スペクチノマイシンとストレプトマイシンの違い

スペクチノマイシンとストレプトマイシンの違い

📊 この記事でわかること
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化学構造と分類

両薬剤はアミノグリコシド系抗生物質に分類されるが、化学構造に特徴的な違いがある

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作用機序の相違

リボソームへの結合部位と阻害メカニズムが異なり、抗菌スペクトルにも違いが生じる

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臨床適応と副作用

適応疾患が異なり、副作用プロファイルにも明確な差がある

スペクチノマイシンの化学構造と作用機序

スペクチノマイシンは、真正細菌のStreptomyces spectabilisによって産生されるアミノグリコシド系抗生物質で、1961年に発見されました。その化学構造は特徴的で、ジアミノイノシトール単位(スペクチナミン)に2つのモノ-N-メチル基を含み、配糖体結合した糖には3つの連続したカルボニル基が存在します。この独特な構造により、他のアミノグリコシド系抗生物質とは異なる薬理学的特性を示します。

参考)スペクチノマイシン – Wikipedia


スペクチノマイシンは真正細菌のリボソーム30Sサブユニットに結合し、タンパク質合成を阻害しますが、その作用は静菌性です。結晶構造解析により、スペクチノマイシンがEscherichia coliの70Sリボソームに結合すると、小リボソームサブユニットの頭部領域の回転運動を立体的にブロックし、転座サイクルを阻害することが明らかになっています。この作用機序は、伸長因子G(EF-G)がメッセンジャーRNAを次のコドンへ移動させる過程を特異的に阻害するもので、タンパク質合成の後期段階に作用します。

参考)スペクチノマイシン – 13. 感染性疾患 – MSDマニュ…


スペクチノマイシンの抗菌活性は淋菌に限定されており、淋菌性尿道炎、子宮頸管炎、直腸炎の治療に使用されます。日本では塩酸塩が「トロビシン」として商品化され、臀部筋肉内注射で投与されます。臨床試験では、男性に対して2g、女性に対して4gの筋注を1回行うことで、それぞれ88.5%と100%の治癒率が報告されています。

参考)アミノグリコシド系抗生物質

ストレプトマイシンの抗結核作用と適応疾患

ストレプトマイシンは、1943年にセルマン・ワクスマンによって発見された世界初の抗結核薬で、放線菌という微生物から抽出されました。アミノグリコシド系抗生物質の中で最初に発見されたもので、黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌、大腸菌などのグラム陰性菌、そして抗酸菌に対して強い抗菌活性を持ちます。

参考)くすりのあゆみ


ストレプトマイシンの作用機序は、バクテリアのリボソーム上の30Sサブユニットの16S rRNAに結合し、リボソーム上でのポリペプチド鎖の合成開始を阻害することです。具体的には、70S開始複合体の崩壊を引き起こし、タンパク質合成の開始過程を選択的に阻害します。この殺菌的作用により、バクテリアの成長や代謝を停止させます。

参考)ストレプトマイシン – Wikipedia


環境省の評価資料(ストレプトマイシンの作用機構と使用状況の詳細)
ストレプトマイシンの主な適応疾患には、結核、感染性心内膜炎ベンジルペニシリンまたはアンピシリンと併用の場合に限る)、ペスト、野兎病、非結核性抗酸菌症(マイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)症を含む)、ワイル病があります。また、農薬としては火傷病の殺菌剤として用いられることもあります。​

ストレプトマイシンの耳毒性と腎毒性リスク

ストレプトマイシンの使用において最も注意すべき副作用は、耳毒性と腎毒性です。耳毒性では、難聴やめまいが起こることがあり、特に前庭機能障害が問題となります。これは第VIII脳神経(聴神経)への損傷によるもので、遺伝性素因が関与する場合もあることが報告されています。

参考)ストレプトマイシン注射薬(SM)|効果や使用法などの情報を解…


腎毒性は急性尿細管壊死、間質性腎炎、電解質異常(特にカリウム、マグネシウム)として現れます。高齢者や既存の腎機能障害を持つ患者では特に注意が必要で、定期的なモニタリングが不可欠です。腎機能のモニタリング指標としては、血清クレアチニン値、推定糸球体濾過量(eGFR)、尿中β2ミクログロブリンなどが使用されます。

参考)ストレプトマイシン硫酸塩(SM)(硫酸ストレプトマイシン) …

副作用の種類 症状 モニタリング方法
耳毒性 👂 難聴、めまい、前庭機能障害 定期的な聴力検査、平衡機能検査
腎毒性 🩺 腎機能障害、電解質異常 血清クレアチニン、eGFR、電解質測定
神経筋遮断作用 ⚠️ 呼吸抑制(まれ) 呼吸状態の観察
注射部位反応 💉 痛み、腫れ 局所の観察
アレルギー反応 🔴 発疹、かゆみ 全身状態の観察

これらの副作用に対しては、投与量と投与間隔の調整、症状に応じた対症療法が行われ、重度の副作用が現れた場合は投与の中止を検討する必要があります。​

スペクチノマイシンの副作用プロファイル

スペクチノマイシンは、ストレプトマイシンと比較して副作用プロファイルが大きく異なります。最も特徴的な点は、スペクチノマイシンでは過敏反応や発熱などの有害作用がまれであることです。これは臨床上の大きな利点となっており、特にペニシリンにアレルギー反応を示す淋病患者に対する代替薬として重要な位置を占めています。​
スペクチノマイシンは耳毒性や腎毒性のリスクが他のアミノグリコシド系抗生物質と比べて低く、安全性が高いとされています。このため、短期間の治療(通常は単回投与)で済む淋菌感染症の治療において、患者の負担を軽減できる選択肢となっています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/antibiotics1968b/29/10/29_909/_pdf


ただし、スペクチノマイシンは淋菌性咽頭炎には無効であることが知られており、適応疾患が限定的である点に注意が必要です。また、米国では2001年に供給が中止されており、使用できる地域でも、セフトリアキソンによる治療が不可能な患者のみに適応が限定されています。​

アミノグリコシド系抗生物質の耐性機構の違い

アミノグリコシド系抗生物質に対する細菌の耐性機構には、主に3つのタイプがあります。第一に、アセチル基転移酵素による耐性機構で、これはアセチルCoAをアセチル基供与体とし、アミノグリコシドのアミノ基(-NH₂)をアセチル化してアミノグリコシドを不活性化します。第二に、ヌクレオチド転移酵素による耐性機構で、ATPをAMPの供与体とし、アミノグリコシドの水酸基(-OH)をアデニリル化します。第三に、リン酸転移酵素による耐性機構で、ATPをリン酸供与体とし、アミノグリコシドの水酸基(-OH)をリン酸化します。

参考)MiFuP – Note – アミノグリコシド系抗生物質耐性


スペクチノマイシンの耐性については、Pasteurella multocidaの16SリボソームRNAにより耐性を持つものが存在することが報告されています。一方、ストレプトマイシンに対する耐性は、リボソームの16S rRNA遺伝子の変異やS12タンパク質の変異によって生じることが知られています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC551729/


近年、アミカシンなどのアミノグリコシド系抗生物質に対する耐性機構として、16S rRNAメチル化酵素(16S rRNA MTase)やアミノグリコシドアセチル化酵素AAC(6′)が関与していることが明らかになっています。これらの耐性機構は、プラスミドによって媒介されることが多く、複数の細菌種に水平伝播する可能性があり、公衆衛生上の重要な課題となっています。

参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2014/143121/201420019A_upload/201420019A0007.pdf


製品評価技術基盤機構(アミノグリコシド系抗生物質耐性機構の詳細な解説)