炎症性腸疾患関連関節炎
炎症性腸疾患関連関節炎の分類(IBD-related SpA、Type1、Type2)
炎症性腸疾患(IBD)に合併する関節障害は、腸管外合併症の中でも頻度が高く、関節痛は約40〜50%、関節炎は約10〜20%とされます。厚労科研の治療指針では、IBDに伴う関節障害を脊椎関節炎(spondyloarthritis: SpA)として捉え「IBD-related SpA」と呼び、主な罹患部位から体軸優位型(axial dominant SpA: axSpA)と末梢優位型(peripheral dominant SpA: pSpA)に分類しています。さらにpSpAは臨床像の違いとしてType1/Type2が重要で、Type1は「5関節未満・下肢に多い・急性/非対称/移動性・IBD活動性と相関・関節破壊なく自然軽快しやすい」、Type2は「5関節以上・上肢(手指を含む)に多い・左右対称・IBD活動性と相関しない・関節破壊を伴うことがある」という整理が提示されています。
この分類は、消化器内科の外来で「腸管が落ち着いているのに関節だけが残る」症例を説明する言語になります。特にType2は、腸管治療だけでは関節炎が残存しやすく、関節リウマチ(RA)との鑑別が難しくなる場面もあるため、早い段階から“どの型か”を意識して情報収集することが臨床的に合理的です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/a51cbabe50be3c3095a29b7f1083ba672eb99b22
意外と盲点になるのは、IBD領域で使うaxSpA/pSpAという言い方と、脊椎関節炎専門領域の分類(ASAS分類など)での用語が必ずしも一致しない点です。治療指針では混同注意が明記されており、紹介状やカンファレンスで用語がずれると診療方針のすり合わせが難しくなるため、共有言語として「IBD-related SpA(体軸優位/末梢優位、末梢はType1/2)」の枠組みでまず揃えるのが安全です。
炎症性腸疾患関連関節炎の診断(炎症性腰背部痛、MRI、仙腸関節炎)
炎症性腸疾患関連関節炎の診断は、特異的な単独検査で確定するというより、臨床像の積み上げと除外診断が中心です。厚労科研の治療指針では、まず機械性の関節痛と関節炎の鑑別が重要で、診察時に腫脹・圧痛の有無を確認し、必要に応じて画像検査を行う流れが提示されています。
体軸病変を拾い上げるカギは、3か月以上持続する腰・背部痛(臀部痛を含む)です。より特異性の高い所見として「炎症性腰背部痛(Inflammatory Back Pain: IBP)」の兆候が示されており、①40歳未満発症、②緩徐発症、③運動で軽快、④安静で軽快しない、⑤夜間痛(起き上がると改善)の5項目中4項目を満たすとIBPと判断します。
画像は「見逃し防止」の意味が大きく、単純X線で明らかな変化がない段階でもMRIで仙腸関節や椎体に骨髄浮腫像を認め得るため、疑うべき臨床像があれば経過観察・追加評価が推奨されています。
一方で、血液検査(WBC、CRP、ESRなど)はIBDそのものの活動性でも上がり得るため、関節の活動性評価を血液だけで完結させない姿勢が重要です。治療指針ではRFや抗CCP抗体は通常陰性とされますが、Type2でRA様の関節破壊像が出ることもあるため、「血清学で否定できる」ではなく「臨床・画像で総合する」が安全です。
参考リンク(IBD合併関節障害の診断フローチャート、IBP基準、Type1/Type2、MRI所見などの一次資料)。
厚労科研 分担研究報告書:炎症性腸疾患の腸管外合併症治療指針の改訂(関節痛・脊椎関節炎の章)
炎症性腸疾患関連関節炎の治療(NSAIDs、ステロイド、抗TNF-α抗体製剤)
炎症性腸疾患関連関節炎では、エビデンスに基づいた確立治療が乏しいこと自体が重要な前提です。治療指針は、参考としてECCOの腸管外合併症コンセンサス(2016)に触れつつ、axSpAでは理学療法の有用性、短期NSAIDsの有効性(ただし長期は推奨されない)、スルファサラジンやメトトレキサートの効果が限定的であること、難治例では抗TNF-α抗体製剤が有効になり得ることをまとめています。
末梢優位型(特にType1)は「腸炎の治療が末梢関節炎にも有用」という考え方が中核になります。症状緩和として短期NSAIDsや局所ステロイド注射が選択肢になりますが、経口ステロイドは有効でも可能な限り速やかに中止する、というスタンスが示されています。
臨床で最も問題になりやすいのは、鎮痛目的のNSAIDsが漫然と長期化することです。治療指針では、NSAIDsはpSpAの初期治療として有効なことがある一方で、長期使用は腸管病変の再燃や増悪を誘発する可能性があり、最低限の期間に留めるべきとされています。
この「腸管と関節の綱引き」を患者に説明する際は、単に禁忌と伝えるより、「短期のレスキューとしては使うが、痛みの背景(Type1/Type2、体軸/末梢)を見極めて作戦を変える」という合意形成のほうが実務的です。
論文リンク(IBDの腸管外合併症・関節炎の総説で、活動性との連動/非連動の整理が読める)。
Extraintestinal Manifestations of Inflammatory Bowel Disease(総説)
炎症性腸疾患関連関節炎の鑑別(機械性疼痛、薬剤性、感染性)
診断を難しくするのは「IBD患者の関節痛=IBD関連」とは限らない点で、治療指針でも最初に機械性疼痛と関節炎の鑑別が強調されています。
つまり、腫脹や圧痛といった炎症所見が乏しいのに疼痛のみ強い場合、まずは変形性関節症や使いすぎ、腰椎疾患などの一般的な原因も同列に置く必要があります。
薬剤性の視点も重要です。治療指針では、抗TNF-α抗体製剤で乾癬様皮疹など逆説的反応が起こり得ることを述べていますが、臨床では関節症状についても「IBDそのもの」だけでなく「治療に伴う免疫学的イベント」まで視野に入れると見落としが減ります。
また、IBDは入院・再燃・ステロイド使用などの状況で血栓塞栓症リスクが上がることが示されており、下肢痛や腫脹が関節炎に見えて実は血栓だった、というヒヤリハットも起こり得ます(関節炎の鑑別として常に念頭に置く価値があります)。
さらに体軸症状は「慢性腰痛」というありふれた訴えに紛れます。IBPの5項目を問診テンプレとして持ち、該当する場合は画像(特にMRI)を含めた評価に進む、という運用が現場では再現性が高いです。
炎症性腸疾患関連関節炎の独自視点(無症候性仙腸関節破壊、CT読影連携)
検索上位の一般的な解説では見落とされがちですが、治療指針のフローチャートには「IBD活動性と相関しない時に、無症候性に仙腸関節破壊が進行する例もある」と明記されています。
つまり、腸管症状が軽く、本人も腰痛を強く訴えない(あるいは“疲れ”として処理している)段階でも、体軸病変が静かに進む可能性があるということです。
この記載から導ける実務的な工夫は、画像の“ついで読み”です。IBDの日常診療では腹部CTが撮影されることが多く、治療指針でもCTで仙腸関節や肋椎関節の癒合、椎間板周囲靭帯の骨化などを認めることがあると述べられています。
放射線科読影に「仙腸関節も評価してください」と一言添える、または消化器内科側が仙腸関節のスクリーニング視点を持つだけで、無症候性の体軸病変を拾える確率が上がります(追加被曝なしで情報が増えるのがメリットです)。
もう一点、用語のズレ(IBD領域のaxial/peripheral dominantと、SpA専門領域の分類)により、紹介先で「pSpA扱い」になって議論が噛み合わないことがあります。紹介状には「IBD-related SpAのうち体軸優位型疑い(IBP該当、MRIで骨髄浮腫など)」のように、患者が満たす“要件”を具体的に書くと、診療科間の情報損失を減らせます。