます。発症機序によっても分類され、薬物の直接的な毒性による「中毒性」と、個人の体質による「特異体質性(アレルギー性・代謝性)」があります。
薬剤性肝障害の主な症状と初期兆候
薬剤性肝障害の症状は多岐にわたりますが、初期症状として最も頻度が高いのは全身倦怠感と食欲不振です。これらの症状は非特異的であるため、肝障害を疑わないことも多いのが特徴です。
主な症状には以下のようなものがあります。
- 全身症状:倦怠感、発熱、黄疸
- 消化器症状:食欲不振、吐き気、嘔吐、心窩部痛、右季肋部痛
- 皮膚症状:発疹、かゆみ
特にアレルギー性特異体質による肝障害の場合は、発熱(38~39℃)や発疹などのアレルギー症状が早期に現れることが特徴的です。その後、全身倦怠感と嘔気・嘔吐などの消化器症状が強くなっていきます。
一方で、肝細胞障害型では肝機能検査値に異常はあるものの、臨床上は無症状であることも多いため、定期的な肝機能検査が重要です。胆汁うっ滞型では、黄疸が特徴的な症状として現れます。
注意すべき点として、症状がまったくない場合もあるため、薬物療法を開始した際は、服用開始後2ヶ月間は2~3週に1回程度の定期的な肝機能検査が推奨されています。
薬剤性肝障害の発症機序と危険因子
薬剤性肝障害の発症機序は大きく分けて以下の2つに分類されます。
- 中毒性発症機序:薬物の過剰摂取による用量依存性の肝障害
- 特異体質性発症機序。
- アレルギー性特異体質:薬物に対するアレルギー反応による肝障害
- 代謝性特異体質:薬物代謝酵素の個人差に基づく肝障害
アレルギー性特異体質による場合は、投与薬物に対してアレルギーを既に獲得している場合には1回の投与で発症する可能性があります。一方、投与開始後にアレルギーを獲得し発症する場合は、2~6週間程度の期間を要します。
代謝性特異体質による場合は、通常量の服用でも発症することがあり、アレルギー性特異体質による肝障害よりも発症までの期間が長くなる傾向があります。
薬剤性肝障害の危険因子としては、以下のようなものが挙げられます。
- 慢性飲酒:健常者よりも薬物性肝障害を起こしやすい
- 高齢者:薬物代謝能力の低下により発症リスクが高まる
- 既存の肝疾患:肝臓の予備能が低下している場合
- 薬物代謝酵素を誘導する薬物との併用:フェニトイン、フェノバルビタールなど
また、発症期間に関しては、1回の内服で発症する可能性もあれば、2年以上の継続投与で発症した例もあるため、服薬期間の長短だけで薬物性肝障害を判断することはできません。
薬剤性肝障害の診断方法と検査値の特徴
薬剤性肝障害の診断は、詳細な病歴聴取と検査所見に基づいて行われます。特に重要なのは、薬物の服用歴と症状の発現時期の関連性です。
診断のための主な検査項目と特徴は以下の通りです。
- 肝細胞障害型:AST(GOT)・ALT(GPT)値の上昇が主体
- 胆汁うっ滞型:ALP(アルカリホスファターゼ)やγ-GTPの値が著明に上昇
- 混合型:両方の特徴を示す
薬剤性肝障害の診断基準として、国際的に広く用いられているのがRUCAM(Roussel Uclaf Causality Assessment Method)スコアです。これは、薬物の服用開始から肝障害発症までの時間、薬物中止後の経過、危険因子の有無、併用薬の有無、他の原因の除外などを点数化し、薬物と肝障害の因果関係を評価するものです。
また、薬剤性肝障害の診断においては、ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、アルコール性肝障害など、他の肝疾患を除外することも重要です。
診断の流れ
- 詳細な薬物服用歴の聴取
- 肝機能検査(AST、ALT、ALP、γ-GTP、ビリルビンなど)
- 他の肝疾患の除外(ウイルスマーカー検査、自己抗体検査など)
- 必要に応じて肝生検
薬物の服用と肝障害の発症に時間的関連があり、薬物中止後に肝機能が改善する場合は、薬剤性肝障害の可能性が高いと判断されます。
薬剤性肝障害の治療薬と対処法
薬剤性肝障害の治療の基本は、原因となっている薬物の服用中止です。多くの場合、薬物の中止により肝機能は改善に向かいます。しかし、勝手に中止すると危険な薬物もあるため、必ず医師に相談し、適切な処置を受けることが重要です。
薬剤性肝障害の治療法は以下のように分類されます。
- 原因薬物の中止:最も重要な治療
- 対症療法。
- 特殊な解毒剤。
- アセトアミノフェン中毒に対するN-アセチルシステイン
- タマゴテングタケの毒性に対するシリマリンまたはペニシリン
- 免疫抑制療法。
- DRESS症候群を合併した薬剤性肝障害や自己免疫様の肝障害に対するコルチコステロイド
重症例、特に肝細胞性黄疸や肝機能障害がみられる患者では、肝移植が必要になる可能性もあるため、専門医へのコンサルテーションが必要です。
治療中は定期的な肝機能検査を行い、改善状況を確認することが重要です。また、再発予防のために、原因となった薬物を患者に伝え、お薬手帳に記載するなどして、再投与を避けるよう注意が必要です。
薬剤性肝障害を引き起こす代表的な薬物と予防策
薬剤性肝障害を引き起こす可能性のある代表的な薬物には以下のようなものがあります。
肝細胞障害型を引き起こしやすい薬物
胆汁うっ滞型を引き起こしやすい薬物
混合型を引き起こしやすい薬物
薬剤性肝障害の予防策としては、以下のような対策が重要です。
- 服薬前のリスク評価。
- 肝疾患の既往歴や現在の肝機能状態の確認
- 薬物アレルギーの有無の確認
- 併用薬の確認
- 定期的な肝機能検査。
- 肝障害リスクの高い薬物を服用する場合は、服用開始後2ヶ月間は2~3週に1回程度の肝機能検査
- 長期服用する場合は定期的な検査
- 患者教育。
- 薬剤性肝障害の初期症状(倦怠感、食欲不振、発熱など)について説明
- 症状が現れた場合は速やかに医療機関を受診するよう指導
- お薬手帳の活用
- 適切な薬物選択と用量調整。
- 肝機能低下患者では、肝代謝型の薬物を避けるか用量調整
- 肝障害リスクの低い代替薬の検討
- 併用薬の注意。
- 薬物代謝酵素を誘導する薬物(フェニトイン、フェノバルビタールなど)との併用に注意
- 複数の肝毒性薬物の併用を避ける
特に重要なのは、薬剤性肝障害の既往がある患者が同じ薬物を再度服用した場合、より重篤な肝障害が発現する可能性があることを念頭に置き、患者に十分に説明することです。また、患者には原因となった薬物名をメモして覚えておくことを伝えることも大切です。
薬剤性肝障害における漢方薬とサプリメントの影響
薬剤性肝障害は、処方薬だけでなく漢方薬や健康食品、サプリメントによっても引き起こされることがあります。これらは「自然由来」という印象から安全と思われがちですが、実際には肝障害のリスクがあることを認識することが重要です。
漢方薬による肝障害
漢方薬による肝障害は、主に以下の成分を含む製剤で報告されています。
- 小柴胡湯(ショウサイコトウ):間質性肺炎とともに肝障害が報告されている
- 柴胡(サイコ)を含む漢方薬:柴胡加竜骨牡蛎湯、大柴胡湯など
- 黄ゴン(オウゴン)を含む漢方薬
- 甘草(カンゾウ)を含む漢方薬:偽アルドステロン症とともに肝障害が報告されている
漢方薬による肝障害の特徴として、服用開始から1〜3ヶ月後に発症することが多く、肝細胞障害型が主体です。また、再投与により重篤化するリスクが高いことも知られています。
健康食品・サプリメントによる肝障害
健康食品やサプリメントによる肝障害も近年増加傾向にあります。特に注意が必要なものには。
- ダイエット用健康食品(特に海外製品)
- プロテイン製品
- 緑茶抽出物(高濃度カテキン)
- アロエ製品
- ウコン(ターメリック)の高用量摂取
これらの製品は、成分表に肝障害を引き起こす成分が明記されていない場合もあります。しかし、添加物や生産過程での他の薬剤の混入などの可能性もあるため注意が必要です。
予防と対策
漢方薬やサプリメントによる肝障害を予防するためには。
- 医師や薬剤師に相談せずに複数の漢方薬やサプリメントを併用しない
- 漢方薬を服用する際も定期的な肝機能検査を受ける
- 健康食品やサプリメントを摂取する際は、信頼できるメーカーの製品を選ぶ
- 海外製品、特にインターネットで購入する製品には十分注意する
- 何らかの症状が現れた場合は、すぐに服用を中止し医療機関を受診する
漢方薬やサプリメントを服用する際は、それらも「薬」であるという認識を持ち、医師や薬剤師に相談することが重要です。また、現在服用している薬物がある場合は、相互作用の可能性もあるため、必ず医療従事者に伝えるようにしましょう。
薬物性肝障害に関する詳細な情報は厚生労働省のマニュアルを参照
薬剤性肝障害は早期発見と適切な対応が重要です。症状が現れた場合は自己判断せず、速やかに医療機関を受診しましょう。また、薬物を服用する際は、その効果だけでなく副作用についても理解し、定期的な検査を受けることで、重篤な肝障害を予防することができます。