伝染性膿痂疹の治療ガイドライン
伝染性膿痂疹ガイドラインの基本方針
伝染性膿痂疹の治療は、日本皮膚科学会が発行する「膿痂疹診療ガイドライン2021」に基づいて行われています。このガイドラインでは、軽症例には抗菌薬含有軟膏を患部に塗布し、広範囲や発熱を伴う例では内服抗菌薬を使用する方針が推奨されています。治療の第一選択薬は病型によって異なり、水疱性膿痂疹にはセフェム系抗菌薬、痂皮性膿痂疹にはペニシリン系またはセフェム系抗菌薬が用いられます。
参考)アトピー性皮膚炎の方は要注意!夏に多い「膿痂疹(とびひ)」と…
日本皮膚科学会の公式サイトでは各種皮膚疾患の診療ガイドラインが公開されており、最も標準的かつ最善と思われる診療を提示しています。ガイドラインは常に更新され続けており、医療従事者は最新の知見に基づいた治療を提供することが求められます。
参考)一般公開ガイドライン
日本皮膚科学会ガイドライン公開ページでは、各種皮膚疾患の診療ガイドラインにアクセスできます。
伝染性膿痂疹の病型別治療法
伝染性膿痂疹は大きく分けて水疱性膿痂疹と痂皮性膿痂疹の2種類があり、それぞれ原因菌と治療法が異なります。
水疱性膿痂疹の治療
水疱性膿痂疹は黄色ブドウ球菌が産生する表皮剝脱毒素によって発症し、透明な水疱を形成するのが特徴です。治療には第一選択薬としてセフェム系抗菌薬が用いられ、具体的にはケフラール®やケフレックス®などが処方されます。軽症の場合は、フシジン酸ナトリウム、ナジフロキサシン、ムピロシンなどの抗菌薬含有軟膏の外用のみで治療可能です。
痂皮性膿痂疹の治療
痂皮性膿痂疹は化膿性連鎖球菌が主な原因菌で、厚い痂皮を伴う炎症の強い病変が特徴です。この病型では溶連菌に対して高い効果を示すペニシリン系抗生物質(サワシリン®、クラバモックス®など)がより推奨されます。炎症が強く発熱やリンパ節腫脹などの全身症状を伴うことがあるため、重症な場合は点滴静注による治療が必要になることもあります。
参考)とびひ(伝染性膿痂疹)
病型 | 原因菌 | 主な症状 | 第一選択薬 |
---|---|---|---|
水疱性膿痂疹 | 黄色ブドウ球菌 | 透明な水疱、びらん | セフェム系抗菌薬 |
痂皮性膿痂疹 | 化膿性連鎖球菌 | 厚い痂皮、強い炎症 | ペニシリン系抗菌薬 |
伝染性膿痂疹における抗菌薬選択
伝染性膿痂疹の抗菌薬治療は外用薬と内服薬を組み合わせて行われます。外用抗菌薬としては、ムピロシン軟膏、フシジンレオ®軟膏(フシジン酸ナトリウム)、アクアチム®軟膏(ナジフロキサシン)などが使用されます。これらの外用薬は患部を石鹸で丁寧に洗浄した後に塗布し、ガーゼなどで覆うことが推奨されています。
参考)伝染性膿痂疹(でんせんせいのうかしん・とびひ)|こばとも皮膚…
内服抗菌薬の選択では、通常4~5日間使用し、水疱の新生やびらんが残っている場合はさらに2~3日継続します。セフェム系薬、マクロライド系薬、ペネム系薬などが使用されますが、原因菌に対する感受性が重要です。
近年、外用抗菌薬に対する耐性菌が多く報告されているため、難治例では細菌培養検査を実施して原因菌と薬剤感受性を確認することが重要です。治療開始前に細菌培養検査を行っておくと、効果が不十分な場合に適切な抗菌薬への変更が可能になります。
公益社団法人 日本薬剤師会の伝染性膿痂疹治療薬解説では、治療に使用される抗菌薬の詳細が確認できます。
伝染性膿痂疹とMRSA対策
伝染性膿痂疹の治療において、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)への対応が近年重要な課題となっています。日本におけるMRSAの分離率はおよそ15~40%程度と報告されており、決して稀ではありません。MRSAによる膿痂疹は通常の黄色ブドウ球菌と症状に違いはありませんが、抗生物質が効きにくいため治療に難渋することがあります。
通常の初期治療では経口β-ラクタム薬(セフェム系など)が第一選択薬とされますが、これらはMRSAに対しては無効です。そのため、治療抵抗性の病変に対しては早期に細菌培養検査を実施し、適切な抗菌薬への変更が必要です。MRSAが疑われる場合に有効性が期待できる抗生物質としては、ホスミシン®(FOM)、バクタ®(ST)、ミノマイシン®(MINO)などがあります。
参考)MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による伝染性膿痂疹(…
MRSA検出時の対応
治療開始から2~3日目に効果判定を行い、改善が悪い場合は皮膚の細菌培養検査をして抗生剤の変更を検討します。最近では細菌培養により効果の期待できる抗生物質を突き止めて効果的に治療を行うことが出来るようになっています。初診時に念のため細菌培養に提出することで、早期に適切な治療薬を選択できる利点があります。
参考)https://caps-clinic.jp/tobihi/
耐性菌の増加を防ぐためには、MRSAに有効な内服薬を最初から安易に選択せず、約75%を占めるMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)に対して高い感受性を持つ経口β-ラクタム薬を第一選択とすることが推奨されています。
参考)https://www.jspid.jp/wp-content/uploads/pdf/01904/019040405.pdf
伝染性膿痂疹の予防とケア管理
伝染性膿痂疹の治療と並行して、感染拡大を防ぐための予防とケア管理が極めて重要です。患部を清潔に保つことが基本で、シャワーなどで石鹸を使って患部をしっかり洗浄する必要があります。このとき、患部はこすらず泡立てた石鹸で丁寧に洗い、タオルや衣類は共用しないことが感染予防の鉄則です。
参考)日本小児皮膚科学会
家庭でのケアポイント
- 頻繁に手を洗い、爪は短く切ることで細菌の拡散や皮膚の掻き壊しを防ぎます
参考)家族の不安を解消する「とびひ(伝染性膿痂疹)」の対処法と感染…
- 軟膏を塗った後はガーゼや包帯で覆い、滲出液が周囲に付着するのを防ぎます
- 入浴は浴槽ではなくシャワーを選び、湯船での家族への感染リスクを減らします
- 患部用タオルは専用にし、使用後すぐ洗濯することで接触感染を防止します
鼻腔や指などは菌が定着している部位なので、洗い忘れのないよう注意が必要です。鼻腔の周辺に病変がある場合は、イソジン液を綿棒につけて塗布するとある程度除菌ができます。
アトピー性皮膚炎患者への特別な配慮
アトピー性皮膚炎を持つ患者は皮膚バリアが弱く、伝染性膿痂疹になりやすいため特に注意が必要です。基礎の皮膚炎の管理(保湿・抗炎症外用薬)も並行して行うことで再発予防につながります。毎日の保湿ケアで皮膚バリアを守り、かゆみは我慢せず抗炎症薬でコントロールすることが重要です。また、膿痂疹の合併によりかゆみの増強が著しくなるため、抗ヒスタミン剤・抗アレルギー剤の併用も行われます。
ひろつ内科クリニックの膿痂疹解説では、アトピー患者への対応が詳しく説明されています。
伝染性膿痂疹治療の効果判定と経過
伝染性膿痂疹の治療効果判定は、開始後2~3日目に行うことが推奨されています。適切な治療が行われた場合、水疱性膿痂疹では4~5日で治ることが多く、的確な治療では1週間ほどで治癒します。痂皮性膿痂疹ではやや治癒までの期間が長引く傾向があります。
改善が悪い場合は原因菌に抗菌剤が効いていない可能性があり、外用抗菌剤や内服薬の変更を検討する必要があります。特に治りにくい伝染性膿痂疹は細菌培養を提出することがお勧めです。
治療中の注意事項
多くの場合、ガーゼや包帯できちんと患部を覆ってあれば、登園・登校を制限する必要はありません。ただし、広範囲の病変や全身症状を伴う場合には、休んで治療することが必要です。容易に他人に伝染するため、病変が狭い場合は外用剤を塗布し包帯などで覆えば通園は可能ですが、病変が広範囲の場合は休園を指示します。
溶連菌による痂皮性膿痂疹では、後遺症として腎障害(溶連菌感染後糸球体腎炎)を起こすことがあるため、処方された内服薬は最後まで飲み切る必要があります。ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群や、まれに敗血症を併発することがあるため注意が必要です。
伝染性膿痂疹の治療は、ガイドラインに基づいた適切な抗菌薬選択と、患者教育による感染拡大防止の両輪で進めることが成功の鍵となります。医療従事者は最新のエビデンスを常に確認し、個々の患者の状況に応じた最適な治療を提供することが求められます。