筋弛緩薬拮抗薬の種類と使い分けを理解する安全な術後管理

筋弛緩薬拮抗薬の基礎知識

スガマデクス使用後でも筋弛緩が再発する可能性がある

この記事の3つのポイント
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拮抗薬は3種類で作用機序が異なる

スガマデクスは筋弛緩薬を直接包接、ネオスチグミンとエドロホニウムはアセチルコリンエステラーゼを阻害することで拮抗作用を発揮します

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筋弛緩の深さで投与量を調整

TOFモニタリングによる評価が重要で、浅い筋弛緩ではスガマデクス2mg/kg、深い筋弛緩では4mg/kgが必要となります

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残存筋弛緩は術後合併症のリスク

不適切な拮抗は肺合併症や誤嚥のリスクを高め、TOF比0.9以上の確認が患者安全の要となります

筋弛緩薬拮抗薬とは何か

 

筋弛緩薬拮抗薬は、全身麻酔中に使用した筋弛緩薬の効果を打ち消し、患者の筋力を回復させるために投与される薬剤です。全身麻酔では気管挿管や手術操作を容易にするために筋弛緩薬が使用されますが、手術終了時には速やかに筋力を回復させる必要があります。筋力が十分に回復していない状態で抜管すると、呼吸筋の機能不全により低酸素血症や誤嚥などの重篤な合併症を引き起こす危険性があるためです。

つまり患者の安全確保が目的です。

現在臨床で使用される主な筋弛緩薬拮抗薬には、スガマデクス(ブリディオン)、ネオスチグミン(ワゴスチグミン)、エドロホニウムの3種類があります。これらの薬剤は作用機序が根本的に異なり、それぞれに適した使用場面が存在します。スガマデクスは2010年に日本で承認された比較的新しい薬剤で、従来のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とは全く異なる薬理作用を持っています。スガマデクスはロクロニウムベクロニウムといった筋弛緩薬を直接包接して不活化するため、深い筋弛緩状態からも迅速な回復が可能という特徴があります。

一方、ネオスチグミンとエドロホニウムはアセチルコリンエステラーゼを阻害することで、神経筋接合部のアセチルコリン濃度を上昇させ、筋弛緩薬との競合においてアセチルコリンを優位にすることで拮抗作用を発揮します。これらの薬剤は数十年にわたり使用されてきた実績がありますが、深い筋弛緩状態では効果が不十分であり、またムスカリン作用による徐脈や気道分泌増加を引き起こすため、アトロピンやグリコピロレートといった抗コリン薬の併用が必須となります。

筋弛緩薬拮抗薬の作用機序の違い

スガマデクスの作用機序は、γシクロデキストリンを基本骨格とした環状化合物が、ロクロニウムやベクロニウムのステロイド骨格を分子中央の空洞部分に取り込んで1対1の包接複合体を形成するというものです。この包接複合体は極めて安定しており、筋弛緩薬がニコチン性アセチルコリン受容体に結合できなくなります。血液中の非結合筋弛緩薬濃度が急速に減少すると、濃度勾配に基づいて神経筋接合部や末梢組織から筋弛緩薬が急激に拡散し、受容体から解離します。

この仕組みが迅速な回復を可能にします。

包接複合体は体内で代謝されず、約90%が24時間以内に尿中に排泄されます。スガマデクスの分子量は2,178と大きく、胎盤通過性も低いと考えられています。健常患者における排泄半減期は約2.3時間ですが、腎不全患者ではクリアランスが著しく低下し、排泄半減期は35.7時間まで延長します。このため腎機能障害患者では慎重な投与が求められます。

これに対してネオスチグミンとエドロホニウムは、アセチルコリンエステラーゼの活性部位に結合して酵素を阻害することで作用します。神経筋接合部でアセチルコリンが分解されずに蓄積すると、ニコチン性アセチルコリン受容体に結合するアセチルコリンが増加し、非脱分極性筋弛緩薬との競合においてアセチルコリンが優位になります。結果として自然回復しつつある神経筋伝達機能の回復が促進されます。ただしムスカリン様受容体周辺でもアセチルコリンが増加するため、徐脈や気道分泌増加、消化管運動亢進といったムスカリン作用が出現します。このためアトロピンやグリコピロレートの併用が不可欠です。

ネオスチグミンの効果が最大になるまでの時間は7〜11分であるのに対し、エドロホニウムは0.8〜2分と早く、作用発現の速さに違いがあります。ただしエドロホニウムは深い筋弛緩状態では十分な拮抗効果が得られないため、四連反応刺激(TOF刺激)で少なくとも単収縮が出現してから使用する必要があります。深い筋弛緩状態での拮抗にはネオスチグミンが適しています。

筋弛緩薬の種類と拮抗薬の選択基準

全身麻酔で使用される筋弛緩薬は、作用機序により脱分極性筋弛緩薬と非脱分極性筋弛緩薬に大別されます。脱分極性筋弛緩薬の代表はスキサメトニウム(サクシニルコリン)で、アセチルコリン受容体を持続的に刺激して脱分極状態を維持することで筋弛緩を生じさせます。作用発現が極めて速く、約1分で最大効果が得られ、作用持続時間も約10分と短いのが特徴です。このため緊急気管挿管などに使用されますが、拮抗薬は存在せず、偽性コリンエステラーゼによる自然分解を待つしかありません。

現在最も頻用される筋弛緩薬はロクロニウムです。

ロクロニウムは非脱分極性筋弛緩薬で、ニコチン性アセチルコリン受容体に競合的に結合してアセチルコリンの作用を遮断します。通常投与量の0.6mg/kgでは作用発現時間が約90秒、作用持続時間は30〜40分とされています。ベクロニウムも同様にステロイド骨格を持つ非脱分極性筋弛緩薬ですが、作用発現時間はロクロニウムよりやや遅く、作用持続時間も同程度です。ロクロニウムとベクロニウムはいずれもスガマデクスの包接対象となるため、スガマデクスによる拮抗が可能です。

拮抗薬の選択において最も重要な要因は、使用した筋弛緩薬の種類と筋弛緩の深さです。ロクロニウムまたはベクロニウムを使用した症例では、スガマデクスが一選択となることが多くなっています。特に深い筋弛緩状態からの迅速な回復が必要な場合、スガマデクスは唯一の選択肢と言えます。ネオスチグミンやエドロホニウムは深い筋弛緩状態では効果が不十分であり、自然回復をある程度待ってから投与する必要があります。

他の非脱分極性筋弛緩薬であるパンクロニウムやアトラクリウムを使用した場合、スガマデクスは無効であり、ネオスチグミンまたはエドロホニウムを選択します。ただしパンクロニウムは2012年に薬価削除されており、現在の臨床現場ではほとんど使用されていません。筋弛緩薬の選択と拮抗薬の選択は密接に関連しており、術前の計画段階で両者を合わせて検討することが推奨されます。

筋弛緩薬拮抗薬の投与タイミングと投与量

スガマデクスの適切な投与量は、筋弛緩の深さによって決定されます。筋弛緩の深さを客観的に評価するためには、四連反応刺激(Train-of-Four: TOF)やポスト・テタニック・カウント(Post-Tetanic Count: PTC)といった筋弛緩モニタリングが不可欠です。TOF刺激では2Hzの頻度で4回の電気刺激を与え、4回の収縮反応の比率(TOF比)を測定します。TOF比が0.9以上であれば筋弛緩から十分に回復したと判断されます。

浅い筋弛緩状態が投与の基本です。

浅い筋弛緩状態とは、TOF刺激で2回目の収縮反応(T2)が再出現した時点を指します。この時点でスガマデクス2mg/kgを投与すると、平均1.1〜1.7分でTOF比0.9まで回復します。自発呼吸が出現する時期がおおよそこの段階に相当するため、筋弛緩モニターがない場合は自発呼吸の出現を待ってから投与することになります。ただし自発呼吸の出現のみで筋弛緩の回復を判断することは不正確であり、可能な限り筋弛緩モニターを使用すべきです。

深い筋弛緩状態とは、TOF刺激には反応せず、PTC刺激で1〜2回の単収縮が確認される時点を指します。この場合はスガマデクス4mg/kgの投与が必要です。ロクロニウム1.2mg/kgによる深部遮断後、PTC1〜2の時点でスガマデクス4mg/kgを投与すると、平均1.9分でTOF比0.9まで回復します。自発呼吸が認められない場合には、深い筋弛緩状態と判断してこの投与量を選択します。

さらに特殊な状況として、ロクロニウム投与直後の緊急拮抗があります。挿管困難が判明した場合など、ロクロニウム投与後3分以内に緊急的に筋弛緩を解除する必要がある場面では、スガマデクス16mg/kgを投与します。ただしこの高用量投与は必要最小限に留めるべきであり、挿管困難が予測される患者では事前に気道確保の方法を十分に検討しておくことが重要です。

ベクロニウムに対してスガマデクスを使用する場合、基本的にはロクロニウムと同様の投与量でよいですが、回復がやや遅れる傾向があります。ベクロニウムによる深部遮断時と挿管量投与直後の効果と安全性は十分に確立されていないため、より慎重な回復状態の評価が求められます。

ネオスチグミンを使用する場合、通常投与量は0.04〜0.07mg/kgです。深い筋弛緩状態に対しては0.07mg/kg以上投与しても効果は限定的であり、自然回復をある程度待ってから投与する必要があります。ネオスチグミンは効果発現までに7〜11分を要するため、TOF比0.9への回復を確認してから抜管するまでに時間的余裕を持つ必要があります。抗コリン薬としてアトロピン0.02mg/kgまたはグリコピロレート0.01mg/kgを併用します。

筋弛緩薬拮抗薬使用時の独自視点での臨床上の注意点

残存筋弛緩は周術期管理における重要な安全問題です。TOF比が0.7〜0.9の状態では、患者は主観的には筋力が回復したと感じるものの、上気道の筋力低下が残存しており、気道閉塞や誤嚥のリスクが高まります。ネオスチグミンを使用した症例では、術後残存筋弛緩の発生率が25〜60%と報告されているのに対し、スガマデクスでは1〜4%と著しく低くなっています。この差は患者の術後安全性に直結する重要なポイントです。

再クラーレ化にも注意が必要です。

再クラーレ化とは、一度回復した筋力が再び低下する現象を指します。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を使用した場合、薬剤の作用時間よりも筋弛緩薬の作用時間が長ければ、拮抗薬の効果が消失した後に筋弛緩が再発する可能性があります。特に高齢者や肥満患者、腎機能障害患者では筋弛緩薬の代謝・排泄が遅延するため、再クラーレ化のリスクが高まります。適切な筋弛緩モニタリングを行い、TOF比0.9以上を確認してから抜管することで、このリスクを回避できます。

スガマデクスを使用した場合でも、不適切な投与量では残存筋弛緩が生じる可能性があります。筋弛緩モニターを使用せず、筋弛緩の深さを正確に評価しないまま投与量を決定すると、深い筋弛緩状態に対して2mg/kgという不十分な量を投与してしまうことがあります。日本麻酔科学会の調査では、スガマデクス投与後の残存筋弛緩の多くが、不適切な用量設定に起因していることが明らかになっています。

薬物相互作用も重要な注意点です。スガマデクスはロクロニウムやベクロニウムと強固な複合体を形成するため、これらの筋弛緩薬を術後に再投与する必要が生じた場合、通常量では効果が得られません。スガマデクス投与後にロクロニウムを再投与する場合は、少なくとも24時間の間隔を空けるか、スガマデクスで包接されない筋弛緩薬(スキサメトニウムなど)を選択する必要があります。また経口避妊薬を服用している患者では、スガマデクスが経口避妊薬の効果を減弱させる可能性が報告されており、追加の避妊方法を指導する必要があります。

高齢者では筋弛緩からの回復が遅延する傾向があります。ロクロニウム0.6mg/kg投与後、T2再出現時にスガマデクス2mg/kgを投与した場合、18〜64歳では平均2.3分でTOF比0.9に到達しますが、75歳以上では3.6分を要します。深部遮断時にスガマデクス4mg/kgを投与した場合、20〜50歳では1.3分ですが、70歳以上では3.6分と約3倍の時間がかかります。高齢者ではロクロニウムの作用持続時間も約2倍に延長することがあり、投与量や投与間隔の調整が必要です。

アナフィラキシーはスガマデクスの重大な副作用として報告されています。日本では諸外国に比べてスガマデクスの使用量が非常に多く、それに伴いアナフィラキシー報告例も増加しています。日本麻酔科学会は発現状況をホームページで公開し、会員に注意を促しています。発現頻度は正確には不明ですが、ショックやアナフィラキシー様症状、心停止、高度徐脈、心室細動などの重篤な副作用が添付文書に記載されています。気管支痙攣の発生率は0.3%未満とされています。

腎機能障害患者での使用には特別な注意が必要です。スガマデクスは約90%が尿中に排泄されるため、腎不全患者ではクリアランスが著しく低下し、排泄半減期が正常の約15倍に延長します。またスガマデクスと筋弛緩薬の複合体が長時間体内に留まることで、複合体から筋弛緩薬が再び遊離する可能性も懸念されます。透析による除去効果も確立されていないため、腎機能障害患者では慎重投与とされています。

術後肺合併症のリスクを考慮した拮抗薬の選択も重要な視点です。大規模データベース研究では、ネオスチグミンと比較してスガマデクスを使用した患者では、術後肺合併症のリスクが約30%減少し、肺炎のリスクも40%減少したことが報告されています。この差は残存筋弛緩の発生率の違いに起因すると考えられており、患者の術後回復の質に直接影響を与える重要な要素です。特に高齢者や呼吸器疾患の既往がある患者では、術後肺合併症の予防がより重要となるため、スガマデクスの使用を積極的に検討すべきです。

維持麻酔中にスガマデクスを投与すると、筋弛緩が解除されることで患者の体動やバッキングが生じる可能性があります。このため投与前に麻酔深度が適切であることを確認し、必要に応じて麻酔薬オピオイドを追加投与する必要があります。抜管後も患者の観察を十分に行い、呼吸状態や筋力の回復を継続的に評価することが、安全な周術期管理の要となります。

日本麻酔科学会が発行する「麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン第3版」には、筋弛緩薬と拮抗薬の詳細な使用法と注意点が記載されています。臨床現場で疑問が生じた際には、このガイドラインを参照することで、エビデンスに基づいた適切な薬剤選択と投与法を確認できます。

日本麻酔科学会「筋弛緩薬・拮抗薬使用ガイドライン」(筋弛緩薬の種類、拮抗薬の投与量、安全管理の詳細が掲載)

筋弛緩薬拮抗薬の適切な選択と使用は、患者の術後安全性を確保するための基本です。スガマデクス、ネオスチグミン、エドロホニウムそれぞれの特性を理解し、筋弛緩モニタリングを活用して客観的に筋弛緩の深さを評価することで、残存筋弛緩や術後合併症のリスクを最小限に抑えることができます。


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