アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬一覧と特徴
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の種類と薬価一覧
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は、高血圧治療の第一選択薬として広く使用されています。日本で現在使用されている主なACE阻害薬を一覧にしてご紹介します。
【先発医薬品】
- カプトリル(カプトプリル):8.3円~9.6円/錠
- レニベース(エナラプリルマレイン酸塩):11円~13.9円/錠
- セタプリル(アラセプリル)
- アデカット(デラプリル塩酸塩)
- インヒベース(シラザプリル水和物)
- ロンゲス(リシノプリル水和物)
- ゼストリル(リシノプリル水和物)
- チバセン(ベナゼプリル塩酸塩)
- タナトリル(イミダプリル塩酸塩)
- エースコール(テモカプリル塩酸塩)
- コナン(キナプリル塩酸塩)
- オドリック(トランドラプリル)
- コバシル(ペリンドプリルエルブミン)
【後発医薬品(ジェネリック医薬品)】
- カプトプリル錠「SW」、カプトプリル錠「JG」など
- エナラプリルマレイン酸塩錠:多くのメーカーから発売され、価格は約10.4円/錠
- その他、各先発品に対応するジェネリック医薬品が多数あります
これらの薬剤は化学構造や薬物動態に違いがあり、それぞれ特徴があります。例えば、カプトプリルやリシノプリルは未変化体がACE活性を阻害するのに対し、エナラプリル、シラザプリル、イミダプリルおよびテモカプリルはそれぞれの代謝物がACE活性を阻害します。また、テモカプリル(の代謝物)は胆汁中および尿中に排泄されますが、その他のACE阻害薬は主に尿中に排泄されるという特徴があります。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の作用機序とレニン-アンジオテンシン系
ACE阻害薬の作用を理解するためには、体内の「レニン-アンジオテンシン系」という血圧調節機構を知ることが重要です。この系は以下のような流れで機能しています。
- 腎臓の傍糸球体装置から血中にレニンが分泌される
- レニンが肝臓で合成されたアンジオテンシノーゲンをアンジオテンシンⅠ(ATⅠ)に変換
- 主に肺の血管内皮表面に存在するアンジオテンシン変換酵素(ACE)によってアンジオテンシンⅠが活性型のアンジオテンシンⅡ(ATⅡ)へ変換
- アンジオテンシンⅡが主にAT1受容体に結合し、強力な血管収縮作用を引き起こし血圧を上昇させる
ACE阻害薬はこの過程の3番目のステップを阻害することで、アンジオテンシンⅡの産生を抑制し、結果として血管拡張と血圧低下をもたらします。
また、ACEはブラジキニンという血管拡張作用を持つ物質の分解にも関与しています。ACE阻害薬はブラジキニンの分解も阻害するため、ブラジキニンの増加による血管拡張作用も降圧に寄与しています。このブラジキニンの増加は、後述する「空咳」という特徴的な副作用の原因にもなっています。
さらに、ACE阻害薬には組織リモデリング抑制作用があり、高血圧における心血管系の組織リモデリングを抑制することで、カルシウム拮抗薬など他の降圧薬に比べて、長期的な生命予後を改善する効果も期待されています。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の適応症と臨床的有用性
ACE阻害薬は単なる降圧薬としてだけでなく、様々な臓器保護作用を持つことから、特定の病態を持つ患者さんに対して積極的に使用が推奨されています。
【高血圧治療ガイドラインにおける位置づけ】
「高血圧治療ガイドライン2014」においてACE阻害薬は、Ca拮抗薬、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)および利尿薬とともに第一選択薬とされています。
【積極的適応となる病態】
以下の合併症や病態を持つ高血圧患者では、ACE阻害薬の使用が特に推奨されています。
【腎保護作用】
ACE阻害薬は尿蛋白や尿中アルブミンを減少させる効果があり、特に糖尿病性腎症や蛋白尿を伴う慢性腎臓病患者の腎機能保護に有用です。糖尿病および尿蛋白陽性の慢性腎臓病(CKD)に伴う高血圧の第一選択薬となっており、ARBと同等の腎保護効果があると考えられています。
【心血管イベント抑制効果】
ACE阻害薬は心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントの発症リスクを低減することが複数の大規模臨床試験で示されています。特に心不全患者や心筋梗塞後の患者では、生命予後の改善効果が認められています。
【使用方法】
高血圧治療では単独または利尿薬やカルシウム拮抗薬と併用して広く用いられています。ただし、ARBとの併用は、腎障害や高カリウム血症及び低血圧を起こすおそれがあるため注意が必要です。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の副作用と禁忌
ACE阻害薬は有効性の高い薬剤ですが、特徴的な副作用や重要な禁忌があります。安全に使用するためには、これらを十分に理解しておくことが重要です。
【主な副作用】
- 空咳(からせき)
- 発現頻度:約20~30%の患者で認められる
- 機序:ブラジキニンの増加によるもの
- 特徴:刺激性の乾いた咳で、夜間に悪化することが多い
- 対応:服用中止により消失する。咳が強い場合はARBへの変更を検討
- 血管浮腫
- 発現頻度:比較的まれ(1%未満)だが重篤な副作用
- 症状:顔面、口唇、舌、喉頭などの急激な腫れ
- 注意点:DPP-4阻害薬(糖尿病治療薬)との併用で発現リスクが増加する可能性
- 高カリウム血症
- リスク因子:腎機能障害、高齢者、カリウム保持性利尿薬の併用など
- 対応:定期的な血清カリウム値のモニタリングが必要
- その他の副作用
- 低血圧(特に初回投与時)
- 腎機能障害(特に腎動脈狭窄患者)
- 味覚障害
- 倦怠感、脱力感
- 血中CK(CPK)上昇
- 低ナトリウム血症 など
【重要な禁忌】
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性
- 妊娠中期および末期にACE阻害薬を投与すると、羊水過少症、胎児・新生児の死亡、新生児の低血圧、腎不全、高カリウム血症、頭蓋の形成不全などの重篤な障害が報告されている
- 投与中に妊娠が判明した場合は直ちに投与を中止する必要がある
- 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
- アリスキレン(商品名:ラジレス)投与中の糖尿病患者
- 腎機能障害、高カリウム血症および低血圧のリスクが増加するため
【使用上の注意点】
- 授乳中の女性:授乳しないことが望ましい(動物実験で乳汁中へ移行することが報告されている)
- ARBとの併用:腎障害や高カリウム血症及び低血圧を起こすおそれがある
- 初回投与時:特に利尿薬投与中の患者では初回投与後に急激な血圧低下を起こすことがあるため、少量から開始する
- 腎機能障害患者:用量調節が必要な場合がある
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とARBの比較と使い分け
ACE阻害薬とARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)は、どちらもレニン-アンジオテンシン系を阻害する降圧薬ですが、作用機序や特徴に違いがあります。それぞれの特徴を理解し、適切に使い分けることが重要です。
【作用機序の違い】
- ACE阻害薬:アンジオテンシン変換酵素を阻害し、アンジオテンシンⅡの産生を抑制する。同時にブラジキニンの分解も阻害する。
- ARB:アンジオテンシンⅡのAT1受容体への結合を選択的に阻害する。ブラジキニン系には直接影響しない。
【効果の比較】
- 降圧効果:ほぼ同等
- 臓器保護効果:心不全、心筋梗塞後、糖尿病性腎症などに対する保護効果は両者でほぼ同等と考えられている
- 副作用プロファイル:ARBはACE阻害薬に比べて空咳の発現頻度が低い
【ACE阻害薬が優先される場合】
- 心筋梗塞後の左室リモデリング抑制:一部の研究ではACE阻害薬の方が効果的という報告もある
- 費用対効果:多くのACE阻害薬はジェネリック医薬品が普及しており、ARBに比べて経済的
- 特定の心不全患者:一部の心不全ガイドラインではACE阻害薬を第一選択としている
【ARBが優先される場合】
- ACE阻害薬による空咳が出現した患者
- ACE阻害薬に不耐性のある患者
- コンプライアンスの問題がある患者(ARBは一般的に忍容性が高い)
【併用に関する注意点】
ACE阻害薬とARBの併用は、単剤使用に比べて腎機能障害や高カリウム血症のリスクが高まることが示されており、原則として推奨されていません。特に糖尿病患者やCKD患者では注意が必要です。
【使い分けの実際】
実臨床では、まずどちらかの薬剤を選択し、効果不十分や副作用出現の場合に他方に切り替えるアプローチが一般的です。日本の臨床現場では、空咳の副作用が少ないARBが第一選択として使用されることが多い傾向にありますが、患者の病態や合併症、費用面なども考慮して個別に判断することが重要です。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の最新研究と今後の展望
ACE阻害薬は高血圧治療薬として長年使用されてきましたが、現在も新たな知見が蓄積され、その臨床的価値が再評価されています。ここでは、ACE阻害薬に関する最新の研究動向と今後の展望について解説します。
【COVID-19とACE阻害薬】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行初期には、ACE阻害薬やARBの使用がSARS-CoV-2の感染リスクや重症化に影響するのではないかという懸念が示されました。これはウイルスの細胞侵入経路にACE2が関与しているためです。しかし、その後の大規模研究により、ACE阻害薬の使用とCOVID-19の重症化リスク増加との関連は否定され、むしろ一部の研究では保護的な効果が示唆されています。現在では、COVID-19患者においても、適応がある場合はACE阻害薬の継続が推奨されています。
【新たな適応可能性】
ACE阻害薬の多面的な作用に基づき、従来の適応症以外への応用研究も進んでいます。
- 認知症予防効果
- 脳内のレニン-アンジオテンシン系が認知機能に影響することが示唆されており、ACE阻害薬による認知症予防効果に関する研究が進行中
- 特に血液脳関門を通過するACE阻害薬(ペリンドプリルなど)に注目が集まっている
- サルコペニア(加齢性筋肉減少症)への効果
- ACE阻害薬が骨格筋量の維持や筋力低下の抑制に寄与する可能性が報告されている
- 高齢者のフレイル予防への応用が期待されている
- 肺線維症への応用
- アンジオテンシンⅡが肺の線維化を促進することから、ACE阻害薬の肺線維症治療への応用研究が行われている
【薬物相互作用に関する新知見】
ACE阻害薬と他の薬剤との相互作用に関する研究も進んでいます。
【新世代のレニン-アンジオテンシン系阻害薬】
従来のACE阻害薬の限界を克服する新たな薬剤開発も進んでいます。
- デュアルACE/NEP阻害薬:ACEとニュートラルエンドペプチダーゼ(NEP)を同時に阻害する薬剤
- 組織選択的ACE阻害薬:特定の組織のACEを選択的に阻害し、全身性の副作用を軽減する薬剤
- 新規配合剤:ACE阻害薬と他の系統の降圧薬を組み合わせた固定用量配合剤の開発
【今後の展望】
ACE阻害薬は発売から数十年が経過していますが、その多面的な作用機序から、今後も様々な疾患への応用可能性が研究され続けるでしょう。特に高齢化社会において、単なる降圧効果だけでなく、臓器保護作用や加齢関連疾患への効果が注目されています。また、遺伝子多型に基づく個別化医療の観点から、ACE阻害薬の効果や副作用と遺伝的背景との関連についても研究が進んでおり、将来的には患者個々の遺伝情報に基づいた最適な薬剤選択が可能になるかもしれません。