デブリードマンとは
デブリードマン(debridement)とは、創傷部に存在する壊死組織、老化した細胞、異物、細菌感染巣などを除去して創を清浄化する治療行為を指します。この処置は創傷治癒を促進するために不可欠であり、壊死組織が残っていると細菌が増殖しやすく、感染や治癒の遅れを引き起こす原因となります。
デブリードマンの主な目的は、感染を防ぐこと、傷の治りを早めること、将来の瘢痕や機能障害を最小限にすること、そして広がる炎症や敗血症などの重症化を防ぐことです。壊死組織の除去により、成長因子などの創傷治癒促進因子が効果的に作用する環境が整い、良質な肉芽組織の形成が促進されます。
参考)デブリードマンとは?壊死組織の除去で傷を治す処置方法と種類を…
臨床現場では「デブリ」と略して呼ばれることが多く、褥瘡治療、糖尿病性足病変、熱傷、外傷など様々な創傷管理において重要な役割を果たしています。特に感染・炎症を伴う創傷では、早期のデブリードマンが推奨されており、適切なタイミングでの実施が重症化予防や治癒促進につながります。
デブリードマンの壊死組織除去における意義
壊死組織は創傷治癒の大きな妨げとなる存在です。死滅した組織は血流が途絶えているため、抗菌薬が十分に届かず細菌の温床となりやすい特徴があります。このため壊死組織が残っている状態で感染創に対して薬剤を使用しても、感染コントロールは困難です。
壊死組織の除去によって、創傷表面に付着した細菌類を物理的に取り除くことができます。また壊死組織が除去されると、創傷治癒促進因子の刺激に応答する健全な細胞が露出し、新生肉芽の増殖が促進されます。特に褥瘡治療においては、壊死組織の下に膿が貯留している可能性があるため、硬く厚い壊死組織が固着した状況で発熱や局所の炎症、悪臭を認める場合には、切開して膿の有無を確認することが推奨されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnwocm/28/1/28_140/_pdf/-char/ja
さらに近年では、創傷バイオフィルムのコントロールにおいてもデブリードマンの重要性が認識されています。バイオフィルムは抗菌薬に対する抵抗性が高く、新生肉芽増殖後のクリティカルコロナイゼーション(臨界的定着)の主原因となるため、定期的なデブリードマンによる物理的除去が不可欠です。
デブリードマンの方法と種類の選択
デブリードマンには主に5つの方法が存在し、それぞれ異なる特徴と適応があります。
外科的デブリードマンは、医師がメス、ハサミ、鑷子などを用いて直接壊死組織を切除する方法です。即効性があり、感染リスクが高い場合や局所に膿瘍が形成されている場合に適応となります。褥瘡に感染・炎症がある場合は早期の外科的デブリードマンが推奨されており、壊死組織の除去と感染コントロールの方法として最も効率的とされています。全身状態と出血傾向を確認した上で実施する必要があります。
参考)創傷の清浄化,洗浄,デブリドマン,およびドレッシング – 2…
機械的デブリードマンには、wet-to-dryドレッシング法、高圧洗浄、水治療法、超音波洗浄などが含まれます。超音波式デブリードマンは、Ⅱ度以上の熱傷、糖尿病性潰瘍、植皮を必要とする創傷に対して使用され、組織への侵襲を抑えながら効果的に壊死組織を除去できます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/7e21e6d3c4075a220a550aa238313b852b0274e9
化学的デブリードマンは、蛋白分解酵素(ブロメライン軟膏など)を用いて壊死組織を融解除去する方法です。効果が緩やかで時間がかかりますが、比較的安全に実施できる利点があります。
参考)https://www.ellman.co.jp/wp-content/uploads/2021/08/cr_hifuka_b.pdf
自己融解性デブリードマンは、ハイドロコロイド材などの閉塞性ドレッシング材を用いて、創傷の自己融解作用を利用する方法です。侵襲が少なく、疼痛も少ないため患者への負担が小さい特徴があります。
生物学的デブリードマンは、マゴット(医療用ウジ)を用いて壊死組織を選択的に除去する方法です。マゴットは健常組織を傷つけず壊死組織のみを摂食するため、安全性が高い特徴があります。
方法の選択は、創傷の状態、感染の有無、患者の全身状態、緊急性などを総合的に判断して決定します。
デブリードマンの適応と褥瘡治療
デブリードマンの適応は創傷の種類や状態によって異なりますが、特に褥瘡治療において重要な位置を占めています。褥瘡の深達度がDESIGN-R分類でN6(硬く厚い壊死組織が固着した状態)の場合、発熱や局所の炎症症状、悪臭を認めるときは、壊死組織の下に膿が貯留している可能性が高く、切開排膿を含む外科的デブリードマンの適応となります。
局所に形成された膿瘍や貯留滲出液は、周囲への感染拡大や全身感染症へと進展する可能性が高いため、早期の切開排膿の判断が必要です。感染を伴っている褥瘡では、外科的デブリードマンは絶対的適応とされており、迅速な処置が求められます。
参考)https://tch.or.jp/asset/00032/renkei/CCseminar/20150223jokuso.pdf
糖尿病性足病変においても、デブリードマンは治療の基本となります。糖尿病患者は感染に対する抵抗力が低下しているため、壊死組織が残存すると急速に感染が拡大し、最悪の場合は切断に至る可能性があります。外科的デブリードマンにより感染源を除去し、血流改善を図ることが重要です。
Ⅱ度以上の熱傷、植皮を必要とする創傷、挫創などでも、汚染された壊死組織や異物の除去が創傷治癒の前提条件となります。洗浄および擦過で除去できない創縁汚染(例えば電動工具による損傷でのグリースや小片)には、デブリードマンによる除去が必要になる場合があります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_10_1_1_1%2Fk002.html
ただし、下肢虚血を伴う創傷や、安定した乾燥壊死(ドライガングレン)の場合は、デブリードマンの適応を慎重に判断する必要があります。血流が不十分な状態でデブリードマンを行うと、創傷がさらに拡大するリスクがあるためです。
デブリードマンと看護師の特定行為
2015年10月に施行された特定行為研修制度により、一定の研修を修了した看護師は、医師が作成した手順書に基づいてデブリードマンを実施できるようになりました。この制度は、タイムリーな医療提供と医師の業務負担軽減を目的としています。
参考)看護師がデブリードマンや陰圧閉鎖療法を手順書により行える特定…
特定行為として認められているのは「褥瘡または慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去」です。看護師が手順書により行う場合には、実践的な理解力、思考力および判断力、ならびに高度かつ専門的な知識および技能が特に必要とされるため、専門的な研修が義務付けられています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/eb13ddb7d5cd3aadb7f31b8cfe7c8e02352c5ed3
手順書には、患者の病状の範囲、デブリードマンの実施方法、使用する器具や薬剤、異常発生時の対応などが明記されます。看護師は手順書の範囲内で患者の病状を確認し、適切な判断のもとでデブリードマンを実施します。もしインプラント(体内埋め込み式の器具)が露出した場合など、手順書の範囲を超える状況が発生した際には、直ちに医師に報告し指示を仰ぐ必要があります。
参考)特定行為に係る手順書例集
特定行為研修を修了した看護師の存在により、在宅医療や訪問看護の現場でも適切なタイミングでのデブリードマンが可能となりました。医師の診察を待たずに壊死組織を除去できることで、感染の拡大を防ぎ、創傷治癒の促進につながっています。特に在宅療養では、訪問看護師に同行して根拠を説明しながらケアを行い、手順書に基づいてデブリードマンを実施することで、療養者の安楽な体位の確保や家族の不安軽減にも貢献しています。
参考)【県病だより】特定行為研修修了看護師を知っていますか? – …
皮膚・排泄ケア認定看護師をはじめとする専門看護師が特定行為研修を修了することで、より質の高いチーム医療の提供が可能となっており、今後のさらなる普及が期待されています。
デブリードマン実施時の疼痛管理と合併症予防
デブリードマン実施時の疼痛管理は、患者のQOL維持と治療継続において極めて重要な要素です。外科的デブリードマンでは、壊死組織には神経が通っていないため疼痛は少ないですが、健常組織に近い部分を処置する際には痛みを伴うことがあります。そのため必要に応じて局所麻酔を使用し、患者の苦痛を最小限に抑える配慮が求められます。
機械的デブリードマンの中でも、ファイバーパットを用いた方法は処置時の疼痛緩和効果があることが報告されています。従来のガーゼによる擦過法と比較して、組織への侵襲が少なく、患者の負担を軽減できる利点があります。
デブリードマン実施時の主な合併症として出血が挙げられます。特に全身状態が不良な患者や、抗凝固薬を内服している患者では出血のリスクが高まるため、事前に出血傾向を確認することが重要です。サージトロンなどの高周波電気メスを使用すると、止血しながらデブリードマンを行えるため、出血リスクを大幅に低減できます。
感染予防も重要な考慮事項です。デブリードマン後は創傷を十分な量の生理食塩水や水道水で洗浄し、残存する組織片や細菌を除去する必要があります。洗浄には適度な圧力が必要で、圧力が弱すぎると細菌を十分に洗い流せず、強すぎると組織を損傷したり細菌を組織の奥に押し込んでしまう危険性があります。
デブリードマン後のドレッシング選択も重要で、感染・炎症を伴う場合は一般的にドレッシング材の使用を避け、銀含有のドレッシング材や抗菌薬含有軟膏(カデキソマー・ヨウ素、スルファジアジン銀など)を使用します。ただし感染が落ち着いたら速やかに使用を中止し、創傷治癒を促進する湿潤環境を整えることが大切です。
デブリードマン実施後は、創傷の状態を継続的に観察し、感染徴候(発赤、腫脹、疼痛、悪臭、膿性滲出液など)の有無を確認します。異常を認めた場合は速やかに医師に報告し、適切な対応を行うことで合併症の重症化を防ぐことができます。