睡眠相後退症候群と症状
睡眠相後退症候群の症状と特徴
睡眠相後退症候群は、一般的な「夜更かし」とは異なり、生活リズムが乱れて自分で修正することが困難となる概日リズム睡眠障害の一つです。社会的に望ましい時刻に入眠および覚醒することが慢性的に困難であり、多くの場合午前3時~6時のある一定の時刻になってやっと寝付くことができます。特に思春期から青年期にかけて発症することが多く、10代から発症して長期化するケースも少なくありません。
学校の試験といった大切なスケジュールがあっても朝起きることができないことで、重要な機会を失うなど社会的な問題も引き起こされます。大学生の中には夜型の生活を続けているうちに同様の睡眠・覚醒パターンになっている場合が見られますが、この場合は試験や遊びなどでどうしても朝起床しなければならない時には起きることができるという点が、睡眠相後退症候群とは異なっています。無理をして社会生活にリズムを合わせることで日中の眠気、倦怠感、頭痛、頭重感、食欲不振などの身体症状が生じるようになります。
睡眠相後退症候群の原因とメカニズム
体内時計が乱れることで発症する睡眠相後退症候群の主な原因は、長期休暇中の遅寝・遅起きの習慣にあります。例えば夏休みなどに深夜2時頃に寝て10時頃に起きるという8時間睡眠の遅寝・遅起きを繰り返すと、自然に眠くなる時間がこのリズムに慣れてしまいます。休みが明けて学校や仕事が始まって以前同様に23~0時に寝ようと思っても、休み中と同じ2時頃まで寝付けず、7時に起きようと思っても脳も体も10時頃まで眠ろうとしているため、無理に7時に起きようとしても実際には5時間程度の睡眠しかとれていません。
人間の概日リズムは個人差はあるものの、一般的には24時間よりも長い周期であり、平均的には24時間10分程度と言われています。地球の1日の周期は24時間であり、人間の体内時計とは根本的にズレがあります。そのため、規則正しい生活をとることで概日リズムのリセットを行い、外界の24時間周期に同調しています。リズムのリセットができない場合には外界周期に同調できず、望ましい時刻に入眠・覚醒することができなくなります。
概日リズムのリセットには「メラトニン」と「セロトニン」というホルモンが大きく影響しています。メラトニンは「睡眠ホルモン」とも呼ばれるもので、夜になると分泌され、血圧や体温・脈拍を下げて睡眠を誘発します。正常な状態では就寝時間の1~2時間前にはメラトニンが分泌されるようになり、覚醒力が低下して睡眠に繋がります。セロトニンは日光を浴びることで分泌されるホルモンであり、メラトニンを作る材料でもあります。日中にセロトニンがしっかり分泌されていると、夜にメラトニンが正しく分泌されるようになります。
夜にブルーライトによる光刺激を受けると、松果体でのメラトニン分泌が抑えられてしまい、概日リズムの乱れを引き起こします。本来、環境が暗くなるとメラトニン分泌が高まりますが、ブルーライトを浴びてしまうと私たちの体が昼間の環境であると判断して眠れなくなってしまいます。夜更かしをしてブルーライトを浴びる状況が続くと体内時計に影響して、睡眠リズムが少しずつ後退していきます。
睡眠相後退症候群の診断方法
睡眠相後退症候群が疑われるときは、入眠時間や起床時間、日中の活動などを記録して総合的に診断されます。外来の通院によって睡眠リズムを評価することから始まり、眠りについての問診、寝る時間、起きる時間、生活環境などを聞き取りします。自宅では睡眠日誌の記録を2週間行い、毎日何時に寝たか、起床したか、目が途中で覚めたか、昼寝の時間などを把握します。
基本的に問診による評価と睡眠リズムの確認によって睡眠相後退症候群と診断することができ、終夜睡眠ポリグラフ検査を施行することは殆どありません。また、睡眠相後退症候群は不安症や気分障害などの精神的な病気を併発するケースがあるため、これらの病気が疑われる場合は必要に応じて検査などを行うこともあります。睡眠記録表やアクチグラフで睡眠の状況を長期間記録して病態を自覚し、動機づけを高めて睡眠覚醒リズムの固定を図ります。
睡眠相後退症候群の治療方法と光療法
睡眠相後退症候群の治療法として、薬物療法、高照度光照射療法、生活指導などがあります。薬物療法では睡眠相を固定するためにメラトニン作動薬(ラメルテオン)やビタミンB12製剤(メコバラミン)を使用します。また入眠時間を固定するために短時間作用型の睡眠導入剤を用いることがあります。メラトニン製剤の使用については、複数の研究でその有効性が報告されています。
睡眠相後退症候群に対するメラトニン製剤の使用に関するメタ分析では、その効果が検証されています
高照度光照射療法は、朝の一定の時間帯に2500ルクス以上の光を1~2時間ほど浴びることにより、乱れた体内時計をリセットする治療法です。光、特に朝の太陽光は体内時計をリセットする上で最も強力な同調因子であり、光療法はこの光の作用を人工的に利用して体内時計のリズムを意図的に前進させたり後退させたりする治療法です。高照度光照射装置を用い、毎日決まった時間に強い光(通常2500~10000ルクス)を一定時間(通常30分~1時間程度)浴びます。
睡眠相後退型の場合、朝に自然に目が覚める時間よりも早い時間帯に光を浴びることにより、遅れている体内時計を前倒し(前進)させ、夜の早い時間帯に眠気を感じられるように、そして朝早く起きられるように調整します。光を浴びるタイミングが非常に重要であり、夜に強い光を浴びると睡眠相は後退し、朝に光を浴びると睡眠相は前進します。光療法によって直腸温やメラトニンリズムにも変化が現れ、3000ルクスの光を2日間照射するだけでメラトニンリズムが前進することが報告されています。
文部科学省の報告では、光療法による体温リズムやメラトニンリズムの変化が詳しく解説されています
睡眠相後退症候群と精神疾患の併発
睡眠相後退症候群は、パーソナリティ障害、不安症、気分障害などの精神的な病気を併発するケースがあるのも特徴です。特にうつ病には不眠症が高率に併存することが知られており、うつ病患者の77~90%に何らかの不眠症状が出現すると報告されています。早朝覚醒がうつ病に特異的な不眠症状であると古くから言われていますが、うつ状態のときに最も出現しやすい症状は入眠困難です。
不眠症状はうつ病に先行して出現することが多いと言われており、うつ病患者の約41%で不眠症状が他の抑うつ症状に先行すると報告されています。うつ病の治療が奏功し寛解状態に至った際、何らかの症状が残遺することがありますが、不眠症状は残遺症状の中で最も高率に生じます。高齢者のうつ病患者を対象に2年間の再発についての調査では、寛解状態における不眠症状の併存がその後の再発率を高めることが示されており、残遺症状としての不眠症状への適切な対処は重要です。
精神疾患においては不眠、睡眠・覚醒スケジュール障害、睡眠時行動異常など多彩な睡眠障害が出現します。これら睡眠障害は主要な精神疾患において必発症状であり、初発症状、再発の契機となり、増悪因子としても働くため、精神疾患の治療において睡眠への対応は極めて重要です。統合失調症では急性期において精神症状とともに著しい入眠困難、睡眠維持の困難を示し、慢性期においても不眠がみられます。
国立精神・神経医療研究センターでは、気分障害に併存する睡眠障害について詳しい情報が提供されています
睡眠相後退症候群の日常生活での対応策
睡眠相後退症候群の改善方法は、生活習慣を見直すことが重要です。少しずつ就寝時間を早められるように心がけることが大事であり、寝る前にカフェインを摂取しない、就寝時間の2時間前から部屋の照明を少しずつ落としていく、夜には携帯ゲームやスマホをしないなどにも取り組んでいきましょう。朝方にしっかりと光を浴びることは睡眠リズムをよくするために効果的です。
一般には薬物療法、高照度光療法を併用しながら、一定の時間に予定を入れるなど社会的同調因子を利用して睡眠時間帯を固定します。また睡眠時間帯を後ろにずらして行き、昼夜の再逆転を図る場合もあります。毎日同じ時間に起床して食事をとり、日光を浴びる(通勤通学)ことで概日リズムを整えることができます。
体内時計の周期は光パルスや暗パルスなどのさまざまな刺激(同調因子)によってリセットされます。同調因子は太陽の光を浴びること、食事や運動すること、仕事や学校などの社会的な活動を行うことが該当します。これらの同調因子を効果的に利用することで、体内時計を外界の24時間周期に同調させることができます。
対応方法 | 具体的な内容 | 効果 |
---|---|---|
朝の光刺激 | 起床後すぐに太陽光を浴びる、または高照度光療法器具を使用する | 体内時計を前進させ、早く眠くなるリズムを作る |
夜間の光制限 | 就寝2時間前から照明を落とし、スマホやゲームを控える | メラトニン分泌を促進し、自然な眠気を誘発する |
規則正しい食事 | 毎日同じ時間に朝食、昼食、夕食をとる | 内臓の体内時計をリセットし、リズムを整える |
カフェイン制限 | 午後以降のコーヒーや緑茶などカフェイン飲料を避ける | 夜間の入眠を妨げる覚醒作用を防ぐ |
社会的活動 | 学校や仕事など一定時間の予定を入れる | 社会的同調因子により睡眠時間帯を固定する |
起立性調節障害に伴う睡眠相後退症候群については、漢方薬による温補治療が奏効した症例も報告されており、東洋医学的なアプローチも選択肢の一つとなっています。また鍼灸治療が効果的であったという報告もあり、多様な治療法が検討されています。無理をして起床すると眠気や頭痛・頭重感・食欲不振・易疲労感などの身体的不調のために勉学や仕事を行うことが困難な状態になるため、段階的な生活リズムの改善が必要です。