外傷トラネキサム酸投与方法と効果的使用

外傷トラネキサム酸投与方法と効果

外傷患者へのトラネキサム酸投与
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早期投与の重要性

受傷後3時間以内の投与が最も効果的

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病院前投与の可能性

救急現場での投与で死亡率低下の可能性

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日本の現状と課題

病院前投与の体制整備が必要

外傷トラネキサム酸の投与タイミングと効果

トラネキサム酸(TXA)は、外傷患者の出血を抑制し、死亡率を低下させる可能性のある薬剤として注目されています。特に、受傷後早期の投与が重要とされています。

CRASH-2試験の結果によると、TXAは受傷後3時間以内に投与された場合、最も効果的であることが示されています。この研究では、TXA投与群の院内死亡率が14.5%、プラセボ群が16%(NNT=67)と、有意な死亡率の低下が認められました。

投与のタイミングと死亡率には相関があり、受傷後3時間を超えると効果が減少し、むしろ死亡率が上昇する可能性があることも指摘されています。このため、重大な出血が疑われる外傷患者では、可能な限り早期、特に受傷後3時間以内にTXAを投与することが推奨されています。

外傷トラネキサム酸の投与方法と用量

TXAの標準的な投与方法は以下の通りです:

  1. 初回投与:1gを10分以上かけて静脈内投与
  2. 追加投与:1gを8時間以上かけて持続静脈内投与

この投与方法は、CRASH-2試験で用いられたプロトコルに基づいています。初回投与の1gを比較的急速に投与することで、早期に効果を発揮させ、その後の持続投与で効果を維持する狙いがあります。

ただし、患者の状態や施設のプロトコルによって、投与方法が若干異なる場合もあります。例えば、一部の施設では初回投与後の持続投与を行わず、必要に応じて追加投与を行うケースもあります。

外傷トラネキサム酸の病院前投与の有効性

近年、TXAの病院前投与(プレホスピタル投与)の有効性が注目されています。英国や米国では、救急隊員が現場や救急車内でTXAを投与するケースが増えています。

英国の外傷データによると、救急隊員が病院前治療を行う場合、受傷からTXA治療までの時間の中央値は49分(四分位範囲33-72分)でした。一方、病院内で治療を行った場合、治療までの時間の中央値は111分(四分位範囲77-162分)となっており、病院前投与の方が明らかに早期投与が可能であることが示されています。

PATCH(Pre-hospital Antifibrinolytics for Traumatic Coagulopathy and Hemorrhage)試験では、外傷性凝固障害の高リスク患者を対象に、病院前TXA投与の効果を検討しました。結果として、6ヶ月後の良好な機能的転帰を伴う生存率には有意差が見られませんでしたが、28日死亡率はTXA群で17.3%、プラセボ群で21.8%と、TXA群で低い傾向が見られました(リスク比 0.79,95% CI 0.63~0.99)。

これらの結果は、病院前TXA投与が外傷患者の短期的な生存率を改善する可能性を示唆しています。

外傷トラネキサム酸投与の適応と禁忌

TXA投与の適応と禁忌について、正しく理解することは重要です。

適応:

  • 重大な出血が疑われる外傷患者
  • 外傷性凝固障害のリスクがある患者
  • 受傷後3時間以内の患者

禁忌:

  • TXAに対するアレルギー
  • 活動性の血栓塞栓症
  • 播種性血管内凝固(DIC)の疑い
  • 重度の腎機能障害

また、TXA投与の判断には、患者の全身状態、バイタルサイン、出血の程度、受傷機転などを総合的に評価する必要があります。例えば、CRASH-2試験では、収縮期血圧90mmHg未満または心拍数110回/分超の患者が対象とされました。

外傷トラネキサム酸投与の日本の現状と課題

日本におけるTXAの病院前投与は、欧米に比べてまだ十分に普及していません。日本の救急医療システムの特性や法的制約が、この状況の一因となっています。

日本救急医学会の「外傷初期診療ガイドライン(JATEC)」では、TXAの投与が推奨されていますが、主に病院到着後の投与を想定しています。一方で、ドクターカーやドクターヘリなどの医師同乗型の救急車両では、病院前TXA投与の試みが始まっています。

2019年から2020年にかけて行われた日本の研究では、ドクターカーやドクターヘリで搬送される外傷患者に対して病院前TXA投与を行い、その安全性と有効性を検討しました。結果として、病院前TXA投与群は対照群と比較して28日後の死亡率が低い傾向にありましたが、統計学的有意差は認められませんでした(17.7% vs 35.3%, p = 0.10)。

日本での病院前TXA投与の普及に向けた課題には以下のようなものがあります:

  1. 法的整備:救急救命士によるTXA投与の法的位置づけの明確化
  2. プロトコルの標準化:病院前TXA投与の適応や方法の統一
  3. 教育・訓練:救急隊員や救急救命士へのTXA投与に関する教育の実施
  4. 品質管理:病院前TXA投与の効果と安全性の継続的な評価システムの構築

これらの課題を克服し、日本の救急医療システムに適した形でTXAの病院前投与を導入することが、今後の重要な課題となっています。

外傷トラネキサム酸投与の将来展望

TXAの病院前投与に関する研究は今後も続けられ、より詳細なエビデンスが蓄積されていくことが期待されます。特に注目されているのは以下の点です:

  1. 最適な投与タイミングの特定:受傷後何分以内の投与が最も効果的か
  2. 投与量の最適化:現在の標準的な投与量が最適かどうかの検証
  3. 特定の外傷タイプに対する効果:例えば、頭部外傷や胸部外傷など、特定の外傷タイプに対するTXAの効果
  4. 長期的な機能予後への影響:短期的な死亡率だけでなく、長期的な機能予後にどのような影響があるか

また、TXAの投与方法の改良も進められています。例えば、静脈内投与が困難な状況での筋肉内投与や、より簡便な投与デバイスの開発などが研究されています。

さらに、人工知能(AI)を活用した外傷重症度の迅速な評価と、それに基づくTXA投与の判断支援システムの開発も期待されています。これにより、より適切かつ迅速なTXA投与の判断が可能になる可能性があります。

日本においても、これらの国際的な研究動向を踏まえつつ、日本の救急医療システムの特性に合わせたTXA投与プロトコルの開発と実装が進められることが期待されます。

以上、外傷患者に対するトラネキサム酸投与の方法と効果について、最新の知見を交えて解説しました。TXAの適切な使用は、重症外傷患者の予後改善に大きく寄与する可能性があります。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、適切な投与タイミング、方法、そして継続的な研究と評価が不可欠です。医療従事者の皆様には、これらの知見を臨床現場で活かしつつ、さらなるエビデンスの構築に貢献していただくことを期待しています。

外傷性凝固障害とトラネキサム酸に関する詳細な情報はこちらを参照してください。
重症外傷のPrehospital careにおけるトラネキサム酸の有用性についての詳細な研究結果はこちらを参照してください。
重症外傷に対する病院到着前のトラネキサム酸投与に関する最新の臨床試験結果はこちらを参照してください。

参考文献: CRASH-2 trial collaborators. Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial. Lancet. 2010;376(9734):23-32. Roberts I, et al. The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial. Lancet. 2011;377(9771):1096-101. Gayet-Ageron A, et al. Effect of treatment delay on the effectiveness and safety of antifibrinolytics in acute severe haemorrhage: a meta-analysis of individual patient-level data from 40 138 bleeding patients. Lancet. 2018;391(10116):125-132. Gruen RL, et al. Prehospital Tranexamic Acid for Severe Trauma. N Engl J Med. 2023;389(2):127-136. CRASH-2 Collaborators. The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial. Lancet. 2011;377(9771):1096-101. 日本外傷学会・日本救急医学会監修. 外傷初期診療ガイドライン(JATEC)改訂第5版. へるす出版; 2016. Yamamoto R, et al. Prehospital Administration of Tranexamic Acid for Patients at Risk of Hemorrhage After Trauma: A Propensity Score-Matched Cohort Study. J Trauma Acute Care Surg. 2021;90(4):665-673. Lipman GS, et al. A novel and practical method to administer tranexamic acid in trauma patients. Wilderness Environ Med. 2022;33(1):64-69.