多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)一覧と効果的な治療法

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)一覧と特徴

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の基本情報
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MARTAとは

Multi-Acting Receptor-Targeted Antipsychoticsの略称で、複数の受容体に作用する第2世代抗精神病薬です。

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主な作用機序

ドパミン、セロトニン、ヒスタミン、アドレナリンなど多くの受容体に作用し、幅広い症状に効果を発揮します。

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治療対象

統合失調症の陽性・陰性症状、双極性障害、難治性うつ病などに使用されます。

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の定義と作用機序

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)は、Multi-Acting Receptor-Targeted Antipsychoticsの略称で、第2世代(非定型)抗精神病薬の一種です。MARTAの最大の特徴は、その名前が示す通り、脳内の複数の神経伝達物質受容体に同時に作用することにあります。

MARTAは主に以下の受容体に作用します。

この多元的な作用機序により、MARTAは統合失調症の陽性症状と陰性症状の両方に効果を示すだけでなく、気分障害(双極性障害うつ病)にも効果を発揮します。従来の定型抗精神病薬と比較して、錐体外路症状(パーキンソン症状や遅発性ジスキネジアなど)や高プロラクチン血症といった副作用が少ないことも特徴です。

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)一覧と各薬剤の特性

日本で承認・使用されているMARTAの主な薬剤は以下の通りです。

  1. オランザピン(商品名:ジプレキサ)
    • 用量:2.5〜20mg/日
    • 特徴:セロトニン5-HT2A/2C、ドパミンD1-4、ヒスタミンH1、アドレナリンα1、ムスカリン受容体に作用
    • 適応症:統合失調症、双極性障害の躁症状、双極性障害のうつ症状
    • 剤形:錠剤、OD錠(口腔内崩壊錠)、細粒、注射剤
  2. クエチアピン(商品名:セロクエル)
    • 用量:25〜750mg/日
    • 特徴:セロトニン5-HT2A、ドパミンD2、ヒスタミンH1、アドレナリンα1受容体に作用
    • 適応症:統合失調症、双極性障害の躁症状、双極性障害のうつ症状
    • 剤形:錠剤、細粒
  3. アセナピン(商品名:シクレスト)
    • 用量:5〜20mg/日
    • 特徴:セロトニン5-HT2A/2C、ドパミンD2/D3/D4、ヒスタミンH1、アドレナリンα1/α2受容体に作用
    • 適応症:統合失調症、双極性障害の躁症状
    • 剤形:舌下錠(特徴的な投与経路)
  4. クロザピン(商品名:クロザリル)
    • 用量:12.5〜600mg/日
    • 特徴:セロトニン5-HT2A/2C、ドパミンD1/D2/D4、ヒスタミンH1、アドレナリンα1、ムスカリン受容体に作用
    • 適応症:治療抵抗性統合失調症
    • 剤形:錠剤
    • 特記事項:無顆粒球症のリスクがあるため、CPMS(クロザピン患者モニタリングサービス)への登録が必要

これらの薬剤はそれぞれ受容体への親和性が異なるため、効果や副作用のプロファイルも異なります。例えば、オランザピンとクロザピンはムスカリン受容体への親和性が高く、口渇や便秘などの抗コリン性副作用が出やすい傾向があります。一方、クエチアピンは鎮静作用が強く、不眠症状を伴う患者に有効です。

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の効果と臨床的意義

MARTAは統合失調症の治療において、従来の定型抗精神病薬と比較して以下のような臨床的意義があります。

  1. 幅広い症状への効果
    • 陽性症状(幻覚、妄想、思考障害など)の改善
    • 陰性症状(感情の平板化、意欲低下、社会的引きこもりなど)への効果
    • 認知機能障害への一定の効果
    • 気分症状(抑うつ、不安、焦燥など)の改善
  2. 双極性障害への適応
    • 多くのMARTAは双極性障害の躁症状に対して適応があり、一部はうつ症状にも効果を示します
    • 気分安定薬としての役割も果たします
  3. 治療アドヒアランスの向上
    • 錐体外路症状が少ないため、服薬継続率が向上
    • QOL(生活の質)の改善に寄与
  4. 治療抵抗性症例への効果
    • 特にクロザピンは、他の抗精神病薬で効果不十分な治療抵抗性統合失調症に対して有効性が示されています

臨床研究では、MARTAは定型抗精神病薬と比較して再発率の低下や入院期間の短縮といった長期的なアウトカムの改善も示されています。また、社会機能の回復や就労支援といった観点からも、MARTAの使用は患者の社会復帰に寄与する可能性があります。

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の副作用と対策

MARTAは従来の定型抗精神病薬と比較して錐体外路症状や高プロラクチン血症のリスクは低いものの、他の特徴的な副作用があります。主な副作用と対策は以下の通りです。

  1. 代謝性副作用
    • 体重増加:特にオランザピン、クロザピンで顕著
    • 糖代謝異常:糖尿病発症リスクの上昇
    • 脂質代謝異常:高脂血症のリスク

    【対策】

    • 定期的な体重測定と血液検査(血糖値、HbA1c、脂質プロファイル)
    • 食事指導と運動療法の併用
    • 必要に応じてメトホルミンなどの糖尿病治療薬の併用を検討
    • 重度の場合は薬剤変更を検討
  2. 鎮静作用
    • 眠気、倦怠感、注意力低下
    • 特にクエチアピン、オランザピンで顕著

    【対策】

    • 就寝前投与への変更
    • 用量調整
    • 日中の活動性維持の指導
  3. 心血管系への影響

    【対策】

    • 投与開始時の低用量からの漸増
    • 定期的な心電図検査
    • 電解質異常の是正
  4. その他の副作用
    • 抗コリン性副作用(口渇、便秘、尿閉など)
    • 無顆粒球症(特にクロザピン)
    • 過鎮静と転倒リスク(特に高齢者)

    【対策】

    • 定期的な血液検査
    • 水分摂取と食物繊維摂取の指導
    • 高齢者では低用量から慎重に開始

副作用のマネジメントにおいては、患者教育と定期的なモニタリングが重要です。特に代謝性副作用は長期的な健康リスクとなるため、生活習慣の改善指導と併せた包括的なアプローチが必要です。

オランザピン(ジプレキサ)の添付文書情報

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)と他の抗精神病薬との比較

抗精神病薬は大きく分けて第1世代(定型)と第2世代(非定型)に分類され、MARTAは第2世代に含まれます。第2世代抗精神病薬はさらに以下のように分類されます。

  1. SDA(セロトニンドパミン拮抗薬)
    • 代表薬:リスペリドン、パリペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン、ルラシドン
    • 特徴:ドパミンD2受容体とセロトニン5-HT2A受容体に選択的に作用
    • メリット:陽性症状に対する効果が高い
    • デメリット:高用量では錐体外路症状や高プロラクチン血症のリスクがある
  2. MARTA(多元受容体作用抗精神病薬)
    • 代表薬:オランザピン、クエチアピン、アセナピン、クロザピン
    • 特徴:多くの受容体に幅広く作用
    • メリット:陽性症状と陰性症状の両方に効果、気分障害にも効果
    • デメリット:代謝性副作用のリスクが高い
  3. DSS(ドパミン受容体部分作動薬
    • 代表薬:アリピプラゾール
    • 特徴:ドパミンD2受容体の部分作動薬として機能
    • メリット:副作用が全般的に少ない
    • デメリット:アカシジア(静座不能)のリスク、鎮静作用が弱い
  4. SDAM(セロトニン・ドパミン活性調節薬)
    • 代表薬:ブレクスピプラゾール(レキサルティ)
    • 特徴:ドパミンとセロトニンの活性を調節
    • メリット:副作用プロファイルが良好
    • デメリット:鎮静作用が弱い

これらの分類間での主な違いを表にまとめると。

分類 錐体外路症状 高プロラクチン血症 代謝性副作用 鎮静作用 陰性症状への効果
SDA 中等度 高い 低〜中等度 中等度
MARTA 低い 高い
DSS 低い(アカシジアあり) 低い 中等度
SDAM 低い 低〜中等度 低い 中等度

薬剤選択においては、患者の症状プロファイル、副作用リスク、過去の治療反応性などを総合的に評価することが重要です。例えば、陰性症状が顕著な患者にはMARTAが有効である可能性が高く、代謝性疾患のリスクが高い患者にはDSSやSDAMが適している場合があります。

日本精神神経学会による統合失調症治療ガイドライン

多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の処方パターンと併用療法

MARTAの効果的な使用には、適切な処方パターンと必要に応じた併用療法の検討が重要です。臨床現場でよく見られる処方パターンと併用療法について解説します。

1. 処方パターン

  • 漸増法:副作用を最小限に抑えるため、低用量から開始し徐々に増量する方法
    • オランザピン:初日2.5-5mg → 1週間ごとに2.5-5mg増量 → 維持量10-20mg/日
    • クエチアピン:初日25-50mg → 3-4日ごとに倍量 → 維持量300-750mg/日
    • アセナピン:初日10mg → 維持量10-20mg/日(分2)
  • 分割投与と一回投与
    • 鎮静作用の強いMARTA(クエチアピン、オランザピン):就寝前一回投与で日中の眠気を軽減
    • アセナピン:舌下錠のため1日2回投与が基本
  • 急性期と維持期の用量調整
    • 急性期:比較的高用量で症状のコントロールを図る
    • 維持期:最小有効量に調整し、副作用を軽減

    2. 併用療法

    • 気分安定薬との併用
      • 双極性障害:バルプロ酸、リチウム、ラモトリギンとの併用
      • 効果:躁症状の早期コントロール、再発予防の強化
      • 注意点:薬物相互作用の確認(特にクロザピンとバルプロ酸の併用では血中濃度上昇の可能性)
    • 抗うつ薬との併用
      • うつ症状を伴う統合失調症:SSRISNRIとの併用
      • 効果:抑うつ症状の改善、陰性症状への補助的効果
      • 注意点:躁転のリスク、セロトニン症候群のリスク
    • 抗不安薬との併用
      • 不安・焦燥が強い場合:ベンゾジアゼピン系薬剤の短期併用
      • 効果:急性期の不安・焦燥の軽減、睡眠の改善
      • 注意点:依存性、過鎮静、認知機能への影響
    • 複数の抗精神病薬の併用
      • 原則として単剤治療が推奨されるが、治療抵抗性の場合に検討
      • 効果:異なる作用機序による相補的効果
      • 注意点:副作用の重複、薬物相互作用、多剤併用による管理の複雑化

      3. 特殊な状況での使用

      • 高齢者
        • 通常の1/2〜1/3の用量から開始
        • 副作用(特に過鎮静、起立性低血圧、認知機能低下)に注意
        • クエチアピンは高齢者の不眠・焦燥に対して低用量で使用されることがある
      • 身体合併症のある患者
        • 糖尿病:クエチアピン、アセナピンが比較的安全(オランザピンは禁忌)
        • 心疾患:QT延長に注意し、定期的な心電図モニタリング
        • 肝機能障害:用量調整が必要(特にクロザピン、オランザピン)
      • 妊娠・授乳期
        • リスク・ベネフィットを慎重に評価
        • 可能な限り低用量で使用
        • 胎児への影響と産後の母乳への移行を考慮

        MARTAの処方においては、個々の患者の症状プロファイル、副作用リスク、併存疾患、生活環境などを総合的に評価し、個別化された治療計画を立てることが重要です。また、薬物療法だけでなく、心理社会的介入や家族支援なども含めた包括的なアプローチが望ましいでしょう。

        日本精神神経学会による向精神薬の適正使用に関するガイドライン

        以上、多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)の一覧と特徴について解説しました。MARTAは統合失調症や双極性障害の治療において重要な選択肢となっており、その多元的な作用機序により幅広い症状に効果を示します。一方で、代謝性副作用などの特徴的な副作用にも注意が必要です。患者個々の症状や特性に合わせた