胆汁酸合成阻害薬一覧と治療効果
胆汁酸合成阻害薬は、肝臓における胆汁酸の生合成過程を抑制することで作用する薬剤群です。胆汁酸は脂質の消化吸収に重要な役割を果たすだけでなく、様々な生理活性を持つシグナル分子としても機能しています。しかし、胆汁酸が過剰に産生されたり、代謝異常が生じたりすると、肝障害や胆汁うっ滞などの病態を引き起こす可能性があります。
胆汁酸合成阻害薬は、こうした胆汁酸の過剰産生や代謝異常に関連する疾患の治療に用いられます。特に先天性胆汁酸代謝異常症や原発性胆汁性胆管炎(PBC)、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)などの治療において重要な役割を果たしています。
現在、国内外で開発・使用されている胆汁酸合成阻害薬には様々な種類があり、それぞれ異なる作用機序や適応疾患を持っています。本記事では、これらの薬剤について詳しく解説していきます。
胆汁酸合成阻害薬の作用機序と代表的な薬剤
胆汁酸合成阻害薬は、胆汁酸合成の律速酵素であるCYP7A1(コレステロール7α-水酸化酵素)などの活性を抑制することで作用します。胆汁酸の合成経路には古典的経路(中性経路)と代替経路(酸性経路)の2つがあり、それぞれ異なる酵素が関与しています。
代表的な胆汁酸合成阻害薬としては、以下のものが挙げられます。
- FXRアゴニスト
- オベチコール酸(OCA、商品名:オファコル)
- シロフェキソル
- トロピフェキソル
- FGF19アナログ
- アルデフェルミン(NGM282)
- ASBT阻害薬
- エロビキシバット(商品名:グーフィス)
- ボルアセタミド
- マラロチド
- norUDCA
これらの薬剤は、胆汁酸合成の異なるステップに作用し、胆汁酸プールのサイズや組成を調整することで治療効果を発揮します。特にFXRアゴニストは、核内受容体であるFXR(ファルネソイドX受容体)を活性化することで、CYP7A1の発現を抑制し、胆汁酸合成を減少させる作用があります。
胆汁酸合成阻害薬オベチコール酸の特徴と臨床応用
オベチコール酸(OCA)は、ケノデオキシコール酸(CDCA)の誘導体であり、強力なFXRアゴニストとして作用します。内因性胆汁酸の中で最も強いFXRアゴニスト活性を有するCDCAの約100倍の活性を持ち、胆汁うっ滞改善薬として期待されています。
オベチコール酸は、2025年4月現在、日本ではオファコルカプセル50mgとして販売されており、薬価は12,596円/カプセルとなっています。欧米ではすでに原発性胆汁性胆管炎(PBC)に対する治療薬として承認されています。
臨床的な特徴
- PBCに対する効果: ウルソデオキシコール酸(UDCA)治療に反応不十分なPBC患者に対して、肝機能検査値の改善効果が認められています。
- NASHに対する効果: 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に対する臨床試験では、プラセボと比較して線維化改善効果が認められています。OCA 10mg群で18%、25mg群で23%と、プラセボの12%に比し、高率に1ステージ以上の線維化改善が見られました。
- 副作用: 皮膚掻痒や高コレステロール血症などの副作用があり、肝機能を悪化させる可能性もあります。
なお、日本ではNASHに対するOCAの治験は不成功に終わっており、PBCに対しても臨床試験は行われていないという状況です。
胆汁酸合成阻害薬エロビキシバットの特性と便秘治療への応用
エロビキシバットは、回腸末端部に発現する胆汁酸トランスポーター(IBAT/ASBT)を阻害する薬剤です。このトランスポーターを阻害することで、小腸における胆汁酸の再吸収を抑制し、大腸内の胆汁酸濃度を上昇させる作用があります。
エロビキシバットは当初、胆汁うっ滞症の治療薬として開発が進められていましたが、臨床試験では副作用として下痢が多く見られました。この副作用に着目したEAファーマが便秘薬として臨床試験を行い、日本で承認を得たという経緯があります。
エロビキシバットの作用機序と臨床応用。
- 作用機序:
- ASBTを阻害し、小腸における胆汁酸再吸収を抑制
- 大腸に流入した胆汁酸はTGR5を介してCFTRを活性化し、水分分泌を促進
- 同時に運動ニューロンを活性化し、腸管蠕動を促進
- 臨床応用:
- 慢性便秘症の治療薬として承認(商品名:グーフィス)
- 胆汁うっ滞症の治療薬としての可能性も研究中
- PBC、PFIC、Alagille症候群、小児の胆汁うっ滞症に対する臨床試験が進行中
エロビキシバットは、胆汁酸合成自体を直接阻害するわけではありませんが、胆汁酸の腸肝循環を調節することで間接的に胆汁酸代謝に影響を与えるため、広義の胆汁酸代謝調節薬として位置づけられています。
胆汁酸合成阻害薬FGF19アナログの開発状況と将来性
FGF19(線維芽細胞成長因子19)は、腸管でFXRが活性化されると産生されるホルモンで、肝臓に作用してCYP7A1を抑制することで胆汁酸合成を減少させます。このFGF19の作用を模倣したアナログ薬が開発されています。
代表的なFGF19アナログとしては、アルデフェルミン(NGM282)があります。アルデフェルミンは、FGF19の腫瘍促進活性を排除しつつ、胆汁酸合成抑制作用を保持するように設計された組換えタンパク質です。
FGF19アナログの特徴と開発状況。
- 作用機序:
- 臨床開発状況:
- NASHに対する臨床試験で肝脂肪量減少効果を確認
- 肝線維化マーカーの改善効果も報告
- 原発性硬化性胆管炎(PSC)に対する臨床試験も進行中
- 課題と将来性:
- 注射剤であるため、経口薬と比較して使用の制約がある
- 長期的な安全性と有効性の確認が必要
- 腫瘍促進作用のないFGF19様活性を持つ低分子化合物の開発も進行中
FGF19アナログは、胆汁酸合成を直接的に抑制する作用を持ち、NASH、PSCなどの胆汁酸代謝異常が関与する疾患に対する新たな治療選択肢となる可能性があります。
胆汁酸合成阻害薬と他の胆汁酸製剤の相互作用と併用注意点
胆汁酸合成阻害薬を使用する際には、他の薬剤との相互作用や併用時の注意点を理解することが重要です。特に、他の胆汁酸製剤や肝臓で代謝される薬剤との併用には注意が必要です。
主な相互作用と併用注意点。
- ウルソデオキシコール酸(UDCA)との併用:
- UDCAは胆汁酸組成を変化させ、コール酸量を増加させることがあります
- 回腸瘻を施した外国人被験者8例を対象とした研究では、UDCA 500mgの単回経口投与後8時間までの回腸におけるコール酸量が、投与前の327±91 µmolから投与後は517±96 µmolに増加したことが報告されています
- 胆汁酸合成阻害薬とUDCAの併用効果については、疾患ごとに評価が必要です
- フェノバルビタールなどとの併用:
- フェノバルビタール(フェノバール等)やプリミドンは、内因性の一次胆汁酸(コール酸およびケノデオキシコール酸)のプールサイズおよび合成速度を増加させることが報告されています
- これらの薬剤は、コレステロールから胆汁酸異常代謝産物の合成を促進する作用を有しているため、原疾患を悪化させるおそれがあります
- 併用する場合は、治療上の有益性が危険性を上回る場合のみとし、肝トランスアミナーゼの上昇に注意する必要があります
- シクロスポリンとの併用:
- シクロスポリンは胆汁酸の肝臓取込みおよび肝胆汁分泌を阻害することがあります
- コール酸の肝臓内への取込みを阻害し、コール酸およびアミノ酸抱合型コール酸の肝臓からの排出を阻害すると考えられています
- 併用する場合は、総胆汁酸濃度を慎重にモニタリングし、必要に応じて胆汁酸合成阻害薬の用量を調整する必要があります
- HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)との併用:
胆汁酸合成阻害薬を使用する際には、患者の肝機能や併用薬を十分に考慮し、定期的なモニタリングを行うことが重要です。特に、肝機能障害のある患者や多剤併用している患者では、慎重な投与が求められます。
胆汁酸合成阻害薬の国内承認状況と薬価比較
日本国内における胆汁酸合成阻害薬および関連する胆汁酸製剤の承認状況と薬価について整理します。2025年4月現在の情報に基づいています。
1. FXRアゴニスト
- オベチコール酸(商品名:オファコル)
- オファコルカプセル50mg(先発品): 12,596円/カプセル
- 適応: 原発性胆汁性胆管炎(PBC)
- 特徴: 強力なFXRアゴニスト活性を持つ
2. ASBT阻害薬
- エロビキシバット(商品名:グーフィス)
- 適応: 慢性便秘症
- 特徴: 胆汁酸トランスポーター阻害により腸管蠕動を促進
3. 胆汁酸製剤(比較対象として)
- ウルソデオキシコール酸(UDCA)
- ウルソ(田辺三菱製薬)
- ウルソ顆粒5%: 7.5円/g
- ウルソ錠50mg(準先発品): 9円/錠
- ウルソ錠100mg(準先発品): 10.1円/錠
- ジェネリック製品
- ウルソデオキシコール酸錠100mg「ZE」(全星薬品工業): 7.2円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠50mg「JG」(日本ジェネリック): 6.1円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠100mg「JG」(日本ジェネリック): 7.2円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠100mg「サワイ」(沢井製薬): 8.7円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠50mg「トーワ」(東和薬品): 6.1円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠100mg「トーワ」(東和薬品): 8.7円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠50mg「NIG」(日医工岐阜工場): 6.7円/錠
- ウルソデオキシコール酸錠100mg「NIG」(日医工岐阜工場): 8.7円/錠
- ケノデオキシコール酸(CDCA)
- チノ(藤本製薬)
- チノカプセル125(先発品): 22.4円/カプセル
- デヒドロコール酸
- 10%デヒドロコール酸注「ニッシン」(日新製薬-山形): 480円/管
これらの薬価を比較すると、FXRアゴニストであるオベチコール酸は他の胆汁酸製剤と比較して非常に高価であることがわかります。一方、ウルソデオキシコール酸は比較的安価で、ジェネリック医薬品も多数承認されています。
胆汁酸合成阻害薬の選択にあたっては、疾患の種類や重症度、患者の経済的負担、保険適用状況などを総合的に考慮する必要があります。特に希少疾患である先天性胆汁酸代謝異常症の治療においては、薬剤の入手可能性や費用対効果も重要な検討事項となります。
胆汁酸合成阻害薬の先天性胆汁酸代謝異常症への応用
先天性胆汁酸代謝異常症は、胆汁酸の生合成や代謝に関わる酵素の遺伝的欠損により、胆汁酸の合成障害や異常代謝産物の蓄積が生じる希少疾患群です。これらの疾患に対して、胆汁酸合成阻害薬が新たな治療選択肢として注目されています。
先天性胆汁酸代謝異常症の主な病型と治療アプローチ。
- 3β-ヒドロキシ-Δ5-C27-ステロイド脱水素酵素(3β-HSD)欠損症
- 病態: 3β-HSDの欠損により、コレステロールから胆汁酸への変換の初期段階が障害される
- 治療: 一次胆汁酸(コール酸)の補充療法が基本だが、胆汁酸合成阻害薬による異常代謝産物の産生抑制も有効
- Δ4-3-オキソステロイド-5β-還元酵素(Δ4-3-oxoR)欠損症
- 病態: Δ4-3-oxoRの欠損により、胆汁酸合成中間体の還元反応が障害される
- 治療: 国内第III相試験では、Δ4-3-oxoR欠損症患者に対する治療が検討されている
- オキシステロール7α-水酸化酵素(CYP7B1)欠損症
- 病態: 代替経路の律速酵素であるCYP7B1の欠損により、肝内胆汁うっ滞や進行性神経障害を呈する
- 治療: 胆汁酸合成阻害薬による異常代謝産物の産生抑制と、一次胆汁酸の補充療法の併用が検討されている
- 胆汁酸CoAリガーゼ欠損症
- 病態: 胆汁酸のアミノ酸抱合過程が障害され、非抱合型胆汁酸が増加する
- 治療: ウルソデオキシコール酸などの胆汁酸製剤の投与が基本だが、胆汁酸合成阻害薬の併用効果も研究されている
これらの疾患に対する胆汁酸合成阻害薬の治療効果については、現在も研究が進行中です。特に、FXRアゴニストやFGF19アナログは、異常な胆汁酸代謝産物の産生を抑制することで、肝障害や胆汁うっ滞を改善する可能性があります。
国内では、先天性胆汁酸代謝異常症に対する胆汁酸合成阻害薬の臨床試験も行われています。例えば、Δ4-3-oxoR欠損症患者を対象とした第III相試験が実施されており、その結果が期待されています。
先天性胆汁酸代謝異常症は希少疾患であるため、診断の遅れや適切な治療の選択が課題となっています。胆汁酸合成阻害薬の開発と臨床応用が進むことで、これらの患者さんのQOL向上につながることが期待されます。
胆汁酸合成阻害薬の最新研究動向と今後の展望
胆汁酸合成阻害薬の分野では、新たな薬剤の開発や既存薬の新たな適応拡大に向けた研究が活発に行われています。ここでは、最新の研究動向と今後の展望について解説します。
1. 第2世代FXRアゴニストの開発
- ステロイド骨格を持たない第2世代のFXRアゴニスト(シロフェキソル、トロピフェキソルなど)が開発されています
- これらの薬剤は、オベチコール酸で見られる皮膚掻痒や高コレステロール血症などの副作用が軽減されることが期待されています
- シロフェキソル(GS-9674)を用いた単独療法や他の薬剤との併用療法によるNASHに対する第2相臨床試験が進行中です
2. 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)治療への応用
- FXRは肝臓においてSREBP-1cなどの抑制を介して脂肪酸合成を、PEPCKなどの抑制を介して糖新生を阻害するため、メタボリック症候群に対する効果も期待されています
- オベチコール酸のNASHに対する大規模臨床試験では、プラセボと比較して線維化改善効果が認められていますが、NASHの消失率については有意差が見られていません
- 複数の作用機序を持つ薬剤の併用療法(FXRアゴニスト+GLP-1受容体作動薬など)の有効性も検討されています
3. 胆汁酸トランスポーター阻害薬の新たな適応
- ASBT阻害薬は当初、胆汁うっ滞症の治療薬として開発されていましたが、現在は様々な疾患への応用が研究されています
- PBC、原発性硬化性胆管炎(PSC)、進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)、Alagille症候群、小児の胆汁うっ滞症に対する臨床試験が進行中です
- 過敏性腸症候群(IBS)や機能性ディスペプシアなどの機能性消化管障害への応用も検討されています
4. 胆汁酸-マイクロビオーム相互作用を標的とした治療法
- 腸内細菌叢(マイクロビオーム)は胆汁酸の代謝に重要な役割を果たしており、胆汁酸-マイクロビオーム相互作用を標的とした新たな治療アプローチが研究されています
- 特定の腸内細菌を標的とした抗生物質や、プロバイオティクス、プレバイオティクスと胆汁酸合成阻害薬の併用効果が検討されています
- マイクロビオーム修飾による二次胆汁酸産生の調節が、様々な疾患の治療に応用できる可能性があります
5. 個別化医療への応用
- 胆汁酸代謝には個人差が大きく、遺伝的背景や環境因子の影響を受けるため、個別化医療のアプローチが重要です
- 胆汁酸プロファイリングや遺伝子解析に基づく治療薬の選択や用量調整が研究されています
- 特に希少疾患である先天性胆汁酸代謝異常症では、遺伝子型-表現型相関に基づく治療戦略の最適化が進められています
胆汁酸合成阻害薬の分野は急速に発展しており、今後も新たな薬剤の開発や既存薬の適応拡大が期待されます。特に、胆汁酸が単なる脂質消化吸収の補助物質ではなく、重要なシグナル分子であるという認識の広がりにより、様々な疾患の病態解明と治療法開発が進むことが期待されます。
医療従事者は、これらの最新の研究動向を把握し、個々の患者に最適な治療法を選択することが重要です。また、胆汁酸合成阻害薬の適正使用に関するガイドラインや診療指針の整備も今後の課題となるでしょう。
- チノ(藤本製薬)
- ウルソ(田辺三菱製薬)