シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの違い

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの違い

この記事のポイント
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存在する場所が異なる

シュワン細胞は末梢神経系、オリゴデンドロサイトは中枢神経系で髄鞘を形成します

髄鞘化の能力が違う

シュワン細胞は1本の軸索のみ、オリゴデンドロサイトは最大50本の軸索を髄鞘化できます

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発生起源が異なる

シュワン細胞は神経堤由来、オリゴデンドロサイトは神経管由来です

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの基本的な定義

シュワン細胞は末梢神経系に存在するグリア細胞の一種で、神経細胞の軸索に巻きついて髄鞘(ミエリン鞘)を形成する役割を担っています。ドイツの生物学者Theodor Schwannによって発見され、発生期の神経細胞の生存や軸索投射、損傷後の神経回路の再生にも寄与しています。一方、オリゴデンドロサイトは中枢神経系で神経細胞の軸索に巻きついているグリア細胞で、複数の細い突起を持つことが特徴です。「オリゴ」は「少ない、まれ」を、「デンドロ」は「突起」を意味し、日本語名では「希突起膠細胞」と呼ばれています。

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両者はともに髄鞘形成を通じて神経伝達を促進する共通点を持ちますが、働く場所や構造、機能面で明確な違いがあります。中枢神経系は脳と脊髄から構成され、全身から集まる情報を処理して指令を出す役割を担っており、末梢神経系は中枢神経系と身体の各部をつなぐ経路として情報の受け渡しを行っています。それぞれの神経系で異なるグリア細胞が髄鞘を形成することで、効率的な神経伝達が可能になっているのです。

参考)髄鞘 – Wikipedia


グリア細胞は中枢神経系を構成するニューロン以外の細胞のことで、哺乳類では神経細胞の数倍から数十倍の数が存在しています。グリア細胞には形態や機能によってアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリア、上衣細胞の4種類が存在し、それぞれが重要な役割を果たしています。

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シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの存在場所と神経系の違い

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの最も重要な違いは、それぞれが存在する神経系の場所です。シュワン細胞は末梢神経系において神経細胞の軸索を絶縁する役割を担っており、末梢神経は脊髄の中やその周辺から出て全身の隅々まで張り巡らされています。末梢神経系は中枢神経系と体の各部を結び、運動神経、感覚神経、自律神経の3種類に分類されます。運動神経は中枢神経系からの指令を筋肉に伝えて身体を動かし、感覚神経は触覚や痛覚、温度覚などの感覚情報を中枢に伝えます。

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一方、オリゴデンドロサイトは中枢神経系で神経細胞の絶縁を行っています。主に、中枢神経系のニューロンの軸索が集まっている白質部分に存在しており、白質が白く見えるのはオリゴデンドロサイトの色によるものです。髄鞘中のミエリンによって顕微鏡像において見た目が相対的に白く見えるため、神経繊維が多く分布する大脳髄質や脊髄皮質などを白質と呼ぶ場合があります。

参考)第15回


末梢神経系は、脳神経12対と脊髄神経31対から構成され、身体の隅々まで神経網を張り巡らせることで、中枢神経と全身の情報伝達を支えています。中枢神経が司令塔なら、末梢神経は指令や情報を双方向に運ぶ通信経路といえ、それぞれの神経系で異なるグリア細胞が髄鞘形成を担当しているのです。

参考)SURVIVORSHIP.JP -がんと向きあって-|抗がん…

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの髄鞘形成能力の違い

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの髄鞘形成能力には顕著な違いがあります。シュワン細胞は1本の軸索のみを絶縁することができ、軸索の周りに突起を複数回巻き付けることでミエリン鞘を形成します。このプロセスはオリゴデンドロサイト融合またはシュワン細胞ラッピングとして知られており、シュワン細胞は最大0.05mmの直径の軸索を髄鞘化できることが知られています。

参考)シュワン細胞: 神経機能をサポートする特殊細胞 – Assa…


対照的に、オリゴデンドロサイトは一度に最大50本の軸索を絶縁することができます。1つのオリゴデンドロサイトからは、少ない場合は1~2本、多い場合には50本もの軸索に突起を伸ばして巻き付いているのです。この髄鞘の断面を見ると、バウムクーヘンのような層構造が観察されます。​
この髄鞘形成の効率性の違いは、中枢神経系と末梢神経系の構造的特性を反映しています。中枢神経系では多数の神経軸索が密集しているため、1つの細胞が複数の軸索を髄鞘化できるオリゴデンドロサイトが効率的です。一方、末梢神経系では個々の神経が分散して存在するため、1対1で対応するシュワン細胞の形態が適しているのです。​

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの発生起源と分化過程の違い

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトは発生起源が異なります。シュワン細胞は神経堤に由来する細胞です。神経堤は脊髄後根神経節の由来を調べる研究の中で発見され、19世紀後半において脊髄神経節は体節に由来すると考えられていましたが、1868年にHisがニワトリ胚の表皮外胚葉と神経上皮に介在する細胞群を神経節原基として同定しました。その後1940年代まで、神経堤はメラニン細胞や脊髄神経節の供給源として、主に両生類胚を用いて研究が行われました。

参考)神経堤 – 脳科学辞典


一方、オリゴデンドロサイトはオリゴデンドロサイト前駆細胞から派生したものです。胎仔期の脳において、神経幹細胞からオリゴデンドロサイトが分化するタイミングと場所は正確に特定されており、オリゴデンドロサイトの発生はSonic hedgehogと呼ばれる腹側から分泌される因子の強い影響を受けることがわかっています。研究によれば、背側(Emx1領域)由来のオリゴデンドロサイトが成体の大脳皮質の大多数を占めることが報告されています。

参考)滋賀医大 統合臓器生理学 統合生理 研究内容


興味深いことに、オリゴデンドロサイトが産まれる場所は背側と腹側の境界部が重要であり、背側の神経幹細胞は恐らくWntシグナルの影響でオリゴデンドロサイトを産生することはできないものの、内外側の境界部からはWntによる抑制を乗り越えてオリゴデンドロサイトを産み出していると考えられています。最終的にオリゴデンドロサイトになった細胞が分化を開始する時期は、胎生16日から生後10日目の期間に限られることが明らかになっています。​

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトの髄鞘形成と跳躍伝導のメカニズム

シュワン細胞とオリゴデンドロサイトによる髄鞘形成は、跳躍伝導という効率的な神経伝達メカニズムを実現しています。跳躍伝導は1938年に田崎一二によって発見された、有髄神経繊維における興奮伝導の形式です。髄鞘は絶縁性が高いため、髄鞘の部分には活動電流が流れず、有髄神経繊維では活動電流がランビエ絞輪からランビエ絞輪に流れ、興奮がランビエ絞輪を跳躍するように伝導します。

参考)跳躍伝導 – Wikipedia


ランビエ絞輪(ランヴィエの絞輪)は、神経細胞の軸索繊維のまわりの髄鞘に規則的に存在する間隙のことをいいます。有髄神経軸索はミエリン鞘で囲まれますが、そこに1-2mmおきに周期的に存在する、髄鞘で囲まれていない約1μm程度の間隙がランヴィエの絞輪です。この部分では、軸索の細胞膜は髄鞘化されることなく細胞外液にさらされており、活動電位の跳躍伝導で重要な役割を果たしています。

参考)ランヴィエ絞輪 – 脳科学辞典


ランビエ絞輪には足場タンパク質としてスペクトリン、アンキリンGが存在し、これらを足場としてNav1.6、KCNQ等のチャネルやNa+-K+-ATPaseが集積します。髄鞘部にはNaが流入するチャネルがなく、膜電位も小さいため、チャネル開口の時間を削減でき、無髄繊維より速い伝導が実現します。有髄神経繊維は跳躍伝導を行うため、興奮を伝導する速度が無髄神経繊維より遥かに大きくなるのです。

参考)跳躍伝導とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書

シュワン細胞の神経再生における独自の役割

シュワン細胞は髄鞘形成以外にも、末梢神経系で数多くの重要な役割を果たしています。特に注目すべきは、損傷後の神経回路の再生に寄与する能力です。シュワン細胞はニューロンへの栄養サポートの提供、破片や病原体の貪食、細胞外マトリックスタンパク質の生成、神経栄養因子の分泌などの機能を持っています。

参考)シュワン細胞 – 脳科学辞典


末梢神経が損傷を受けた際、シュワン細胞は脱分化して再生型のシュワン細胞に変化し、損傷した軸索の再生を誘導します。この再生能力は末梢神経系に特有のもので、中枢神経系のオリゴデンドロサイトには同様の再生促進能力はありません。発生期の神経細胞の生存や軸索投射においても、シュワン細胞は重要な役割を果たしており、ミエリン形成により跳躍伝導を司るだけでなく、神経系の発達と維持に多面的に貢献しています。

参考)https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%B3%E7%B4%B0%E8%83%9Eamp;mobileaction=toggle_view_desktopamp;printable=yes


シュワン細胞由来の腫瘍形成や脱髄疾患では、遺伝子変異が報告されており、シュワン細胞の機能異常は様々な神経系疾患の原因となります。一方、オリゴデンドロサイトの変性は多発性硬化症のようにミエリンが破壊されて脱髄が起きると、脳や脊髄における神経活動が障害されて、運動麻痺や感覚障害、小脳失調などの症状が起きることが知られています。変性したオリゴデンドロサイトを復活させる再生医療が注目を集めており、内在性の神経幹細胞からオリゴデンドロサイトを分化させるためには、正常発生のメカニズムの理解が非常に重要です。​
<参考リンク>
脳科学辞典 – シュワン細胞:シュワン細胞の詳細な機能と分子メカニズムについて解説
テルモ生命科学振興財団 – オリゴデンドロサイトは髄鞘づくりのエキスパート:オリゴデンドロサイトの髄鞘形成能力について詳しく紹介
脳科学辞典 – ランヴィエ絞輪:跳躍伝導のメカニズムと分子構造を詳述