インクリシラン作用機序とsiRNA製剤
従来のPCSK9阻害薬は2週間に1回の投与が必要でした。
インクリシランのRNA干渉による作用機序
インクリシランは低分子干渉リボ核酸(siRNA)製剤として、国内で脂質異常症に使用できる初めての薬剤です。この薬剤の最大の特徴は、RNA干渉(RNAi)というメカニズムを利用してPCSK9遺伝子の発現を抑制する点にあります。
PCSK9は肝臓で産生されるタンパク質で、LDL受容体を分解する働きを持っています。通常、肝臓のLDL受容体は血中のLDLコレステロールを取り込んで分解し、その後再利用されます。しかしPCSK9がLDL受容体と結合すると、LDL受容体は再利用されずに分解されてしまうのです。結果として血中のLDLコレステロールを取り込む能力が低下し、高LDLコレステロール血症が引き起こされます。
インクリシランはこのPCSK9の産生そのものを抑制します。具体的には、PCSK9タンパク質を作るための設計図であるmRNA(メッセンジャーRNA)を標的とし、そのmRNAを分解することでPCSK9の合成を阻害するのです。PCSK9の産生が抑制されれば、LDL受容体の分解が減少し、肝臓表面のLDL受容体が増加します。
これが基本です。
その結果、血中のLDLコレステロールが効率的に肝臓に取り込まれ、血中LDL-C値は低下していきます。このようなRNA干渉という作用機序は、既存の抗体医薬であるレパーサ(エボロクマブ)がPCSK9タンパク質そのものに結合して作用するのとは異なる、遺伝子レベルでの介入となっています。
日本薬理学雑誌の論文では、インクリシランの詳細な薬理作用とRNA干渉のメカニズムが解説されており、siRNA製剤の基礎を理解するうえで参考になります。
インクリシランのGalNAc修飾と肝臓への取り込み
siRNA製剤は体内で非常に不安定な物質であり、そのまま投与すると分解酵素によって速やかに分解されてしまいます。インクリシランが薬剤として機能するためには、安定性を高め、かつ標的臓器である肝臓に効率的に届ける工夫が必要です。
この課題を解決するのが、GalNAc(N-アセチルガラクトサミン)という糖鎖による修飾です。インクリシランのsiRNA分子には3分岐型のGalNAcが結合しており、この構造が肝臓への選択的な送達を可能にしています。肝臓には高密度にアシアロ糖タンパク受容体(ASGPR)が発現しており、GalNAcはこの受容体と特異的に結合する性質を持っています。
皮下投与されたインクリシランは血流に乗って全身を巡りますが、GalNAc修飾によって肝臓のアシアロ糖タンパク受容体に優先的に取り込まれるのです。この受容体を介したエンドサイトーシスにより、インクリシランは肝細胞内部に到達します。細胞内に入ったインクリシランはエンドソーム内でGalNAcと受容体が解離し、siRNAが細胞質に放出される仕組みです。
つまりGalNAc修飾が鍵です。
この修飾技術により、インクリシランは分解酵素からの保護と肝臓への選択的送達という2つの利点を同時に得ています。また、皮下注射での投与が可能になるという実用面でのメリットも生まれました。類薬のアムヴトラ(ブトリシラン)も同様のGalNAc修飾を利用しており、siRNA製剤における標準的な技術となっています。
厚生労働省の最適使用推進ガイドラインには、インクリシランの肝臓への取り込み機構と投与対象患者の選択基準が詳細に記載されており、臨床現場での適正使用に役立ちます。
インクリシランのRISC複合体形成とmRNA切断
肝細胞の細胞質に到達したインクリシランは、いよいよRNA干渉の中核プロセスを開始します。siRNAは二本鎖構造をしていますが、細胞内ではこれが一本鎖に解離し、特定のタンパク質と複合体を形成します。
この複合体がRISC(RNA-induced silencing complex:RNA誘導サイレンシング複合体)です。RISCの中心的な構成要素はArgonauteというタンパク質であり、このArgonauteがsiRNAの一本鎖(アンチセンス鎖またはガイド鎖と呼ばれます)を取り込みます。もう一方の鎖(センス鎖またはパッセンジャー鎖)は排出され、機能的なRISC複合体が完成します。
完成したRISC複合体は、取り込んだアンチセンス鎖の配列を鋳型として、相補的な配列を持つmRNAを細胞内で探索します。インクリシランの場合、標的はPCSK9遺伝子から転写されたmRNAです。アンチセンス鎖がPCSK9 mRNAの特定の配列を認識して結合すると、ArgonauteがそのmRNAを切断します。
どういうことなのか?
切断されたmRNAは不安定化し、速やかに分解されてしまいます。その結果、PCSK9タンパク質への翻訳が行われなくなり、PCSK9の産生が抑制されるのです。重要なのは、この反応が触媒的に進行する点です。一度形成されたRISC複合体は繰り返しmRNAを切断できるため、少量のsiRNAでも持続的な遺伝子発現抑制効果を発揮します。
このメカニズムこそが、インクリシランが半年に1回という長い投与間隔でも効果を維持できる理由の一つです。臨床試験では、初回投与後180日(約6か月)にわたってPCSK9およびLDL-Cの低下効果が持続することが確認されています。
インクリシランの半年に1回投与と持続時間の秘密
インクリシランの最大の臨床的特徴は、投与間隔の長さです。用法・用量は初回投与、3か月後に2回目、その後は6か月に1回の間隔で皮下注射します。従来のPCSK9抗体医薬であるレパーサ(エボロクマブ)が2週間または4週間ごとの投与を必要とするのと比較すると、大幅に投与回数が減少しています。
この長期持続効果は、siRNAの薬物動態とRNA干渉の特性によってもたらされています。インクリシランは肝細胞内に取り込まれた後、細胞質内で安定的に存在し、RISC複合体として機能し続けます。一般的な低分子医薬品は代謝や排泄によって速やかに体外に排出されますが、siRNAは細胞内に保持され、触媒的にmRNAを分解し続けるため、効果が長期間持続するのです。
臨床試験のデータをみると明らかです。
ORION-10試験およびORION-11試験では、510日目時点でもプラセボ調整後のLDL-C低下率がそれぞれ52.3%、49.9%と維持されていました。日本人を対象としたORION-15試験でも、初回投与から12か月後まで持続的なLDL-C低下効果が確認されています。
投与回数の減少は、患者にとって来院負担の軽減やアドヒアランスの向上につながります。特に心血管疾患リスクの高い高齢患者や、仕事で多忙な患者にとって、年2回の受診で治療を継続できることは大きなメリットです。また、医療機関側にとっても、投与管理の負担が軽減されるという利点があります。
日経メディカルの記事では、インクリシランの投与スケジュールと長期持続効果の臨床的意義について詳しく解説されており、実臨床での使用イメージを把握できます。
インクリシラン日本人のORION-15試験と効果
インクリシランの国内承認の根拠となった主要な臨床試験の一つが、ORION-15試験です。この試験は、心血管イベントリスクが高くLDL-C値が高い日本人患者312例を対象として、インクリシランの有効性、安全性、忍容性を評価する多施設共同、プラセボ対照、二重盲検の第Ⅱ相臨床試験として実施されました。
試験の対象となったのは、スタチン療法を含む脂質低下療法を受けているにもかかわらずLDL-C値が100mg/dL以上の患者です。家族性高コレステロール血症患者も含まれ、いずれも心血管イベントの既往がある、または糖尿病などのリスク因子を複数持つハイリスク集団でした。
主要評価項目は、投与開始から90日後および180日後のLDL-C値のベースラインからの変化率です。結果は極めて良好で、インクリシラン群ではプラセボと比較して約65%ものLDL-C低下効果が認められました。この効果は投与開始後90日の時点で既に明確であり、180日後も維持されていました。
これは使えそうです。
さらに注目すべき点として、総コレステロール(TC)も約30%低下し、中性脂肪は約35%低下、リポタンパク(a)[Lp(a)]も約33%低下するなど、LDL-C以外の脂質パラメータにも改善効果が観察されました。Lp(a)は心血管疾患の独立したリスク因子とされており、その低下は追加の臨床的メリットをもたらす可能性があります。
安全性の面でも、インクリシランは良好なプロファイルを示しました。最も多かった副作用は注射部位反応(疼痛、紅斑、そう痒感など)であり、その頻度は約9.1%でした。重篤な副作用は少なく、全体として忍容性は高いと評価されています。
ORION-15試験の結果は、欧米で実施されたORION-10試験やORION-11試験とも同等の効果を示しており、人種や地域による効果の差は小さいことが示唆されています。
インクリシランとレパーサの違いと使い分け視点
インクリシランとレパーサ(エボロクマブ)は、いずれもPCSK9を標的としてLDL-Cを低下させる薬剤ですが、作用機序と投与方法に明確な違いがあります。この違いを理解することで、患者ごとに最適な治療選択が可能になります。
まず作用機序の違いを整理しましょう。レパーサは完全ヒト型モノクローナル抗体であり、血中に存在するPCSK9タンパク質に直接結合してその機能を阻害します。PCSK9がLDL受容体と結合できなくなることで、LDL受容体の分解が抑制され、結果としてLDL-Cが低下します。一方、インクリシランはsiRNA製剤であり、肝細胞内でPCSK9 mRNAを分解することでPCSK9の産生そのものを抑制します。
投与間隔は両者の最も顕著な違いです。レパーサは2週間に1回または4週間に1回の皮下注射が必要であるのに対し、インクリシランは初回、3か月後、以降6か月に1回という投与スケジュールです。
厳しいところですね。
レパーサには自己注射が可能という利点があります。患者が在宅で自己投与できるため、通院の必要がなく、ライフスタイルに合わせた治療継続が可能です。一方、インクリシランは医療機関での投与が必須ですが、投与回数が少ないため、総合的な来院負担は軽減されます。
有効性については、直接比較試験は限られていますが、ORION-3試験の結果を参考にすると、day360までの経時的に平均したLDL-C低下率は、レパーサ群で-61.0%、インクリシラン群で-42.5%でした。統計的な比較は行われていませんが、レパーサの方がやや高い効果を示す可能性があります。
また、レパーサについてはFOURIER試験において、心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中など)の抑制効果が証明されています。インクリシランについては、現時点ではLDL-C低下効果のみが確認されており、心血管イベント抑制のエビデンスは構築中です。
使い分けの視点としては、以下のような考え方が有用でしょう。心血管疾患の既往があり、より強力なLDL-C低下と心血管イベント抑制を重視する場合はレパーサが適しています。一方、自己注射が困難な患者、頻回の通院が難しい患者、または投与回数を最小限にしたい場合はインクリシランが適しているでしょう。
さらに、レパーサからインクリシランへの切り替え、あるいはその逆の切り替えも、患者の状態や希望に応じて検討できます。ORION-3試験ではレパーサからインクリシランへの切り替え時の安全性と有効性が確認されており、柔軟な治療戦略が可能です。
新薬情報オンラインの解説記事では、インクリシランとレパーサの詳細な比較表や臨床試験データが提示されており、実臨床での選択に役立つ情報が得られます。