卵巣腫瘍の症状と治療について
卵巣腫瘍の分類と特徴
卵巣腫瘍は良性と悪性(がん)に大きく分けられ、さらに良性と悪性の中間的な性質を持つ境界悪性腫瘍も存在します。卵巣は子宮の両側に1つずつある楕円形の臓器で、20代で最大の重量となり、閉経期に向かって徐々に小さくなっていきます。
卵巣がんの中で最も多いのは上皮性卵巣がんで、これはさらに4つの組織型に分類されます。
組織型 | 頻度 | 特徴 |
---|---|---|
漿液性がん | 約38% | 進行して発見されることが多い、抗がん剤が効きやすい |
明細胞がん | 約23% | 早期に発見されることが多い、抗がん剤が効きにくい |
類内膜がん | 約17% | 早期に発見されることが多い、抗がん剤が効きやすい |
粘液性がん | 約10% | 早期に発見されることが多い、抗がん剤が効きにくい |
卵巣がんの進行度は、がんの広がり具合によってⅠ期からⅣ期までの4段階に分類されます。Ⅰ期はがんが卵巣内にとどまっている状態、Ⅱ期は骨盤内に広がった状態、Ⅲ期はリンパ節や上腹部に転移した状態、Ⅳ期は肝臓や肺などに転移した状態を指します。
卵巣は腫瘍ができやすい臓器の一つであり、特に注意が必要です。腫瘍の種類によって治療方針や予後が大きく異なるため、正確な診断が重要となります。
卵巣腫瘍の原因と発症リスク
卵巣腫瘍(卵巣がん)の発症には複数の要因が関与しています。特に以下のような方は発症リスクが高いとされています。
- 妊娠・出産の経験がない方
- 初経が早かったり閉経が遅いなど、生涯の排卵回数が多い方
- 子宮内膜症を患っている方
- 家族(親・姉妹・従妹)に乳がんや卵巣がんの既往歴がある方
特に遺伝的要因については、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)として知られており、BRCA1やBRCA2と呼ばれる遺伝子の変異が関連しています。このような遺伝的背景を持つ方は、定期的な検診がより重要となります。
最近の研究では、卵巣がんと子宮内膜症の関連性が注目されています。特に卵巣チョコレート嚢胞(子宮内膜症性嚢胞)は、長期間放置すると明細胞がんなどの悪性腫瘍に変化するリスクがあることが分かっています。
また、排卵を抑制する経口避妊薬の長期使用は卵巣がんのリスクを低減する可能性があるという研究結果もあります。これは排卵回数の減少によるものと考えられています。
環境要因としては、肥満、喫煙、アスベストへの曝露などもリスク因子として挙げられています。特に肥満は様々ながんのリスク因子となるため、適正体重の維持も予防の一環として重要です。
卵巣腫瘍の症状と早期発見の重要性
卵巣腫瘍の最大の特徴は、初期段階ではほとんど自覚症状がないことです。このため、「サイレントキラー(静かな殺し屋)」とも呼ばれています。症状が現れる頃には既に進行していることが多く、早期発見が難しい疾患の一つです。
進行すると以下のような症状が現れることがあります。
- おなかの張り・膨満感
- ウエストの急激な増加
- 頻尿(トイレが近くなる)
- 腹痛
- 食欲低下
- 月経不順
- 腰痛
- 全身倦怠感
これらの症状は他の疾患でも見られる一般的なものであるため、卵巣腫瘍に特異的な症状ではありません。しかし、これらの症状が持続する場合は、婦人科を受診することをお勧めします。
早期発見のためには、定期的な婦人科検診が重要です。特に40歳以上の女性や、卵巣がんの家族歴がある方は、年に1回の婦人科検診を受けることが望ましいでしょう。
超音波検査は卵巣腫瘍の発見に有効な検査方法です。経腹的超音波検査と経膣的超音波検査があり、経膣的超音波検査の方がより詳細な観察が可能です。また、血液検査でCA-125などの腫瘍マーカーを測定することも補助的診断として有用です。ただし、腫瘍マーカーは卵巣がん以外の疾患でも上昇することがあるため、単独での診断には限界があります。
渡辺美奈代さんの例のように、「ちょっとした痛み」を感じて病院を訪れたところ、卵巣嚢腫が見つかり即手術となったケースもあります。このように、わずかな体の変化に注意を払い、早めに医療機関を受診することが早期発見につながります。
卵巣腫瘍と腸の癒着による合併症
卵巣腫瘍の合併症として見逃せないのが、腸との癒着です。癒着とは、本来離れているべき臓器同士が炎症や手術などをきっかけに接触したまま組織が再形成された状態を指します。
卵巣と腸が癒着する主な原因は以下の通りです。
- 卵巣の手術後:卵巣嚢腫や卵巣がんの手術、特に開腹手術後に発生しやすい
- 子宮内膜症:特に卵巣チョコレート嚢胞がある場合
- 進行した卵巣がん:周囲組織への浸潤により癒着を引き起こす
開腹手術後は90%以上の確率で何らかの癒着が起こるとされています。手術で卵巣に傷がつくと、傷口を修復するためにタンパク質が分泌され、このタンパク質が腸に付着することで癒着が生じます。
卵巣と腸の癒着によって生じる症状には以下のようなものがあります。
- 腹痛(鈍痛から激痛まで様々)
- 悪心・嘔吐
- 食欲不振
- 腹部膨満感・不快感
- 腰痛
- 便秘
- 不眠
- 不安感
- 全身倦怠感
特に重篤な合併症として腸閉塞があります。癒着によって腸が折れたり捻れたりすることで腸内容物の通過が妨げられ、腹痛や嘔吐などの症状が現れます。最悪の場合、腸が破裂して腹膜炎を引き起こし、生命に関わる事態となることもあります。
また、子宮内膜症による卵巣と腸の癒着は不妊の原因にもなります。卵管の動きが制限されることで、卵子の輸送や受精が妨げられるためです。
癒着のリスクを減らすためには、可能であれば腹腔鏡手術を選択することが望ましいでしょう。また、最近では手術時に癒着防止シートを使用する方法も普及しています。これは手術部位を吸収性のシートで覆い、物理的に臓器同士が接触するのを防ぐものです。約1ヶ月で自然に吸収されるため、再手術の必要はありません。
卵巣腫瘍の最新治療法と筋肉への影響
卵巣腫瘍、特に卵巣がんの治療は主に手術療法と化学療法の組み合わせで行われます。婦人科がんの中でも卵巣がんは化学療法の感受性が高いことが特徴です。
手術療法については、良性腫瘍の場合は腹腔鏡手術が広く行われていますが、悪性腫瘍(卵巣がん)の場合は開腹手術が標準治療とされています。これは、卵巣がんでは手術でがんをどれだけ取り切れるかが予後に大きく影響するためです。残存腫瘍が小さいほど予後が良好となります。
化学療法では、複数の抗がん剤を併用し、主に静脈注射で投与します。場合によっては腹腔内に直接抗がん剤を注入する腹腔内化学療法も行われます。手術前に化学療法を行い、腫瘍を縮小させてから手術を行う術前化学療法も選択肢の一つです。
最近の研究では、卵巣がん治療後の筋肉への影響が注目されています。2024年の研究によると、手術や化学療法による治療後、筋肉の大きさや構造に変化が生じることが報告されています。特に、筋肉の肥大(筋肉の大きさの増加)は部位によって異なり、一箇所の測定だけでは治療効果を正確に評価できないことが示されています。
この研究では、筋肉の大きさや構造の変化は筋肉の部位によって不均一(非一様)であり、トレーニング後の適応も部位特異的であることが明らかになっています。つまり、卵巣がん治療後のリハビリテーションでは、複数の筋肉部位を評価し、それぞれに適したトレーニングプログラムを設計することが重要です。
また、免疫チェックポイント阻害剤や分子標的薬など、新しい治療法の開発も進んでいます。特にPARP阻害剤は、BRCA遺伝子変異を持つ卵巣がん患者に効果が期待されています。
治療選択においては、腫瘍の組織型や進行度、患者の年齢や全身状態、妊孕性(妊娠能力)温存の希望などを考慮し、個々の患者に最適な治療計画を立てることが重要です。
卵巣腫瘍の予防と定期検診の重要性
卵巣腫瘍、特に卵巣がんは初期症状が乏しいため、予防と定期検診が非常に重要です。完全な予防は難しいものの、リスクを低減するための方法はいくつかあります。
卵巣がんのリスク低減策。
- 経口避妊薬の使用:5年以上の使用で卵巣がんのリスクが約50%低下するという報告があります
- 出産経験:出産回数が多いほどリスクが低下します
- 授乳:長期間の授乳はリスク低減に寄与します
- 卵管結紮術(不妊手術):卵巣がんのリスクを約30%低下させるとされています
- 健康的な生活習慣:適正体重の維持、バランスの良い食事、定期的な運動
高リスク群(BRCA1/2遺伝子変異保持者など)では、リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)も選択肢の一つです。閉経後または出産計画終了後に予防的に卵巣と卵管を摘出する手術で、卵巣がんのリスクを大幅に低減できます。
定期検診については、以下のような検査が推奨されます。
- 経腟超音波検査:卵巣の形状や大きさを評価します
- CA-125血液検査:卵巣がんの腫瘍マーカーを測定します
- 骨盤内診:卵巣や子宮の異常を触診で確認します
一般的には40歳以上の女性は年1回の婦人科検診が推奨されますが、家族歴がある場合や子宮内膜症などのリスク因子がある場合は、より若い年齢からの定期検診が望ましいでしょう。
また、体の変化に敏感になることも重要です。前述の症状が持続する場合は、早めに婦人科を受診しましょう。渡辺美奈代さんの例のように、「念のため」の受診が早期発見につながることもあります。
卵巣腫瘍は早期発見が難しい疾患ですが、定期的な検診と自己観察を組み合わせることで、早期発見・早期治療の可能性を高めることができます。特に卵巣がんの家族歴がある方は、遺伝カウンセリングを受け、適切な検診スケジュールを医師と相談することをお勧めします。