多毛症の原因について
多毛症の分類と発症メカニズム
多毛症(hypertrichosis)は、年齢・性別・民族的特性から通常想定される以上の体毛が、性毛を生じる部位以外に見られる状態を指します。この状態は体毛の過剰な長さや密度として現れ、毛質も毳毛(うぶげ)、軟毛、終毛(太く色素の多い毛)とさまざまです。
多毛症は大きく分けて先天性と後天性に分類されます。
- 先天性多毛症:生まれつき発症する稀な状態
- 単独で発症する場合と他の症候群の一部として発症する場合がある
- 染色体異常や遺伝子変異が原因となることが多い
- 後天性多毛症:生後に発症する比較的頻度の高い状態
- 薬剤の副作用、代謝・内分泌疾患、栄養障害などが原因
- 全身性と限局性に分けられる
多毛症に至る生理学的メカニズムには主に二つの経路があります。
- 毛の質的変化:通常は軟毛が生える皮膚領域が、終毛が生える領域へと変化する過程。通常は思春期に脇の下や鼠径部で起こる変化が、他の部位でも起こることで多毛症が生じます。
- 毛成長周期の変化:毛の成長には成長期(発毛)、退行期(毛包の細胞死)、休止期(脱毛)の3段階があり、成長期が異常に促進されると過剰な体毛が生じます。
多毛症と男性型多毛症の原因の違い
多毛症と混同されやすい状態に「男性型多毛症(hirsutism)」があります。これらは異なる病態であり、原因も異なります。
男性型多毛症の主な原因。
- アンドロゲン(男性ホルモン)の過剰分泌や標的組織の感受性亢進
- 多嚢胞性卵巣症候群(最も頻度が高い)
- 副腎疾患(副腎腫瘍、先天性または遅発性副腎過形成)
- 卵巣疾患(卵巣の卵胞膜細胞増殖症など)
- 下垂体疾患(高プロラクチン血症を引き起こす薬剤など)
- アンドロゲン薬(タンパク同化ステロイドなど)
- 家族性男性型多毛症
一方、多毛症の主な原因はアンドロゲンと無関係なものが多く、以下のようなものがあります。
- 薬剤(抗けいれん薬、ステロイド、シクロスポリン、インターフェロンαなど)
- 低栄養状態(拒食症、神経性無食欲症など)
- 皮膚筋炎などの自己免疫疾患
- 感染症
- 代謝性疾患(ムコ多糖症、先天性ポルフィリン症など)
- 卵巣・副腎腫瘍
この違いを理解することは、適切な診断と治療方針の決定に重要です。
多毛症の遺伝的原因と染色体異常
先天性多毛症の中には、特定の遺伝子変異や染色体異常が原因となるものがあります。主な遺伝性多毛症には以下のようなタイプがあります。
毳毛性多毛症。
- 8番染色体q22領域の偏動原体逆位が原因とされる
- 自発的突然変異による場合もある
- 常染色体優性遺伝形式をとる皮膚疾患
汎発性多毛症。
- X染色体のXq24-27.1領域と関連
- 優性遺伝形式をとる
- 罹患女性は50%の確率で子に遺伝子を伝える
- 罹患男性は娘に必ず遺伝するが、息子には遺伝しない
汎発性終毛性多毛症。
- 17番染色体に何百万ものヌクレオチドの挿入または欠失が生じることで発症
- MAP2K6遺伝子が関与している可能性
- 遺伝子の転写に影響する染色体変異も原因となりうる
これらの遺伝的要因による多毛症は比較的稀ですが、家族内での発症パターンを理解することで、遺伝カウンセリングや将来の治療法開発に役立つ情報が得られます。
多毛症の薬剤性原因と治療薬の副作用
後天性多毛症の重要な原因の一つに薬剤の副作用があります。様々な薬剤が多毛症を引き起こす可能性があり、医療従事者はこれらを把握しておくことが重要です。
多毛症を引き起こす主な薬剤。
- 抗けいれん薬
- フェニトイン(ヒダントイン系)
- バルプロ酸ナトリウム
- 免疫抑制剤
- シクロスポリン
- タクロリムス
- 血管拡張薬
- ミノキシジル(発毛剤としても使用)
- ジアゾキシド
- ステロイド薬
- 全身性および局所ステロイド
- その他の薬剤
これらの薬剤による多毛症は通常、薬剤の中止により改善しますが、完全に元に戻るまでには数ヶ月かかることがあります。薬剤の変更が難しい場合は、脱毛治療などの対症療法を検討します。
医療従事者は処方前に患者の体毛の状態を評価し、多毛症のリスクについて説明することが望ましいでしょう。また、多毛症が発症した場合の対応策についても事前に患者と話し合っておくことが重要です。
多毛症の全身疾患と栄養障害による発症機序
多毛症は様々な全身疾患や栄養状態の異常によっても引き起こされます。これらの病態を理解することは、原因不明の多毛症患者の診断において重要です。
代謝・内分泌疾患による多毛症。
- 甲状腺機能低下症
- ムコ多糖症(ハーラー症候群、ハンター症候群、サンフィリッポ症候群など)
- 先天性ポルフィリン症
- 副腎酵素欠損症
栄養障害による多毛症。
- 拒食症(神経性無食欲症)
- 極度の低栄養状態
- 栄養失調
拒食症や低栄養状態では、体が熱を保持するための適応反応として体毛が増加すると考えられています。これは「ラヌーゴ毛」と呼ばれる細く柔らかい毛が全身に生じる状態で、特に背中、腕、顔に顕著に現れます。栄養状態が改善すると、通常は多毛症も改善します。
自己免疫疾患と炎症性疾患。
- 皮膚筋炎
- 全身性エリテマトーデス
- 皮膚への持続的な摩擦や炎症
皮膚筋炎では、特徴的な皮膚症状の一つとして多毛症が現れることがあります。また、長期間のギプス固定後や慢性的な皮膚炎症部位に限局性の多毛症が生じることもあります。
感染症。
- HIV感染症(進行期)
- 一部の慢性感染症
これらの全身疾患による多毛症の治療は、原疾患の管理が基本となります。原疾患が適切に治療されれば、多毛症も改善することが多いです。
多毛症を呈する患者を診察する際は、これらの全身疾患の可能性を念頭に置き、適切な検査を行うことが重要です。特に急速に発症した多毛症や、他の全身症状を伴う場合は、基礎疾患の精査が必要です。
多毛症の腫瘍随伴症候群としての側面
多毛症が腫瘍随伴症候群として発症することは、医療従事者が特に注意すべき重要な側面です。腫瘍に関連した多毛症は、悪性疾患の早期発見につながる貴重な手がかりとなる可能性があります。
腫瘍随伴性多毛症の主な原因。
- 副腎腫瘍
- 副腎皮質腫瘍(良性・悪性)
- 褐色細胞腫
- 卵巣腫瘍
- 卵巣の卵胞膜細胞増殖症
- アンドロゲン産生卵巣腫瘍
- 異所性ホルモン産生腫瘍
- 絨毛癌(β-ヒト絨毛性ゴナドトロピン産生)
- 肺癌やカルチノイド腫瘍(異所性ACTH分泌)
これらの腫瘍は、直接的または間接的にホルモンバランスに影響を与え、多毛症を引き起こします。特に急激な発症の多毛症は、副腎、卵巣、下垂体の腫瘍や他の腫瘍からの異所性ホルモン産生が原因である可能性があります。
腫瘍随伴症候群としての多毛症の特徴。
- 急速な発症
- 他の全身症状(体重減少、倦怠感、発熱など)の併発
- 内分泌検査での異常値
- 画像検査での腫瘍所見
多毛症患者の診察時には、特に以下のような場合に腫瘍の可能性を考慮すべきです。
- 短期間での急激な多毛症の発症
- 男性化徴候(女性の声の低音化、クリトリス肥大など)の併発
- 体重減少や全身状態の悪化
- 説明できない貧血や電解質異常
腫瘍随伴症候群としての多毛症の診断には、以下の検査が有用です。
- 内分泌学的検査(血中・尿中ホルモン値)
- 腹部・骨盤CT/MRI
- 必要に応じてPET-CT
腫瘍が原因の多毛症では、腫瘍の摘出により多毛症が改善することが多いです。しかし、腫瘍の完全摘出が困難な場合や、多毛症が患者のQOLに大きく影響している場合は、対症療法として脱毛治療を併用することも検討されます。
医療従事者は、原因不明の多毛症患者を診察する際、常に腫瘍随伴症候群の可能性を念頭に置き、適切な検査を行うことが重要です。多毛症が悪性腫瘍の早期発見につながる可能性があることを忘れてはなりません。
多毛症の診断アプローチと鑑別疾患
多毛症の適切な診断と治療のためには、系統的なアプローチと鑑別診断が重要です。医療従事者は、多毛症の原因を特定するために以下のステップを踏むことが推奨されます。
診断のための基本的アプローチ。
- 詳細な病歴聴取
- 発症時期と進行速度
- 家族歴(遺伝性多毛症の可能性)
- 薬剤使用歴(多毛症を引き起こす薬剤の使用)
- 全身症状の有無
- 月経不順や男性化徴候の有無(女性の場合)
- 身体診察
- 多毛の分布パターンと性状(毳毛、軟毛、終毛)
- 男性化徴候の有無
- 甲状腺腫大の有無
- 皮膚の色素沈着や萎縮性変化
- 体重変化や栄養状態の評価
- 検査
- 内分泌学的検査:テストステロン、DHEAS、17-OHプロゲステロン、コルチゾール、ACTH
- 甲状腺機能検査:TSH、FT3、FT4
- 代謝検査:血糖値、HbA1c、肝機能、腎機能
- 画像検査:腹部・骨盤CT/MRI(腫瘍性病変の検索)
- 染色体検査(先天性多毛症が疑われる場合)
多毛症と鑑別すべき主な疾患。
- 男性型多毛症(hirsutism)
- 女性における男性型の体毛分布
- アンドロゲン過剰が原因
- 多嚢胞性卵巣症候群が最も一般的
- 先天性毛包角化症
- 毛包の角化異常による毛髪の成長障害
- 多毛症ではなく、毛髪の質的異常
- 薬剤性脱毛からの回復期
- 抗がん剤治療後など
- 一時的な多毛症様の状態を呈することがある
- 民族的・家族的体毛の多さ
- 病的な多毛症ではなく、個人差や民族差による体毛の多さ
- 家族内で同様のパターンが見られる
多毛症の診断においては、年齢・性別・民族的特性から通常想定される以上の体毛が、性毛を生じる部位以外に見られる