梅毒性胃炎と診断
梅毒性胃炎の内視鏡所見と胃癌の鑑別
梅毒性胃炎(胃梅毒)は、内視鏡で「粘膜主体の全周性炎症」や軽度の壁硬化、粘膜肥厚、びまん性の多発びらん、浅い潰瘍、結節性病変など多彩な像を示し、所見だけで確定するのは難しいのが実情です。
そのため鑑別として、スキルス胃癌、表層型悪性リンパ腫、acute gastric mucosal lesion(AGML)など「悪性を疑う所見」が前に出るケースを常に想定し、問診と検査計画を同時並行で進める必要があります。
医療従事者が意識したいのは、“胃にびらん・潰瘍がある=ピロリやNSAIDs” で思考停止しないことです。特に体表の皮疹がない場合、消化器症状だけで受診し、紹介内視鏡で「胃癌疑い」から精査が長引くことがあります。
現場での実装としては、上部消化管内視鏡で以下のような所見を見たときに、鑑別リストへ梅毒性胃炎を追加します。
・前庭部〜胃体下部〜幽門にかけて、広い範囲の炎症・びらんが連続する
・易出血性で、洗浄や送気で粘膜が崩れやすい
・潰瘍が「地図状」「不整形」「多発」で、周囲粘膜の浮腫が目立つ
・壁硬化や伸展不良があり、スキルス様に見える
これらは決め手ではなく、“悪性腫瘍に似るパターンがある”こと自体が、梅毒性胃炎の診断を遅らせる要因になります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ringe1963/50/3/50_3_543/_pdf
梅毒性胃炎の症状と第2期と問診
胃病変は梅毒の第2期に相当する時期(罹患後数か月〜数年)に出現しうるとされ、腹痛、腹部膨満感、食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少、早期腹満感など非特異的な症状が中心です。
この「非特異性」が最大の落とし穴で、皮膚所見がない・軽い・すでに消退している場合、一般的な消化器疾患として扱われ、性感染症のスクリーニングが後回しになりやすい点が問題になります。
梅毒は症状から想起しにくく、診断遅れが生じやすい感染症であることが、梅毒診療の基本知識として明確に注意喚起されています。
問診では、患者が自発的に話しにくいテーマを短時間で安全に拾う工夫が必要です。例えば、次のような聞き方は医療従事者の心理的ハードルも下げ、情報の精度が上がります。
・「最近1年で、新しいパートナーはいましたか」
・「オーラルを含めて、性感染症の検査を受けたことはありますか」
・「咽頭痛や発熱、リンパ節腫脹、皮疹が一時期でもありましたか」
梅毒は第2期に皮疹が“必ず”併存するという思い込みが禁物で、内臓病変のみのこともあり、診断の遅れの一因になりうるとされています。
梅毒性胃炎の検査とRPRと梅毒トレポネーマ抗体
診断の軸は血清学的検査で、STS(通称RPR)と梅毒トレポネーマ抗体(通称TP抗体)をセットで評価し、いずれか陽性なら定量で追い、治療効果判定にも使える形に整えます。
初期の感染では「STS陰性かつTP抗体も陰性」や「STS陰性でTP抗体のみ陽性」もあり得るため、単回の結果だけで否定せず、必要に応じて再検(2〜4週後など)で推移を見る、という原則が示されています。
また梅毒鑑別時にはHIV抗原・抗体検査の併施が推奨されており、胃病変の精査と同時に感染症としてのマネジメントを組み立てるのが安全です。
内視鏡医・消化器内科としての実務上のポイントは、「内視鏡で疑う」→「血清で固める」→「生検で裏取り」の順序が必ずしも直線的ではない点です。胃癌疑いで生検しても悪性所見が出ず、しかし炎症が強い場合に、そこで初めて梅毒血清反応を追加する流れも現実的です。
梅毒性胃炎の病理と免疫染色と生検
梅毒性胃炎は内視鏡所見が非特異的であるため、生検が重要になりますが、通常のH-E染色だけでは病原体が同定できないことがあり、必要に応じてTreponema pallidum(T. pallidum)に対する免疫染色でスピロヘータを証明する手段が有用です。
実際、胃梅毒の解説では抗T. pallidum抗体免疫染色で多数のスピロヘータを確認できたことが示され、病理医との連携が「正確な診断」の肝要とされています。
ここが“医療従事者向け”の核心で、消化器側が梅毒を疑わない限り、病理側も梅毒免疫染色を積極的に選択しにくいという構造的なすれ違いが起きます。
生検提出時に役立つ情報(依頼文に短く添えると通りやすい)
・「胃癌/リンパ腫否定目的」だけでなく「梅毒性胃炎鑑別、免疫染色検討希望」
・血清RPR/TP抗体の結果(未結果でも“検査中”の一文)
・皮疹、リンパ節腫脹、咽頭痛など随伴所見の有無
・抗菌薬投与歴(すでに投与されていると検出性が落ちうる可能性を意識)
これにより、病理が形質細胞浸潤などの所見を見たときに、追加染色へ進みやすくなります(「疑い」を共有する価値が高い領域です)。
梅毒性胃炎の治療とアモキシシリンと意外な独自視点
成人の神経梅毒でない場合、治療選択肢としてアモキシシリン(例:500mgを1日3回、28日間内服)などのペニシリン系が基本に位置づけられており、治療開始当初のヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応(発熱、頭痛、皮疹の一時的悪化など)について事前説明が推奨されています。
胃梅毒の症例解説でも、アモキシシリン内服開始後6日で内視鏡炎症所見の改善が確認されており、「治療反応が速い」ことが臨床上の手応えになる場面があります。
ただし、改善が早いからこそ、逆に“PPIが効いた”“自然軽快した”と誤認し、感染症としての説明・パートナー対応・フォローが抜け落ちる危険があります(ここが独自視点としての実務的な盲点です)。
見落とされがちな運用ポイント(意外と事故が起きる部分)
・抗菌薬開始後の症状増悪は薬疹だけでなく、ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応の可能性を患者へ先に伝える(受診中断を防ぐ)。
・内視鏡像が改善しても、血清定量(RPR等)の推移で治療効果判定を行う前提を共有する(「胃が治った=完治」ではない)。
・診断がついた時点で、梅毒は感染症法の届出対象になりうる点を含め、院内フロー(保健所連携)を確認しておく。
なお、経口薬の服用指導として「水で服用」「一部飲料やサプリで吸収阻害の可能性がある」旨が触れられており、外来での治療成功率を上げる地味だが効くポイントになります。
梅毒診療の基本(検査の考え方、治療選択、ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応の注意点、届出など)。
胃梅毒の内視鏡像、鑑別(胃癌・リンパ腫・AGML)、免疫染色、治療後の改善例(症例解説)。