低分子ヘパリン一覧と特徴
低分子ヘパリン(Low Molecular Weight Heparin: LMWH)は、未分画ヘパリン(標準ヘパリン)から化学的または酵素的に分解して得られる低分子量の抗凝固薬です。分子量は約4,000~6,000Daで、未分画ヘパリン(12,000~15,000Da)に比べて小さいことが特徴です。この分子量の違いにより、薬物動態や作用機序に重要な差異が生じています。
低分子ヘパリンは1980年代から臨床使用が始まり、現在では血栓塞栓症の予防・治療、播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療など幅広い適応症で使用されています。未分画ヘパリンと比較して出血などの副作用リスクが低く、投与方法も簡便であることから、臨床現場での使用頻度が年々増加しています。
低分子ヘパリンの作用機序と抗Xa/トロンビン比
低分子ヘパリンの作用機序は、未分画ヘパリンと同様にアンチトロンビン(AT)を介した間接的な抗凝固作用です。しかし、その作用点には重要な違いがあります。
低分子ヘパリンの主な特徴は、抗Xa活性と抗トロンビン活性の比率(抗Xa/トロンビン比)にあります。未分画ヘパリンの抗Xa/トロンビン比が約1:1であるのに対し、低分子ヘパリンは2~5:1と抗Xa活性が優位です。これは分子構造の違いに起因しています。
抗Xa作用を発揮するためには、ヘパリン類とアンチトロンビンとの結合だけで十分です。一方、抗トロンビン作用を発揮するためには、ヘパリンがアンチトロンビンとトロンビンの両者に結合する必要があります。この結合には17個以上の糖鎖を持つヘパリンが必要とされ、糖鎖が短い低分子量ヘパリンでは十分な抗トロンビン作用を発揮できません。
このような作用機序の違いにより、低分子ヘパリンは以下のような特徴を持ちます。
- 予測可能な抗凝固作用(用量反応関係が直線的)
- 長い半減期(2~4時間、未分画ヘパリンは0.5~1時間)
- 投与量や投与間隔の調整が容易
- 検査モニタリングの必要性が低い
これらの特性により、低分子ヘパリンは臨床使用において優れた利便性を提供しています。
低分子ヘパリン製剤の種類と適応症一覧
日本で承認されている主な低分子ヘパリン製剤は以下の通りです。
- ダルテパリンナトリウム(商品名:フラグミン)
- 製造販売元:キッセイ薬品工業
- 分子量:約5,000Da
- 適応症。
- 播種性血管内凝固症候群(DIC)
- 血液体外循環時の凝固防止(血液透析など)
- 欧米では深部静脈血栓症(DVT)の治療・予防にも適応あり
- エノキサパリンナトリウム(商品名:クレキサン)
- 製造販売元:サノフィ
- 分子量:約4,500Da
- 適応症。
- 下肢整形外科手術施行患者における静脈血栓塞栓症の発症抑制
- 股関節全置換術
- 膝関節全置換術
- 股関節骨折手術
- 静脈血栓塞栓症の発症リスクの高い腹部手術施行患者における静脈血栓塞栓症の発症予防
- 下肢整形外科手術施行患者における静脈血栓塞栓症の発症抑制
これらの製剤は、それぞれ特有の適応症を持っていますが、海外ではより広範囲の適応症で使用されていることが多いです。例えば、フラグミン(ダルテパリン)は欧米では深部静脈血栓症(DVT)の治療・予防にも広く使用されています。
また、厳密には低分子ヘパリンではありませんが、類似の作用機序を持つヘパリノイド製剤として、ダナパロイドナトリウム(商品名:オルガラン)があります。これはDICの治療に適応があり、抗Xa/トロンビン比は約22:1と抗Xa活性が非常に強いことが特徴です。
低分子ヘパリンの用法・用量と薬物動態の特徴
低分子ヘパリン製剤の用法・用量は、適応症や製剤によって異なります。主な製剤の標準的な用法・用量と薬物動態の特徴を以下に示します。
ダルテパリン(フラグミン)の用法・用量。
- DICに対して:75単位/kg/24時間を持続静注
- 体外循環時:出血リスクや体外循環の種類に応じて適宜調整
エノキサパリン(クレキサン)の用法・用量。
- 下肢整形外科手術後のVTE予防:2,000IU(20mg)を1日2回皮下注射
- 初回投与は術後24時間以降に行い、以後12時間間隔で投与
低分子ヘパリンの薬物動態的特徴として、以下の点が挙げられます。
- 吸収:皮下注射での生物学的利用率が高い(約90%)
- 分布:主に血管内に分布し、組織移行性は低い
- 代謝:主に腎臓で代謝される
- 排泄:主に腎排泄であるため、腎機能障害患者では注意が必要
- 半減期:2~4時間(未分画ヘパリンの0.5~1時間に比べて長い)
低分子ヘパリンの消失は一相性であり、血中濃度の予測が未分画ヘパリンよりも容易です。急速な消失相がないため投与頻度も少なくて済むという利点があります。また、低分子ヘパリンはAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)をあまり延長しないため、通常はAPTTによるモニタリングは必要ありません。
腎機能障害患者では、低分子ヘパリンの半減期が延長するため、用量調整や慎重な投与が必要です。特にクレアチニンクリアランスが30mL/min未満の重度腎機能障害患者では、蓄積のリスクがあるため、減量や投与間隔の延長を考慮すべきです。
低分子ヘパリンと未分画ヘパリンの比較表
低分子ヘパリンと未分画ヘパリンの主な違いを以下の表にまとめました。臨床現場での選択の参考にしてください。
特性 | 未分画ヘパリン | 低分子ヘパリン |
---|---|---|
分子量 | 3,000~30,000Da(平均12,000~15,000Da) | 4,000~6,000Da |
抗Xa/トロンビン比 | 1:1 | 2~5:1 |
半減期 | 0.5~1時間 | 2~4時間 |
生物学的利用率(皮下注射時) | 約30% | 約90% |
投与経路 | 静脈内投与、皮下注射 | 主に皮下注射 |
投与頻度 | 持続点滴または1日2~3回 | 1日1~2回 |
用量反応関係 | 非線形的 | 線形的 |
モニタリング | APTTによるモニタリングが必要 | 通常はモニタリング不要 |
血小板との相互作用 | 強い | 弱い |
HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)のリスク | 高い(1~5%) | 低い(0.2~0.8%) |
骨粗鬆症のリスク | 高い | 低い |
拮抗薬 | プロタミン硫酸塩(完全に中和) | プロタミン硫酸塩(部分的に中和) |
腎機能障害の影響 | 比較的少ない | 大きい(蓄積のリスク) |
この表からわかるように、低分子ヘパリンは未分画ヘパリンと比較して、より予測可能な薬物動態、少ない副作用、簡便な投与方法という利点を持っています。一方で、腎機能障害患者での使用には注意が必要であり、緊急時の抗凝固作用の中和が困難であるという欠点もあります。
低分子ヘパリンの副作用と安全性プロファイル
低分子ヘパリンは未分画ヘパリンと比較して副作用が少ないとされていますが、いくつかの重要な副作用に注意する必要があります。
主な副作用。
- 出血:最も重要な副作用です。特に以下の患者では注意が必要です。
- ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)。
- 未分画ヘパリンでは1~5%の発生率
- 低分子ヘパリンでは0.2~0.8%と発生率が低い
- 通常、投与開始後5~14日に発症
- 血小板数が50%以上減少し、血栓症を合併することがある重篤な副作用
- 皮下注射部位反応。
- 局所の痛み、発赤、硬結
- 通常は軽度で一過性
- 骨粗鬆症。
- 長期使用(3ヶ月以上)で発生リスクあり
- 未分画ヘパリンより発生率は低い
- アレルギー反応。
- 蕁麻疹、発疹、アナフィラキシー(稀)
- 肝機能障害。
- 一過性のトランスアミナーゼ上昇
禁忌。
- 活動性の大出血
- 出血素因のある患者
- 重度の血小板減少症
- ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の既往
- ヘパリン類に対する過敏症
安全な使用のためのポイント。
- 適切な患者選択:出血リスクの評価と適応の確認
- 適切な用量設定:体重、腎機能に基づいた用量調整
- 定期的なモニタリング。
- 血小板数:HIT早期発見のため
- 腎機能:クレアチニンクリアランスの確認
- 必要に応じて抗Xa活性の測定(特に腎機能障害患者、妊婦、小児、極端な体重の患者)
- 他の抗血栓薬との併用注意:抗血小板薬、他の抗凝固薬との併用時は出血リスク増加
低分子ヘパリンは、適切に使用すれば安全性の高い薬剤ですが、上記の副作用や注意点を理解した上で使用することが重要です。特に腎機能障害患者では、薬物の蓄積による出血リスクの増加に注意が必要です。
低分子ヘパリンの臨床的位置づけと今後の展望
低分子ヘパリンは、その優れた薬物動態特性と安全性プロファイルから、様々な臨床状況で重要な役割を果たしています。現在の臨床的位置づけと今後の展望について考察します。
現在の臨床的位置づけ。
- 静脈血栓塞栓症(VTE)の予防。
- 整形外科手術後(特に股関節・膝関節置換術)
- 腹部手術後
- 内科疾患による長期臥床患者
- 静脈血栓塞栓症の治療。
- 深部静脈血栓症(DVT)
- 肺塞栓症(PE)
- 特に外来治療が可能な症例で有用
- 急性冠症候群の治療。
- 不安定狭心症
- 非ST上昇型心筋梗塞
- 播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療。
- 特にフラグミン(ダルテパリン)が適応を持つ
- 血液透析などの体外循環。
- 特に長期透析患者でHITリスク軽減のため
- 妊娠中の抗凝固療法。
- 胎盤通過性が低く、胎児への影響が少ない
- 妊娠関連VTEの治療・予防に使用
今後の展望と課題。
- 適応拡大の可能性。
- がん関連血栓症の長期管理
- 心房細動患者の脳卒中予防
- COVID-19関連血栓症の予防・治療
- 在宅自己注射の普及。
- 患者教育プログラムの充実
- デバイスの改良による簡便化
- 在宅医療における位置づけの確立
- バイオシミラーの開発。
- コスト削減と医療経済的メリット
- 品質・有効性・安全性の同等性の確保
- 新規抗凝固薬との使い分け。
- 直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)との適切な使い分け
- 特定の患者集団(腎機能障害、がん患者など)での比較研究
- 個別化医療への応用。
- 遺伝的背景に基づく効果・副作用予測
- 薬力学的モニタリング法の開発
低分子ヘパリンは、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)の登場により一部の適応では置き換えられつつありますが、特定の臨床状況(急性期治療、腎不全患者、妊婦、がん患者など)では依然として重要な選択肢です。今後も、個々の患者特性や臨床状況に応じた最適な抗凝固療法の選択において、低分子ヘパリンは重要な位置を占め続けるでしょう。
また、COVID-19パンデミックにより、重症感染症に伴う血栓症リスクが再認識され、低分子ヘパリンの新たな臨床的役割が注目されています。COVID-19関連血栓症の予防・治療における低分子ヘパリンの有効性と安全性に関する研究が進行中であり、今後のエビデンスの蓄積が期待されます。
日本血栓止血学会誌に掲載された低分子ヘパリンの臨床応用に関する総説(PDF)
以上のように、低分子ヘパリンは抗凝固療法において重要な位置を占めており、その特性を理解し適切に使用することで、患者の血栓塞栓症リスクを効果的に低減することができます。臨床現場での適切な薬剤選択のためには、各製剤の特徴や適応症、用法・用量を十分に理解することが重要です。