せん妄の診断基準と症状及び高齢者介護における対応方法

せん妄の基本知識と対応方法

せん妄の基本情報
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定義

急性の脳機能不全によって生じる意識障害の一種で、注意力や思考力の低下を特徴とします

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発症の特徴

短期間(数時間〜数日)で突然発症し、1日の中でも症状の重症度が変動します

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リスク要因

高齢者、入院患者、認知症患者、手術後の患者などでリスクが高まります

せん妄は、急性に発症する脳機能の障害であり、注意力の低下や意識レベルの変動を主な特徴とします。医療現場では頻繁に遭遇する症状ですが、その認識率は低く、医療者でさえせん妄患者の20〜50%程度しか症状を認識できていないという報告があります。特に低活動型せん妄は見逃されやすく、患者の81%が見逃されていたという調査結果もあります。

せん妄は単なる一過性の症状ではなく、患者の予後に大きく影響します。せん妄を発症すると、死亡率や院内感染、肺炎のリスクが高まるとされており、早期発見と適切な対応が極めて重要です。

せん妄の診断基準とDSM-5による分類

せん妄の診断には、アメリカ精神医学会による診断基準(DSM-5)が広く用いられています。DSM-5によるせん妄の診断基準は以下の通りです。

  1. 注意の障害および意識の障害:注意の方向づけ、集中、維持、転換する能力の低下と、環境に対する見当識の低下が見られます。
  2. 短期間での発症と症状の変動:通常数時間〜数日で症状が出現し、1日の経過中で重症度が変動する傾向があります。
  3. 認知の障害:記憶欠損、失見当識、言語障害、視空間認知障害、知覚障害などを伴います。
  4. 他の神経認知障害との区別:上記の障害が他の既存の神経認知障害ではうまく説明できず、昏睡のような覚醒水準の著しい低下という状況下で起こるものではありません。
  5. 医学的原因の存在:病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が医学的疾患、物質中毒または離脱、毒物への曝露、または複数の病因による直接的な生理学的結果により引き起こされたという証拠があります。

DSM-5ではせん妄を活動レベルによって以下のように分類しています。

  • 過活動型せん妄:運動活動性の量的増加、活動性の制御喪失、不穏、徘徊などの症状が24時間以内に2項目以上認められる場合
  • 低活動型せん妄:活動量の低下、行動速度の低下などの症状が24時間以内に2項目以上認められる場合(活動量の低下または行動速度の低下は必須)
  • 活動水準混合型せん妄:過活動型と低活動型の特徴が混在するタイプ

低活動型せん妄は「不穏」が目立たないため見逃されやすく、うつ状態と誤診されることも多いですが、患者や家族に与える苦痛は過活動型と同等であり、せん妄の持続時間も長くなる傾向があります。特に認知症患者に低活動型せん妄が合併した場合には死亡率が高くなることが指摘されています。

せん妄の症状と認知症との違い

せん妄の症状は多岐にわたりますが、主な症状としては以下のようなものがあります。

  • 注意障害:集中力の低下、注意の維持困難
  • 意識レベルの変動:覚醒レベルが日内で変動する
  • 見当識障害:時間や場所がわからなくなる
  • 睡眠覚醒リズムの障害:昼夜逆転など
  • 思考障害:思考の断片化、支離滅裂な会話
  • 知覚障害:幻覚(特に幻視)
  • 妄想:被害妄想など
  • 精神運動性の変化:過活動(不穏、多動)または低活動(無気力、反応の鈍さ)
  • 情動障害:不安、恐怖、易怒性など
  • 記憶障害:特に近時記憶の障害

せん妄と認知症は症状が似ているため、しばしば混同されますが、両者には重要な違いがあります。

特徴 せん妄 認知症
発症 急性(数時間〜数日) 慢性(数ヶ月〜数年)
経過 変動性(特に夜間に悪化) 比較的安定(緩徐に進行)
意識 変動する 通常は正常
注意力 著しく障害される 進行するまで比較的保たれる
可逆性 多くは可逆的 通常は非可逆的
原因 身体疾患、薬剤など 神経変性疾患など

重要なのは、せん妄と認知症は共存することもあり、特に認知症患者はせん妄を発症するリスクが高いという点です。認知症患者がせん妄を発症した場合、認知機能のさらなる低下や予後の悪化につながることがあります。

せん妄の原因と高齢者における発症リスク

せん妄の発症には様々な要因が関与しますが、大きく分けて準備因子(素因)と直接因子(誘発因子)に分類されます。

準備因子(素因)

  • 高齢(65歳以上)
  • 認知症や脳血管障害などの既存の脳疾患
  • 視力・聴力障害
  • 多剤服用(特にコリン作用のある薬剤)
  • 慢性疾患(腎不全、肝不全など)
  • アルコール依存症の既往
  • 過去のせん妄の既往

直接因子(誘発因子)

  • 感染症(特に肺炎、尿路感染症
  • 薬剤(向精神薬、抗コリン薬、ステロイド、オピオイドなど)
  • 代謝・電解質異常(低ナトリウム血症、高カルシウム血症など)
  • 低酸素血症
  • 手術(特に心臓手術、股関節手術)
  • 疼痛
  • 睡眠障害
  • 環境変化(入院、ICU入室など)
  • 身体拘束
  • 尿閉、便秘

高齢者はせん妄の発症リスクが特に高く、その理由としては以下のような要因が考えられます。

  1. 脳の予備能の低下:加齢に伴い脳の予備能が低下し、ストレスに対する脆弱性が増します。
  2. 多剤服用:高齢者は複数の慢性疾患を抱えていることが多く、多剤服用によるせん妄リスクが高まります。
  3. 感覚器の機能低下:視力・聴力の低下により環境認知が困難になり、せん妄のリスクが高まります。
  4. 慢性疾患の存在:腎機能や肝機能の低下により、薬剤の代謝が遅延し、副作用のリスクが高まります。
  5. 認知症の合併:認知症はせん妄の最大のリスク因子の一つであり、認知症患者はせん妄を発症するリスクが非認知症患者の2〜5倍とされています。

特に注目すべきは、せん妄の原因として頭蓋内病変と全身疾患の比率は15%:85%とも言われており、全身疾患によるせん妄が圧倒的に多いという点です。全身炎症に伴う脳症では、末梢のTNF alphaなどのサイトカインが血液脳関門を通過し、神経障害を引き起こすことが推察されています。

せん妄の予防と非薬物的アプローチの重要性

せん妄の治療において最も重要なのは予防です。せん妄は一度発症すると治療が困難なことが多いため、リスク因子を持つ患者に対しては予防的介入が推奨されます。

せん妄予防のための非薬物的アプローチ

  1. 早期離床と活動促進
    • 可能な限り早期からのリハビリテーション
    • 日中の活動性維持
    • 適切な運動プログラムの実施
  2. 環境調整
    • 見当識を促進する環境づくり(時計、カレンダーの設置)
    • 適切な照明(日中は明るく、夜間は暗く)
    • 騒音の軽減
    • 睡眠環境の整備
  3. 感覚サポート
    • 眼鏡や補聴器の使用促進
    • 視覚・聴覚情報の補完
  4. 水分・栄養管理
    • 適切な水分摂取の促進
    • 栄養状態の維持・改善
  5. 薬剤調整
    • 不要な薬剤の中止
    • せん妄リスクの高い薬剤の見直し
    • 薬剤の適正使用
  6. コミュニケーション
    • 簡潔で明確なコミュニケーション
    • 繰り返しの説明
    • 安心感を与える対応
  7. 家族の参加促進
    • 面会の促進
    • 家族による見慣れた物品の持参
    • 家族への教育と支援

これらの非薬物的アプローチは、複合的に実施することでより効果を発揮します。近年、看護師を中心とする多職種による複合的な介入は、せん妄の発症率ならびに重症化を防ぐうえで有効性が示されつつあります。

特に注目すべきは、HELP(Hospital Elder Life Program)のような体系的なプログラムで、これは高齢入院患者のせん妄予防を目的とした多面的な介入プログラムであり、せん妄発症率の有意な低下が報告されています。

せん妄患者の家族支援と在宅医療における対応

せん妄は患者本人だけでなく、家族にも大きな影響を与えます。せん妄患者の家族は、患者の突然の行動変化や認知機能の低下に戸惑い、不安や恐怖を感じることが少なくありません。

家族への支援のポイント

  1. 教育と情報提供
    • せん妄の性質(一過性で可逆的な状態であること)の説明
    • 症状の変動性についての理解促進
    • 予測される経過についての情報提供
  2. 心理的サポート
    • 家族の不安や恐怖の傾聴
    • 感情表出の機会提供
    • 必要に応じた専門的サポートの紹介
  3. ケアへの参加促進
    • 家族のケア参加の促進(見当識の補助、安心感の提供など)
    • 具体的なケア方法の指導
    • 家族の負担に配慮したサポート体制の構築
  4. 家族自身のセルフケア促進
    • 休息の重要性の説明
    • 交代制でのケアの推奨
    • 社会資源の活用促進

在宅医療におけるせん妄対応の特徴として、病院と異なり、せん妄を最初に発見するのは介護者である家族になることが多いという点があります。そのため、医師の診察だけでは患者観察が不十分となるため、家族への患者の様子についての聞き取りが非常に重要となります。

家族は患者の症状などを詳しく観察する重要な役割を担っていますが、一方で患者の身体症状や精神症状の影響を受け続けるため、「第二の患者」になるリスクを抱えています。家族自身が精神症状を抱えている場合もあり、家族への適切なサポートが必要です。

特に終末期せん妄においては、せん妄の原因が多岐にわたり不可逆的であることも多いため、せん妄の改善を目指すのは難しい場合が多くなります。このようなせん妄は死に至る自然経過でもあるため、対応に関しては介護者である家族との話し合いが重要となります。

家族への対応については、必ずしも主治医が話を聞くことが適切であるとは限らず、家族のストレスが患者に関する問題である場合には、訪問看護師などの他の職種が担当するのが良いケースもあります。多職種での連携をしっかりと考え、家族も含めたサポート体制を構築することが重要です。

せん妄の薬物療法と最新の治療アプローチ

せん妄の治療においては、まず原因となっている身体疾患や薬剤の特定と治療が最優先されますが、症状が重度で患者の安全が脅かされる場合や、患者の苦痛が強い場合には薬物療法が検討されます。

せん妄の薬物療法の基本原則

  1. 最小有効量から開始:高齢者は薬剤感受性が高いため、通常の成人量の1/3〜1/2から開始します。
  2. 短期間の使用:長期使用による副作用リスクを避けるため、可能な限り短期間の使用にとどめます。
  3. 定期的な評価:効果と副作用を定期的に評価し、必要に応じて用量調整や中止を検討します。
  4. 非薬物的アプローチとの併用:薬物療法単独ではなく、非薬物的アプローチと併用することで、より効果的な治療が期待できます。

せん妄治療に用いられる主な薬剤

  1. 抗精神病薬
  2. ベンゾジアゼピン系薬剤