急性膵炎の症状と診断と治療と予防法

急性膵炎と症状と診断と治療

急性膵炎の基本情報
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定義

膵臓の急性炎症で、消化酵素の自己消化により発症する疾患

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主な原因

アルコール過剰摂取、胆石、膵管閉塞、外傷、感染症など

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重症度

軽症から重症まで様々で、重症例では多臓器不全を引き起こす可能性あり

急性膵炎は膵臓に生じる急性の炎症性疾患であり、消化酵素が膵臓内で異常に活性化することで自己消化を引き起こし発症します。この疾患は軽症から重症まで幅広い臨床像を呈し、重症例では膵臓だけでなく、肺、腎臓、心臓、脳などの多臓器に影響を及ぼす可能性があります。

日本における急性膵炎の発症率は年間約40人/100万人と報告されており、近年増加傾向にあります。特に高齢者や基礎疾患を持つ患者では重症化リスクが高く、早期診断と適切な治療介入が予後改善に不可欠です。

医療従事者として急性膵炎の病態生理を理解することは、適切な診断と治療方針の決定に重要です。膵酵素の活性化カスケードが引き起こす炎症反応は、局所的な組織損傷から全身性炎症反応症候群(SIRS)へと進展する可能性があり、その進行を早期に阻止することが治療の鍵となります。

急性膵炎の主な症状と臨床所見

急性膵炎の臨床像は多様ですが、最も特徴的な症状は急激に発症する上腹部痛です。この痛みは背部に放散することが多く、患者は前かがみの姿勢をとることで痛みを和らげようとする傾向があります。痛みの性質は持続性で、食事摂取により悪化することが特徴的です。

その他の主要な症状には以下のものがあります。

  • 消化器症状:悪心・嘔吐(70-80%の患者に出現)
  • 全身症状:発熱、全身倦怠感
  • 腹部所見:腹部膨満感、腹部圧痛(特に上腹部)
  • 循環動態変化:重症例ではショック症状(頻脈、低血圧
  • 呼吸器症状呼吸困難(膵炎に伴う胸水や急性呼吸窮迫症候群による)

重症例では、Grey-Turner徴候(側腹部の皮下出血斑)やCullen徴候(臍周囲の皮下出血斑)が観察されることがあります。これらは後腹膜出血を示唆する重要な身体所見であり、予後不良因子として認識されています。

また、急性膵炎患者の約20%に見られる意識障害は、重症度評価において重要な指標となります。意識レベルの低下は低血圧、低酸素血症、または代謝性アシドーシスなどの全身状態の悪化を反映していることが多いため、迅速な対応が求められます。

急性膵炎の診断方法と重症度評価

急性膵炎の診断は、臨床症状、血液検査所見、画像検査所見を総合的に評価して行います。日本膵臓学会の急性膵炎診療ガイドライン2021によれば、以下の3項目のうち2項目以上を満たす場合に急性膵炎と診断します。

  1. 腹部症状:上腹部を中心とした急性腹痛と圧痛
  2. 血液検査所見:血清膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)の上昇
  3. 画像所見:CTやMRIでの膵臓の炎症所見

血液検査では、膵酵素の上昇が診断の鍵となります。血清アミラーゼは発症後2-12時間でピークに達し、3-5日で正常化します。一方、リパーゼはアミラーゼより特異度が高く、上昇期間も長いため診断的価値が高いとされています。

画像診断においては、造影CTが最も有用です。CTでは膵臓の腫大、周囲の脂肪織濃度上昇、液体貯留などの所見が観察されます。また、造影CTは膵実質の造影不良域(壊死)の評価にも有用で、これは重症度判定と予後予測に重要な情報を提供します。

重症度評価には、厚生労働省急性膵炎重症度判定基準(2008)が広く用いられています。この基準では、予後因子スコア、造影CT所見、SIRS診断基準の3項目から重症度を判定します。重症例では、発症早期からの集中治療が必要となるため、入院時および経時的な重症度評価が治療方針決定に不可欠です。

急性膵炎の治療アプローチと最新エビデンス

急性膵炎の治療は、重症度に応じた段階的アプローチが基本となります。治療の主な目標は、膵臓の安静化、適切な輸液管理、合併症の予防と管理です。

初期治療(全ての重症度に共通)

  • 絶飲食と膵臓の安静化:膵外分泌を抑制し、自己消化を最小限に抑えます
  • 十分な輸液療法:初期48時間は特に重要で、乳酸リンゲル液が推奨されています
  • 疼痛管理オピオイド系鎮痛薬(フェンタニルなど)の使用が一般的です
  • 早期モニタリング:バイタルサイン、尿量、血液ガス分析などの継続的評価

重症例に対する追加治療

  • 集中治療室での管理:循環動態、呼吸状態の厳密なモニタリングと支持療法
  • 臓器不全対策:人工呼吸管理、血液浄化療法などの臓器サポート
  • 感染予防と管理:予防的抗菌薬は推奨されていませんが、感染合併時には適切な抗菌薬投与が必要
  • 栄養管理:可能な限り早期(48-72時間以内)の経腸栄養開始が推奨されています

最新のエビデンスによれば、急性膵炎の初期治療における輸液速度は、従来考えられていたよりも慎重に行うべきとされています。2018年のランダム化比較試験では、急速輸液(10-15 mL/kg/h)と比較して、より緩徐な輸液(5-10 mL/kg/h)が臓器不全発生率を低下させる可能性が示唆されています。

また、栄養管理に関しては、経腸栄養の早期開始(48時間以内)が静脈栄養と比較して感染性合併症を減少させ、在院日数を短縮するというエビデンスが蓄積されています。特に重症例では、経鼻空腸チューブを用いた経腸栄養が推奨されています。

急性膵炎の合併症と長期予後

急性膵炎の経過中には、様々な局所的・全身的合併症が発生する可能性があります。これらの合併症は患者の予後に大きく影響するため、早期発見と適切な管理が重要です。

局所合併症

  • 急性膵周囲液体貯留(APFC):発症早期に見られる液体貯留で、多くは自然吸収されます
  • 膵仮性嚢胞:4週間以上持続する被包化された液体貯留で、約10-20%の症例で発生します
  • 壊死性膵炎:膵実質や膵周囲組織の壊死を伴う重症型で、感染合併のリスクが高い
  • 感染性膵壊死:壊死組織への細菌感染で、死亡率が著しく上昇する重篤な合併症です

全身合併症

  • 臓器不全:呼吸不全、循環不全、腎不全などが単独または複合して発生
  • 代謝異常:高血糖、高カルシウム血症、高トリグリセリド血症など
  • 消化管出血:ストレス性潰瘍や門脈圧亢進症に伴う出血
  • 血栓塞栓症:深部静脈血栓症や肺塞栓症のリスク増加

長期予後に関しては、軽症例の多くは完全回復しますが、重症例では機能的予後が不良となることがあります。特に壊死性膵炎後には、膵外分泌不全(消化吸収障害)や膵内分泌不全(糖尿病)が高率に発生します。また、急性膵炎後に慢性膵炎へ移行するケースも報告されており、特にアルコール性膵炎では約10-30%が慢性化するとされています。

最近の研究では、急性膵炎後の再発予防と長期合併症管理の重要性が強調されています。特に原因となる危険因子(アルコール、高脂血症など)の是正と定期的なフォローアップが推奨されています。

急性膵炎の予防法と患者教育のポイント

急性膵炎の予防は、原因となる危険因子の管理と生活習慣の改善が中心となります。医療従事者として患者に提供すべき予防的アドバイスには以下のようなものがあります。

アルコール関連膵炎の予防

アルコールは急性膵炎の主要な原因の一つであり、特に男性患者では最も頻度の高い誘因です。アルコール摂取量と膵炎発症リスクには明確な用量依存性があり、以下の指導が重要です。

  • 適正飲酒量の指導(純アルコールとして男性20g/日、女性10g/日以下)
  • 断酒プログラムや支援グループの紹介(依存傾向がある場合)
  • 飲酒パターンの改善(短時間での大量摂取を避ける)

胆石関連膵炎の予防

胆石は特に女性患者における急性膵炎の主要原因です。胆石保有者に対しては。

  • 胆石の早期発見と適切な管理(定期的な超音波検査など)
  • 症状のある胆石に対する腹腔鏡下胆嚢摘出術の検討
  • 胆石形成リスクを高める食習慣の改善(高脂肪食の制限など)

代謝性要因の管理

高トリグリセリド血症や高カルシウム血症などの代謝異常も急性膵炎の原因となります。

  • 血清脂質プロファイルの定期的モニタリング
  • 高トリグリセリド血症患者への食事指導と薬物療法
  • 原発性副甲状腺機能亢進症など高カルシウム血症の原因疾患の管理

薬剤性膵炎の予防

膵炎を誘発する可能性のある薬剤(アザチオプリン、バルプロ酸、テトラサイクリンなど)を服用している患者には。

  • 膵炎の初期症状に関する教育
  • 定期的な膵酵素モニタリングの検討
  • 代替薬への変更可能性の評価

生活習慣の改善

全ての患者に対して以下の一般的な生活習慣改善を指導することが重要です。

  • バランスの取れた低脂肪食の摂取
  • 適正体重の維持
  • 定期的な運動
  • 禁煙(喫煙は膵炎のリスク因子であるとともに、予後にも悪影響)

患者教育においては、急性膵炎の再発リスクと早期受診の重要性を強調すべきです。特に一度膵炎を発症した患者では、再発率が約20%と高いため、症状出現時の迅速な医療機関受診を指導することが重要です。

また、急性膵炎後のフォローアップスケジュールを明確に設定し、膵機能の定期的評価と合併症の早期発見に努めることが、長期的な患者管理において不可欠です。

急性膵炎における地域医療連携と転送基準

急性膵炎、特に重症例の管理には高度な集中治療が必要となるため、適切な医療機関への転送判断と地域医療連携体制の構築が重要です。日本膵臓学会の急性膵炎診療ガイドライン2021では、急性膵炎診療における地域連携の重要性が強調されています。

転送基準の明確化

急性膵炎患者の転送判断には、以下の要素を考慮する必要があります。

  • 重症度判定結果(予後因子スコア、CT Grade、SIRSの有無)
  • 施設の診療能力(集中治療室の有無、専門医の在籍状況など)
  • 患者の全身状態(臓器不全の有無、循環動態など)

具体的には、以下のような場合に高次医療機関への転送を検討します。

  1. 予後因子スコア3点以上または重症急性膵炎と判定された場合
  2. 48時間以内にSIRSが持続する場合
  3. 臓器不全(呼吸不全、循環不全、腎不全など)を合併している場合
  4. 造影CTでの膵壊死範囲が30%以上の場合
  5. 高齢者(75歳以上)で基礎疾患を有する場合

地域連携パスの活用

効率的な急性膵炎診療のためには、地域の医療機関間で共有される連携パスの構築が有効です。連携パスには以下の要素を含めるべきです。

  • 統一された重症度判定基準
  • 明確な転送基準と転送先医療機関リスト
  • 各医療機関の役割分担(初期診療、集中治療、リハビリテーションなど)
  • 転院時の情報共有フォーマット
  • フォローアップ計画

転送時の注意点

患者転送時には、以下の点に注意することが重要です。

  • 転送前の十分な初期治療(輸液、酸素投与、疼痛管理など)