三環系抗うつ薬の一覧と特徴
三環系抗うつ薬は、化学構造に3つの環を持つことからその名が付けられた抗うつ薬のグループです。1950年代後半に開発されて以来、うつ病治療において重要な役割を果たしてきました。これらの薬剤は脳内のセロトニンやノルアドレナリンの濃度を高めることで抗うつ効果を発揮します。
現在でも重症うつ病の治療や、新しいタイプの抗うつ薬が効果を示さない場合の選択肢として使用されています。効果が強い反面、副作用も比較的強いという特徴があります。
三環系抗うつ薬一覧と各薬剤の特徴
日本で承認・使用されている主な三環系抗うつ薬は以下の通りです。
- イミプラミン(商品名:トフラニール)
- 最も古典的な三環系抗うつ薬で、標準薬として長く使用
- 用量:10mg錠、25mg錠
- 薬価:10.1円/錠(10mg)、10.4円/錠(25mg)
- パニック障害にも有効性が認められている
- アミトリプチリン(商品名:トリプタノール)
- 鎮静作用が強く、不安や焦燥を伴ううつ病に適している
- 用量:10mg錠、25mg錠
- 薬価:10.1円/錠(10mg)、10.1円/錠(25mg)
- 片頭痛予防や神経障害性疼痛の治療にも効果がある
- クロミプラミン(商品名:アナフラニール)
- セロトニン再取り込み阻害作用が強い
- 用量:10mg錠、25mg錠、点滴静注液25mg
- 薬価:9.9円/錠(10mg)、11.1円/錠(25mg)、225円/管(点滴静注液)
- 強迫性障害の治療にも有効性が認められている
- ノルトリプチリン(商品名:ノリトレン)
- 比較的副作用が少ない三環系抗うつ薬
- 用量:10mg錠、25mg錠
- 薬価:5.9円/錠(10mg)、10.4円/錠(25mg)
- 体重増加が起こりにくいという特徴がある
- トリミプラミン(商品名:スルモンチール)
- 鎮静作用が強い
- 用量:散10%、10mg錠、25mg錠
- 薬価:40.2円/g(散)、6.4円/錠(10mg)、10.8円/錠(25mg)
- ドスレピン(商品名:プロチアデン)
- 抗不安作用も併せ持つ
- 用量:25mg錠
- 薬価:8.2円/錠
- ロフェプラミン(商品名:アンプリット)
- 比較的新しい三環系抗うつ薬
- 用量:10mg錠、25mg錠
- アモキサピン(商品名:アモキサン)
- 2023年2月に出荷停止となり事実上の販売中止
- 抗精神病薬的な性質も併せ持っていた
三環系抗うつ薬の作用機序と効果比較
三環系抗うつ薬の主な作用機序は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害することです。これにより、シナプス間隙におけるこれらの神経伝達物質の濃度が上昇し、抗うつ効果が発揮されます。
各薬剤によってセロトニンとノルアドレナリンへの作用の強さが異なります。
薬剤名 | セロトニン再取り込み阻害 | ノルアドレナリン再取り込み阻害 | 抗コリン作用 | 抗ヒスタミン作用 | 鎮静作用 |
---|---|---|---|---|---|
イミプラミン | ++ | ++ | ++ | ++ | ++ |
アミトリプチリン | ++ | ++ | +++ | +++ | +++ |
クロミプラミン | +++ | + | ++ | ++ | ++ |
ノルトリプチリン | + | +++ | + | + | + |
トリミプラミン | + | ++ | +++ | +++ | +++ |
ドスレピン | ++ | ++ | ++ | ++ | ++ |
ロフェプラミン | ++ | ++ | + | + | + |
効果の発現には通常2週間以上を要します。これは、薬剤の服用後、神経伝達物質が脳内で上昇したことを脳細胞が察知し、神経伝達物質の放出にブレーキをかけるシステム(シナプス前自己受容体)が存在するためです。このブレーキシステムが解除されるまでに時間がかかるため、効果の発現が遅れます。
三環系抗うつ薬の副作用と注意点
三環系抗うつ薬は効果が強い反面、副作用も比較的強いことが特徴です。主な副作用には以下のようなものがあります。
1. 抗コリン作用による副作用
- 口渇
- 便秘
- 視力障害(かすみ目)
- 排尿障害
- 頻脈
2. 抗ヒスタミン作用による副作用
- 眠気
- 食欲亢進
- 体重増加
3. α1受容体拮抗作用による副作用
4. その他の副作用
- 発汗亢進
- 肝機能障害
- 心伝導系への影響(QT延長など)
- けいれん閾値の低下
特に注意すべき点として、三環系抗うつ薬は治療量と中毒量の差が小さく、過量服用は生命を脅かす不整脈やけいれん発作を引き起こす可能性があります。1日投与量の10倍以上を服用した場合、死亡リスクが高まります。
また、以下の患者さんには禁忌または慎重投与となります。
三環系抗うつ薬の臨床的位置づけと使い分け
現在の精神科診療において、三環系抗うつ薬は以下のような位置づけにあります。
- 重症うつ病の治療
- 入院中の重症うつ病患者では、三環系抗うつ薬がSSRIよりも有効であるという報告もあります。
- 新規抗うつ薬が無効な場合の選択肢
- SSRIやSNRIなどの新しいタイプの抗うつ薬で十分な効果が得られない場合の選択肢として使用されます。
- 特定の症状や併存疾患への対応
- 神経障害性疼痛や片頭痛を伴ううつ病にはアミトリプチリン
- 強迫症状を伴ううつ病にはクロミプラミン
- 不安や不眠を伴ううつ病にはアミトリプチリンやトリミプラミン
- 高齢者や心疾患のリスクがある患者にはノルトリプチリン(比較的副作用が少ない)
- うつ病以外の適応
- 末梢性神経障害性疼痛
- 夜尿症
- ナルコレプシーにおける情動脱力発作
- 強迫性障害(クロミプラミン)
三環系抗うつ薬の選択にあたっては、患者の症状プロファイル、併存疾患、年齢、過去の治療反応性などを総合的に考慮する必要があります。
三環系抗うつ薬の薬物動態と相互作用
三環系抗うつ薬の薬物動態には以下のような特徴があります。
1. 吸収と分布
- 小腸で吸収され、服用後2〜8時間で血中濃度が最大になります
- 脂溶性が高く、体内の多くの組織に広く分布します
- 血漿タンパク結合率が高い(90%以上)
2. 代謝
- 主に肝臓のチトクローム酸化酵素(CYP450)によって代謝されます
- 代謝には個人差が大きく、同じ量を服用しても体内濃度に大きな差が生じることがあります
- 主な代謝酵素は、CYP2D6、CYP1A2、CYP3A4、CYP2C19などです
- 人種差もあり、アジア人の約20%はCYP2C19の活性が低いため、この酵素で代謝される薬剤の血中濃度が上昇しやすいことが知られています
3. 排泄
- 代謝物は主に尿中に排泄されます
- 半減期は長く、多くの三環系抗うつ薬は24時間以上かけてゆっくりと体外へ排出されるため、1日1回の服用で効果が持続します
4. 活性代謝物
- 多くの三環系抗うつ薬は体内で代謝され、活性代謝物を生成します
- 例えば、イミプラミンはデシプラミンに、アミトリプチリンはノルトリプチリンに代謝され、これらの代謝物も抗うつ作用を持ちます
5. 主な薬物相互作用
- MAO阻害薬との併用:セロトニン症候群のリスクが高まるため禁忌
- SSRIとの併用:セロトニン症候群のリスクが高まる
- CYP450阻害薬(フルオキセチン、パロキセチンなど)との併用:三環系抗うつ薬の血中濃度が上昇
- 抗不整脈薬との併用:心毒性のリスクが増加
- 中枢神経抑制薬(アルコール、ベンゾジアゼピン系薬など)との併用:中枢神経抑制作用が増強
三環系抗うつ薬は治療域が狭いため、これらの相互作用によって血中濃度が上昇すると、副作用や毒性のリスクが高まります。そのため、併用薬の慎重な選択と必要に応じた用量調整が重要です。
三環系抗うつ薬の特殊な臨床応用と最新知見
三環系抗うつ薬は、うつ病治療以外にも様々な疾患や症状に対して効果を示すことが知られています。以下に、あまり知られていない特殊な臨床応用と最新の研究知見を紹介します。
1. 慢性疼痛管理における応用
- アミトリプチリンは低用量(10-25mg/日)で神経障害性疼痛に効果を示し、効果発現も比較的早い(1週間以内)ことが報告されています
- 線維筋痛症の痛みや睡眠障害の改善にも有効
- 緊張型頭痛や片頭痛の予防にも使用され、その効果はβブロッカーに匹敵するという報告もあります
2. 口腔内疾患への応用
- アミトリプチリンを用いた含嗽水が、がん化学療法による口内炎の痛みを軽減するという研究が進められています
- 舌痛症や口腔灼熱症候群などの慢性口腔顔面痛に対しても効果が報告されています
3. 機能性消化管障害への効果
- 低用量の三環系抗うつ薬(特にアミトリプチリン)が過敏性腸症候群(IBS)の症状改善に有効であることが複数の研究で示されています
- 機能性ディスペプシアに対しても効果が報告されています
4. 難治性のかゆみへの応用
5. 最新の研究知見
- 三環系抗うつ薬が自閉スペクトラム症の一部の症状(反復行動や不安)に効果を示す可能性が研究されています
- アミトリプチリンが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の細胞侵入を阻害する可能性が実験室レベルで示されており、抗ウイルス薬としての可能性が検討されています
- 三環系抗うつ薬が一部のがん細胞の増殖を抑制する効果があることが基礎研究で示されており、抗がん治療への応用可能性が探索されています
6. 個別化医療への応用
- 薬理遺伝学の進歩により、CYP2D6やCYP2C19などの代謝酵素の遺伝的多型に基づいた三環系抗うつ薬の投与量調整が可能になりつつあります
- これにより、副作用リスクの低減と治療効果の最大化が期待されています
これらの特殊な応用は、三環系抗うつ薬の多様な薬理作用を反映しています。ただし、保険適用外の使用となる場合も多いため、使用にあたっては十分な説明と同意が必要です。また、これらの新たな応用の多くはまだ研究段階であり、臨床現場での使用には慎重な判断が求められます。
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