リスクアセスメントのやり方と評価方法、医療現場での手順と事例

リスクアセスメントのやり方

この記事のポイント
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基本的な手順

リスクの特定から見積もり、評価、対策まで、厚労省の指針に沿った4つのステップを具体的に解説します。

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具体的な評価方法

重篤度と発生可能性を軸に評価する「マトリクス法」など、リスクレベルを客観的に判断する手法を紹介します。

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医療現場での活用

転倒・転落や薬剤誤投与など、医療現場で頻発する事故事例を取り上げ、具体的な対策と合わせて説明します。

リスクアセスメントの基本的な手順と評価方法

 

医療現場におけるリスクアセスメントは、患者さんと医療従事者双方の安全を確保するために不可欠なプロセスです 。これは、単に事故が起きてから対応するのではなく、潜在的な危険性を予見し、未然に防ぐための体系的な取り組みを指します 。厚生労働省が示す指針に基づき、リスクアセスメントは一般的に以下の4つのステップで進められます 。この一連の手順を踏むことで、漠然とした不安や危険を具体的な「リスク」として可視化し、優先順位をつけて対策を講じることが可能になります 。

  • STEP1️⃣:危険性または有害性の特定
    まず、院内のあらゆる業務に潜む「危険性または有害性」を洗い出します 。これには、過去のヒヤリハット事例やインシデントレポート、作業手順書、医療機器の取扱説明書などが重要な情報源となります 。例えば、「患者のベッド移乗介助」「薬剤の投与」「夜間の巡回」といった具体的な作業単位で、どのような危険が潜んでいるかを特定します。この段階では、思いつく限りの危険性をリストアップすることが重要です。
  • STEP2️⃣:リスクの見積もり
    次に、特定した危険性や有害性が、どの程度の「リスク」になるかを見積もります 。リスクは、一般的に「負傷または疾病の重篤度」と「発生の可能性」の2つの軸で評価されます 。重篤度は「死亡・後遺障害」から「かすり傷程度」まで、発生可能性は「極めて高い」から「ほとんどない」まで、段階的に設定します。この評価基準を組織内で統一しておくことが、客観的なアセスメントの鍵となります 。
  • STEP3️⃣:リスクの評価(優先度の設定)
    見積もったリスクの大きさに従って、対策を講じる優先順位を決定します 。例えば、重篤度と発生可能性の組み合わせでリスクレベルを算出し、「許容できないリスク」「高いリスク」「中程度のリスク」「低いリスク」などに分類します 。当然、「許容できないリスク」や「高いリスク」と評価されたものから、優先的に対策を検討する必要があります 。
  • STEP4️⃣:リスク低減措置の検討と実施
    リスクの優先度に基づき、具体的なリスク低減措置を検討し、実施します 。措置には、危険な作業そのものを廃止・変更すること、工学的な対策(安全装置の設置など)、マニュアルの整備、保護具の使用、教育訓練の実施など、さまざまなレベルがあります 。まずは最も効果の高い、危険源そのものを除去する方法から検討し、それが困難な場合に他の措置を組み合わせるのが原則です。

参考:厚生労働省はリスクアセスメントの基本的な考え方や進め方について、詳細な資料を公開しています。
職場のあんぜんサイト:リスクアセスメント

リスクアセスメントにおけるマトリクス法を用いたリスクの見積もり

リスクの見積もりを行う際、最も広く用いられている手法の一つが「マトリクス法」です 。これは、リスクを「重篤度(影響度)」と「発生可能性」の2つの軸で評価し、その組み合わせからリスクレベルを視覚的に判定するツールです 。マトリクス法は直感的で分かりやすく、チーム内での認識共有を容易にするメリットがあります 。

具体的な手順として、まず縦軸に「発生可能性」、横軸に「重篤度」を設定した表(マトリクス)を作成します 。それぞれの軸を3~5段階程度に区分し、各区分の定義を明確にします。例えば、以下のようなマトリクスが考えられます。

【リスクマトリクスの例】

重篤度(Harm)
致命的
(死亡、永続的な障害)
重大
(長期の治療が必要)
中等度
(応急処置以上)
軽微
(応急処置不要)
発生可能性(Likelihood) 高い
(頻繁に発生)
リスクⅣ
(許容不可)
リスクⅢ
(要改善)
リスクⅡ
(許容可)
中程度
(時々発生)
リスクⅣ
(許容不可)
リスクⅢ
(要改善)
リスクⅡ
(許容可)
リスクⅠ
(許容可)
低い
(まれに発生)
リスクⅢ
(要改善)
リスクⅡ
(許容可)
リスクⅠ
(許容可)
極めて低い
(ほとんど発生しない)
リスクⅡ
(許容可)
リスクⅠ
(許容可)

洗い出した危険有害性について、このマトリクス上のどこに位置するかを評価します 。例えば、「手術室での患者取り違え」は、発生可能性は「極めて低い」かもしれませんが、発生した場合の重篤度は「致命的」です。したがって、リスクレベルは「リスクⅡ」または「リスクⅢ」と評価され、優先的な対策が必要と判断できます 。このように、リスクの大きさを客観的なレベルで示すことで、どのリスクから優先的に対策すべきかが明確になります 。ただし、評価要素が細分化されると対応しきれない場合もあるため、より定量的な評価が求められる場合は加算法などの他の手法と組み合わせることも有効です 。

参考:厚生労働省は、マトリクス法を含むリスク見積もり方法の例を具体的に示しています。
リスク見積りの方法(マトリクス法の例)

医療現場におけるリスクアセスメントの具体的な事例と対策

医療現場では、日々さまざまなリスクが存在します。リスクアセスメントを効果的に活用するためには、具体的な事故事例から学び、自施設に潜む同様のリスクを特定・評価することが重要です 。ここでは、医療現場で頻繁に報告される事例と、それに対するリスク低減措置をいくつか紹介します。

  • ⚠️ 事例1:転倒・転落
    高齢の患者さんや術後の患者さんは、ふらつきや筋力低下により転倒・転落のリスクが高まります 。特に、夜間のトイレ歩行時や、ADL(日常生活動作)が向上し活動範囲が広がった回復期に発生しやすい傾向があります 。

    • リスク分析: 患者の身体機能の変化、療養環境(ベッドの高さ、照明、床の状態)、服用している薬剤(睡眠薬など)がリスク要因となる 。
    • リスク対策:
      • 入院時に転倒・転落リスクアセスメントスコアシートを用いて初期評価を行う。
      • 患者の状態変化時(術後、リハビリ開始時など)に再評価を徹底する 。
      • 離床センサーの活用や、フットライトの設置、滑りにくい履物の推奨など環境を整備する。
      • 患者・家族への情報提供と注意喚起を徹底する。
    • ⚠️ 事例2:薬剤の誤投与
      薬剤の誤投与は、患者の生命に直接関わる重大な医療事故につながる可能性があります 。患者の取り違え、薬剤の選択ミス、投与量の計算間違い、投与経路の間違いなど、さまざまな要因が考えられます 。

      • リスク分析: 類似名称の薬剤の存在、複数の点滴ラインの管理、口頭指示による伝達ミス、多忙による確認不足などがリスクを高める 。
      • リスク対策:
        • 薬剤を準備・投与する際の「三点確認」(患者氏名、薬剤名、用法・用量)を徹底する。
        • バーコード認証システムを導入し、患者と薬剤の照合を自動化する。
        • ハイリスク薬については、2名以上の看護師によるダブルチェックを義務付ける。
        • 点滴ラインに薬剤名や投与経路を明記したラベルを貼付し、色分けを行う 。
      • ⚠️ 事例3:患者の誤認
        同姓同名の患者さんや、返事ができない状態の患者さんを取り違え、検査や手術、与薬を行ってしまう事例が報告されています 。

        • リスク分析: 名前だけで本人確認を行う習慣、リストバンドの未装着や確認漏れが主な原因。
        • リスク対策:
          • 本人確認は必ず「氏名(フルネーム)」と「生年月日」の2つで行うことをルール化する。
          • 全ての患者に顔写真付きのリストバンドを装着し、処置やケアの直前に必ず確認する。
          • 検査室や手術室への入室時にも、複数名で本人確認を行う。

          これらの対策を講じることで、ヒューマンエラーが発生したとしても、事故に至る前段階で防ぐことが可能になります。より詳細な事故事例については、以下の公益財団法人日本医療機能評価機構の報告書が参考になります。

          参考:医療事故情報収集等事業の報告書では、具体的なヒヤリ・ハット事例が多数紹介されています。
          医療事故情報収集等事業 | 公益財団法人日本医療機能評価機構

          リスクアセスメント後の記録と形骸化させないための独自視点

          リスクアセスメントは、実施して終わりではありません。その結果を記録し、組織全体で共有・活用し、継続的に見直しを行うことが最も重要です 。しかし、多くの医療現場で「書類作成が目的化してしまい、実質的な安全対策に繋がっていない」という「形骸化」の問題が指摘されています。ここでは、リスクアセスメントを形骸化させず、生きた安全文化として根付かせるための独自の視点を提供します。

          • 💡 視点1:リスクの「動的評価」を導入する
            リスクは静的なものではなく、患者の状態や医療環境の変化によって常に変動します。特に医療現場では、患者の病状が回復に向かう過程でADLが向上し、それに伴い新たな転倒リスクが生まれることがあります 。一度評価したから安心するのではなく、「状態変化時=再アセスメントのトリガー」という認識をチーム全体で共有することが重要です。「良くなったから大丈夫」という思い込みが、新たな事故の温床となり得ます。回復期こそ、新たな視点でのリスク評価が求められるのです。
          • 💡 視点2:「なぜなぜ分析」を組み合わせた記録の深化
            リスク低減措置を記録する際、単に「何を実施したか」だけでなく、「なぜそのリスクが発生したのか(根本原因)」まで掘り下げて記録することが形骸化を防ぎます。インシデントの背景にあるシステムやプロセス上の問題(例:人員不足、不十分な教育体制、コミュニケーション不足など)にまで踏み込む「なぜなぜ分析」の手法を取り入れ、その根本原因に対する対策まで記録に残すべきです。これにより、表面的な対策ではなく、真に効果的な再発防止策へと繋がります。学術的にも、リスク評価手法と組織の安全文化の関連性が指摘されています。詳細は以下の論文で論じられています。

            “Risk-Acceptance Criteria in Occupational Health and Safety Risk-Assessment—The State-of-the-Art through a Systematic Literature Review”
          • 💡 視点3:ポジティブな側面からのアプローチ
            リスクアセスメントは、ネガティブな事象(事故)の防止だけでなく、「より質の高いケアを提供する」というポジティブな側面からも活用できます。例えば、「離床を進めること」には転倒リスクが伴いますが、同時に早期回復やQOL向上という大きなメリットがあります。リスクを「ゼロにすること」だけを目指すのではなく、「許容可能なレベルまで管理し、患者の利益を最大化する」という視点を持つことが重要です。記録シートに「このリスクテイクによって期待されるポジティブな効果」という欄を設けることも、医療従事者のモチベーション維持と、患者中心のケア実現に繋がるでしょう。
          • 💡 視点4:アセスメント結果の積極的なフィードバック
            アセスメントの結果やそれに基づく改善策は、管理部門だけで保管するのではなく、現場のスタッフに積極的にフィードバックし、その有効性を共に評価する仕組みが不可欠です 。朝のミーティングで「今週の重点リスク」を共有したり、改善策の効果を定期的にレビューしたりすることで、スタッフ一人ひとりがリスク管理の当事者であるという意識(セーフティカルチャー)が醸成されます。記録は管理者のためのものではなく、現場の安全を守るためのツールであるという認識を共有することが、形骸化を防ぐ最大の鍵となります。

          参考:厚生労働省は、リスクアセスメントの実施事例集を公開しており、他業種の取り組みも参考にできます。
          リスクアセスメント実施事例集

          主なき安全~リスクアセスメントの暴走~