脊髄くも膜下麻酔薬の種類と使用法、合併症への対策

脊髄くも膜下麻酔薬の種類と使用

硬膜外針で硬膜を穿刺した場合、硬膜穿刺後頭痛の発生率は90%に達します

この記事の3つのポイント
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現在の主流薬剤はブピバカイン

脊髄くも膜下麻酔では0.5%ブピバカイン(マーカイン)が多くの施設で使用されており、高比重液と等比重液により麻酔範囲をコントロールできます

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血圧低下は最大80%で発生

交感神経ブロックによる血圧低下は帝王切開術で最大80%に発生し、輸液負荷や昇圧薬の準備が必須です

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神経損傷リスクは43,000例に1例

脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔に伴う永続的な神経損傷の発生率は1/43,000と報告されており、適切な手技と管理が重要です

脊髄くも膜下麻酔薬の主な種類と特徴

脊髄くも膜下麻酔に使用される局所麻酔薬には、アミド型とエステル型があります。現在の臨床現場では、アミド型のブピバカイン塩酸塩水和物(商品名:マーカイン)が最も広く使用されています。ブピバカインは作用時間が2~3時間程度と適度に長く、2~4mLの少量投与で効果が得られるため、下半身手術の麻酔として理想的な特性を持っています。

通常、成人には1回10~20mg(2~4mL)を脊髄クモ膜下腔に注入します。最大用量は1回20mg(4mL)を超えないことが重要です。

他の局所麻酔薬としては、エステル型のテトラカインやアミド型のジブカインも使用されます。テトラカインは4~20%の高濃度で使用され、プロカインの約10倍の効力を持ちますが、毒性も強いという特徴があります。ジブカインは0.3%溶液として使用され、作用発現時間はブピバカインよりも遅いものの、長時間作用が得られます。

局所麻酔薬の神経毒性の強さを比較すると、ジブカイン>リドカイン=テトラカイン>ブピバカインの順になります。つまり、ブピバカインは相対的に神経毒性が低いということですね。

作用持続時間の比較では、プロカイン<リドカイン<ブピバカイン<テトラカインの順に長くなります。手術時間が30分から2時間程度の場合、0.5%高比重ブピバカイン1.6~3.0mL(8~15mg)が標準的な用量として選択されます。

日本麻酔科学会の局所麻酔薬使用ガイドラインには、各薬剤の詳細な用法用量が記載されています

脊髄くも膜下麻酔における高比重液と等比重液の違い

脊髄くも膜下麻酔薬には、脳脊髄液との比重差によって「高比重液」と「等比重液」の2種類があります。脳脊髄液の比重は1.006前後であり、これより比重が重いものを高比重(比重1.025~1.031)、ほぼ等しいものを等比重と呼びます。この比重の違いが、麻酔範囲の広がり方に大きな影響を与えます。

高比重液は重力の影響で身体の床側に移動します。そのため、患肢を下にした側臥位をとることで、手術する側に選択的に麻酔をかけることが可能です。麻酔範囲の広がりは比重に依存しているため、手術台の傾斜によってある程度の調節ができます。作用発現時間が早く、作用持続時間は等比重液に比べて短いという特徴があります。

一方、等比重液は髄液内では実際には低比重となり、重力の影響で天井側に麻酔が広がります。麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重液に比べて作用発現時間が遅いものの、作用持続時間は長くなります。下肢や会陰部に対しては持続時間が長いため、これらの部位の手術で数時間を要する場合には等比重液が有利です。

側臥位で注入した場合、高比重液の方が等比重液よりも、くも膜下腔で重力に従って下方(ベッド側)に変位している馬尾に向かって移動するため、即効性があります。

これが基本です。

施設によって使い分けの基準は異なりますが、一般的には患側を下にできない場合や両側に効かせたい場合は等比重、患側を下にできる場合は高比重を選択します。帝王切開術では、広範囲の麻酔が必要で体位変換が困難なため、高比重液が好んで使用される傾向にあります。

体位管理も重要なポイントです。高比重液を使用した後、すぐに患者を平らに寝かせるか、数分間側臥位を維持するかは、目標とする麻酔範囲によって判断します。

脊髄くも膜下麻酔による血圧低下のメカニズムと対策

脊髄くも膜下麻酔では交感神経ブロックが必ず発生し、これが血圧低下の主要な原因となります。麻酔が効いている場合、交感神経→知覚神経(温痛)→知覚神経(触圧)→運動神経の順にブロックされるため、適切な麻酔レベルであれば交感神経は必ず遮断されているのです。

帝王切開術における脊髄くも膜下麻酔後の低血圧発生率は、研究によって最大80%に達すると報告されています。低血圧は母体だけでなく胎児の血流にも影響を与えるため、積極的な予防と治療が必要です。

血圧低下への対策として、まず輸液負荷が基本となります。晶質液よりも膠質液の投与が有効とされており、特に分子量130kDaのヒドロキシエチルデンプン(HES)製剤が推奨されています。しかし、輸液だけでは不十分な場合が多く、昇圧薬の使用が必要になります。

フェニレフリン1mg/hの予防的持続投与は、麻酔後低血圧の発生率や追加治療介入の必要性を有意に減少させることが報告されています。低血圧が発生した場合には、エフェドリンやフェニレフリンなどの昇圧薬を速やかに投与します。

輸液負荷と下肢挙上を組み合わせることで、心拍出量の維持が可能になります。帝王切開の場合には、子宮の左方転位も重要な対策です。仰臥位では子宮が下大静脈を圧迫し、静脈還流を減少させて血圧低下を悪化させるためです。

麻酔前の準備として、末梢静脈路確保、血圧計・心電図・パルスオキシメーターなどの標準的なモニター装着、輸液製剤や昇圧剤、気道確保物品の準備が必須となります。バイタルサインの頻回測定により、血圧低下の早期発見と迅速な対応が可能になりますね。

日本臨床麻酔学会誌の研究論文には、帝王切開術における血圧低下対策の詳細なプロトコルが掲載されています

脊髄くも膜下麻酔の合併症:硬膜穿刺後頭痛と神経損傷

脊髄くも膜下麻酔の代表的な合併症として、硬膜穿刺後頭痛(PDPH:postdural puncture headache)があります。脊髄くも膜下腔に針を刺入すると、硬膜に針穴が開き、そこから脳脊髄液が漏出します。その結果、脳圧が低下し、頭痛が発生するのです。

脊髄くも膜下麻酔で使用する細い針(21~25G)の場合、PDPHの発生率は約0.5%(170~200人に1人)程度とされています。ところが、硬膜外麻酔で使用する太い針(17~18G)で誤って硬膜を穿刺してしまった場合、発生率は90%にも及びます。そのうち75~80%に重症の頭痛が起こるため、硬膜外麻酔では硬膜穿刺を避けることが極めて重要です。

PDPHの典型的な症状は、起立後15分で発症し、臥位をとると15分以内に改善する体位依存性の頭痛です。

通常、穿刺後5日以内に発生します。

若年者、特に女性の方が発生率が高いことが知られています。

予防策として最も有効なのは、細いペンシルポイント型針を使用することです。ペンシルポイント針は、硬膜線維を切断するのではなく押し分けるため、針穴からの脳脊髄液漏出が少なくなります。通常のベベル型針は硬膜線維を切断するため、PDPHの発生率が高くなります。穿刺針抜去時には必ず内筒を挿入することで、頭痛のリスクが1/3になったとの報告もあります。

従来、術後の長時間臥床がPDPH予防に有効とされていましたが、現在では有効性が否定されており、早期離床が推奨されています。PDPH が発生した場合、軽症例では安静と十分な水分摂取で1週間程度で自然軽快します。重症例には硬膜外自家血パッチ(EBP:epidural blood patch)が有効で、早期の実施が推奨されています。

神経損傷は稀ですが重大な合併症です。日本麻酔科学会の麻酔関連偶発症例調査によると、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔に伴う永続的な神経損傷の確率は1/43,000と報告されています。

神経損傷の原因としては、針による直接的な機械的損傷、硬膜外血腫による神経圧迫、局所麻酔薬の神経毒性などが考えられます。特に、抗血栓療法を受けている患者では、硬膜外血腫のリスクが高まるため注意が必要です。ただし、カテーテル挿入を伴わない1回穿刺法の脊髄くも膜下麻酔は、硬膜外麻酔より血腫の発生頻度が低く、重症度も軽いとされています。

産科患者の場合、脊髄幹麻酔を受けた20,000人の妊産婦を対象にした研究では、神経損傷の発生率は0.96%であり、腰・仙骨神経叢損傷の発生率が特に高いことが確認されました。ただし、これらの多くは一過性で、永続的な障害に至るのはごく一部です。

最近の研究では、全体の神経学的合併症発生率は0.44‰(1,000例あたり0.44例)と報告されています。合併症の内訳では、一過性神経症候群が最も多く、永続的な神経障害は極めて稀です。

それでも慎重な管理が求められます。

京都市立病院麻酔科のウェブサイトには、合併症に関する詳細な患者説明資料が公開されています

脊髄くも膜下麻酔の禁忌と注意すべき病態

脊髄くも膜下麻酔には絶対的禁忌と相対的禁忌があり、適応を慎重に判断する必要があります。絶対的禁忌には、患者の拒否、注射部位での感染、重度の矯正されていない循環血液量減少、使用薬剤に対する真のアレルギー、特発性頭蓋内圧亢進症を除く頭蓋内圧の上昇などが含まれます。

相対的禁忌として重要なのは、出血傾向や凝固異常です。血小板数が100,000/μL未満の場合は原則として禁忌とされますが、妊産婦、気道困難、重度の心臓血管疾患などの場合は例外的に考慮されることがあります。抗凝固薬抗血小板薬を使用している患者では、薬剤の休薬期間を適切に設定する必要があります。

脊椎・脊髄の異常も重要な相対的禁忌です。脊椎手術の既往がある患者では、前方固定術であれば問題なく穿刺可能ですが、後方固定術や脊椎腫瘍・感染後の穿刺は禁忌となります。術中に硬膜損傷を起こしている例では要注意です。重度の脊柱変形や脊髄腫瘍も相対的禁忌に含まれます。

心臓血管系の疾患、特に大動脈狭窄症や肥大型心筋症などの前負荷依存性が高い病態では、交感神経ブロックによる血圧低下が致命的となる可能性があります。これらの患者では全身麻酔を選択するか、慎重なモニタリングと循環管理が必要です。

敗血症の状態では、穿刺により細菌を中枢神経系に播種するリスクがあるため、原則として禁忌となります。ただし、適切な抗菌薬治療下であれば相対的禁忌として考慮される場合もあります。

患者の協力が得られない場合、例えば認知症や精神疾患、言語の問題などで体位保持やコミュニケーションが困難な場合も相対的禁忌となります。脊髄くも膜下麻酔は意識下で行われるため、患者の理解と協力が不可欠なのです。

多発性硬化症などの脱髄性疾患は、従来は絶対的禁忌とされていましたが、現在では相対的禁忌として扱われることが多くなっています。局所麻酔薬が病態を悪化させる可能性があるため、患者への十分な説明とインフォームドコンセントが重要です。

禁忌事項の確認は、術前診察で必ず行うべき項目です。

見落とすと重大な合併症につながります。

脊髄くも膜下麻酔の投与量設定における独自の工夫

脊髄くも膜下麻酔の投与量は、手術部位の高さによって調整する必要があります。興味深いことに、経験的な投与量決定法として「割合法」が臨床現場で使用されています。これは基準となる投与量に対して、手術部位が高くなるほど用量を増やすという考え方です。

具体的には、下肢手術で2.5mLを使用する薬液(例えば0.5%マーカイン)の場合、鼠径部手術では1割増しで2.8mL、虫垂炎では2割増しで3.0mL、会陰部は1.5mLといった具合に調整します。この方法は簡便で、多くの麻酔科医が実践的に活用しています。

患者の体格も重要な考慮要因です。身長が高い患者では脊髄くも膜下腔の容積が大きいため、やや多めの投与量が必要になります。逆に、身長が低い患者や高齢者では、少なめの投与量から開始する方が安全です。高齢者では脊髄くも膜下腔の容積が減少しているため、同じ用量でも麻酔高が上がりやすいのです。

肥満患者では、腹圧上昇により硬膜外静脈叢が拡張し、脊髄くも膜下腔が狭くなっています。そのため、標準的な投与量でも麻酔高が予想以上に上がる可能性があります。

これは注意すべき点ですね。

妊婦も特殊な集団です。妊娠により腹圧が上昇し、さらにホルモンの影響で神経が局所麻酔薬に対して感受性が高まっています。そのため、非妊娠時よりも少ない投与量で十分な麻酔効果が得られます。帝王切開術では、通常8~15mgのブピバカインで十分な麻酔レベルが得られます。

投与速度も麻酔の広がりに影響します。速い注入速度では乱流が生じ、麻酔高が予測より高くなる可能性があります。ゆっくりと一定の速度で注入することで、より予測可能な麻酔範囲が得られます。

麻酔薬注入後の体位管理も、最終的な麻酔範囲を決定する重要な因子です。高比重液を使用した場合、注入直後に頭低位をとると麻酔高が上がりすぎるリスクがあります。目標の麻酔高が得られるまで、適切な体位を維持することが重要です。

複数の因子を総合的に判断し、個々の患者に最適な投与量を決定することが、安全で効果的な脊髄くも膜下麻酔の鍵となります。経験を積むことで、より精密な投与量設定が可能になります。

臨床現場での投与量設定には、標準的なプロトコルと個別化された判断の両方が必要です。標準プロトコルを基本としつつ、患者の個別性を考慮した微調整を行うことで、合併症を最小限に抑えながら適切な麻酔効果を得ることができるのです。