視神経脊髄炎スペクトラム障害治療薬 一覧と特徴
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD: Neuromyelitis Optica Spectrum Disorders)は、中枢神経系の自己免疫疾患で、主に視神経と脊髄に炎症を起こす疾患です。かつては多発性硬化症(MS)の一型と考えられていましたが、現在は抗アクアポリン4(AQP4)抗体の発見により、独立した疾患として認識されています。
NMOSDの治療は大きく分けて「急性増悪期の治療」「再発予防の治療」「対症療法」の3つに分類されます。特に再発予防は重要で、NMOSDは再発を繰り返すことで障害が蓄積していくため、診断後速やかに再発予防治療を開始することが推奨されています。
本稿では、NMOSDの治療薬、特に近年承認された生物学的製剤を中心に詳しく解説します。医療従事者の方々の臨床判断に役立つ情報を提供することを目的としています。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の急性増悪期治療薬
急性増悪期のNMOSD治療では、炎症を迅速に抑制することが重要です。主に以下の治療法が用いられます。
- ステロイドパルス療法
- 最も一般的な第一選択治療
- メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム(ソル・メドロール®)を1日500〜1,000mg、3〜5日間点滴
- 通常1クール実施し、効果不十分な場合は追加で1〜2クール実施することもある
- 血漿浄化療法
- ステロイドパルス療法の効果が不十分な場合や、副作用のためステロイド大量投与が困難な場合に実施
- 単純血漿交換療法、二重濾過血漿分離交換療法、血漿免疫吸着療法などがある
- 早期に開始するほど効果が高いとされ、初回のパルス療法と同時に開始することもある
- 免疫グロブリン静注療法(IVIg)
- ステロイドパルス療法の効果が不十分な視神経炎に対して追加される場合がある
- 主にAQP4抗体陽性例に実施
急性期治療は発症後できるだけ早期に開始することが重要で、治療の遅れは後遺障害のリスクを高める可能性があります。また、治療反応性は個人差があるため、患者の状態を注意深く観察しながら治療方針を調整することが必要です。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防に用いる免疫抑制薬
NMOSDの再発予防には、従来から免疫抑制薬が使用されてきました。これらは経口薬であり、比較的使用しやすいという利点があります。
主な免疫抑制薬。
これらの免疫抑制薬はいずれもNMOSDに対して正式に承認されていないため、施設によっては使用が制限される場合があります。また、日本人NMOSDにおける有効性は十分に検証されていない点にも注意が必要です。
免疫抑制薬は通常、少量の経口ステロイド薬と併用されることが多く、効果発現までに時間を要するため、効果が現れるまでの間はステロイド薬で疾患活動性をコントロールすることが一般的です。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の生物学的製剤一覧と作用機序
近年、NMOSDの治療は生物学的製剤の登場により大きく進歩しました。日本では2024年4月現在、5種類の生物学的製剤が承認されています。これらの薬剤はそれぞれ異なる作用機序を持ち、NMOSDの病態に関わる免疫系の異なる部分をターゲットにしています。
1. エクリズマブ(ソリリス®)
- 作用機序: 補体C5に特異的に結合し、補体系の活性化を阻害
- 投与方法: 点滴静注、2週間に1回
- 特徴:
- 2019年11月に日本で承認
- 日本人の約3.5%(29人に1人)に無効な遺伝子変異があるため、治療開始前に遺伝子検査が推奨される
- PREVENT試験では、プラセボ群で再発した患者が63%だったのに対し、エクリズマブ群では3%と顕著な再発抑制効果を示した
2. ラブリズマブ(ユルトミリス®)
- 作用機序: エクリズマブと同様に補体C5を阻害するが、半減期が長い次世代型
- 投与方法: 点滴静注、8週間に1回
- 特徴:
3. サトラリズマブ(エンスプリング®)
- 作用機序: IL-6受容体に結合し、IL-6シグナル伝達を阻害
- 投与方法: 皮下注射、4週間に1回
- 特徴:
- 2020年6月に日本で承認
- 日本で開発された薬剤(中外製薬)
- リサイクリング抗体技術により長い半減期を実現
- SAkuraSky試験とSAkuraStar試験の両方で有効性が確認された
4. イネビリズマブ(ユプリズナ®)
- 作用機序: CD19陽性B細胞を枯渇させる
- 投与方法: 点滴静注、6カ月に1回
- 特徴:
- 2021年3月に日本で承認
- N-MOmentum試験では、プラセボ群の再発率が39%だったのに対し、イネビリズマブ群では12%と有意な再発抑制効果を示した
- 投与間隔が長く、年2回の通院で済む
5. リツキシマブ(リツキサン®)
- 作用機序: CD20陽性B細胞を枯渇させる
- 投与方法: 点滴静注、6カ月ごとに2週間隔で2回
- 特徴:
- 2022年6月に日本で承認
- 他の適応症での使用経験が豊富
- 医師主導治験によりNMOSDに対する有効性が確認された
これらの生物学的製剤は、従来の免疫抑制薬と比較して高い再発抑制効果を示していますが、高額な薬価や特有の副作用リスクがあるため、患者の状態や特性に応じた適切な薬剤選択が重要です。
視神経脊髄炎スペクトラム障害治療薬の副作用と安全性プロファイル
生物学的製剤は高い有効性を示す一方で、それぞれ特有の副作用プロファイルを持っています。治療選択にあたっては、これらのリスクを十分に理解し、患者に説明することが重要です。
1. エクリズマブ(ソリリス®)とラブリズマブ(ユルトミリス®)の主な副作用
- 髄膜炎菌感染症: 最も重要な副作用で、致命的になる可能性がある
- 投与開始2週間前までに髄膜炎菌ワクチン接種が必須
- 予防的抗菌薬投与を考慮する場合もある
- その他の感染症: 一般細菌感染症のリスク増加
- インフュージョンリアクション: 点滴中または点滴後の過敏反応
2. サトラリズマブ(エンスプリング®)の主な副作用
3. イネビリズマブ(ユプリズナ®)の主な副作用
- 感染症: 上気道感染症、尿路感染症など
- インフュージョンリアクション: 発熱、頭痛、悪心など
- B型肝炎ウイルス再活性化: 投与前のスクリーニングが必要
- 進行性多巣性白質脳症(PML): 類似薬で報告あり
4. リツキシマブ(リツキサン®)の主な副作用
- インフュージョンリアクション: 特に初回投与時に高頻度
- 感染症: 細菌感染症、ウイルス感染症、真菌感染症
- 進行性多巣性白質脳症(PML): 報告あり
- B型肝炎ウイルス再活性化: 投与前のスクリーニングが必須
- 遅発性好中球減少症: 投与後数週〜数ヶ月後に発症することがある
安全性モニタリングのポイント:
生物学的製剤の選択にあたっては、有効性だけでなく、これらの安全性プロファイル、投与方法、投与間隔、患者の生活スタイルなどを総合的に考慮する必要があります。また、長期的な安全性データはまだ蓄積段階にあるため、継続的な注意が必要です。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の対症療法と残存症状への対応
NMOSDでは、急性期治療を適切に行っても症状が完全に回復せず、残存症状が生活の質に影響を及ぼすことがあります。これらの症状に対する対症療法も治療の重要な柱となります。
1. 痛み・しびれに対する治療
- 抗てんかん薬:
- 抗うつ薬:
- その他の鎮痛薬:
2. 筋緊張(痙縮)に対する治療
3. 疲労に対する治療
4. 排尿障害に対する治療
- 過活動膀胱に対して:
- 排尿困難に対して:
- 排尿筋収縮力低下に対して:
5. 排便障害に対する治療
- 便秘(便を柔らかくする):
- 便秘(腸を刺激する):
- センノシド(プルゼニド®)
- センナ(センナ®、アローゼン®)
- ピコスルファートナトリウム(ラキソベロン®)
- ビサコジル(テレミンソフト坐薬®)など
- 便失禁:
これらの対症療法は、患者の症状や生活の質を改善するために重要です。症状の程度や性質は個人差が大きいため、患者ごとに最適な治療法を選択し、必要に応じて複数の治療法を組み合わせることが効果的です。また、薬物療法だけでなく、リハビリテーションや生活指導も重要な治療の一部となります。
視神経脊髄炎スペクトラム障害治療薬の選択基準と個別化医療
NMOSDの治療薬、特に生物学的製剤の選択にあたっては、様々な要素を考慮した個別化医療のアプローチが重要です。以下に、治療選択の際に考慮すべき要素と個別化医療の視点を示します。
治療選択の考慮要素:
- 患者の臨床的特徴
- 抗AQP4抗体の有無(陽性例は生物学的製剤の良い適応)
- 疾患の重症度と再発頻度
- 過去の治療歴と反応性
- 合併症の有無
- 薬剤の特性
- 作用機序と標的分子
- 有効性のエビデンスレベル
- 安全性プロファイル
- 投与経路と頻度
- **患者
- 患者の臨床的特徴