タミバロテン多発性嚢胞腎治験の進捗状況
白血病治療薬が腎臓病にも効くかもしれません。
タミバロテン治験の開始背景とiPS創薬
リジェネフロ株式会社は、2023年12月より常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)患者を対象とした前期第二相臨床試験を開始しました。この治験は、京都大学iPS細胞研究所の長船健二教授らの研究グループが、iPS細胞から作製した腎集合管オルガノイドを用いて発見した治療薬候補に基づくものです。従来のADPKD治療薬開発では多くの候補が臨床試験で失敗してきましたが、iPS創薬という新しいアプローチが注目されています。
オルガノイドとは、試験管内で三次元的に作製された小さな臓器のことを指します。研究グループは、このオルガノイド技術を活用して、嚢胞形成を強力に抑制する薬剤の候補として、レチノイン酸受容体(RAR)作動薬を同定することに成功しました。その治療効果は複数のADPKDマウスモデルで確認され、臨床応用への道が開かれたのです。
これがiPS創薬の基本です。
タミバロテンは、アムノレイク錠2mgという商品名で、再発・難治性の急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として日本で既に承認されています。既承認薬であるため、長期臨床試験に必要な非臨床毒性試験は実施済みです。さらに、APL以外にも非小細胞肺癌、骨髄異形成症候群、急性骨髄性白血病、膵臓がん、ループス腎炎、クローン病、アルツハイマー病等、多種多様な適応症の臨床試験が実施中または完了しており、ヒトに対する投与経験が豊富です。安全性プロファイルは確立されているといえます。
京都大学iPS細胞研究所の前伸一特定拠点講師および長船健二教授の研究成果を基に設立されたリジェネフロは、2019年創業の京大発スタートアップです。腎臓を中心に肝臓、膵臓に関わる疾病の治療薬を開発しており、今回のタミバロテン治験は同社にとって重要なマイルストーンとなっています。
京都大学iPS細胞研究所のプレスリリースで、iPS創薬によるタミバロテン発見の詳細な経緯と研究背景が説明されています
タミバロテン治験の臨床試験デザインと用量設定
前期第二相臨床試験は、プラセボ対照、単盲検試験として設計されています。目標症例数は70名で、タミバロテン4mgまたはプラセボを1日1回、52週間経口投与します。
この用量設定には科学的根拠があります。
複数のマウスモデル実験で同定した臨床試験の用量は4mg/dayです。この用量での安全性が確認できていると考えられることから、追加の非臨床毒性試験や第一相臨床試験を新たに実施することなく、ADPKD患者を対象とした臨床試験を実施することは妥当であると判断されました。医薬品医療機器総合機構(PMDA)の対面助言を経て試験計画を最終化しています。
アルツハイマー型認知症患者を対象とした医師主導臨床試験では、APL治療よりも低用量のタミバロテン4mgを1日1回24週間経口投与した結果、死亡例ならびにタミバロテンとの関連性が否定できない重篤な有害事象は報告されていません。タミバロテンの忍容性ならびに安全性に問題は認められませんでした。
つまり、安全性は確認済みです。
試験は2段階に分かれており、第1段階をPKフェーズ、第2段階をRandomizationフェーズと呼びます。PKフェーズでは少数例で投与後8週間までの安全性・忍容性を効果安全性評価委員会が確認し、問題がなければRandomizationフェーズの被験者リクルートを開始する計画でした。実際に2024年4月中旬以降からRandomizationフェーズの被験者募集が再開され、2025年2月時点で被験者リクルートは完了しています。
ADPKD患者へのタミバロテン投与は今回の臨床試験が最初であることから、段階的な被験者のリクルート、定期的な効果安全性評価委員会による第三者的な安全性のモニタリングの実施、治験薬の減量・中止基準、治験全体の中止基準など、種々の安全対策が設定されました。これにより患者の安全確保が最優先されています。
厚生労働省の臨床研究等提出・公開システム(jRCT)で、治験の詳細な実施計画と進捗状況を確認できます
タミバロテン治験の対象患者と選択基準
この臨床試験の対象となるのは、急速進行群に分類されるADPKD患者です。主な選択基準には、国際基準によりADPKDと診断された患者さんで、Mayoクラス分類のClass 1C、1D、1Eに該当することが含まれます。
Mayoクラス分類は、2015年の報告以降、世界各国で使われるようになったADPKDのリスク分類です。年齢とHtTKV(身長で補正した総腎容積)からClass 1A~1Eまで5群に分ける分類方法で、このクラス分類によってその後のeGFR低下速度が有意に異なり、各グループでは何年後に末期腎不全に至るか予測することが可能です。Class 1C、1D、1Eは急速進行群とされています。
年齢は26歳以上55歳以下で、推算糸球体濾過量(eGFR)値が60mL/min/1.73㎡以上の患者が対象です。さらに、トルバプタンによる治療が困難と判断された患者、もしくはトルバプタンによる治療を希望しない患者も含まれます。Body Mass Index(BMI)は30以下、収縮期血圧が140mmHg以下かつ拡張期血圧が90mmHg以下という基準も設けられました。
ADPKDは、両側の腎臓に多数の嚢胞が次第に発生・増大して、徐々に腎機能障害が進行する最も頻度の高い遺伝性嚢胞性腎疾患です。日本では3,000~7,000人に1人がADPKD患者と考えられており、日本国内での推定患者数は約31,000人と推測されています。腎臓以外にも、肝臓や膵臓などに嚢胞が生じることがあり、全身の血管にも異常があるため、高血圧、脳動脈瘤、心臓の弁異常を伴う頻度が高いことが分かっています。
ADPKDでは、70歳までに約半数の患者が末期腎不全に至り、人工透析や腎移植が必要となります。40歳頃から糸球体濾過値が低下し始め、その低下速度は平均5ml/min/年で、腎機能が低下し始めると比較的速いのが特徴です。このため早期診断と適切な治療介入が重要となります。
治験実施施設は、順天堂大学医学部附属順天堂医院、京都大学医学部附属病院など、国内複数施設で行われています。多施設共同研究により、より多くの患者データを集積し、治療薬の有効性と安全性を評価する体制が整えられました。
タミバロテンのメカニズムとトルバプタンとの違い
タミバロテンは合成レチノイドであり、レチノイン酸受容体(RAR)に作用し、嚢胞増大及び腎線維化に関与する複数のシグナルを抑制するメカニズムを持ちます。既存のADPKD治療薬であるトルバプタン(サムスカ)とは作用機序が全く異なるため、新たな治療選択肢として期待されています。
トルバプタンは、腎集合管で特異的に発現するアルギニン・バソプレシン2型受容体(AVPR2)の拮抗阻害剤です。腎集合管でのバソプレシンによる水再吸収を阻害することで水利尿作用を示すため、1日に多量の飲水が必要という大きな課題があります。患者は1日2.5~4Lもの水分摂取が推奨され、それに伴い頻回の排尿が必要となるため、日常生活や仕事に支障をきたすことが少なくありません。
QOLが低下します。
トルバプタン投与時は、急激な水利尿から脱水症状や高ナトリウム血症を来し、意識障害に至った症例も報告されています。特に投与初期や漸増期において、本剤の効果が強く出た結果、急激な水利尿により高ナトリウム血症や脱水症状を引き起こすおそれがあります。このため血清ナトリウム濃度の定期的な測定が必要であり、医療従事者による慎重なモニタリングが求められます。
一方、タミバロテンは多量の飲水が必要ないため、ADPKD治療におけるQuality of Lifeを改善することが期待されています。
これは患者にとって大きなメリットです。
RAR作動薬としての作用により、嚢胞形成を根本的に抑制し腎機能を改善する効果が見込まれています。iPS細胞由来の腎集合管オルガノイドを用いた実験では、嚢胞形成を強力に抑制する効果が確認されました。
タミバロテンの作用メカニズムは、レチノイン酸受容体を介した遺伝子発現の調節にあります。レチノイン酸は細胞の分化や増殖に関与する重要な分子であり、RAR作動薬はこの経路を活性化することで、異常な細胞増殖を抑制し、正常な細胞機能を回復させる可能性があります。ADPKDの病態形成に関わる複数のシグナル伝達経路に作用することで、包括的な治療効果を発揮すると考えられています。
トルバプタンの上市以降、世界各国の製薬企業が新規ADPKD治療薬の開発を行ってきましたが、日本、米国、欧州のいずれにおいても承認された薬剤は未だトルバプタンのみです。数多くの開発品の臨床試験が実施されましたが、現在までのところヒトにおける有効性ならびに安全性が検証できた薬剤はありませんでした。これらの薬剤のADPKDにおける開発は既に中止されているものがほとんどです。
新たな治療選択肢が強く望まれています。
リジェネフロの公式発表で、タミバロテンが希少疾病用医薬品指定を受けた経緯と、トルバプタンとの作用機序の違いが詳しく説明されています
タミバロテン治験の有効性評価項目と期待される効果
前期第二相臨床試験における主な有効性の評価項目は、総腎容積、総肝容積、腎機能(eGFR)です。これらの指標により、タミバロテンがADPKDの進行を抑制できるかを多角的に評価します。
総腎容積(TKV)は、ADPKDの進行を評価する上で最も重要な指標の一つです。嚢胞が増大することで腎臓全体の容積が増加し、正常な腎組織が圧迫されて腎機能が低下します。臨床試験では、中央検査機関の読影者によってTKVが確認され、1年あたりの両腎容積の変化率を測定します。トルバプタンの臨床試験では、1年あたりの両腎容積の変化率を2.7%減少させる効果が確認されており、タミバロテンでも同等以上の効果が期待されています。
総肝容積も評価項目に含まれているのは、ADPKDでは腎臓以外にも肝臓に嚢胞が形成されることが多いためです。肝嚢胞は腎嚢胞ほど腎機能に直接影響しませんが、巨大化すると腹部膨満感や圧迫症状を引き起こし、患者のQOLを著しく低下させます。タミバロテンが肝嚢胞の増大も抑制できれば、包括的な治療効果が期待できます。
腎機能の指標である推算糸球体濾過量(eGFR)は、腎臓がどれだけ効率的に老廃物をろ過できているかを示す数値です。ADPKDでは、eGFRが徐々に低下していき、60mL/min/1.73㎡未満になると慢性腎臓病のステージ3と診断されます。臨床試験では、eGFRの低下速度を抑制できるかが重要な評価ポイントとなります。
京都大学iPS細胞研究所の研究では、ADPKDマウスモデルにRAR作動薬を投与したところ、嚢胞形成が強力に抑制され、腎機能が改善することが確認されました。この非臨床試験の結果が、今回の臨床試験の科学的根拠となっています。動物実験での成功を人間でも再現できるかが焦点です。
本臨床試験において有効性が確認されれば、パートナーとなる製薬企業と提携を結び、グローバル臨床試験に進む予定です。日本での成功例をもとに、欧米やアジア諸国でも大規模な第三相臨床試験が実施され、最終的には世界中のADPKD患者に新たな治療選択肢を提供することが目標とされています。タミバロテンが日本およびグローバルでADPKD治療薬として上市されれば、ADPKD治療におけるQuality of Lifeを改善することが期待されます。
RN-014(タミバロテンの開発コード)は、現在ADPKD患者を対象とした開発中の薬剤の中で最も開発ステージが進んでいます。PKD Cure財団(米国の多発性嚢胞腎研究支援団体)のパイプライン情報によると、他の候補薬は前臨床段階または第一相試験段階にとどまっており、タミバロテンの前期第二相試験は最先端の取り組みといえます。
タミバロテン治験における医療従事者の役割と今後の展望
医療従事者は、ADPKD患者に対してタミバロテン治験の情報を提供し、参加を検討する際の適切なガイダンスを行う重要な役割を担っています。治験参加の意思決定には、患者の病態、進行リスク、既存治療への反応、生活環境など、多様な要素を総合的に考慮する必要があります。
Mayoクラス分類によるリスク評価は、治験参加の適格性判断において重要な指標です。Class 1C、1D、1Eに該当する急速進行群の患者は、積極的な治療介入が必要とされるため、新規治療薬の治験参加を検討する価値が高いといえます。一方で、Class 1A、1Bの緩徐進行群では、既存治療の継続が適切な場合もあります。
個々の状況を評価します。
トルバプタン治療が困難な患者や、治療を希望しない患者に対して、タミバロテン治験は新たな選択肢となります。多量の飲水が職業上困難な患者、頻尿による生活の質の低下が著しい患者、高ナトリウム血症のリスクが高い患者などが該当します。医療従事者は、患者のライフスタイルや価値観を理解し、最適な治療選択をサポートすることが求められます。
治験参加中の患者モニタリングでは、定期的なeGFR測定、総腎容積の画像評価、血液検査による肝機能・腎機能のチェックが必須です。タミバロテンは既承認薬であるため重篤な副作用のリスクは低いと考えられますが、APL治療では高用量投与時に分化症候群などの重大な副作用が報告されているため、注意深い観察が必要です。
異変があれば報告します。
iPS創薬の成功例として、タミバロテン治験は今後の難病治療開発に大きな影響を与える可能性があります。iPS細胞から作製したオルガノイドを用いた病態モデルにより、従来の動物実験では評価が困難だった疾患メカニズムの解明や薬剤スクリーニングが可能となりました。この手法は、他の希少疾患や難治性疾患の創薬にも応用できると期待されています。
リジェネフロは、ADPKDをはじめとする腎臓、肝臓、膵臓領域の複数の難病に対するiPS創薬を推進しています。同社は2024年10月に25億円のシリーズB資金調達を完了し、タミバロテン開発の加速化とパイプラインの拡充を進めています。三井化学など大手企業からの支援も受けており、産学連携による創薬開発のモデルケースとなっています。
2025年6月には、タミバロテンが常染色体顕性(優性)多発性嚢胞腎に対して「希少疾病用医薬品」の指定を受けました。この指定により、優先的な審査や開発支援が受けられるため、承認までの期間短縮が期待されます。医療従事者は、この動向を注視し、患者への情報提供を継続することが重要です。
最新情報を追います。
グローバル展開を見据えた場合、日本での治験成功が世界中のADPKD患者に希望をもたらします。トルバプタン以外の選択肢がない現状において、作用機序の異なる新規治療薬の登場は、医療現場に大きな変革をもたらす可能性があります。医療従事者は、エビデンスに基づいた治療選択を行い、患者の予後改善とQOL向上に貢献することが期待されています。