てんかん重積と治療
てんかん重積状態は、単なる長引く発作ではなく、緊急対応が必要な神経学的緊急事態です。国際抗てんかん連盟(ILAE)の2015年の定義によると、「発作停止機構の破綻、あるいは異常に遷延する発作を引き起こす機構が惹起された状態」とされています。時間的な目安としては、発作が5分以上続けば治療を開始すべきであり、30分以上続くと脳に重大な損傷を生じ、長期的な後遺症が残る可能性が高まります。
てんかん重積状態は、適切な治療が行われなければ、脳の永続的な損傷や最悪の場合は死亡につながる可能性もある深刻な状態です。そのため、医療従事者はてんかん重積状態の迅速な認識と適切な治療プロトコルの実施が求められます。
てんかん重積の定義と診断基準
てんかん重積状態の定義は時代とともに進化してきました。従来は「発作がある程度の長さ以上に続くか、または短い発作でも反復し、その間の意識の回復がないもの」(ILAE、1981年)と定義されていました。現在の定義では、時間的要素がより明確になり、けいれん発作が5分以上持続すれば治療を開始すべきとされています。
診断基準としては、以下のポイントが重要です。
- 発作持続時間:5分以上の持続または短い発作の反復
- 意識状態:発作間の意識回復の有無
- 発作型:けいれん性か非けいれん性か
- 脳波所見:可能であれば脳波による確認
特に非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)は、明らかな痙攣がなく見過ごされやすいため、意識障害や行動変化がある患者では積極的に疑う必要があります。診断には脳波検査が不可欠で、持続的な脳波モニタリングが理想的です。
てんかん重積状態の診断は臨床症状と脳波所見を組み合わせて行われますが、迅速な治療開始のためには、臨床的に強く疑われる時点で治療を開始することが推奨されています。
てんかん重積の発作メカニズムと病態生理
てんかん発作は、脳内の神経細胞(ニューロン)の異常な電気活動によって引き起こされます。通常の状態では、脳内の「興奮系」と「抑制系」の神経伝達がバランスを保っていますが、このバランスが崩れると発作が生じます。
てんかん重積状態における病態生理は以下のように説明できます。
- 初期段階(0~30分)。
- GABA受容体(抑制性)の内在化による抑制機能の低下
- グルタミン酸受容体(興奮性)の増加による興奮性の亢進
- 自己持続的な発作活動の確立
- 中期段階(30分~数時間)。
- ミトコンドリア機能不全と細胞内カルシウム濃度の上昇
- 神経細胞の代謝需要増加と酸素・グルコース消費の増加
- 脳血流の増加(初期)から減少(後期)への移行
- 後期段階(数時間以降)。
- 炎症性サイトカインの放出と神経炎症の惹起
- 血液脳関門の破綻と脳浮腫の形成
- 興奮毒性による神経細胞死の進行
このような病態生理学的変化により、時間経過とともに抗てんかん薬への反応性が低下し、治療抵抗性となっていきます。そのため、早期の治療介入が極めて重要となります。
特に注目すべきは、発作が長引くほど神経細胞死のリスクが高まるだけでなく、GABA受容体の内在化により、ベンゾジアゼピン系薬剤の効果が減弱することです。これが、てんかん重積状態が長引くほど治療が困難になる主要な理由の一つとなっています。
てんかん重積の治療薬と投与プロトコル
てんかん重積状態の治療は段階的アプローチが基本であり、迅速かつ適切な薬剤選択が予後を左右します。治療は一般的に以下の段階で進められます。
第1段階(初期治療):ベンゾジアゼピン系薬剤
- ジアゼパム:0.15-0.2mg/kg IV(最大10mg)、静注速度は2-5mg/分
- ミダゾラム:0.1-0.2mg/kg IV/IM(最大10mg)
- ロラゼパム:0.1mg/kg IV(最大4mg)、静注速度は2mg/分(日本では未承認)
ベンゾジアゼピン系薬剤は、GABA-A受容体に作用して抑制性神経伝達を増強します。静脈路確保が困難な場合は、ミダゾラムの筋注やブコラム(ミダゾラム頬粘膜投与製剤)の使用も考慮されます。
第2段階(二次治療):
- ホスフェニトイン:20mgPE/kg IV(最大1500mgPE)、投与速度は最大150mgPE/分
- フェノバルビタール:15-20mg/kg IV、投与速度は50-100mg/分
- レベチラセタム:30-60mg/kg IV(最大4500mg)(日本では適応外)
- バルプロ酸ナトリウム:20-40mg/kg IV(最大3000mg)
第2段階の薬剤選択は、患者の基礎疾患や併用薬を考慮して行います。例えば、肝機能障害がある場合はバルプロ酸を避け、心疾患がある場合はフェニトインの使用に注意が必要です。
第3段階(難治性てんかん重積状態):全身麻酔薬
- プロポフォール:1-2mg/kg負荷量後、2-10mg/kg/時で持続投与
- ミダゾラム:0.2mg/kg負荷量後、0.05-0.5mg/kg/時で持続投与
- チオペンタール:3-5mg/kg負荷量後、3-5mg/kg/時で持続投与
難治性てんかん重積状態(第1・第2段階の治療で発作が止まらない場合)では、人工呼吸管理下での全身麻酔薬による治療が必要となります。この段階では持続脳波モニタリングが理想的で、発作波の消失を目標とします。
治療プロトコルの実施においては、薬剤投与のタイミングも重要です。第1段階の薬剤で発作が止まらない場合、5-10分以内に第2段階の治療に移行すべきとされています。また、薬剤投与と並行して、低血糖やビタミンB1欠乏などの代謝性要因の検索と治療も行います。
てんかん重積の予後予測と評価スコア
てんかん重積状態の予後は、様々な因子によって影響を受けます。予後を予測するためのスコアリングシステムがいくつか開発されており、臨床現場での意思決定に役立てられています。
主な予後予測スコア
- STESS(Status Epilepticus Severity Score)
- 意識状態、発作型、年齢、発作の既往を評価
- スコア≧3点で死亡リスク増加(感度81%、特異度64%)
- 簡便で臨床現場での使用が容易
- mSTESS(modified STESS)
- STESSにmRS(modified Rankin Scale)を追加
- スコアが高いほど死亡率が上昇(0-2点:3.6%、3-4点:22.5%、≧4点:58.3%)
- EMSE(Epidemiology-based Mortality Score in Status Epilepticus)
- 発作の原因、併存疾患、年齢、脳波所見を評価
- より詳細な評価が可能だが、計算が煩雑
- END-IT
- 脳炎、NCSE、ジアゼパム抵抗性、画像所見、気管切開の有無を評価
- 神経学的機能予後の予測に特化(スコア≧3点で機能予後不良の感度83.9%、特異度68.6%)
これらのスコアリングシステムは予後予測に有用ですが、いずれも完全ではなく、特に発作の原因(etiology)が最も重要な予後因子であることに注意が必要です。
予後に影響を与える主な因子
- 発作の原因:急性症候性(特に低酸素脳症、脳炎)は予後不良
- 年齢:高齢者(70歳以上)は予後不良
- 発作持続時間:30分以上の持続で予後悪化
- 意識状態:昏睡状態は予後不良
- 治療反応性:初期治療への抵抗性は予後不良
- 併存疾患:基礎疾患の重症度も予後に影響
特筆すべきは、てんかん重積状態の死亡率は過去数十年間で大きく改善していないという点です。1990年から2017年までのシステマティックレビュー/メタアナリシスによると、成人のてんかん重積状態の死亡率は約15.9%で、難治性てんかん重積状態では17.3%と報告されています。この死亡率の改善がない主な理由として、発作の原因疾患自体の重症度が大きく影響していると考えられています。
てんかん重積の病院前救急対応と早期介入
てんかん重積状態の治療成功率は時間経過とともに低下するため、病院到着前からの早期介入が予後改善に重要です。日本と海外では救急医療システムの違いがあり、対応にも差異があります。
日本における現状と課題
日本のてんかん重積状態に対する救急対応は、主に病院到着後に開始されます。一般的な治療フローは以下の通りです。
- ビタミンB1、グルコース投与(代謝性原因の除外)
- ジアゼパム静注(第1段階治療)
- フェニトイン/ホスフェニトイン静注(第2段階治療)
- 全身麻酔療法(プロポフォール、チオペンタールなど)
日本の救命救急士は、医療行為の範囲に制限があり、抗てんかん薬の投与は行えません。そのため、発作発症から有効な治療開始までに時間がかかるという課題があります。
海外における先進的取り組み
米国では、病院前救急医療の一環として、パラメディック(救急医療隊員)による抗てんかん薬投与が行われています。特に注目すべき研究として、ミダゾラム筋注とロラゼパム静注の有効性を比較した臨床試験があります。
- 成人および小児(13kg以上)を対象とした二重盲検・非劣性試験
- パラメディックによるミダゾラム10mgの筋注とロラゼパム4mgの静注を比較
- 結果:ミダゾラム筋注はロラゼパム静注に非劣性であることが示された
この研究は、静脈路確保が困難な病院前の状況では、ミダゾラムの筋注が有効な選択肢となることを示しています。
早期介入の重要性と今後の展望
てんかん重積状態は時間経過とともに治療抵抗性となるため、発症から5分以内の治療開始が理想的です。早期介入のメリットは。
- 神経細胞障害の最小化
- 治療成功率の向上
- 入院期間の短縮
- 長期的な神経学的予後の改善
日本においても、救急医療システムの改革や、家族・介護者による発作時の対応改善(レスキュー薬の適切な使用など)が今後の課題となっています。特に、てんかん患者とその家族への教育、学校や職場での適切な対応方法の普及が重要です。
てんかん重積状態に対する病院前救急対応の改善は、予後向上に直結する重要な課題であり、医療システムの整備と一般市民への啓発の両面からのアプローチが必要です。
てんかん重積の長期予後と神経学的後遺症
てんかん重積状態は適切に治療されても、長期的な神経学的後遺症を残す可能性があります。特に、発作持続時間が長いほど、また原因疾患によっては、予後が不良となることが知られています。
長期予後に関する最新知見
てんかん重積状態の長期予後については、生命予後と機能予後の両面から評価する必要があります。
- 生命予後。
- 成人てんかん重積状態の死亡率は約15-20%と報告されている
- 難治性てんかん重積状態では死亡率がさらに上昇(約30-50%)
- 過去数十年間で死亡率の有意な改善は見られていない
- 神経学的機能予後。
- 約10-20%の患者が新たな神経学的後遺症を発症
- 約20-40%の患者で認知機能障害が残存
- 約20-30%の患者で新規てんかんが発症
特に注目すべきは、てんかん重積状態の生命予後が過去数十年間で改善していない点です。これは、治療法の進歩にもかかわらず、発作の原因疾