前立腺癌診療とBRCA病的バリアント治療選択

前立腺癌診療と治療選択

前立腺癌診療の基本知識

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病期による治療法の選択

前立腺癌の治療は病期によって大きく3つに分類され、早期がん、局所進行がん、転移性がんで適切な治療法が異なります。

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遺伝子変異の重要性

BRCA1/2病的バリアントの有無は治療選択と予後に大きく影響し、特にBRCA2変異保持者は高リスク前立腺癌の発症率が高いことが知られています。

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最新治療アプローチ

PARP阻害薬を含む新規治療法の登場により、特定の遺伝子変異を持つ患者に対する治療選択肢が拡大しています。

 

前立腺癌は男性に最も多く見られる悪性腫瘍の一つであり、その診療アプローチは病期や患者の状態、そして近年では遺伝子変異の有無によって大きく異なります。特にBRCA1/2病的バリアントを持つ患者の前立腺癌は、通常の前立腺癌とは異なる臨床経過をたどることが明らかになってきており、医療従事者はこれらの違いを理解した上で治療方針を決定する必要があります。

前立腺癌の治療選択は、腫瘍の進行度、PSA値、Gleasonスコアなどの病理学的特徴に基づいて行われますが、近年ではBRCA1/2などの遺伝子変異の有無も重要な判断材料となっています。本記事では、前立腺癌診療における最新の知見と、特にBRCA病的バリアントを持つ患者に対する治療アプローチについて詳細に解説します。

前立腺癌診療における病期分類と基本治療戦略

前立腺癌の治療方針は、主に病期によって大きく3つに分類されます。

  1. 転移のない早期がん(PSAが低く、悪性度も高くない場合)
    • 手術療法(前立腺全摘除術)
    • 放射線療法(外照射、小線源療法)
    • 薬物治療
    • 経過観察(PSA監視療法)
  2. 転移はないがPSAや悪性度が高い局所進行がん
    • 手術療法
    • 内分泌療法を併用した放射線療法
    • この段階では小線源療法や経過観察は一般的に推奨されない
  3. 骨転移やリンパ節転移がある進行がん
    • 内分泌療法などの薬物治療が基本

前立腺癌の治療において、限局性前立腺癌に対しては手術療法や放射線療法が根治的治療として選択されます。手術療法では、近年は腹腔鏡下手術やロボット支援下手術が主流となっており、出血量の減少や術後の痛みの軽減、尿失禁の早期改善などの利点があります。

放射線療法も技術の進歩により、周囲の健常組織への影響を最小限に抑えながら、腫瘍に対して十分な線量を照射することが可能になっています。特にIMRT(強度変調放射線治療)は、前立腺の形状に合わせて放射線を照射することで、効果的かつ副作用の少ない治療を実現しています。

前立腺癌診療とBRCA病的バリアントの関連性

BRCA1/2遺伝子の病的バリアント(変異)を持つ男性は、一般男性と比較して前立腺癌を発症するリスクが有意に高いことが明らかになっています。特にBRCA2病的バリアント保持者は、前立腺癌発症リスクが一般集団の約4.45倍に達し、悪性度の高い前立腺癌(Gleasonスコア7以上)の発症率も約5倍高いことが報告されています。

BRCA1/2病的バリアントを持つ前立腺癌患者の特徴として以下が挙げられます。

  • 予後不良の傾向がある
  • 監視療法を選択した場合、病理学的悪性度の進行リスクが高い
  • 転移性去勢抵抗性前立腺癌(mCRPC)においてBRCA2病的バリアント保持は独立した予後不良因子

これらの知見から、BRCA1/2病的バリアントを持つ患者に早期に前立腺癌が検出された場合、監視療法ではなく積極的な治療介入が推奨されています。特に、超低リスク群として通常なら監視療法の対象となるような症例でも、BRCA1/2病的バリアントを持つ場合は注意が必要です。

米国のコホート研究では、DNA修復遺伝子(BRCA1/2およびATM)の生殖細胞系列に病的バリアントを持つ前立腺癌患者は、持たない患者と比較して監視療法中にGleasonスコアが約2倍上昇し、悪性度の進行を認めたことが報告されています。このことから、これらの遺伝子変異を持つ患者では、早期の積極的治療介入が必要であることが示唆されています。

前立腺癌診療におけるPARP阻害薬の役割

PARP(ポリADPリボースポリメラーゼ)阻害薬は、DNA修復機構に関わる酵素を阻害することで、特にDNA修復遺伝子に変異を持つがん細胞に対して効果を発揮する薬剤です。前立腺癌診療において、BRCA1/2病的バリアントを持つ患者に対するPARP阻害薬の有効性が複数の臨床試験で示されています。

PROfound試験では、エンザルタミドまたはアビラテロン治療後の転移性去勢抵抗性前立腺癌(CRPCteniseikyoishinyakuzainotenkai/”>mCRPC)患者を対象に、PARP阻害薬オラパリブの有効性が検証されました。この試験では、BRCA1/2またはATM病的バリアント保持者において、オラパリブ群は対照群と比較して画像診断に基づく無増悪生存期間(rPFS)の有意な延長が示されました。この結果に基づき、日本でも2020年12月にARSI加療後のBRCA1/2病的バリアントを持つmCRPC患者に対してオラパリブが承認されています。

また、PROpel試験では、ARSI未使用のmCRPC患者を対象に、オラパリブとアビラテロンの併用療法の有効性が検討されました。この試験では、併用療法がアビラテロン単剤と比較して病勢進行または死亡リスクを34%有意に低下させることが示されました。特にBRCA1/2サブグループでは、併用療法によりrPFSとOS(全生存期間)の両方で顕著な延長が認められ、これらの結果に基づき、BRCA1/2病的バリアントを持つARSI未治療のmCRPC患者に対して、オラパリブとアビラテロンの併用療法が日本でも承認されています。

さらに、TALAPRO-2試験では、タラゾパリブとエンザルタミドの併用療法の有効性が検討され、特にBRCA1/2病的バリアントを持つ患者群では、併用療法により進行または死亡リスクが80%減少するという顕著な効果が示されました。この結果に基づき、タラゾパリブとエンザルタミドの併用もBRCA1/2病的バリアントを持つmCRPC患者に対する治療薬として日本で承認されています。

前立腺癌診療における手術療法と放射線療法の比較

限局性前立腺癌に対する根治的治療として、手術療法と放射線療法はともに標準的な選択肢です。両治療法の特徴と違いを理解することは、個々の患者に最適な治療法を選択する上で重要です。

手術療法(前立腺全摘除術)の特徴:

  • 根治性が高い(特に限局性前立腺癌において)
  • 腫瘍を完全に除去できる
  • 病理学的ステージングが可能
  • ロボット支援下手術の普及により、以下のメリットが増加
    • 出血量の減少
    • 術後疼痛の軽減
    • 尿失禁の早期改善
    • 性機能温存の可能性向上
    • 感染症などの合併症頻度の低下
  • 入院期間は約10〜14日間
  • 退院後は3〜4ヶ月ごとの外来通院でPSAチェックが必要

放射線療法の特徴:

  • 手術療法とほぼ同等の根治性
  • 非侵襲的治療(特に小線源治療は低侵襲)
  • 高齢者や合併症を持つ患者にも適応可能
  • 外照射治療(IMRT)。
    • 前立腺の形状に合わせた照射が可能
    • 周囲臓器への照射を抑えながら十分な線量を照射
    • 週5回、5〜8週間の通院が必要
  • 小線源治療。
    • 4〜5日の短期入院で実施可能
    • 社会復帰が早い
    • 低〜中リスクの前立腺癌に適応
    • 高リスク症例では内分泌療法や外照射との併用が考慮される

    BRCA1/2病的バリアントを持つ前立腺限局癌に対して、手術療法と放射線療法のどちらがより効果的かについては、現時点では前向きな比較研究は行われていません。しかし、これらの患者では悪性度の進行リスクが高いことを考慮すると、より確実な腫瘍除去と病理学的評価が可能な手術療法が選択されることが多いと考えられます。

    前立腺癌診療における筋層不均一性と治療効果の関連

    前立腺癌の治療効果を評価する上で、筋層の不均一性(heterogeneous muscle hypertrophy)は重要な要素であることが近年の研究で明らかになってきました。特に、運動トレーニング後の筋肥大の評価方法と同様に、前立腺癌治療後の組織変化も単一部位の測定では適切に評価できない可能性があります。

    2024年の研究によれば、筋肉サイズと構造の変化は、筋肉内の部位によって大きく異なることが示されています。この知見は前立腺癌の放射線治療や手術後の組織評価にも応用できる可能性があります。特に、放射線治療後の前立腺組織の変化は均一ではなく、部位によって異なる反応を示すことが考えられます。

    この不均一性を考慮すると、前立腺癌の治療効果を評価する際には、単一部位ではなく複数部位での測定が重要となります。例えば、MRIによる画像診断では、前立腺の複数の領域を評価することで、より正確な治療効果判定が可能になると考えられます。

    また、BRCA1/2病的バリアントを持つ前立腺癌患者では、腫瘍の不均一性がさらに顕著である可能性があり、治療効果の評価においてもこの点を考慮する必要があります。特に、PARP阻害薬による治療では、腫瘍内の遺伝子変異の分布によって効果が異なる可能性があるため、複数部位での評価がより重要となるでしょう。

    筋肉サイズと構造の不均一性に関する最新研究(2024年)

    前立腺癌診療における最新治療法と今後の展望

    前立腺癌診療は急速に進化しており、特に遺伝子変異を標的とした治療法の開発が進んでいます。BRCA1/2病的バリアントを持つ患者に対するPARP阻害薬の有効性が確立されたことで、個別化医療の重要性がさらに高まっています。

    現在、前立腺癌診療における最新の治療アプローチとして以下が挙げられます。

    1. PARP阻害薬とARSIの併用療法
      • オラパリブ+アビラテロン
      • タラゾパリブ+エンザルタミド
      • これらの併用療法は、特にBRCA1/2病的バリアント保持者で顕著な効果を示している
    2. FLASH放射線療法
      • 超高線量率(≥40 Gy/s)で放射線を照射する新しい技術
      • 特に骨転移の疼痛緩和に有効である可能性
      • FAST-02臨床試験では、胸部の骨転移に対するFLASH放射線療法の有効性と安全性が検討されている
    3. 液体生検による遺伝子変異モニタリング
      • 循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いた非侵襲的な遺伝子変異検査
      • 治療効果の予測や耐性機序の解明に役立つ
      • 特にBRCA1/2変異のモニタリングに有用

    今後の展望としては、以下の点が注目されています。

    • PARP阻害薬を含む併用療法の最適化:どのような患者に、どのタイミングで、どの薬剤の組み合わせが最も効果的かの解明
    • 新規バイオマーカーの開発:BRCA1/2以外のDNA修復遺伝子変異や他の分子マーカーの臨床的意義の解明
    • 免疫チェックポイント阻害薬との併用:PARP阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用による相乗効果の可能性
    • 早期介入の重要性:BRCA1/2病的バリアント保持者に対する予防的スクリーニングと早期治療介入の有効性

    特に、BRCA1/2病的バリアントを持つ患者の家族に対する遺伝カウンセリング遺伝子検査の重要性も高まっています。これらの患者の男性親族は前立腺癌のリスクが高いため、早期からの定期的なスクリーニングが推奨されます。

    前立腺癌診療は、遺伝子検査技術の進歩と標的治療の発展により、より個別化された精密医療へと進化しています。