リードレスペースメーカー 主要メーカー商品の特徴
リードレスペースメーカーは、従来型ペースメーカーの課題を解決する革新的な医療機器として注目を集めています。従来型ペースメーカーでは、本体と心臓をつなぐリード線が必要でしたが、リードレスペースメーカーはその名の通り、リード線を必要とせず、小型のカプセル状デバイスが直接心臓内に留置されます。この技術革新により、リード線やポケット関連の合併症リスクが大幅に低減され、患者のQOL向上に貢献しています。
本記事では、現在市場で提供されている主要メーカーのリードレスペースメーカー製品の特徴と最新技術動向について詳しく解説します。医療従事者として、患者さんに最適なデバイスを選択するための参考情報としてご活用ください。
リードレスペースメーカーの基本原理と従来型との比較
リードレスペースメーカーは、電気回路や電池、電極などの全てが小さなカプセル型デバイスに組み込まれた革新的な医療機器です。従来型ペースメーカーと同様に、心臓の電気的活動を監視し、必要に応じて電気刺激を送ることで、徐脈性不整脈の治療を行います。
従来型ペースメーカーとの主な違いは以下の点にあります。
- 構造と留置方法。
- 従来型:本体を胸部皮下に埋め込み、リード線を血管経由で心臓まで通す
- リードレス:カプセル型デバイス全体を大腿静脈からカテーテルを用いて直接心臓内に留置
- サイズと重量。
- 従来型:本体サイズは約4〜5cm、重さは約20〜30g
- リードレス:長さ約2〜3cm、重さ約2g程度と大幅に小型軽量化
- 合併症リスク。
- 従来型:リード線断線、皮下ポケット感染、リード感染などのリスクあり
- リードレス:リード関連合併症が根絶され、全体の合併症リスクが約56%低減
- 美容的メリット。
- 従来型:胸部に本体の隆起が目立つ
- リードレス:体表面に変化がなく、美容的に優れている
リードレスペースメーカーは特に、リード関連合併症のリスクが高い透析患者や高齢者、活動性の高い若年患者などに大きなメリットをもたらします。
リードレスペースメーカー メドトロニック社のMicraシリーズの特徴
メドトロニック社のMicraシリーズは、日本で最初に承認されたリードレスペースメーカーであり、2017年から臨床使用が開始されました。現在、Micraシリーズには主に2つのモデルがあります。
1. Micra TPS(Transcatheter Pacing System)
- サイズ:長さ25.9mm × 直径6.7mm
- 重量:約2g
- 電池寿命:約8〜10年
- ペーシングモード:VVIRモード(単腔ペーシング)
- 特徴:世界初の商用リードレスペースメーカー
2. Micra AV
- 基本スペックはMicra TPSと同様
- 最大の特徴:内蔵された加速度計を用いて心房の機械的活動を検出し、それに基づいて右心室をペーシングすることで房室同期(AV同期)を提供
- 適応:房室ブロック患者にも使用可能
Micraシリーズの臨床成績は非常に優れており、植込み後12ヶ月時点での主要合併症の発生率は従来型ペースメーカーと比較して63%削減されたことが報告されています。また、植込み成功率は99%以上と高く、安定したペーシング閾値と感知能力を示しています。
ただし、Micraシリーズの課題として、デバイス交換時に古いデバイスを取り出せないため、使用済みデバイスは心臓内に残したまま新しいデバイスを追加で留置する必要がある点が挙げられます。この点は、次世代モデルでの改善が期待されています。
リードレスペースメーカー アボット社のAveir(アヴェイル)シリーズの革新性
アボット社のAveir(アヴェイル)シリーズは、リードレスペースメーカー市場に新たな革新をもたらしました。日本では2022年12月にAveir VR(アヴェイル VR)が承認され、2023年から臨床使用が開始されています。
1. Aveir VR LP(アヴェイル VR LP)
- サイズ:従来のリードレスペースメーカーと同程度
- 電池寿命:国際標準化機構(ISO)の標準規格設定において10年超と予測
- ペーシングモード:VVIRモード(単腔ペーシング)
- 革新的特徴。
- 世界初の「デバイス抜去専用カテーテル」を備えたリードレスペースメーカー
- 正しい留置位置を評価する独自のプレマッピング機能搭載
- 植込み後のデバイス回収が可能で、電池寿命終了時や患者の状態変化時に対応可能
2. Aveir DR(デュアルチャンバー)システム
- 2024年3月に日本で承認された国内初のデュアルチャンバーリードレスペースメーカーシステム
- 構成。
- Aveir AR:心房に留置し、心房のセンシングとペーシングを行うデバイス
- Aveir VR:心室に留置するデバイス
- 特徴。
- 世界初の心房と心室に別々のデバイスを留置するシステム
- i2i™(アイ・トゥー・アイ)テクノロジーにより、2つのデバイス間で直接通信が可能
- 完全な房室同期ペーシングを実現
Aveirシリーズの最大の革新点は、デバイス抜去機能とデュアルチャンバーシステムの実現にあります。特に、デバイス抜去機能により、従来のリードレスペースメーカーの課題であった「使用済みデバイスが心臓内に残る」という問題を解決し、より若年層の患者にも適応を広げることが期待されています。
また、デュアルチャンバーシステムの実現により、房室ブロックなど、より広範な不整脈患者への適応が可能となりました。
リードレスペースメーカーの適応症例と患者選択のポイント
リードレスペースメーカーは全ての徐脈性不整脈患者に適しているわけではなく、適切な患者選択が重要です。以下に主な適応症例と選択のポイントをまとめます。
適応となる主な疾患
- 徐脈性心房細動
- 洞不全症候群(SSS)
- 房室ブロック(デュアルチャンバータイプの場合)
特に恩恵を受けやすい患者群
- 透析患者:感染リスクが高く、リードレスペースメーカーの感染リスク低減効果が特に有用
- 高齢者:皮膚が薄く、従来型ペースメーカーのポケット関連合併症リスクが高い
- 活動性の高い若年患者:美容的メリットや活動制限の少なさが大きな利点
- 感染リスクの高い患者:免疫抑制剤使用者、糖尿病患者など
- 解剖学的に従来型ペースメーカー留置が困難な患者:上大静脈閉塞例など
選択時の考慮点
- 予想される電池寿命と患者の余命。
- 若年患者では、将来的なデバイス交換の可能性を考慮し、抜去機能を持つモデルが望ましい
- 高齢患者では、単純な構造のモデルでも十分な場合が多い
- ペーシング依存度。
- 完全ペーシング依存患者では、より信頼性の高いモデルを選択
- 間欠的なペーシングのみ必要な患者では、単純な構造のモデルでも対応可能
- 心房ペーシングの必要性。
- 房室同期が必要な患者では、Micra AVやAveir DRなどのAV同期機能を持つモデルを検討
- 患者の体格。
- 小柄な患者では、心室サイズとの適合性を慎重に評価する必要がある
日本不整脈心電学会のガイドラインでは、リードレスペースメーカーの使用に関する基準が定められており、適応判断の際には参照することが推奨されています。
リードレスペースメーカー市場の将来展望と次世代技術開発動向
リードレスペースメーカー市場は急速に成長しており、2024年の市場規模は約2億7,400万米ドルに達し、2029年までに約4億米ドルに成長すると予測されています。この成長を支える次世代技術の開発動向について解説します。
1. 市場競争の活性化
現在、リードレスペースメーカー市場の主要プレイヤーは以下の企業です。
- Medtronic PLC(メドトロニック)
- Abbott Laboratories(アボット)
- Boston Scientific Corporation(ボストン・サイエンティフィック)
- MicroPort Scientific Corporation(マイクロポート)
- EBR Systems Inc.
特に、メドトロニックとアボットの2社が市場をリードしていますが、ボストン・サイエンティフィックも参入を進めており、競争の活性化が期待されています。
2. 次世代技術開発の方向性
① 電池寿命の更なる延長
- 現在の約10年から15年以上への延長を目指した研究開発
- エネルギー効率の高い回路設計や新型電池技術の採用
② サイズの更なる小型化
- より小さな心臓にも適応できるよう、デバイスの小型化を推進
- 留置手技の簡便化と安全性向上にも寄与
③ 多腔ペーシング機能の拡張
- 現在のデュアルチャンバーから、将来的には心臓再同期療法(CRT)機能を持つトリプルチャンバーモデルの開発
- 心不全患者への適応拡大を目指す
④ リモートモニタリング機能の強化
- Bluetooth Low Energy(BLE)などの低消費電力通信技術の採用
- スマートフォンとの連携強化による患者モニタリングの向上
- 人工知能(AI)を活用した不整脈検出アルゴリズムの精度向上
⑤ エネルギーハーベスティング技術
- 心臓の動きから発電する技術の研究
- 理論上は電池交換不要のペースメーカーの実現可能性
3. 課題と展望
現在のリードレスペースメーカーにはいくつかの課題があり、これらの解決が今後の展望として注目されています。
- コスト低減:現状では従来型より高価であり、普及のためのコスト低減が課題
- 留置手技の標準化:安全な留置のための手技標準化とトレーニングプログラムの確立
- 長期成績データの蓄積:10年以上の長期成績データはまだ少なく、今後の蓄積が必要
- 抜去技術の向上:特に長期留置後のデバイス抜去の安全性と確実性の向上
これらの課題を解決しながら、リードレスペースメーカーは今後、徐脈性不整脈治療の主流となることが期待されています。特に日本では高齢化社会の進展に伴い、ペースメーカー適応患者の増加が予想されており、低侵襲で合併症リスクの低いリードレスペースメーカーの重要性はさらに高まるでしょう。
リードレスペースメーカーの植込み手技と術後管理のポイント
リードレスペースメーカーの植込み手技は従来型と大きく異なり、カテーテル技術を用いた低侵襲アプローチが特徴です。医療従事者として知っておくべき手技のポイントと術後管理について解説します。
植込み手技の基本ステップ
- アクセスルートの確保。
- 大腿静脈からシースを挿入
- 一般的に右大腿静脈が選択されることが多い
- デリバリーシステムの挿入。
- シースを通じて専用のデリバリーカテーテルを挿入
- X線透視下で右心房まで進める
- 右心室へのアクセス。
- 三尖弁を通過させ、右心室心尖部へカテーテルを誘導
- 適切な留置位置の確認(プレマッピング)
- デバイスの固定。
- デバイス先端の固定機構(タインやスクリュー)を心筋に固定
- 固定強度の確認(タグテスト)
- 電気的パラメータの測定。
- ペーシング閾値、感度、インピーダンスの測定
- 許容範囲内であることを確認
- デリバリーシステムの離脱と回収。
- デバイスを離脱し、デリバリーシステムを回収
- 止血処置
手技成功のための重要ポイント
- 適切な留置位置の選択。
- 心室中隔下部が推奨されることが多い
- 心尖部は穿孔リスクが高いため注意が必要
- Aveirシリーズではプレマッピング機能を活用
- 適切な固定強度の確認。
- 不十分な固定はデバイスの脱落リスク
- 過度な固定は心筋損傷や穿孔のリスク
- 合併症予防の工夫。
- 穿孔予防:過度な力をかけない、適切な部位選択
- 塞栓予防:抗凝固療法の適切な管理
- 感染予防:厳密な無菌操作
術後管理のポイント
- 急性期(24〜48時間)。
- バイタルサイン、穿刺部位の観察
- 心電図モニタリングによるデバイス機能確認
- 胸部X線による位置確認
- 退院前評価。
- デバイスパラメータの再評価
- 患者教育(活動制限、症状出現時の対応など)
- 長期フォローアップ。
- 3〜6ヶ月ごとの定期チェック
- リモートモニタリングの活用
- 電池残量の定期的評価
- 患者指導のポイント。
- MRI対応性(多くのモデルはMRI条件付き対応)
- 電磁干渉の可能性がある環境での注意点
- 運動制限(一般的に従来型より少ない)
リードレスペースメーカーの植込み手技は、従来型に比べて学習曲線が存在します。特に初期症例では、経験豊富な医師の指導の下で行うことが推奨されています。千葉西総合病院の報告によれば、適切なトレーニングと症例選択により、重大な合併症なく安全に手技を実施できることが示されています。
日本不整脈心電学会では、リードレスペースメーカー植込み施設基準を設けており、一定の症例数と経験を持つ施設でのみ実施が認められています。これにより、安全性と有効性の確保が図られています。
リードレスペースメーカーの植込み手技は、従来型と比較して低侵襲ではありますが、特有の合併症リスクも存在します。適切な患者選択、手技の習熟、そして術後の丁寧なフォローアップが、治療成功の鍵となります。
日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン「不整脈非薬物治療ガイドライン」でのリードレスペースメーカーの位置づけについて詳しく解説されています