慢性閉塞性肺疾患の最新知見
慢性閉塞性肺疾患の疫学と日本の現状
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、世界的に有病率が増加傾向にある重大な呼吸器疾患です。日本においては、2000年に実施された日本COPD疫学研究(NICE study)によると、40歳以上の人口の8.6%、約530万人の患者が存在すると推定されています。この数字は当時の保険診療記録からCOPDの診断名で診療を受けていた患者数(40歳以上の人口の0.2%)の43倍に相当し、日本におけるCOPD未診断症例が大多数を占めることを示しています。
年齢別に見ると、40歳から49歳の群では3.5%の気流制限の有病率に対して、70歳以上の群では24.4%の気流障害が確認されており、高齢者においてCOPDの危険率が高いことが明らかになっています。また、性別では男性(16.4%)が女性(5.0%)よりも高い有病率を示しています。
九州大学による久山町研究では、2008年から呼吸機能健診に基づく閉塞性肺疾患のコホート研究が開始され、40歳以上の受診者におけるCOPDの有病率は8.7%と報告されており、NICE studyとほぼ同等の結果が得られています。
WHOの調査によると、COPDは2015年には世界の死因の第4位でしたが、2016年には第3位に上昇しており、医療コストへの負荷も懸念されています。このような状況から、COPDの早期発見・早期治療の重要性が高まっています。
慢性閉塞性肺疾患の病態と診断基準
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、従来「慢性気管支炎」や「肺気腫」と呼ばれていた病気の総称です。タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患であり、喫煙習慣を背景に中高年に発症する生活習慣病といえます。
COPDの病態は、気管支の炎症による気道狭窄と肺胞の破壊(肺気腫)が複合的に存在します。タバコの煙を吸入することで肺の中の気管支に炎症が起き、せきやたんが出たり、気管支が細くなることによって空気の流れが低下します。また、肺胞が破壊されると、酸素の取り込みや二酸化炭素を排出する機能が低下します。これらの変化は治療によっても完全に元に戻ることはありません。
診断には、スパイロメトリーという呼吸機能検査が必須です。最大努力で呼出した時にはける全体量(努力性肺活量)とその時に最初の1秒間ではける量(1秒量)を測定し、その比率である1秒率(1秒量÷努力性肺活量)が気道の狭くなっている状態(閉塞性障害)の目安になります。気管支拡張薬を吸入したあとの1秒率が70%未満であり、閉塞性障害をきたすその他の疾患を除外できればCOPDと診断されます。
重症例では胸部X線画像で肺の透過性亢進や過膨脹所見が見られることもありますが、早期診断には役立ちません。高分解能CTでは肺胞の破壊が検出され、早期の気腫病変も発見できますが、COPDの診断には閉塞性障害の有無が重要となります。
また、COPDは全身の炎症、骨格筋の機能障害、栄養障害、骨粗鬆症などの併存症をともなう全身性の疾患です。これらの肺以外の症状が重症度にも影響を及ぼすことから、併存症も含めた病状の評価や治療が必要になります。
慢性閉塞性肺疾患の治療法と薬物療法の最新動向
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療目標は、(1)症状および生活の質の改善、(2)運動能と身体活動性の向上および維持、(3)増悪の予防、(4)疾患の進行抑制、(5)全身併存症および肺合併症の予防と治療、(6)生命予後の改善にあります。これらの目標達成のために、治療は段階的に進められます。
治療の基本は禁煙です。喫煙を続けると呼吸機能の悪化が加速してしまうため、まず禁煙指導が最優先されます。患者の約9割は喫煙者か元喫煙者であり、禁煙によって得られる効果は他のどの治療法よりも大きいとされています。
薬物療法の中心は気管支拡張薬です。主に以下の種類があります。
- 長時間作用性抗コリン薬(LAMA):24時間持続する気管支拡張効果があり、COPDの基本治療薬として使用されます。
- 長時間作用性β2刺激薬(LABA):12時間以上持続する気管支拡張効果があります。
- LAMA/LABA配合薬:両者の併用により、単剤よりも強い気管支拡張効果が得られます。
- 吸入ステロイド薬(ICS):気流閉塞が重症で増悪を繰り返す場合に使用されます。
- ICS/LABA配合薬:増悪リスクの高い患者に有効です。
- テオフィリン薬:経口薬として使用されますが、副作用の問題から現在は補助的な位置づけです。
効果や副作用の面から吸入薬が推奨されており、特に長時間作用性の吸入薬が主流となっています。吸入薬の正しい使用法の指導も治療成功の鍵となります。
最近の研究では、患者のフェノタイプ(表現型)に応じた個別化治療の重要性が認識されています。例えば、好酸球性炎症を伴うCOPD患者ではステロイド薬の効果が高いことが示されています。また、The Lancet 2022年5月の総説では、COPDのサブグループに対する治療の見極めの重要性が指摘されています。
増悪予防のためには、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種が推奨されています。これらのワクチン接種により、COPDの急性増悪リスクを低減できることが示されています。
慢性閉塞性肺疾患の非薬物療法と呼吸リハビリテーション
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療において、薬物療法と並んで重要なのが非薬物療法です。特に呼吸リハビリテーションは、COPDの症状改善と生活の質の向上に大きく貢献します。
呼吸リハビリテーションの主な構成要素は以下の通りです。
- 呼吸筋のストレッチと体操。
- 肺が膨らみにくくなった胸郭を広げて可動性を促進
- 努力性呼吸によって緊張した首や肩、背中の筋肉を柔らかくする
- 肩の上げ下げ、胸を開く、首の体操、上体を反らす、背中を丸くするなどの運動
- 呼吸法の練習。
- 腹式呼吸(ドローイング):息を吸った時にお腹が膨らみ、吐いた時に凹む呼吸法
- 口すぼめ呼吸:鼻から息を吸い、口をすぼめて普通の2倍以上ゆっくり細く息を吐き出す方法
- これらの呼吸法により、呼吸効率が改善し、息切れの軽減につながる
- 四肢・体幹の筋力トレーニング。
- 立つ、歩くなどの基本動作に関わる筋肉の強化
- 腿上げやスクワット、立ち上がり練習などの筋力増強訓練
- 筋力向上により日常生活動作の改善が期待できる
- 排痰訓練。
- COPDでは痰の粘り気が強く、呼吸が浅くなりがちで痰が溜まりやすい
- 腹圧をかけながら「ハッ」と大きく息を吐く力を使い、痰を出しやすくする
- 徒手療法により胸郭を動かし、痰の排出を促進
- 発声練習。
- 声を出すことで呼吸筋の働きを促進
- 好きな歌を歌う、お気に入りの本を音読するなど
また、日常生活動作訓練も重要です。パルスオキシメーターで酸素濃度を測りながら動作練習を行い、上肢の大きな動きを伴う動作は息切れを起こしやすいため、負荷の少ない動作方法を習得します。
運動療法としては、15~20分程度の散歩や体操などの有酸素運動が効果的です。体調や症状に合わせて可能な範囲で継続することが重要です。
栄養療法も非薬物療法の重要な要素です。COPDでは呼吸不全により運動時・安静時のエネルギー消費量が増加し、活動量低下による食欲不振から栄養不良や体重減少がみられることがあります。年齢、性別、体格、身体状態に合った適切なエネルギーと栄養摂取が必要です。
重症例では在宅酸素療法が導入され、さらに呼吸不全が進行した場合は、小型の人工呼吸器とマスクを用いる換気補助療法が行われることもあります。症例によっては過膨張した肺を切除する外科手術(肺容量減少術)が検討されることもあります。
慢性閉塞性肺疾患の早期発見と予防戦略
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は早期発見・早期治療が重要ですが、日本では患者の約9割が未診断・未治療の状態にあると推定されています。この状況を改善するための早期発見と予防戦略について考えてみましょう。
早期発見のための戦略
- リスク集団へのスクリーニング。
- 症状に基づくスクリーニング。
- 労作時呼吸困難、慢性のせき、たんなどの症状がある人への積極的な検査
- 「肺年齢」測定による早期異常の検出と受診勧奨
- プライマリケア医への啓発。
- 一般診療医へのCOPD診断・治療に関する教育の強化
- スパイロメトリーの普及と正確な実施・解釈のトレーニング
予防戦略
- 禁煙推進。
- COPDの最大の原因は喫煙であり、予防の基本は禁煙
- 禁煙外来の活用促進と禁煙補助薬の適切な使用
- 公共の場での喫煙規制の強化
- 職業性曝露の管理。
- 粉塵や化学物質などの職業性有害物質への曝露防止
- 作業環境の改善と適切な防護具の使用
- 大気汚染対策。
- 大気汚染物質(特にPM2.5)の削減
- 大気汚染の多い日の外出自粛の啓発
- 感染症予防。
- インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの定期接種
- 手洗い・うがいの励行と感染症流行期のマスク着用
- 生活環境の整備。
- 室内環境の改善(適切な換気、加湿、ハウスダスト対策)
- 刺激物(強い香料、辛い食品など)の回避
久山町研究では、健診レベルで気管支拡張薬吸入後のスパイロメトリーを実施するコホート研究が行われており、このような取り組みはCOPDの早期発見と進行に関する重要な知見をもたらすことが期待されています。
また、COPDの早期発見のための簡易スクリーニングツールの開発も進められています。質問票による一次スクリーニングと、簡易呼吸機能測定器による二次スクリーニングを組み合わせることで、効率的な早期発見が可能になると考えられています。
慢性閉塞性肺疾患と併存症の包括的管理アプローチ
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は単なる呼吸器疾患ではなく、全身性の炎症を伴う疾患であり、様々な併存症を高頻度に合併します。これらの併存症はCOPD患者の生活の質や予後に大きな影響を与えるため、包括的な管理アプローチが必要です。
主なCOPD併存症とその管理
- 心血管疾患。
- COPDと心血管疾患は共通のリスク因子(喫煙など)を持ち、相互に影響
- β遮断薬はCOPDを悪化させるという懸念があったが、心選択性の高いβ遮断薬は安全に使用可能
- 心不全合併例では呼吸困難の原因鑑別が重要(BNP測定などが有用)
- 骨粗鬆症。
- 全身性炎症、ステロイド使用、活動性低下などにより高頻度に合併
- 定期的な骨密度測定と適切な予防・治療(カルシウム、ビタミンD、ビスホスホネート製剤など)
- 転倒予防のためのリハビリテーションも重要
- 骨格筋機能障害。
- 全身性炎症や低酸素血症により筋萎縮や筋力低下が進行
- 適切な栄養摂取と運動療法による筋力維持・向上
- 必要に応じたタンパク質サプリメントの活用
- 不安・抑うつ。
- 呼吸困難や活動制限による精神的影響が大きい
- 適切な精神的サポートと必要に応じた薬物療法
- 呼吸リハビリテーションの一環としての心理的アプローチ
- 睡眠障害。
- 夜間の低酸素血症や咳などにより睡眠の質が低下
- 睡眠時無呼吸症候群の合併評価と適切な治療
- 必要に応じた夜間酸素療法の導入
- 肺がん。
- COPDと肺がんは共通のリスク因子(喫煙)を持ち、COPDは肺がんの独立したリスク因子
- 定期的な胸部画像検査によるスクリーニング
- 低線量CTによる早期発見の検討
包括的管理のためのアプローチ
- 多職種連携チームによるケア。
- 呼吸器専門医、プライマリケア医、看護師、理学療法士、栄養士、薬剤師などによるチームアプローチ
- 定期的なカンファレンスによる情報共有と治療方針の統一
- 患者教育とセルフマネジメント。
- 疾患の理解と自己管理能力の向上
- 症状悪化時の早期対応方法の指導
- 禁煙継続のサポート
- 個別化された治療計画。
- 患者の症状、併存症、ライフスタイルに合わせた治療計画
- 定期的な評価と計画の見直し
- 増悪予防と早期介入。
- 感染予防(ワクチン接種、手洗い・うがいなど)
- 増悪の前兆を認識するための教育
- 増悪時の行動計画(アクションプラン)の作成
- リハビリテーションプログラムの継続。
- 外来や在宅での継続的なリハビリテーション
- 日常生活に組み込んだ運動習慣の確立
COPDと併存症の包括的管理においては、患者中心のアプローチが重要です。患者の価値観や生活状況を考慮し、QOL向上を最優先した治療戦略を立てることが、長期的な治療成功につながります。また、定期的な評価と治療計画の見直しを行い、疾患の進行や新たな併存症の出現に対応することが必要です。
日本呼吸器学会のCOPD診断と治療のためのガイドライン第6版では、併存症を含めた包括的管理の重要性が強調されており、臨床現場での実践が求められています。