全身麻酔薬一覧
全身麻酔薬の吸入麻酔薬一覧と特徴
吸入麻酔薬は気道を介して投与され、肺胞から血液に取り込まれて脳に作用します。現在臨床で使用される主な吸入麻酔薬は以下の通りです。
セボフルラン(セボフレン)
- 一般的な特徴:フッ素化されたメチルイソプロピルエーテルで甘い香りを持つ
- 薬価:27.2円/mL(先発品セボフレン)、25.8円/mL(後発品)
- 臨床的特徴:デスフルランに次いで効果発現と消失が速く、導入・覚醒が良好
- 小児にも使用しやすい刺激の少ない麻酔薬として重宝されています
デスフルラン(スープレン)
- 一般的な特徴:フッ素化されたメチルエチルエーテル
- 薬価:37.8円/mL(先発品スープレン)
- 臨床的特徴:最も効果発現と消失が迅速だが、気道刺激性が強い
- 日帰り手術など迅速な覚醒が求められる場面で威力を発揮します
イソフルラン
- 一般的な特徴:ハロゲン化エーテル系の麻酔薬
- 薬価:23.8円/mL(後発品イソフルラン吸入麻酔液「VTRS」)
- 臨床的特徴:動物に対して使用可能で、脳保護作用が強い
- 神経外科手術など脳保護が重要な手術で選択されることがあります
笑気(亜酸化窒素)
- 一般的な特徴:化学名は亜酸化窒素(N₂O)
- 薬価:2.5円/g~3.6円/g(製品により異なる)
- 臨床的特徴:歯科や美容外科で使用頻度が高い
- 軽度の鎮痛作用と鎮静作用を併せ持つユニークな特性があります
興味深いことに、吸入麻酔薬の意識レベル低下をもたらす分子細胞標的は未だに完全には解明されていません。これは麻酔学の大きな謎の一つとして研究が続けられています。
全身麻酔薬の静脈麻酔薬一覧と効果
静脈麻酔薬は点滴ラインを介して直接血管内に注入され、「末梢静脈→心臓→全身」の順で循環して脳に作用します。臨床使用される主要な静脈麻酔薬を分類別に整理します。
鎮静薬
プロポフォール(ディプリバン)
- 作用機序:GABA受容体に作用
- 薬価:2,234円/200mg20mL1筒(1%ディプリバン注-キット)
- 臨床特徴:投与後約10秒で鎮静効果、投与中止後約10分で意識回復
- ICUでの長期鎮静から手術室での全身麻酔まで幅広く使用されています
ミダゾラム
- 作用機序:ベンゾジアゼピン系麻酔・鎮静薬
- 臨床特徴:投与後10秒~2分以内に鎮静効果発現
- 注意点:依存性や離脱症状などの副作用に注意が必要
チオペンタール
- 作用機序:バルビツール酸麻酔薬で脳幹網様体賦活系を抑制
- 特徴:脂溶性が高く、反復投与により脂肪組織に蓄積しやすい
- 現在は使用頻度が減少している古典的な麻酔薬です
鎮痛薬(オピオイド系)
フェンタニル
- 種類:合成麻薬で強力な鎮痛作用を持つ
- 薬価:貼付剤では1,649.6円~9,294.8円/枚(用量により異なる)
- 適応:麻酔・鎮痛目的、術後鎮痛、ICU、緩和医療領域
- 副作用:悪心嘔吐、呼吸抑制、傾眠、掻痒感、尿閉、便秘など
レミフェンタニル
- 特徴:超短時間作用性の合成麻薬
- 用途:全身麻酔の導入・維持における鎮痛
- 重要点:全身麻酔薬の併用が必須
筋弛緩薬
ロクロニウム
- 分類:アミノステロイドの非脱分極性神経筋遮断薬
- 効果:骨格筋を弛緩する効果
- 用途:気管挿管を行いやすくするために多用される
- 副作用:効果遷延による誤嚥、呼吸抑制など
全身麻酔薬の薬価情報一覧
医療経済の観点から、全身麻酔薬の薬価情報は重要な判断材料となります。以下に主要な麻酔薬の薬価を整理しました。
吸入麻酔薬の薬価比較
薬剤名 | 先発/後発 | 薬価(円/mL) |
---|---|---|
セボフレン吸入麻酔液 | 先発品 | 27.2 |
セボフルラン吸入麻酔液「ニッコー」 | 後発品 | 25.8 |
セボフルラン吸入麻酔液「VTRS」 | 後発品 | 25.8 |
スープレン吸入麻酔液 | 先発品 | 37.8 |
イソフルラン吸入麻酔液「VTRS」 | 後発品 | 23.8 |
笑気(亜酸化窒素)の薬価
- アネスタ:2.5円/g
- マルワ亜酸化窒素:3.2円/g
- 液化亜酸化窒素:3.6円/g
- 小池笑気:3.2円/g
注射薬の薬価例
- ラボナール注射用0.3g:750円/管
- ラボナール注射用0.5g:919円/管
- イソゾール注射用0.5g:449円/瓶
フェンタニル製剤の薬価(3日用テープ)
- 2.1mg:1,649.6円/枚~1,104.8円/枚(メーカーにより差異)
- 4.2mg:2,868.4円/枚~2,092.7円/枚
- 8.4mg:5,592.9円/枚~3,694.1円/枚
- 12.6mg:7,790.6円/枚~5,643.5円/枚
- 16.8mg:9,294.8円/枚~7,405円/枚
薬価差は病院経営において重要な要素となり、同等の効果が期待できる場合は後発品の選択が推奨されます。特にセボフルランでは先発品と後発品で約1.4円/mLの差があり、使用量が多い施設では大きなコスト削減効果が期待できます。
全身麻酔薬の作用機序と分類
全身麻酔の基本概念は「鎮痛・鎮静・筋弛緩」の3つの要素から構成されています。これらの作用を理解することで適切な麻酔薬選択が可能になります。
鎮痛(Analgesia)
痛みを軽減する作用で、主にオピオイド系薬剤が担当します。手術中の侵害刺激に対する生体反応を抑制し、術後の疼痛管理にも重要な役割を果たします。
- 強力な鎮痛作用:フェンタニル、レミフェンタニル
- 補助的鎮痛作用:NSAIDs、アセトアミノフェン
- 特殊な用途:笑気(軽度の鎮痛作用)
鎮静(Sedation)
患者の意識を意図的に消失させる作用で、手術環境を整える上で最も重要な要素です。
吸入麻酔薬の特徴。
- 鎮静作用に加え、筋弛緩作用や気管支拡張作用を併せ持つ
- 笑気を除き鎮痛作用はほとんどない
- 副作用として循環抑制(血圧低下、徐脈)や呼吸抑制
静脈麻酔薬の特徴。
- 主に鎮静作用のみを持つ
- 作用発現と消失の調整が容易
- 吸入麻酔薬との併用で相乗効果を期待
筋弛緩(Muscle Relaxation)
治療中の筋肉(骨格筋)の緊張を弛緩し、力が入らない状態を作り出します。これにより術者である医師が手術しやすい環境を整えることができます。
筋弛緩薬の分類。
- 非脱分極性筋弛緩薬:ロクロニウム(最も使用頻度が高い)
- 脱分極性筋弛緩薬:スキサメトニウム(現在は使用頻度が低下)
副作用として効果遷延による誤嚥や呼吸抑制があるため、必ず気管挿管と人工呼吸器による呼吸サポートが必要となります。
作用部位による分類
- 中枢神経系作用薬:プロポフォール、ミダゾラム、チオペンタール
- 末梢神経系作用薬:筋弛緩薬
- 複合作用薬:吸入麻酔薬(中枢・末梢両方に作用)
全身麻酔薬選択における個別化医療の視点
現代の麻酔管理では、患者の個別性を考慮した麻酔薬選択が重要視されています。これは従来の画一的な麻酔管理から脱却し、患者固有の特性に基づいて最適化を図る新しいアプローチです。
患者背景別の麻酔薬選択戦略
高齢者に対する配慮。
- 薬物代謝能力の低下を考慮し、作用時間の短い薬剤を選択
- デスフルランやセボフルランは覚醒が早く、術後せん妄のリスク軽減に有効
- プロポフォールの投与量調整により循環動態への影響を最小化
小児患者における特殊性。
- セボフルランは刺激が少なく小児の導入に適している
- 体重あたりの投与量計算の精密性が成人以上に重要
- 気道の解剖学的特徴を考慮した筋弛緩薬の選択
妊娠患者への影響。
- 胎児への移行性を考慮した薬剤選択
- セボフルランは比較的安全性が高いとされる
- オピオイドの使用は最小限に抑制する傾向
併存疾患別の注意点
心疾患患者。
- 循環動態への影響が少ない薬剤の選択
- フェンタニルは心拍数への影響が比較的少ない
- デスフルランは心拍数増加作用があり注意が必要
腎機能障害患者。
- 腎排泄型薬剤の避ける必要性
- セボフルランは代謝産物が腎毒性を示す可能性
- プロポフォールは肝代謝のため比較的安全
肝機能障害患者。
- 肝代謝薬剤の投与量調整
- イソフルランは肝血流を維持する特性
- 筋弛緩薬の効果遷延に注意
薬物相互作用の考慮
抗凝固薬との併用。
- NSAIDsとの相互作用による出血リスク増加
- 区域麻酔併用時の出血合併症への配慮
慢性疼痛治療薬。
- オピオイド耐性患者における鎮痛薬増量の必要性
- ガバペンチノイド系薬剤との相互作用
コスト効果分析の重要性
同等の効果が期待できる場合。
- 後発品の積極的選択によるコスト削減
- 手術時間と薬剤コストのバランス考慮
- 術後回復室滞在時間への影響評価
長期的視点。
- 術後合併症予防による総医療費削減効果
- 患者満足度向上による医療の質向上
- スタッフの作業効率向上による人件費削減効果
エビデンスに基づく選択基準
最新の臨床研究結果を踏まえた薬剤選択が求められており、定期的なガイドライン更新への対応と、施設独自のプロトコール策定が重要となっています。特に、術後認知機能障害(POCD)の予防や、術後悪心嘔吐(PONV)の軽減など、患者のQOL向上を目指した選択基準の確立が現代麻酔学の課題となっています。
このような個別化医療の視点は、単純な薬剤一覧の暗記を超えて、患者一人ひとりに最適化された麻酔管理を実現するために不可欠な考え方として、今後ますます重要性が高まることが予想されます。