髄液赤血球補正と混入時細胞評価
髄液赤血球補正が必要とされた背景と理由
髄液検査は中枢神経系感染症や脳出血などの診断に重要な役割を果たしており、細胞分類や細胞数の正確な把握が臨床判断の根拠となります。腰椎穿刺により髄液を採取する際、穿刺針が微小血管を損傷することで末梢血が混入し、髄液が血性を呈することがあります。このときの問題は、自動血球分析装置が混入した末梢血の白血球を髄液由来の白血球と区別できないため、総白血球数が偽高値になる点です。
髄液赤血球補正式は、この医原的誤差を補正するために開発されました。補正式に用いられるのは、同時に測定された末梢血の白血球数、赤血球数、および髄液中の赤血球数です。末梢血における白血球と赤血球の比率が、髄液中の赤血球数と同じ比率で混入したと仮定し、混入による白血球の上乗せ分を計算して差し引く理論に基づいています。この補正方法は、1960年代から1980年代にかけて髄液検査の標準化が進む中で確立され、多くの検査施設で採用されてきました。
髄液赤血球補正式の算定と実務的なポイント
補正式の実際の計算では、まず髄液中の赤血球数を生理食塩水で10倍希釈し、ビュルケル・チュルク計算盤を使用して算定します。この赤血球数算定には、従来の手作業による計算盤法と最近の自動血球分析装置の測定値の両者が使用されます。その後、末梢血の白血球数を末梢血の赤血球数で除した値に、髄液赤血球数を乗じることで、理論的に混入した白血球数を推定します。
実務上、赤血球補正の適応は限定されています。肉眼的に髄液が著しく血性を呈する場合や、髄液細胞数の増多が軽度であるにもかかわらず末梢血赤血球が著明に減少している場合が典型的です。また、末梢血の白血球が著明に増多している患者での髄液検査では、補正の意義が相対的に高まります。一方、髄液と末梢血の採取タイミングの違いや、検体の保存過程における細胞変性の影響により、赤血球数の測定誤差が大きくなることが実務上の課題です。
髄液赤血球補正における測定誤差と信頼性の問題
赤血球補正の最大の問題点は、測定誤差に起因する補正値の信頼性低下です。髄液中の赤血球数は、採取直後から急速に変性し、時間経過とともに融解が進みます。特に頭蓋内出血による血性髄液では、赤血球が既に変性しており、計数時の誤差がより大きくなります。また、生理食塩水希釈後のビュルケル・チュルク計算盤での計数は、フックス・ローゼンタール計算盤での計数に比べ、操作の煩雑さが増し、計数者による個人差も大きくなる傾向があります。
実際の臨床現場では、赤血球補正後の値がマイナスになる事例が一定の割合で発生しており、こうした場合の報告値の決定は検査施設による判断に委ねられてきました。従来は「0」または「補正前の値」として報告する施設が多かったものの、こうした対応そのものが臨床医に誤解を招く可能性が指摘されています。さらに、赤血球補正は頭蓋内出血による血性髄液と穿刺時医原的混入の区別が困難であるため、病態解釈が複雑になるという課題も存在します。
髄液赤血球補正廃止の動向と現在のコンセンサス
近年、髄液検査の専門家や検査学会では、赤血球補正そのものの廃止を推奨する方向へシフトしています。特に2020年以降、複数の大型検査施設が赤血球補正の廃止を公式に発表し、血液混入髄液の細胞数については「参考値」または「算定不能」として報告する方針を採用しました。この転換の背景には、測定誤差と信頼性の問題に加えて、血液が混入した髄液の検査結果そのものを臨床医と十分に協議して解釈する必要性が認識されたことが挙げられます。
赤血球補正廃止施設では、検査報告書に「血液混入のため細胞数参考値」といった注釈を添付し、臨床医への情報提供を強化しています。この方針により、臨床医は補正値の誤解なく、検体の品質や検査の限界を正確に認識できるようになります。また、補正による計算誤差や判断の曖昧さが排除されるため、検査成績の解釈が一層明確になるという利点があります。一部施設では、自動血球分析装置の進化に伴い、より正確な赤血球計数が可能になったにもかかわらず、補正式そのものの仮定である「一定比率での混入」という前提条件の妥当性が疑問視されるようになったことも、廃止論の根拠となっています。
髄液赤血球補正と臨床医への情報共有の重要性
髄液検査が臨床判断に与える影響の大きさを考慮すると、赤血球補正の実施の有無に関わらず、検査施設と臨床医との間で明確なコンセンサスが形成されることが重要です。血液混入髄液の検査を依頼する全診療科の医師に対して、補正の実施方法と限界、報告値の解釈方法について事前に十分な説明を行うことが推奨されています。特に、補正廃止施設では、臨床医が「参考値」という報告の意味を正確に理解し、必要に応じて検査の再施行を検討することができるような体制整備が求められます。
実務上の推奨事項としては、各検査施設が地域内の関連医療機関と協力し、髄液検査の品質管理と報告方針に関する統一的なガイドラインを策定することが望まれます。また、新たな自動血球分析装置の導入時には、赤血球補正を含む検査報告の方針を改めて検討し、最新の学術的知見と臨床ニーズを勘案して決定することが重要です。
参考リンク:血液混入髄液における髄液白血球数補正に関する理論的背景と実務的課題について解説したMSD Manuals
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/multimedia/clinical-calculator/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E3%81%8C%E6%B7%B7%E5%85%A5%E3%81%97%E3%81%9F%E9%AB%84%E6%B6%B2%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%AB%84%E6%B6%B2%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%90%83%E6%95%B0%E3%81%AE%E8%A3%9C%E6%AD%A3
参考リンク:髄液検査技術の標準化と赤血球補正を含む細胞算定法の詳細な手技マニュアル
http://tmamt.or.jp/ippan/bennkyou/pdf/200907-series-zuiekikensa.pdf
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