脳卒中の症状と種類
脳卒中は、脳の血管に異常が生じることで起こる急性の脳血管疾患です。日本人の死因の第4位を占め、寝たきりになる原因の第1位という重大な疾患です。脳卒中は英語で「Stroke(ストローク)」と呼ばれ、突然(卒然)発症することからこの名前がつけられました。
脳卒中は大きく分けて、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳内で出血する「脳出血」、脳の表面で出血する「くも膜下出血」の3種類に分類されます。それぞれ発症メカニズムが異なるため、症状や治療法も異なりますが、いずれも緊急性の高い疾患であることに変わりはありません。
脳卒中の最大の特徴は、症状が突然発症することです。多くの場合、「何時何分から」と発症時刻を特定できるほど明確に症状が現れます。この突然性が脳卒中を見分ける重要な手がかりとなります。
脳卒中の典型的な5つの症状と前兆
脳卒中の症状は多岐にわたりますが、日本脳卒中協会や米国脳卒中協会が推奨する「FAST」という覚え方があります。これは脳卒中を疑うべき典型的な症状を示しています。
- 片側の手足・顔半分の麻痺やしびれ(F:Face)
- 顔の片側が下がる、笑うと口が片側に曲がる
- 片方の腕や足に力が入らない
- 手足のみ、または顔のみの場合もある
- 言語障害(S:Speech)
- 呂律が回らない、言葉が出てこない
- 他人の言うことが理解できない
- 言葉を聞き取れるのに意味が理解できない
- バランス障害
- 力はあるのに立てない、歩けない
- フラフラする、まっすぐ歩けない
- 突然の激しいめまい
- 視覚異常
- 片方の目が見えない
- 物が二重に見える
- 視野の半分が欠ける
- 激しい頭痛
- 経験したことのないような激しい頭痛
- 特にくも膜下出血では「バットで殴られたような」激痛
これらの症状が突然現れた場合、脳卒中を疑い、すぐに救急車を呼ぶべきです。「T:Time」は「時間」を意味し、発症から治療開始までの時間が短いほど、回復の可能性が高まることを示しています。
また、これらの症状が一時的に現れて消えてしまう場合があります。これは「一過性脳虚血発作(TIA)」と呼ばれ、大きな脳梗塞の前兆である可能性があります。症状が消えても油断せず、必ず医療機関を受診することが重要です。
脳梗塞と脳出血の症状の違いと特徴
脳卒中の主な種類である脳梗塞と脳出血では、症状に共通点もありますが、いくつかの特徴的な違いがあります。
脳梗塞の特徴的な症状:
- 症状が徐々に進行することが多い
- 意識障害は比較的軽度であることが多い
- 頭痛を伴わないことが多い
- 手足のしびれや麻痺、言語障害が主な症状
- 発症時間が明確に特定できることが多い
脳出血の特徴的な症状:
- 症状が急激に進行することが多い
- 重度の意識障害を伴うことがある
- 頭痛や嘔吐を伴うことが多い
- 麻痺や言語障害に加え、頭痛や意識障害が顕著
- 血圧が非常に高いことが多い
くも膜下出血の特徴的な症状:
- 「今までで最も激しい頭痛」と表現されることが多い
- 頭痛は発症時にピークに達し、その後も持続する
- 嘔吐を伴うことが多い
- 項部硬直(首の後ろが硬くなる)が特徴的
- 光に対する過敏性(羞明)がみられることがある
ただし、これらの違いは必ずしも明確ではなく、画像検査(CTやMRI)によって確定診断が必要です。いずれの場合も、症状を認めたらすぐに救急車を呼ぶことが最も重要です。
脳卒中の症状と損傷部位の関係性
脳卒中の症状は、脳のどの部位が損傷を受けたかによって大きく異なります。脳の各部位には特定の機能があり、その部位が損傷を受けると対応する機能に障害が現れます。
前頭葉の損傷:
- 行動や感情のコントロールが困難になる
- 集中力の低下(注意障害)
- 計画通りに物事を進められない(遂行機能障害)
- 性格の変化が現れることがある
- 運動野の損傷では対側の手足の麻痺
頭頂葉の損傷:
- 知覚障害
- 失行症(動作の順序がわからなくなる)
- 失認症(見えているのに認識できない)
- 左右の区別がつかなくなる
- 空間認識の障害
側頭葉の損傷:
- 聴覚や嗅覚の障害
- 言語理解の障害(特に左側頭葉)
- 記憶障害
- 失見当識(時間や場所の認識障害)
- 幻聴や幻覚が現れることがある
後頭葉の損傷:
- 視覚障害
- 物が見えても認識できない(視覚失認)
- 色の認識障害
- 読字障害
小脳の損傷:
- 平衡感覚の障害(歩行困難)
- 運動の協調性の低下
- 測定障害(距離感がつかめない)
- 企図振戦(目的の動作をしようとすると震える)
- 発語障害(言葉が不明瞭になる)
脳幹の損傷:
- 意識障害(重度の場合が多い)
- 呼吸・循環の調節障害
- 眼球運動障害
- 嚥下障害
- 四肢麻痺
また、脳は左右に分かれており、左脳は右半身の運動や感覚を、右脳は左半身の運動や感覚を主に制御しています。さらに、言語機能は多くの人で左脳が優位に担っているため、左脳の損傷では失語症が現れることが多いという特徴があります。
脳卒中の症状を見分けるACT-FASTの重要性
脳卒中の症状を素早く見分けるために、世界的に広く使われている「ACT-FAST」という方法があります。これは一般の方でも簡単に脳卒中の可能性を判断できる方法で、日本でも脳卒中啓発活動で活用されています。
ACT-FASTの内容:
- F(Face):顔の麻痺
- 笑ってもらい、顔の片側が下がっていないか確認
- 額のしわ寄せは通常保たれることが多い
- 口角の左右差が特に重要
- A(Arm):腕の麻痺
- 両腕を前に伸ばしてもらい、片方が下がるか確認
- 目を閉じた状態で行うとより明確に分かる
- 握力の左右差も確認する
- S(Speech):言語障害
- 簡単な文章を繰り返してもらう
- 言葉が不明瞭か、言葉が出てこないか確認
- 「今日はいい天気です」などの簡単な文を使用
- T(Time):時間
- 症状が現れたらすぐに救急車を呼ぶ
- 発症時刻を正確に記録する
- 「タイム・イズ・ブレイン」(時間は脳である)
ACT-FASTの「ACT」は「行動する」という意味で、これらの症状が一つでも見られたら、すぐに行動(救急車を呼ぶ)することの重要性を強調しています。
脳梗塞の場合、発症から治療開始までの時間が短いほど、脳へのダメージを最小限に抑えることができます。特に血栓溶解療法(t-PA治療)は発症から4.5時間以内、血管内治療は24時間以内に開始する必要があるため、一刻も早い病院搬送が重要です。
家族や周囲の人が脳卒中の症状を素早く見分け、適切に対応することで、患者の予後を大きく改善できる可能性があります。ACT-FASTは簡単で覚えやすいため、ぜひ覚えておきましょう。
脳卒中の症状と慢性期合併症の看護ケア
脳卒中の急性期を過ぎても、多くの患者さんは様々な後遺症や合併症に悩まされることがあります。医療従事者として、これらの慢性期合併症の症状を理解し、適切なケアを提供することが重要です。
痙縮(スパスティシティ):
- 筋肉が硬くなり、関節の動きが制限される
- 痛みを伴うことが多い
- ケア:適切な姿勢保持、関節可動域訓練、温熱療法
- 薬物療法(筋弛緩薬)やボツリヌス毒素注射が有効な場合も
中枢性疼痛:
- 脳の感覚伝達路の損傷による慢性的な痛み
- 触れるだけでも痛みを感じる場合がある
- ケア:痛みの評価、薬物療法の管理、代替療法の検討
- 患者教育と心理的サポートも重要
嚥下障害:
排泄障害:
- 尿失禁や便秘が生じることが多い
- 自尊心の低下につながる
- ケア:排泄パターンの把握、環境調整、排泄訓練
- スキンケアと感染予防も重要
コミュニケーション障害:
- 失語症や構音障害により意思疎通が困難になる
- 社会的孤立や抑うつの原因になる
- ケア:コミュニケーション手段の工夫、言語療法との連携
- 家族への教育と支援も重要
高次脳機能障害:
- 記憶障害、注意障害、遂行機能障害など
- 日常生活や社会復帰に大きな影響を与える
- ケア:環境調整、代償手段の活用、認知リハビリテーション
- 家族への説明と理解促進が重要
訪問看護師は、これらの慢性期合併症に対して、患者さんの状態を継続的に評価し、適切なケアを提供することが求められます。また、患者さんや家族の心理的サポートも重要な役割です。
脳卒中後の症状は個人差が大きく、同じ部位の損傷でも症状の現れ方は異なります。そのため、個別性を重視した看護計画の立案と実施が必要です。また、多職種連携によるチームアプローチも、患者さんの生活の質向上には欠かせません。
脳卒中の症状は多岐にわたり、その重症度も様々です。医療従事者として、症状の早期発見と適切な対応、そして慢性期の合併症に対する継続的なケアが、患者さんの生活の質向上に大きく貢献します。脳卒中の症状に関する知識を深め、患者さんとその家族に適切な支援を提供していきましょう。
脳卒中の症状と一過性脳虚血発作の見逃しリスク
脳卒中の前兆として非常に重要でありながら、見逃されやすいのが「一過性脳虚血発作(TIA: Transient Ischemic Attack)」です。これは脳梗塞と同様の症状が一時的に現れた後、24時間以内(多くは数分から1