上直筋不全麻痺と複視
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上直筋不全麻痺の症状と複視の特徴
上直筋不全麻痺は「上を見ようとしたときに上転が弱い」ことが核になりますが、実臨床では“どの方向で複視が増悪するか”を言語化できない患者も多く、問診だけで局在を決め切らない姿勢が重要です。
複視が両眼性か単眼性かは最初に切り分けます。片眼遮閉で複視が消えるなら、外眼筋麻痺や眼球運動神経障害など「両眼性複視」を疑い、眼位・眼球運動の評価に進みます。
上直筋は動眼神経支配で、動眼神経の障害では上直筋だけでなく内直筋・下直筋・下斜筋、さらに上眼瞼挙筋(眼瞼下垂)や瞳孔(散大・対光反射)まで巻き込むことがあります。
ただし「不全麻痺」では、上転制限が軽度で、正面視での複視が目立たない一方、上方視や疲労時に訴えが増えるなど、生活場面に依存した表現になりやすい点が落とし穴です。
また麻痺性斜視では、麻痺筋が作用する方向で眼位ずれが最大になり、その方向で複視が強くなるため、患者が頭位を工夫して楽な向きを探すことがあります。
ここで注意したいのは、「上転しにくい=上直筋」ではないことです。上転には上直筋だけでなく下斜筋も関与し、さらに眼球の内転・外転位置で主働筋の関係が変わるため、単純な印象だけで筋を断定すると誤ります。
眼位ずれが小さい不全麻痺ほど、患者は“見え方の違和感”“目の使いづらさ”“ピントが合わない感じ”と表現し、複視と気づかないこともあります。医療従事者側が「複視かどうか」を具体的な生活動作(車の白線、スマホ文字、階段、棚の上の物)で確認すると情報が揃います。
上直筋不全麻痺の診断と眼球運動検査
診断は、①複視の性状(両眼性/単眼性、方向、増悪方向)②眼球運動の制限の有無③眼瞼下垂・瞳孔所見④随伴症状(頭痛、眼窩痛、神経症状)を同時に積み上げていきます。両眼性複視の基本として、まず片眼遮閉で複視が消えることを確認し、次に「複視が最も強い方向」から関与神経を推定します。
眼球運動は“ざっくり上下左右”ではなく、可能なら次の手順で評価すると再現性が上がります。
・👁️ 9方向眼位:正面+上下左右+斜め方向で眼位ずれの変化を確認
・🔍 片眼ずつの可動域:共同運動だけでなく、片眼運動で“制限される眼”を把握
・🧪 頭位変化:頭部傾斜などで上下斜視が変化するか(斜筋麻痺の示唆)
麻痺性斜視では、麻痺筋が作用する方向でずれが最大になる、という原則が鑑別の軸になります。
さらに、動眼神経領域を疑うなら瞳孔所見が分岐点になります。瞳孔異常(散大、対光反射低下)や強い頭痛を伴う場合、動脈瘤など生命に関わる原因の可能性があり、緊急でCT/MRIや脳血管評価が必要になり得ます。
一方、糖尿病など微小血管障害による動眼神経麻痺では、瞳孔が保たれやすい(瞳孔不同が目立たない)特徴があり、時間経過で軽快することがある、と整理しておくと説明がスムーズです。
不全麻痺の難しさは、眼球運動制限が軽いと「動きはある」ために見逃されやすい点です。軽度の上転障害でも、患者にとっては読書やデスクワーク、遠近切替で強い負担になります。訴えが軽いからといって“様子見だけ”にせず、神経症状や頭痛の有無、発症様式(急性/亜急性/慢性)を必ず添えて判断します。
上直筋不全麻痺の原因と動眼神経麻痺
上直筋不全麻痺という表現は、臨床的には「上直筋の働きが落ちているように見える状態」を指しますが、実際の原因は大きく分けて“動眼神経(中枢〜末梢)”と“眼窩・筋肉側(機械的制限を含む)”の両方を想定する必要があります。
日本弱視斜視学会の解説でも、動眼神経麻痺の原因として動脈瘤(内頸動脈-後交通動脈分岐部)が重要で、瞳孔異常を伴う場合は緊急性が高いことが述べられています。
動眼神経麻痺では、複視だけでなく眼球運動障害、眼瞼下垂、瞳孔散大などが組み合わさり、障害部位で症状が変わります。
特に“頭痛を伴う片側性の全動眼神経麻痺が急速に発症する”パターンは動脈瘤が原因である可能性があるため、眼科初診でも「危険な複視」をまず除外する思考が安全です。
一方で瞳孔が正常でも安心はできません。瞳孔異常がない場合は糖尿病・高血圧など虚血性の原因が多い、とされますが、脳梗塞、脱髄、腫瘍、海綿静脈洞の炎症なども鑑別に挙がります。
さらに、複視や眼瞼下垂に日内変動がある場合は重症筋無力症との鑑別が必要、という点は非常に実用的です。
「朝はよいが夕方悪い」「休むと一時的に改善」「眼位が診察のたびに揺れる」という情報は、画像より先に診断の方向性を変えます。
原因検索の実務としては、次の“分岐点”をチームで共有すると現場が回りやすくなります。
・🚑 緊急:強い頭痛、意識症状、瞳孔異常、急速進行(当日〜数日)
・🧠 神経内科連携:日内変動、他の筋力低下、易疲労(重症筋無力症疑い)
・👁️ 眼窩/眼科領域:眼球突出、眼瞼腫脹、甲状腺疾患の既往(甲状腺眼症など)
上直筋不全麻痺の鑑別と麻痺性斜視
鑑別の出発点は、「上直筋だけが悪いのか」「動眼神経の一部として上直筋が弱いのか」「そもそも神経麻痺ではなく機械的制限か」を整理することです。
麻痺性斜視では突然の複視が特徴で、命に関わる疾患が隠れていることがあるため、複視を自覚したら早期受診が推奨されています。
臨床で紛らわしいのは、垂直複視=動眼神経、斜め=滑車神経、水平=外転神経…という“目安”は有用でも、混合や代償で典型から外れる例が多い点です。
動眼神経麻痺では外向き以外(上・下・内)で複視が出やすく、上直筋・下直筋・内直筋などが障害されますが、どの筋がどれくらい落ちているかで複視の方向は変化します。
また複数脳神経麻痺を示す場合は、海綿静脈洞や眼窩先端部など解剖学的に神経が近接する部位の病変を考える、という整理は紹介先選定にも直結します。
鑑別で実用的な観点を箇条書きにします。
・🧠 動眼神経麻痺:眼瞼下垂、瞳孔散大、上転/内転/下転障害の組み合わせが手がかり。
・🧪 重症筋無力症:複視・眼瞼下垂の日内変動、検査ごとに所見が変わる。
・🧿 甲状腺眼症:外眼筋腫大で眼球運動障害、特に下直筋腫大による上転障害が多い。
・🧱 眼窩の機械的制限:外傷(眼窩底骨折など)で筋や脂肪の嵌頓があると“動かしたくても動かない”。
“意外に見落とされる”ポイントとして、複視の患者は「疲れると目をつむる」「片眼を押さえる」「頭位を固定する」などの自己対処をすでに獲得して来院することがあります。こうした代償があると診察室での複視の訴えが薄れ、眼位ずれの評価が遅れます。問診で「無意識にしている工夫」を拾うと、麻痺性斜視の可能性を引き上げられます。
上直筋不全麻痺の治療と経過観察(独自視点:現場の説明設計)
治療は「原因疾患の治療が第一」で、麻痺性斜視の枠組みでは、外傷・血管性・ウイルス性などで自然軽快の可能性があるため、複視対策をしながら経過を見る考え方が基本になります。
日本弱視斜視学会の記載では、発症から6か月経っても複視が続く場合、正面視で複視がなくなることを目標に斜視手術を検討する、という時間軸が示されています。
ただし、実情として麻痺性斜視の手術は難しいことが多い、という点も明言されており、早期から「治療のゴール設定」を共有することが大切です。
ここからは検索上位があまり書かない“説明設計”の話です。上直筋不全麻痺は、患者にとって「見え方の不安」と「原因の不安」が混在しやすいので、説明を3層に分けるとクレームと受診中断が減ります。
・①安全確認(最重要):命に関わる原因が隠れていないかを評価する(必要なら画像・紹介)。
・②症状対策:当面の複視対策(遮閉、プリズム等の考え方)で生活を守る。
・③時間軸:自然経過で改善する可能性と、6か月程度の節目で手術検討が出ることを先に伝える。
また、医療従事者同士の連携では「眼科で何を言って、脳外科・神経内科へ何を渡すか」をテンプレ化すると強いです。紹介状には、最低限次を入れると評価が早くなります。
・🧾 発症時期(何日前か)、急性か進行性か
・👁️ 眼瞼下垂と瞳孔(散大・左右差・対光反射)
・🧭 どの方向で複視が最大か、頭位で軽減するか
・🩺 日内変動・易疲労の有無(重症筋無力症の示唆)
参考:麻痺性斜視の原因・症状・診断・治療(緊急の画像検査、重症筋無力症との鑑別、6か月の治療方針)
参考:複視の基本的な見方(片眼遮閉での切り分け、動眼神経麻痺の危険所見、外眼筋の作用と眼位)