巨大結腸症手術
巨大結腸症手術の適応と鑑別(Ogilvie症候群・中毒性巨大結腸症)
巨大結腸症の「手術適応」を論じる前に、医療者として最初に揃えるべきは“巨大化した結腸が、どの病態で起きているか”の鑑別です。特に臨床で混同されやすいのが、急性結腸偽性閉塞(ACPO:Ogilvie症候群)と、中毒性巨大結腸症(TMC)です。Ogilvie症候群は「機械的閉塞がないのに急性に結腸が拡張する」病態で、まずは閉塞起点がないことを確認し、虚血・穿孔を探す、という順番が強調されています。さらにTMCを除外するために、IBDや感染性腸炎などを背景にした全身炎症(発熱、頻脈、白血球増多、貧血など)を見落とさない設計が必要です。これを外すと、保存~薬物~内視鏡という段階的戦略が成立せず、手術のタイミングもブレます。
Ogilvie症候群の診療概略としては、閉塞起点と虚血・穿孔を評価したうえで、48〜72時間は厳重モニタリングの保存治療、その後に薬物療法(代表例:ネオスチグミン)、内視鏡的減圧、そして外科手術へ、という階段構造が示されています。手術は「前治療の失敗」「臨床的悪化」「腹膜炎」「盲腸径12cm以上」などで正当化されうる、と整理されています。つまり、巨大結腸症の“見た目”だけで手術を決めるのではなく、病態(閉塞なしのACPOなのか、炎症性のTMCなのか、慢性の機能障害なのか)と、時間経過・悪化徴候をセットで意思決定するのが実務です。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-tokyoiryou-20240110.pdf
中毒性巨大結腸症については、潰瘍性大腸炎の外科治療指針でも「大腸穿孔・大量出血・中毒性巨大結腸症」が絶対的手術適応に位置づけられています。TMCは内科的強力治療の“待ち”が許容されにくい領域で、状態が不安定な緊急手術になることも多い点が、ACPOとの大きな違いです。TMCを疑う場合は、抗コリン薬や電解質異常の補正だけでは勝負できないため、救急外科・集中治療・消化器内科を早期に束ねた戦略が必要になります。
巨大結腸症手術の術式選択(結腸亜全摘・回腸人工肛門・粘液瘻)
巨大結腸症で「どの手術を選ぶか」は、原因疾患と全身状態で振れ幅が大きいテーマです。ここでは、医療従事者向けに、現場で遭遇頻度の高い“中毒性巨大結腸症(多くはIBD背景)での緊急〜準緊急手術”を軸に整理します。潰瘍性大腸炎外科治療指針では、術式として大腸全摘+回腸嚢肛門吻合(IAA)や大腸全摘+回腸嚢肛門管吻合(IACA)を標準術式としつつ、全身状態不良例では「結腸亜全摘+回腸人工肛門造設+S状結腸粘液瘻(あるいはHartmann)」が“侵襲の少ない分割手術の一期目”として位置づけられています。つまりTMCでは、根治性(全摘)と安全性(時間短縮・侵襲軽減)を天秤にかけ、まず救命・感染制御・炎症沈静化を優先する設計が現実的です。
この「S状結腸粘液瘻」という言葉は、非外科医には馴染みが薄いかもしれませんが、戦術的には重要です。直腸〜S状結腸を“残す”ことで骨盤内操作を減らし、重症例でも短時間で大腸側のソースコントロールを取りにいけます。一方で残存大腸からの出血・炎症残存などのリスクもあり得るため、二期・三期での再建前提(状態回復後に残存直腸切除+回腸嚢再建など)として、患者・家族に工程表を提示するコミュニケーションが必須になります。指針は術式選択が「全身状態、年齢、腸管合併症、治療薬剤の副作用など」を考慮して選択すると明記しており、テンプレで決めない姿勢が求められます。
また、Ogilvie症候群で手術に至る場合は、資料上「症状が大腸に限局していればストマ造設、結腸全摘術の適応になる」とされます。ここは重要で、ACPOでいきなり大きく切るのではなく、臨床経過(減圧不能・臨床的悪化)と局在(大腸限局)を踏まえ、最小侵襲で破綻(穿孔・腹膜炎)を防ぐ方向へ舵を切るのが合理的です。
巨大結腸症手術前の減圧・内視鏡・ネオスチグミンの位置づけ
巨大結腸症は“手術の話”に見えて、実は手術に行く前の減圧戦略が成否を分けることが多い領域です。Ogilvie症候群の資料では、保存治療→薬物療法→内視鏡的減圧→外科手術という流れが示され、ネオスチグミンの有用性(例:無作為化11人中10人に臨床反応、反応までの中央値が数分)に触れています。さらにネオスチグミン投与は心電図モニター下で、アトロピン準備のうえで投与する、といった実務的注意点も記載されています。これは「薬が効くか」以前に、「徐脈などの重篤副作用を回避できる運用があるか」をセットで判断する、ということです。
一方、内視鏡的減圧は“やったら終わり”ではなく、再発率が課題になります。資料では、結腸減圧術の初期成功率や、イレウス管を留置しない場合の再発率が言及され、可能なら内視鏡的減圧+イレウス管留置が望ましいという整理がされています。つまり、内視鏡で一度ガスを抜いても、その後の腸管運動が戻らなければ再膨張し、結果的に「結局手術」になり得ます。術前介入として減圧の“持続性”まで設計することで、手術適応を減らすだけでなく、仮に手術になっても腸管緊満を下げて麻酔・操作を安全側に寄せられます。
ここで、意外に盲点になるのが「歩行・リハビリ介入」です。資料には“歩くことも治療の1つ”と明記されており、単に絶食・点滴・補正だけでなく、可能な範囲で早期離床を組み込む発想が示されています。ICUや高齢患者での巨大結腸症では、鎮静・臥床・電解質異常が重なって腸管運動が落ち込みやすいので、外科・内科・リハが同じゴール(減圧の維持)を共有する価値があります。
巨大結腸症手術の周術期管理(感染・ステロイド・電解質)
巨大結腸症の周術期は、腸管そのものより“全身条件”がアウトカムを支配しやすいのが特徴です。潰瘍性大腸炎の外科治療指針では、ステロイド、シクロスポリン、タクロリムス、インフリキシマブ、アダリムマブなど免疫抑制効果の強い治療が、手術前後の感染性合併症(日和見感染など)を増やし得るため、的確な診断・治療が必要とされています。これはTMCで緊急手術になりやすい現場ほど重要で、「感染があるかもしれない」ではなく、肺炎・敗血症・CMVなども含めて、術前に拾えるものを拾う姿勢が求められます。
また、術前ステロイド投与例では感染増加だけでなく、吻合例で縫合不全リスクがあるため可能なら減量し、術後は副腎不全に留意しつつ“ステロイドカバー”を行い減量する、という考え方が記載されています。周術期のステロイドカバーは施設差が出やすい論点ですが、指針が「長期投与患者では術後のステロイド分泌が十分でなく急性副腎機能不全の可能性がある」と明示している点は、術後ショック鑑別の質を上げるヒントになります。腸管穿孔や出血がないのに血圧が落ちるケースで、“副腎不全”というカードを手元に持っているかどうかで対応速度が変わります。
さらに、巨大結腸症では電解質異常(特に低K)が腸管運動を悪化させ、減圧不良→再拡張の悪循環を作ります。Ogilvie症候群の資料でも低K補正が治療経過の中で触れられており、周術期に「点滴は入っているから大丈夫」と放置しない姿勢が重要です。麻酔導入前の補正だけでなく、術後の経腸再開まで含めたモニタリング計画(頻回採血、利尿薬・下剤・腎機能の影響評価)を立てると、再拡張やイレウスの遷延を減らしやすくなります。
巨大結腸症手術の独自視点:再拡張を減らす「原因の棚卸し」チェックリスト
検索上位の解説は“診断・治療アルゴリズム”が中心になりがちですが、臨床で地味に効くのは「なぜその患者が巨大結腸症になったか」を手術前後で棚卸しし、再発・再拡張の引き金を抜く作業です。Ogilvie症候群の資料では、2次性の可能性として感染、内分泌、膠原病、薬剤などを挙げ、薬剤では抗うつ薬・抗不安薬・抗コリン薬・オピオイド・Ca拮抗薬などが列挙されています。つまり、手術で拡張腸管を処理できても、原因(自律神経不均衡を増悪させる背景)が残れば、ICUや病棟で再び“拡張→減圧→再拡張”のループに入ります。
そこで、医療従事者向けに、周術期カンファで使えるチェックリストを提示します(項目は資料の列挙に沿って作成)。
✅ 原因の棚卸し(再拡張予防)
・薬剤:オピオイド、抗コリン薬、抗精神病薬、Ca拮抗薬などの継続可否を再評価
・代謝:低Kなど電解質、腎不全、肝不全、糖代謝の是正計画
・感染:CMVなども含めて“陰性確認できたか/治療開始したか”
・活動性:離床・リハビリの具体目標(例:術後何日目に立位、歩行何m)
この“棚卸し”は、術式そのもの以上に、再発や院内合併症(せん妄、肺炎、VTEなど)を抑える波及効果が出やすいのがポイントです。特に高齢・認知症・多剤併用の患者は、巨大結腸症の原因が単発ではなく複合(薬剤+低K+臥床+感染)であることが多いため、外科単独では完結しません。
また、あまり知られていない(しかし現場で助かる)観点として、「減圧がうまくいかない症例は、術式選択より先に“減圧の出口(肛門側)”が機能しているか」を再評価することがあります。たとえば直腸まで拡張が及ぶパターン、排便反射が極端に落ちているパターンでは、内視鏡脱気の一時効果は出ても維持が難しく、結果的にストマなど“持続的に逃がす”選択肢の価値が上がります。資料でも、大腸に限局していればストマ造設などが手術として検討され得る、と書かれており、まさに「出口戦略」を手術計画に組み込む発想が重要です。
周術期や鑑別の参考(Ogilvie症候群の診断・治療フローチャート、盲腸径12cm以上など手術判断の目安):Ogilvie症候群(急性偽性大腸閉塞)資料(東京医療センター)
手術適応・術式選択(中毒性巨大結腸症が絶対的手術適応、結腸亜全摘+回腸人工肛門+粘液瘻など分割手術の位置づけ):潰瘍性大腸炎外科治療指針(2016年1月改訂)

タイヨー 脱腸帯 両側用 E号 大人用(腰廻85cm迄)