エムポックス感染症の基礎知識と核心ガイド
エムポックス感染症とは何か
エムポックス感染症は、オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルス(MPXV)によって起こる急性発疹性疾患です。従来は「サル痘」と呼ばれていましたが、日本では2023年に疾病名が「エムポックス」へ変更されました。感染症法では4類感染症に位置付けられ、患者または無症状病原体保有者を診断した医師には、直ちに最寄りの保健所へ届出を行う義務があります。
ウイルスは大別してクレードIとクレードIIに分類されます。2022年以降に世界的流行を起こしたものの多くはクレードIIbでした。一方、2023年以降はコンゴ民主共和国を中心にクレードIbの流行が拡大し、周辺国や流行地域からの渡航者を介した輸入症例も報告されています。クレード間の病原性を単純に断定することは避けるべきですが、免疫不全者、小児、妊婦、皮膚疾患を有する人では重症化リスクを慎重に評価する必要があります。
国内では2022年7月に初症例が報告され、その後も散発的な発生が続いています。診療の手引き第3.0版に収載された2025年3月時点の国内集計では251例が届け出られ、発疹は90.0%、発熱は71.7%、リンパ節腫脹は35.1%に認められました。発熱や典型的な全身性発疹がない患者もいるため、「発熱がないから除外できる」と考えないことが重要です。www.mhlw.go.jp/…/001463222.pdf
“>エムポックス診療の手引き 第3.0版
感染経路と臨床像の見極め方
ヒトからヒトへの主な感染経路は、皮膚病変、病変からの浸出液、粘膜、体液との直接接触です。性的接触に伴う皮膚・粘膜接触は重要な伝播経路ですが、感染を特定の属性や集団だけの問題として扱うことは適切ではありません。家庭内での密接な接触、患者が使用した寝具・タオル・衣類などの媒介物への接触、近距離での長時間の対面接触に伴う呼吸器分泌物への曝露でも感染する可能性があります。
古典的には、潜伏期間は5~21日、通常は6~13日程度とされます。発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感、リンパ節腫脹などの前駆症状に続いて、丘疹、水疱、膿疱、痂皮へと進行する皮疹が出現し、多くは2~4週間で軽快します。ただし、2022年以降に多く報告されたクレードIIbでは、発熱やリンパ節腫脹が目立たない症例、性器・肛門周囲・直腸・口腔に病変が限局する症例、皮疹が少数の症例、異なる時期の皮疹が混在する症例もあります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 潜伏期間 | 5~21日、通常は6~13日程度 | 接触歴の聴取は発症前21日間を目安に行う |
| 主な症状 | 皮疹、発熱、頭痛、筋肉痛、リンパ節腫脹、咽頭痛、肛門直腸痛 | 全身症状が乏しい例や局所病変のみの例もある |
| 皮疹の部位 | 顔面、体幹、四肢、口腔、性器、肛門周囲、直腸など | 近年の流行では性器・肛門周囲・口腔の限局病変に注意する |
| 主な感染経路 | 皮膚・粘膜・体液との接触、性的接触、媒介物、近距離での呼吸器曝露 | 寝具、タオル、衣類を介した伝播にも留意する |
| 経過 | 多くは2~4週間で回復する | 免疫不全者などでは遷延・重症化・合併症のリスクがある |
問診では、症状の発症日、皮疹・粘膜病変の初発部位と変化、発熱やリンパ節腫脹の有無、発症前21日間の患者接触歴、複数または不特定の相手との性的接触、渡航歴、同居者の症状、寝具や衣類の共有状況などを、偏見を避けた中立的な表現で確認します。患者が安心して情報を共有できる関係をつくることが、診断精度と感染拡大防止の双方に直結します。
疑い例の診断、鑑別、届出の進め方
エムポックス感染症を疑う契機は、説明困難な急性の皮疹または粘膜疹に加え、発熱、頭痛、背部痛、強い倦怠感、リンパ節腫脹、筋肉痛、咽頭痛、肛門直腸痛などの症候を認める場合です。さらに、発症前21日以内の患者との接触、複数または不特定の相手との性的接触、流行地域への渡航歴などがあれば、疑いの程度が高まります。ただし、疫学的条件を満たさない場合でも、臨床的に疑わしいと主治医が判断したときは保健所へ相談します。
重要な鑑別診断には、水痘、帯状疱疹、単純ヘルペス、梅毒、手足口病、伝染性軟属腫、毛嚢炎、カポジ水痘様発疹症などがあります。性器・肛門周囲の病変では、性器ヘルペス、梅毒、帯状疱疹、淋菌・クラミジア感染症、赤痢アメーバ症、炎症性腸疾患なども検討します。性感染症の確定診断が得られていても、エムポックス感染症との重複感染を否定できるわけではありません。治療反応が乏しい、病変の性状や分布が非典型的である、疼痛が強いといった場合には、再評価が必要です。
確定診断には、地方衛生研究所等で行う行政検査によるPCR検査が用いられます。検体は病変部から採取することが原則で、水疱が保たれている場合は内容液、水疱が自壊している場合は内容液と自壊組織をスワブで採取し、痂皮化している場合は痂皮を採取します。検体採取、保管、搬送については、保健所の指示および病原体検出マニュアルに従ってください。
- 皮疹または粘膜病変の性状、部位、発症日、拡大の有無を記録する
- 発症前21日間の接触歴、性的接触歴、渡航歴、同居者の症状を確認する
- 疑い例を把握した時点で最寄りの保健所へ相談し、検体採取と行政検査の手順を確認する
- 水痘、単純ヘルペス、梅毒、帯状疱疹などの鑑別検査を並行して実施する
- 確定診断後は感染症法に基づき、直ちに保健所へ届出を行う
届出は「検査結果を待ってから考える」ものではなく、疑い例の段階から保健所と連携して診療・検査・感染対策を進めることが実務上の要点です。確定例だけでなく、無症状病原体保有者を診断した場合も届出対象となります。国立健康危機管理研究機構:エムポックス(詳細版)
治療方針と重症化リスクの評価
エムポックス感染症の治療の基本は、補液などの支持療法、疼痛コントロール、皮膚・粘膜病変のケア、二次性細菌感染や臓器合併症への対応です。軽症例は自然軽快することが多い一方で、肛門直腸病変、性器病変、口腔・咽頭病変では強い疼痛により排便、排尿、経口摂取が困難になることがあります。疼痛の程度を継続的に評価し、アセトアミノフェン、NSAIDs、必要に応じて神経障害性疼痛への薬剤や局所麻酔薬などを含めて個別に対応します。
重症化を警戒すべき患者には、未治療または高度免疫不全状態のHIV感染者、白血病・リンパ腫などの血液悪性腫瘍患者、固形臓器移植後の患者、強力な免疫抑制治療中の患者、活動性皮膚疾患を有する患者、妊娠・授乳中の患者、小児が含まれます。とくにHIV感染者では、CD4陽性リンパ球数が低い場合に播種性病変、二次性細菌感染、眼病変、肺病変などの重篤な合併症が生じやすいため、HIV感染の有無、治療状況、CD4数、ウイルス量を評価することが重要です。
眼または眼窩周囲の病変、広範で壊死性・出血性の皮膚病変、呼吸器症状、神経症状、心筋炎が疑われる症状、重度の脱水、難治性または進行性の病変、強い直腸炎や尿道炎は、重症例として速やかな専門医・高次医療機関との連携を要します。二次性細菌感染が疑われる皮膚の発赤、熱感、腫脹、膿性排液、全身状態の悪化がある場合は、培養検査や抗菌薬治療を検討します。
抗ウイルス薬のテコビリマトは国内で製造販売承認が了承されていますが、一般流通や適応運用は時期により変わり得ます。海外臨床試験では軽症例を中心に病変消失までの期間短縮という明確な有効性が示されていない一方、重症例や重症化高リスク例では、特定臨床研究などの枠組みで使用が検討されます。薬剤使用の可否は、個々の重症度、免疫状態、最新の国内体制を踏まえ、専門施設・保健所と協議して判断してください。WHOも、テコビリマトを含む抗ウイルス薬については、重症例または重症化リスクが高い患者を中心に、研究・緊急使用の枠組みと適切なデータ収集の重要性を示しています。WHO:Clinical management of mpox
医療機関での感染対策と患者説明
医療機関では、確定例だけでなく疑い例にも、早期から標準予防策に加えて接触予防策と飛沫予防策を適用します。さらに、鑑別に麻しんや水痘など空気感染を起こす疾患が含まれること、エムポックスに関する知見が継続的に更新されていること、院内には免疫不全患者など重症化リスクの高い患者がいることを踏まえ、国内の診療手引きでは空気感染予防策も併せて実施することが推奨されています。
患者は可能な限り換気の良い個室に案内し、診療にあたる医療従事者はN95マスク、手袋、ガウン、ゴーグルまたはフェイスシールドなどの眼の防護具を適切に使用します。病変部に触れる処置、体液への曝露が想定される処置、リネン類の取り扱い時には、とくに手袋・ガウンの着脱手順と手指衛生を徹底します。不要なスタッフの出入りを避け、検査・画像診断などの移動が必要な場合は、受け入れ部門へ事前に情報共有します。
患者への説明では、症状がある期間は皮膚病変や粘膜病変への接触を避け、性的接触を控え、他者との密接な接触を最小化するよう伝えます。寝具、タオル、衣類、食器などの共有は避け、リネン類を扱う際は直接触れないよう手袋を使用し、密閉可能な袋で運搬したうえで通常の洗濯用洗剤を用いて洗濯します。病変に触れた後やリネン類を扱った後は、石けんと流水またはアルコール手指消毒薬で手指衛生を行います。
また、ペットを含む動物との直接接触や、患者が使用した寝具などを介した接触も避けるよう案内します。隔離や行動制限の具体的な期間、接触者の健康観察、曝露後ワクチンの検討などは、地域の保健所および最新の行政通知に従います。患者への説明は、恐怖や偏見を助長する表現ではなく、感染経路と予防行動を具体的に示し、プライバシーを守りながら継続受診と接触者対応につなげることが求められます。

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