脊椎麻酔と腰椎麻酔の効果と使用薬剤

脊椎麻酔と脊髄くも膜下麻酔の基本

脊椎麻酔の基礎知識
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麻酔の種類

脊椎麻酔は局所麻酔の一種で、脊髄くも膜下腔に局所麻酔薬を注入する手法です

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効果の特徴

効果発現が迅速で、知覚神経と運動神経の両方を麻痺させる強力な麻酔作用があります

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持続時間

通常2時間程度の手術に適しており、使用薬剤によって持続時間が変わります


脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、下半身の手術に広く用いられる麻酔法です。この麻酔法は、脊髄を覆っている膜の下、脊髄くも膜下腔に局所麻酔薬を直接注入することで効果を発揮します。腰椎麻酔や脊椎麻酔とも呼ばれ、医療現場では頻繁に使用される重要な麻酔技術の一つです。
脊髄の解剖学的特徴を理解することが、この麻酔法の理解には不可欠です。成人の脊髄末端は第一腰椎(L1)付近に位置しており、それより下の部分は馬尾神経と呼ばれる神経束となっています。脊髄本幹がある場所での穿刺は脊髄損傷のリスクがあるため、通常は第三第四腰椎間(L3/4)辺りから穿刺を行います。
脊髄くも膜下腔には脳脊髄液が満たされており、その中を馬尾神経が走行しています。この空間に直接麻酔薬を注入することで、神経周囲に直接作用させることができます。そのため、硬膜外麻酔と比較して効果発現が迅速であり、より強力な麻酔作用が得られるのが特徴です。知覚神経だけでなく運動神経も麻痺させるため、完全な下半身麻酔が可能となります。

脊椎麻酔の適応と禁忌について

脊椎麻酔は特定の手術や処置に適しています。主な適応としては、下腹部より下の手術が挙げられます。具体的には、帝王切開、虫垂切除術、鼠径ヘルニア手術、下肢骨折手術、経膣・経尿道的手術などが良い適応とされています。これらの手術は通常2時間以内で完了するものが多く、脊椎麻酔の持続時間(約2時間)に適しています。
一方で、脊椎麻酔にも禁忌事項があります。絶対的禁忌としては、穿刺部位の感染、頭蓋内圧亢進(脳幹ヘルニアのリスクとなる)、患者さんの協力が得られない場合などが挙げられます。相対的禁忌としては、脊柱術後や変形、二分脊椎、出血傾向(抗血小板・抗凝固薬服用中や休薬期間不足、血小板数や凝固能低下)、病的肥満、循環血液量減少や大動脈弁狭窄など前負荷依存状態などがあります。
長時間の手術が予想される場合や術後鎮痛を目的として、脊椎麻酔に硬膜外麻酔を併用することもあります。これにより、術中の麻酔効果と術後の疼痛管理を両立させることが可能になります。
手術内容や患者さんの状態によって最適な麻酔法は異なりますので、麻酔科医による術前評価と適切な麻酔法の選択が重要です。

脊椎麻酔で使用される薬剤と特性

脊髄くも膜下麻酔で使用される主な薬剤は局所麻酔薬です。多くの医療機関ではブピバカイン(マーカイン®)が使用されています。この薬剤には、主に髄液に対して高比重のものと等比重(髄液内では実際は低比重)の製剤があり、それぞれ特性が異なります。
高比重の製剤は重力の影響を受けやすく、患者さんの体位によって身体の床側(下側)に麻酔が広がる特徴があります。一方、等比重の製剤は天井側(上側)に麻酔が広がる傾向があります。この特性を利用して、手術部位に応じた麻酔範囲をコントロールすることが可能です。
通常、2-3mLの投与量で約2時間程度の効果持続が得られます。ブピバカイン以外にも、ジブカインやテトラカインなどが使用されることもあります。
鎮痛効果の増強や術後鎮痛を目的として、局所麻酔薬に少量の麻薬(オピオイド)を添加することもあります。これにより、より効果的な疼痛管理が可能になりますが、副作用のリスクも考慮する必要があります。
薬剤の選択は、手術の種類や予想される手術時間、患者さんの状態などを考慮して麻酔科医が決定します。適切な薬剤選択により、効果的な麻酔管理と副作用の最小化が図られます。

脊椎麻酔の実施方法と手順の詳細

脊髄くも膜下麻酔の実施は、清潔操作のもとで慎重に行われます。通常、穿刺は側臥位(横向き)で行われますが、肥満患者や妊婦、仙骨領域だけ麻酔したい場合などは座位で行うこともあります。
まず、患者さんを横向きにし、医師が穿刺しやすいように患者さんの背中がベッドサイドのぎりぎりに来るように位置調整します。穿刺部位のランドマークとなる骨盤の上前腸骨稜を触知し、左右の前腸骨稜を結ぶヤコビー線(通常L4またはL4/5に相当)を確認します。
患者さんには、穿刺予定部位を背中側に突き出し、両膝をお腹に抱えるよう、頭はおへそを覗き込むような姿勢をとってもらいます。この「胎児のように丸まる」姿勢により、脊椎間が広がり穿刺が容易になります。体位保持のため、介助者は患者さんのお腹側から肩と膝を支えます。
処置の流れは以下の通りです:

  1. 医師は滅菌手袋を着用し、穿刺部とその周囲を消毒後、滅菌布をかけます
  2. 23-27G程度の細い針で皮膚・皮下に局所浸潤麻酔を行います
  3. 脊髄くも膜下針(スパイナル針25-27G)を穿刺します
  4. 針は皮膚、皮下、棘上靭帯、棘間靭帯、黄色靭帯、硬膜くも膜を経て、脊髄くも膜下腔に到達します

スパイナル針には主に2種類あります。クインケタイプは針先が刃面になっており1本の針だけで穿刺します。一方、ペンシルポイントタイプでは短いイントロデューサー針を棘間靭帯まで進め、その針をガイドにして針先が丸みを帯びたスパイナル針で穿刺します。
針先が硬膜を穿刺する際には「プツン」と破る感覚があることが多く、脊髄くも膜下腔に達したことは針の内筒を抜いて髄液の逆流を確認することで判断します。薬液の入ったシリンジを針に接続し、シリンジを引いて再度髄液の逆流を確認した後、2-3mL程度の局所麻酔液を10-15秒ほどかけてゆっくり注入します。
穿刺時に針先が神経に触れて腰や下肢に放散痛が生じることがありますが、その場合は針をわずかに移動させます。症状が継続する場合は新たに穿刺し直すことがあります。処置後は穿刺部に絆創膏を貼付します。

脊椎麻酔の副作用と合併症の管理

脊髄くも膜下麻酔には、いくつかの副作用や合併症が伴うことがあります。これらを理解し、適切に対応することが医療従事者にとって重要です。
主な副作用としては、交感神経遮断による血圧低下があります。これは麻酔による血管拡張と静脈還流の減少によるもので、特に高齢者や循環血液量が減少している患者さんでは注意が必要です。対策として、事前の輸液負荷や昇圧剤の準備が行われます。
また、迷走神経優位になることによる徐脈も生じることがあります。特に若年者や運動選手など、普段から徐脈傾向にある患者さんでは注意が必要です。必要に応じてアトロピンなどの抗コリン薬を投与します。
合併症としては以下のようなものがあります:

  1. 脊髄・硬膜外血腫、膿瘍:非常にまれですが、重篤な合併症です。出血傾向のある患者さんでは特にリスクが高まります。
  2. 硬膜穿刺後頭痛(PDPH):穿刺部からの髄液漏出により、起立時に増悪する頭痛が生じることがあります。太い針を使用した場合や若年女性でリスクが高まります。予防には細い針の使用やペンシルポイント型針の選択が有効です。
  3. 神経障害:一過性の感覚異常から永続的な神経障害まで様々です。直接的な神経損傷、局所麻酔薬の神経毒性、血腫や感染による圧迫などが原因となります。
  4. 高位・全脊椎麻酔:麻酔が予想以上に高位まで広がり、呼吸筋麻痺や意識消失を引き起こす危険な合併症です。適切な薬剤量の選択と体位管理が重要です。

これらの副作用や合併症に対応するため、バイタルサインの継続的なモニタリングと適切な対応策の準備が不可欠です。特に麻酔後30分間は血圧低下などの副作用が出現しやすいため、注意深い観察が必要です。

脊椎麻酔と他の麻酔法との比較

脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、他の麻酔法と比較していくつかの特徴があります。これらを理解することで、患者さんに最適な麻酔法を選択する際の参考になります。
全身麻酔との比較では、脊椎麻酔は意識が保たれるため、気道確保の必要がなく、術後の嘔気・嘔吐が少ないというメリットがあります。また、術後の呼吸抑制も少なく、早期回復が期待できます。一方で、麻酔範囲が限定的であり、長時間の手術には不向きです。また、患者さんの協力が必要となるため、不安が強い患者さんや意思疎通が困難な患者さんには適さないことがあります。
硬膜外麻酔との比較では、脊椎麻酔は効果発現が迅速で確実であり、技術的にも比較的容易です。少量の薬剤で効果が得られるため、局所麻酔薬の全身毒性のリスクも低くなります。一方で、持続投与ができないため効果持続時間が限られており、術後鎮痛には不向きです。また、硬膜穿刺後頭痛のリスクがあります。
局所麻酔(神経ブロック・局所浸潤麻酔)との比較では、脊椎麻酔はより広範囲の麻酔効果が得られ、複数の神経支配領域にまたがる手術に適しています。しかし、局所麻酔に比べて全身への影響が大きく、血圧低下などの血行動態変化に注意が必要です。
手術の種類や患者さんの状態によって最適な麻酔法は異なります。例えば、「長い手術・大きな手術」には全身麻酔(場合によっては硬膜外麻酔を併用)、「下腹部より下が傷口となる手術」には硬膜外麻酔や脊椎麻酔、「小さな手術」には局所麻酔が適していることが多いですが、患者さんの年齢・身体状況や内服薬によっては、小さい手術でも全身麻酔が適切な場合もあります。
最終的には、手術内容、手術時間、患者さんの全身状態、合併症、希望などを総合的に判断して、麻酔科医が最適な麻酔法を選択します。

脊椎麻酔における看護師の役割と観察ポイント

脊髄くも膜下麻酔を受ける患者さんのケアにおいて、看護師は重要な役割を担います。麻酔前、麻酔中、麻酔後の各段階で適切な観察とケアを提供することが求められます。
麻酔前の看護
麻酔前には、患者さんの不安軽減と適切な体位保持の援助が重要です。具体的には以下のポイントに注意します:

  • 患者さんへの十分な説明と精神的サポート
  • バイタルサインの測定と記録
  • 禁飲食の確認
  • 抗凝固薬・抗血小板薬の服用歴の確認
  • アレルギー歴の確認
  • 穿刺部位の皮膚状態の確認

麻酔中の看護
麻酔中は、体位保持の援助と患者さんの状態観察が主な役割となります:

  • 穿刺時の適切な体位(側臥位または座位)の保持援助
  • バイタルサインの継続的なモニタリング(特に血圧、心拍数)
  • 麻酔の効果範囲の確認(冷感テストなど)
  • 患者さんの訴え(不快感