高トリグリセリド血症の症状と治療
高トリグリセリド血症の定義と基準値
高トリグリセリド血症とは、血液中の中性脂肪(トリグリセリド)の値が基準値よりも高い状態を指します。日本の診断基準では、空腹時の血中トリグリセリド値が150mg/dL以上の場合に高トリグリセリド血症と診断されます。
トリグリセリドは、肉や魚などの食品中の脂質や体脂肪の大部分を占める物質で、単に脂肪とも呼ばれます。その構成成分である脂肪酸は、動物性脂肪では飽和脂肪酸が多く、植物性脂肪では不飽和脂肪酸が多いという特徴があります。
血中トリグリセリド値の分類は以下のようになっています。
- 正常値:30〜149mg/dL
- 軽度高値:150〜199mg/dL
- 中等度高値:200〜499mg/dL
- 高度高値:500mg/dL以上
特に1997年の国民栄養調査では、日本人の男性の45%、女性の33%が高トリグリセリド血症に該当するとされており、内臓脂肪型肥満の人に多く見られる傾向があります。
血中のトリグリセリドには、食事中の脂肪が腸で吸収されて血液中に取り入れられた「外因性トリグリセリド」と、一度肝臓に取り込まれた脂肪が再び血液中に分泌された「内因性トリグリセリド」の2種類があります。これらが過剰に増加することで、さまざまな健康リスクが高まります。
高トリグリセリド血症の主な症状と合併症
高トリグリセリド血症は、初期段階では特徴的な自覚症状がほとんど現れません。そのため、「サイレントキラー」とも呼ばれ、定期的な健康診断で発見されることが多い疾患です。しかし、血中トリグリセリド値が著しく上昇すると、以下のような症状や合併症が現れることがあります。
皮膚症状
トリグリセリド値が高度に上昇(特に1,000mg/dL以上)すると、体幹、背部、肘、殿部、膝、および手足に発疹性黄色腫が生じることがあります。これは、トリグリセリドの上昇による影響が皮膚に現れたものです。
眼症状
重度の高トリグリセリド血症(2,000mg/dL以上)では、網膜の動静脈が乳白色の外観を呈することがあります。これは網膜脂血症と呼ばれる状態です。
特に重要な合併症として、高トリグリセリド血症は急性膵炎を引き起こすことがあります。血中トリグリセリド値が1,000mg/dL以上になると急性膵炎のリスクが高まり、激しい腹痛、嘔吐、発熱などの症状が現れることがあります。実際に、高トリグリセリド血症に伴う重症急性膵炎の症例報告もあり、その治療にはヘパリン・インスリン療法が有効であったという報告もあります。
動脈硬化性疾患
長期的には、高トリグリセリド血症は動脈硬化を促進し、冠動脈疾患(心筋梗塞など)や脳血管疾患(脳梗塞など)のリスクを高めます。特に、RLP-C (Remnant-like lipoprotein particles-cholesterol) の高トリグリセリド血症における動脈硬化発症への関与が示唆されています。
その他の症状
高トリグリセリド血症の患者では、高尿酸血症を併発することがあります。また、血液がドロドロの状態になることで、身体の隅々まで酸素や栄養が運ばれにくくなり、老廃物も溜まりやすくなるため、全身の倦怠感などを感じることもあります。
医療従事者として重要なのは、これらの症状や合併症のリスクを患者に適切に説明し、早期発見・早期治療の重要性を理解してもらうことです。高トリグリセリド血症は自覚症状に乏しいからこそ、定期的な健康診断の受診を促すことが大切です。
高トリグリセリド血症の原因と危険因子
高トリグリセリド血症の発症には、様々な要因が関与しています。医療従事者として、患者の背景を理解し、適切な治療方針を立てるためにも、これらの原因と危険因子を把握することが重要です。
生活習慣要因
- 食生活の乱れ
- 脂質の過剰摂取:動物性脂肪の多い食品の摂りすぎ
- 糖質の過剰摂取:精製炭水化物(白米、白パン、砂糖など)の摂りすぎ
- 総カロリーの過剰摂取:必要以上のエネルギー摂取
- アルコール摂取
- アルコールは肝臓でのトリグリセリド合成を促進します
- 特に日本酒や甘口のワインなど糖質を多く含む酒類は注意が必要です
- 運動不足
- 身体活動量の低下はエネルギー消費を減少させ、余剰エネルギーが中性脂肪として蓄積されます
- デスクワークが多い現代人に特に注意が必要な要因です
- 肥満
- 特に内臓脂肪型肥満(メタボリックシンドローム)との関連が強い
- 脂肪細胞からの遊離脂肪酸の放出増加が肝臓でのトリグリセリド合成を促進します
疾患要因
- 糖尿病
- インスリン抵抗性によりリポタンパクリパーゼの活性低下が起こり、トリグリセリドの分解が減少します
- 実際に、食後高トリグリセリド血症家兎(PHT)の研究では、耐糖能異常並びにインスリン抵抗性が認められています
- 腎疾患
- ネフローゼ症候群などでは、タンパク尿によりリポタンパクリパーゼが喪失し、トリグリセリドの分解が低下します
- 甲状腺機能低下症
- 甲状腺ホルモンの低下により、脂質代謝全般が低下します
遺伝的要因
- 家族性高トリグリセリド血症
- 遺伝的要因による高トリグリセリド血症で、血中トリグリセリド値が200〜500mg/dLを示します
- 発症頻度は約1/500と言われています
- リポタンパクリパーゼ欠損症
- リポタンパクリパーゼの先天的欠損により、トリグリセリドの分解が著しく低下します
薬剤性要因
以下の薬剤は高トリグリセリド血症を引き起こす可能性があります。
これらの原因を理解することで、患者個々の状況に応じた適切な治療アプローチを選択することができます。例えば、生活習慣要因が主な原因である場合は生活習慣の改善に重点を置き、遺伝的要因や疾患要因が強い場合は薬物療法を早期に検討するなど、個別化された治療が可能になります。
高トリグリセリド血症の診断方法と検査
高トリグリセリド血症の正確な診断には、適切な検査方法と診断基準の理解が不可欠です。医療従事者として、以下の診断プロセスを把握しておきましょう。
血液検査の実施方法
高トリグリセリド血症の診断には、空腹時の血液検査が基本となります。検査の信頼性を高めるために、以下の点に注意が必要です。
- 空腹時間の確保
- 検査前10〜12時間の絶食が必要です
- 水やお茶などのノンカロリー飲料の摂取は可能です
- 検査前の注意事項
- 検査前日の過度のアルコール摂取を避ける
- 検査前日の高脂肪食を避ける
- 可能であれば、検査前3日間は通常の食生活を送る
トリグリセリド値は食事の影響を強く受けるため、非空腹時の測定では正確な評価ができないことに注意が必要です。また、日内変動もあるため、可能であれば同じ時間帯での測定が望ましいでしょう。
診断基準
日本動脈硬化学会の脂質異常症診療ガイドラインによる診断基準は以下の通りです。
分類 | トリグリセリド値 |
---|---|
正常 | 30〜149mg/dL |
高トリグリセリド血症 | 150mg/dL以上 |
さらに高トリグリセリド血症は重症度により以下のように分類されます。
重症度 | トリグリセリド値 |
---|---|
軽度 | 150〜199mg/dL |
中等度 | 200〜499mg/dL |
高度 | 500mg/dL以上 |
超高度 | 1000mg/dL以上 |
他の脂質マーカーとの関連
高トリグリセリド血症の診断では、他の脂質マーカーも同時に評価することが重要です。
- LDLコレステロール
- 高トリグリセリド血症ではLDLコレステロールの測定値が不正確になることがあります
- トリグリセリド値が400mg/dL以上の場合、直接法でのLDLコレステロール測定が推奨されます
- HDLコレステロール
- 高トリグリセリド血症では、しばしばHDLコレステロールの低下を伴います
- この組み合わせは動脈硬化リスクをさらに高めます
- レムナント様リポ蛋白コレステロール(RLP-C)
- 高トリグリセリド血症では上昇することが多く、動脈硬化との関連が示唆されています
画像診断
高度な高トリグリセリド血症では、以下の画像診断が有用な場合があります。
鑑別診断
高トリグリセリド血症の原因を特定するために、以下の検査も考慮します。
- 耐糖能検査
- 糖尿病や耐糖能異常の評価
- 食後高トリグリセリド血症家兎(PHT)の研究でも、耐糖能異常並びにインスリン抵抗性が認められています
- 甲状腺機能検査
- 甲状腺機能低下症の評価
- 腎機能検査
- 腎疾患による二次性高トリグリセリド血症の評価
- 家族歴の聴取
- 家族性高トリグリセリド血症の可能性を評価
適切な診断は効果的な治療計画の立案に不可欠です。特に、二次性の高トリグリセリド血症の場合は、原疾患の治療が優先されることもあるため、包括的な評価が重要となります。
高トリグリセリド血症の効果的な治療戦略
高トリグリセリド血症の治療は、血中トリグリセリド値の程度、合併症の有無、原因となる要因などを考慮して個別化する必要があります。以下に、エビデンスに基づいた効果的な治療戦略を解説します。
治療目標値
日本動脈硬化学会のガイドラインでは、高トリグリセリド血症の治療目標値は150mg/dL未満とされています。特に急性膵炎のリスクを考慮すると、500mg/dL以上の高値では積極的な介入が必要です。
非薬物療法(生活習慣の改善)
- 食事療法
- 総エネルギー摂取量の適正化:適正体重の維持を目標に
- 炭水化物摂取の調整:精製炭水化物の摂取制限(総エネルギーの50-60%程度に)
- アルコール摂取の制限:可能であれば禁酒、または大幅な制限
- 食物繊維の摂取増加:水溶性食物繊維(オートミールなど)は特に有効
- n-3系多価不飽和脂肪酸の摂取:青魚(サバ、サンマなど)の週2-3回の摂取
- 運動療法
- 有酸素運動:週3-5回、30分以上の中等度の運動(ウォーキング、サイクリングなど)
- レジスタンス運動:週2-3回の筋力トレーニング
- 日常生活での身体活動量増加:エレベーターではなく階段を使うなど
- 体重管理
- 肥満がある場合は、現在の体