副腎皮質ステロイドの一覧
副腎皮質ステロイドの作用機序と種類の一覧
副腎皮質ステロイドは、生体内で合成されるステロイドホルモンの一種であるコルチゾールと同様の作用を持つ合成薬物です 。その最も重要な役割は、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用にあります 。この作用機序は、細胞レベルでの複雑なプロセスに基づいています。
主な作用機序は以下の通りです。
- ゲノム作用(Genomic Action): ステロイドは細胞膜を容易に通過し、細胞質内に存在するグルココルチコイド受容体(GR)と結合します 。この複合体は核内へ移行し、DNA上のグルココルチコイド応答配列(GRE)に結合します。これにより、抗炎症作用を持つタンパク質(Lipocortin-1など)の遺伝子発現を促進(トランスアクティベーション)したり、炎症を引き起こすサイトカインやケモカインなどの遺伝子発現を抑制(トランスレプレッション)したりします 。特に、炎症反応の重要な転写因子であるNF-κBの活性化を抑制することが、強力な抗炎症作用の根幹をなしています 。
- 非ゲノム作用(Non-genomic Action): 遺伝子発現を介さない、より迅速な作用も報告されています 。これには、細胞膜上の受容体を介したシグナル伝達や、細胞質内でのシグナル伝達分子への直接的な影響などが含まれ、即効性の抗炎症効果に関与していると考えられています 。
副腎皮質ステロイドは、その化学構造や作用時間によって、さまざまな種類に分類されます。大きく分けて、糖質コルチコイド作用が主体のものと、鉱質コルチコイド作用(電解質代謝に関与)を併せ持つものがあります。臨床で主に使用されるのは、糖質コルチコイド作用を強化した薬剤です。
以下に代表的な内服薬の力価と作用時間を示します。
| 一般名 | 力価(抗炎症作用) | 作用時間 |
|---|---|---|
| ヒドロコルチゾン(コートリル®) | 1 | 短時間型 |
| プレドニゾロン(プレドニン®) | 4 | 中間型 |
| メチルプレドニゾロン(メドロール®) | 5 | 中間型 |
| トリアムシノロン(レダコート®) | 5 | 中間型 |
| ベタメタゾン(リンデロン®) | 25-30 | 長時間型 |
| デキサメタゾン(デカドロン®) | 25-30 | 長時間型 |
参考: 全身投与ステロイド剤の対応量に関する情報 https://city.kagoshima.med.or.jp/image/archives/25_3.pdf
これらの薬剤は、疾患の種類、重症度、患者の状態に応じて、内服薬、注射薬、外用薬など様々な剤形で使い分けられます 。例えば、生理的に分泌される1日分のコルチゾール量は、プレドニゾロン換算で約3.75mgに相当すると言われており、治療で用いられる薬用量はこれを大きく上回ることがあります 。
副腎皮質ステロイド外用薬の強さランク一覧と比較
皮膚科領域をはじめ、多くの診療科で頻用されるステロイド外用薬は、その抗炎症作用の強さによって5つのランクに分類されています 。このランク分けは、治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えるための重要な指標となります。適切なランクの薬剤を選択するためには、疾患の種類、重症度、使用部位(顔面、体幹、四肢など)、そして患者の年齢を総合的に考慮する必要があります。
以下に、ステロイド外用薬の強さのランクと代表的な薬剤を示します。
ステロイド外用薬の強さランク一覧表 🩺
| ランク | 強さ | 代表的な薬剤(一般名/商品名) | 主な適応 |
|---|---|---|---|
| Ⅰ群 | 最も強い (Strongest) | クロベタゾールプロピオン酸エステル (デルモベート®) | 難治性の皮膚疾患(乾癬、苔癬など) |
| Ⅱ群 | 非常に強い (Very Strong) | モメタゾンフランカルボン酸エステル (フルメタ®)、ジフロラゾン酢酸エステル (ジフラール®) | アトピー性皮膚炎の増悪時、角化の強い湿疹 |
| Ⅲ群 | 強い (Strong) | ベタメタゾン吉草酸エステル (ベトネベート®)、フルオシノロンアセトニド (フルコート®) | 一般的な湿疹・皮膚炎、虫刺され |
| Ⅳ群 | 中程度 (Medium) | トリアムシノロンアセトニド (レダコート®)、クロベタゾン酪酸エステル (キンダベート®) | 顔面、頸部、小児への使用 |
| Ⅴ群 | 弱い (Weak) | プレドニゾロン吉草酸エステル酢酸エステル (リドメックス®)、ヒドロコルチゾン酪酸エステル (ロコイド®) | 軽度の湿疹、顔面などのデリケートな部位 |
参考: ステロイド外用薬のランク分類について https://www.hifuka-web.com/steroid.html
薬剤選択のポイントは以下の通りです。
- 部位による吸収率の違い: 皮膚の薄い部位(顔、陰部など)は吸収率が高く、副作用が出やすいため、弱いランクのステロイドが選択されます。一方、皮膚の厚い部位(手のひら、足の裏など)は吸収率が低いため、強いランクの薬剤が必要となることがあります。
- 剤形の特徴: 軟膏は保湿効果が高く刺激が少ないため広く使われます。クリームはべたつきが少なく使用感は良いですが、びらん面には刺激となることがあります。ローションは頭皮など有毛部に適しています。
- 副作用のリスク: 長期間、同じ部位に強いランクのステロイドを使用し続けると、皮膚萎縮、毛細血管拡張、ステロイドざ瘡(にきび)などの局所性副作用のリスクが高まります 。
意外な情報として、同じ成分でも濃度が異なる製品や、後発医薬品では基剤の違いによって使用感が異なる場合があります。また、市販薬として購入できるステロイドは、通常「Strong」以下のランクに限られています 。安易な自己判断での使用は避け、必ず専門家の指導のもとで使用することが重要です。
副腎皮質ステロイド内服薬・注射薬の種類と注意点
全身性の効果を期待する場合、副腎皮質ステロイドの内服薬や注射薬が用いられます。関節リウマチ、気管支喘息、膠原病、ネフローゼ症候群、臓器移植後の拒絶反応抑制など、その適応は多岐にわたります 。これらの薬剤は作用時間の長さによって、短時間作用型、中間作用型、長時間作用型に分類されます。
注射薬の種類と特徴 💉
注射薬は、経口摂取が困難な場合や、迅速な効果、あるいは局所への高い濃度での投与が必要な場合に使用されます 。整形外科領域では、関節内注射が頻繁に行われます。
- 水溶性製剤 (コハク酸エステルなど): 点滴静注などで使用され、効果発現が速いのが特徴です。例: ソル・メドロール®、水溶性プレドニン®。
- 懸濁性製剤 (酢酸エステルなど): 筋肉内注射や関節内注射に用いられ、ゆっくりと吸収されるため作用が持続します(デポ剤)。例: ケナコルト-A®、デポメドロール® 。ケナコルト-A®は、1回の注射で数週間から数ヶ月効果が持続することがあります 。
内服薬と注射薬の換算
一般的に、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロンでは、内服量と注射量(水溶性製剤)は等価として扱われます 。しかし、デキサメタゾンやヒドロコルチゾンの場合、生体内利用率を考慮して内服量を注射量より多く設定する必要があるとされています 。
使用上の注意点
全身投与の際には、その強力な作用と裏腹に、様々な副作用のリスクを常に念頭に置く必要があります。
- 副腎不全のリスク: 長期間ステロイドを投与すると、体内で自前のコルチゾールを産生する能力(視床下部–下垂体-副腎系)が抑制されます 。自己判断で急に中断すると、倦怠感、低血圧、ショックなどの重篤な離脱症状や副腎不全を引き起こす危険性があります。減量・中止は必ず医師の指示に従い、ゆっくりと行う必要があります。
- 日内変動の考慮: 生理的なコルチゾール分泌は早朝にピークを迎えます。そのため、内服は朝1回にまとめて行うことが、副作用である副腎機能抑制を軽減するために推奨されています。
- 配合剤の注意: セレスタミン®のように、ステロイドと抗ヒスタミン薬が配合された薬剤も存在します 。便利である一方、それぞれの副作用(眠気、口渇、血糖上昇など)を併せ持つため、漫然とした長期連用は避けるべきです 。
特に花粉症に対して安易に用いられることがあるステロイドの筋肉注射(デポ剤)は、作用時間が非常に長く、副腎抑制や血糖上昇などの副作用が遷延するリスクがあるため、関連学会からは警鐘が鳴らされています 。
参考: ステロイドの全身投与に関する注意点 https://itoito-clinic.com/column/steroid_injection/
参考: 整形外科で使用されるステロイド注射剤について https://gotokuji-seikeigeka.com/column/整形外科で使われるステロイド注射製剤とは?種/
副腎皮質ステロイドの副作用一覧と対策
副腎皮質ステロイドは「諸刃の剣」と称されるように、その強力な薬理作用と引き換えに、多彩な副作用を引き起こす可能性があります 。副作用は、投与量や投与期間に依存して発現しやすくなるため、治療中は綿密なモニタリングが不可欠です。プレドニゾロン換算で5mg/日以下の少量でも、長期にわたれば副作用のリスクは存在します 。
主な副作用一覧と注意点 ⚠️
| 分類 | 主な副作用 | 具体的な内容と対策 |
|---|---|---|
| 代謝系 | 糖尿病・高血糖 | 糖新生を促進し、インスリン抵抗性を増大させるため、血糖値が上昇しやすくなります 。定期的な血糖値測定、食事療法、場合によっては血糖降下薬の投与が必要です。 |
| 脂質異常症・満月様顔貌 | 脂質代謝に影響し、中心性肥満(顔が丸くなる、肩に脂肪がつくなど)や高脂血症をきたします 。食事管理と適度な運動が推奨されます。 | |
| 骨粗鬆症 | 骨形成を抑制し、骨吸収を促進するため、骨密度が低下します 。特に閉経後女性や高齢者は注意が必要で、ビスホスホネート製剤やビタミンD製剤の予防的投与が検討されます 。 | |
| 免疫系 | 易感染性 | 免疫力を抑制するため、細菌、ウイルス、真菌などによる日和見感染症のリスクが高まります 。うがい・手洗いの励行、人混みを避けるなどの感染対策が重要です。 |
| 感染症の増悪 | ステロイドは炎症を抑えるため、感染症の兆候(発熱など)をマスクしてしまうことがあります。体調の変化には特に注意が必要です。 | |
| 消化器系 | 消化性潰瘍 | 胃酸分泌促進や胃粘膜の防御機能低下により、胃・十二指腸潰瘍のリスクが増加します。プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの予防薬が併用されることがあります 。 |
| 食欲増進 | 食欲が増すことが多く、体重増加の一因となります。食事量のコントロールが必要です。 | |
| 精神・神経系 | 精神症状 | 不眠、多幸感、うつ状態、せん妄などを引き起こすことがあります(ステロイド精神病) 。特に高用量でみられやすく、変化があれば速やかに主治医に相談が必要です。 |
| 眼圧上昇・白内障 | 長期使用により緑内障や後嚢下白内障のリスクが高まります。定期的な眼科検診が推奨されます。 | |
| その他 | 副腎不全・離脱症状群 | 急な中止により、倦怠感、頭痛、嘔気、関節痛、血圧低下などの症状が出現します 。自己判断での中断は絶対に避けるべきです。 |
これらの副作用は、ステロイドの生理的なホルモン作用が増強されて現れるものが多く含まれています 。意外なことですが、18-ヒドロキシデオキシコルチコステロンという、副腎から分泌される別のステロイドが、ストレス誘発性の副腎皮質刺激ホルモン放出を増強する可能性があることが古い研究で示唆されています 。
副作用を恐れるあまり、自己判断で服薬を中止したり減量したりすると、原疾患の急激な悪化を招くことがあり、かえって危険です 。医師の指導のもと、必要最低限の量を適切な期間使用し、副作用の早期発見と対策に努めることが、ステロイド治療を成功させる鍵となります。
参考: ステロイドの副作用について https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?副腎皮質ステロイド
【独自視点】副腎皮質ステロイド抵抗性のメカニズムと最新治療アプローチ
副腎皮質ステロイドは多くの炎症性・免疫性疾患に劇的な効果を示しますが、一部の患者では十分な効果が得られない「ステロイド抵抗性」という現象が臨床上の大きな課題となっています。特に重症喘息や関節リウマチ、炎症性腸疾患などでみられ、治療の難渋につながります。
ステロイド抵抗性のメカニズム 🔬
長年、ステロイド抵抗性の詳細なメカニズムは不明な点が多かったですが、近年の研究によりその一端が明らかになってきました。単一の原因ではなく、複数の機序が複雑に関与していると考えられています。
- グルココルチコイド受容体(GR)の異常: GRの数や親和性の低下、あるいは構造変化により、ステロイドが正常に結合・機能できなくなるケースです。炎症性サイトカイン自体がGRの機能を低下させることも知られています。
- 炎症メディエーターの過剰産生: ステロイドの抑制能力を上回るほどの強力な炎症が存在する場合、相対的に効果が減弱します。
- GLCCI1(Glucocorticoid-induced transcript 1)の関与: 杏林大学の研究により、GLCCI1という遺伝子がステロイドの効き目に関与していることが発見されました 。健常者ではステロイド投与でGLCCI1が増加し効果を発揮しますが、ステロイド抵抗性の患者ではこの増加がみられないことが報告されています。このGLCCI1の機能を制御することが、新たな治療ターゲットとして期待されています 。
- 自然リンパ球(ILC)の役割: 近年、免疫システムの司令塔の一つである自然リンパ球、特に2型自然リンパ球(ILC2)がステロイド抵抗性に関与する可能性が報告されています 。ある研究では、ILC2を特定のサイトカイン(IL-7, TSLP, IL-33)で同時に刺激すると、細胞レベルでステロイドが効きにくい状態に変化することが示されました 。これは、これまで治療が困難だったステロイド抵抗性喘息などの病態解明に繋がる重要な知見です。
最新の治療アプローチと今後の展望 ✨
ステロイド抵抗性のメカニズム解明に伴い、新たな治療戦略が模索されています。
- JAK阻害薬の応用: ヤヌスキナーゼ(JAK)は、多くの炎症性サイトカインの細胞内シグナル伝達に関わる酵素です。アトピー性皮膚炎などで使用されるJAK阻害薬をステロイド抵抗性の喘息モデルに投与したところ、症状が改善し、さらに驚くべきことに、効かなかったはずのステロイドが再び効果を示すようになったという研究結果があります 。これは、既存薬の新たな可能性を示すものです。
- 分子標的薬との併用: 重症喘息などでは、特定のサイトカイン(IL-5, IL-4/13など)を標的とする生物学的製剤が開発されています。これらの分子標的薬とステロイドを併用することで、ステロイドの減量や抵抗性の克服が期待できます。
- GLCCI1を標的とした創薬: GLCCI1のパートナー分子に結合し、その機能を回復させる化合物のスクリーニングが進められており、ステロイド感受性を回復させる全く新しい治療薬の開発が期待されています 。
ステロイド抵抗性は、もはや単純な「薬が効かない状態」ではなく、その背後にある分子メカニズムに基づいた病態として理解されつつあります。今後は、個々の患者の抵抗性メカニズムを解明し、それぞれに最適化された治療法(Precision Medicine)を提供することが重要な目標となるでしょう。
参考: ステロイド抵抗性の仕組みに関する研究 https://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/news/2020/1108-01.html
参考: ステロイドの効かないぜんそくに関する研究 https://www.josho.ac.jp/news/2023/12/3599.html
