心不全の症状と原因と治療
心不全の定義とメカニズム
心不全は、単一の疾患ではなく、様々な心臓疾患の最終的な共通経路として現れる症候群です。日本循環器学会と日本心不全学会は2016年に「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみがおこり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です」と定義しています。
心臓は全身に血液を送り出すポンプとして機能していますが、このポンプ機能が何らかの原因で低下すると、全身の臓器に十分な血液を供給できなくなります。その結果、臓器の機能不全が生じ、様々な症状が現れます。
心不全のメカニズムを理解するためには、心臓の基本的な構造と機能を知ることが重要です。心臓は4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)からなり、それぞれが協調して働くことで効率的な血液循環を実現しています。心不全では、この協調作用が崩れ、血液の流れが滞ることになります。
心不全は大きく分けて以下の3つのタイプに分類されます。
- 駆出率が低下した心不全(HFrEF):左室駆出率が40%以下
- 駆出率が軽度低下した心不全(HFmrEF):左室駆出率が41%から49%
- 駆出率が保持された心不全(HFpEF):左室駆出率が50%以上
特に高齢者では、駆出率が保持された心不全(拡張不全)が多く見られ、通常の検査では発見しにくいという特徴があります。
心不全の主な症状とうっ血のメカニズム
心不全の症状は、心臓のポンプ機能低下による全身への血液供給不足と、血液のうっ滞(うっ血)によって引き起こされます。主な症状は以下の通りです。
- 息切れ・呼吸困難。
- 労作時息切れ:階段や坂道を上る際に息苦しさを感じる
- 起座呼吸:横になると息苦しくなり、起き上がると楽になる
- 夜間発作性呼吸困難:夜間に突然息苦しさで目が覚める
- むくみ(浮腫)。
- 下肢のむくみ:足首、脚の前面(むこうずね)、足の甲などに現れる
- 指で押すとくぼみができるのが特徴(圧痕性浮腫)
- 体重の急激な増加を伴うことが多い
- 全身症状。
- 疲労感・倦怠感:日常的な活動でも疲れやすくなる
- 食欲不振:胃腸の血流低下による消化機能の低下
- 不眠:夜間の呼吸困難や不安感による
これらの症状が現れるメカニズムは、心臓の左室機能低下により肺の血管に血液がうっ滞し、肺水腫を引き起こすことで息切れが生じます。また、右心不全では静脈系に血液がうっ滞し、末梢のむくみや腹水を引き起こします。
心不全の進行度は、症状の重症度によって評価されることが多く、ニューヨーク心臓協会(NYHA)の心機能分類が広く用いられています。
- クラスⅠ:日常的な身体活動では症状がない
- クラスⅡ:軽度の身体活動で症状が出現する
- クラスⅢ:軽度未満の身体活動で症状が出現する
- クラスⅣ:安静時にも症状がある
特に高齢者では、これらの症状が加齢による変化と混同されやすく、「年のせいだから」と見過ごされることがあるため注意が必要です。
心不全の原因疾患と危険因子
心不全は様々な心臓疾患や全身疾患の最終的な共通経路として現れます。主な原因疾患には以下のようなものがあります。
- 虚血性心疾患。
- 高血圧性心疾患。
- 長期間の高血圧による心臓への負担増大
- 左室肥大から心不全への進行
- 弁膜症。
- 僧帽弁閉鎖不全症・狭窄症
- 大動脈弁閉鎖不全症・狭窄症
- 三尖弁閉鎖不全症
- 心筋症。
- 拡張型心筋症
- 肥大型心筋症
- 拘束型心筋症
- 不整脈。
- 心房細動
- 頻脈性不整脈
- 徐脈性不整脈
- 先天性心疾患。
- 心房中隔欠損症
- 心室中隔欠損症
- その他の構造的異常
- その他の原因。
- 心筋炎
- 心膜疾患
- 甲状腺機能異常
- 貧血
- 肺疾患(肺高血圧症など)
心不全の危険因子としては、以下のようなものが挙げられます。
これらの原因疾患や危険因子を持つ患者では、定期的な心機能評価と早期介入が重要です。特に複数の危険因子を持つ高齢者では、心不全の発症リスクが高まるため、予防的アプローチが必要となります。
心不全の診断と検査方法
心不全の診断は、症状や身体所見の評価から始まり、様々な検査を組み合わせて総合的に行われます。医療従事者が知っておくべき主な診断方法と検査について解説します。
臨床症状と身体所見
基本的検査
- 血液検査。
- 画像検査。
- 胸部X線:心拡大、肺うっ血、胸水の評価
- 心エコー検査:左室駆出率、壁運動異常、弁膜症の評価
- 心臓MRI:心筋の性状評価、線維化の検出
- 核医学検査:心筋血流や代謝の評価
- 冠動脈CT:冠動脈疾患の評価
- その他の検査。
- 心電図:不整脈、虚血性変化の評価
- 運動負荷試験:運動耐容能の評価
- 心臓カテーテル検査:冠動脈疾患の評価、血行動態の測定
- 心筋生検:特定の心筋疾患の診断
心不全の新しい診断アプローチ
最近では、人工知能(AI)を活用した心電図解析や、ウェアラブルデバイスによる在宅モニタリングなど、新しい診断技術も開発されています。これらの技術は、早期診断や遠隔医療に役立つ可能性があります。
特に高齢者の心不全診断では、非典型的な症状(食欲不振、意識障害、めまいなど)に注意が必要です。また、複数の併存疾患を持つ患者では、症状の原因を特定することが難しい場合があります。
診断の際は、心不全の分類(HFrEF、HFmrEF、HFpEF)を明確にすることが重要です。これにより、適切な治療戦略を立てることができます。
心不全の治療戦略と薬物療法の最新動向
心不全の治療は、症状の緩和、生活の質の向上、疾患の進行抑制、および生命予後の改善を目的としています。治療戦略は心不全の分類(HFrEF、HFmrEF、HFpEF)によって異なります。
薬物療法の基本
- 駆出率の低下した心不全(HFrEF)の標準治療。
- 新世代の心不全治療薬。
- ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬):サクビトリル/バルサルタン
- SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、エンパグリフロジン)
- 洞結節If電流阻害薬(イバブラジン)
SGLT2阻害薬は当初糖尿病治療薬として開発されましたが、近年の大規模臨床試験で心不全患者の予後改善効果が証明され、心不全治療の新たな選択肢となっています。特筆すべきは、糖尿病の有無にかかわらず効果が認められている点です。
駆出率の保持された心不全(HFpEF)の治療
HFpEFの治療は長らく確立されていませんでしたが、最近の研究でSGLT2阻害薬の有効性が示されています。また、基礎疾患(高血圧、冠動脈疾患など)の管理も重要です。
急性心不全の治療
急性心不全では、以下の治療が行われます。
- 酸素投与
- 静脈内利尿薬
- 血管拡張薬
- 強心薬(必要に応じて)
- 非侵襲的陽圧換気(NPPV)または人工呼吸管理
非薬物療法
- デバイス治療。
- 心臓再同期療法(CRT)
- 植込み型除細動器(ICD)
- 左室補助人工心臓(LVAD)
- 外科的治療。
- 冠動脈バイパス術
- 弁膜症手術
- 心臓移植
- カテーテル治療。
- 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)
- 経カテーテル的弁置換術/弁形成術
最新の治療トレンド
近年、心不全治療では個別化医療の重要性が認識されています。遺伝子検査や詳細な表現型分析に基づいて、患者ごとに最適な治療法を選択する試みが進んでいます。
また、モバイルヘルス技術を活用した遠隔モニタリングシステムも普及しつつあり、早期に心不全の悪化を検出し、入院を減らす効果が期待されています。
心不全治療の目標は、単に生存期間を延長するだけでなく、患者の生活の質を向上させることです。そのためには、薬物療法だけでなく、リハビリテーション、栄養指導、心理的サポートなど、多職種による包括的なアプローチが重要です。
心不全患者の生活管理と予後改善のための自己ケア
心不全患者の予後を改善し、再入院を減らすためには、適切な薬物療法に加えて、日常生活における自己管理が非常に重要です。医療従事者は患者教育を通じて、以下の自己ケアポイントを指導することが求められます。
日常的なモニタリング
- 体重測定。
- 毎朝、排尿後・朝食前の同じ条件で測定
- 2〜3日で2kg以上の増加は水分貯留の可能性があり、医師への相談が必要
- 体重記録ノートの活用
- 症状の自己観察。
- 息切れの悪化
- むくみの増加
- 疲労感の増強
- 夜間の咳や呼吸困難
食事管理
- 塩分制限。
- 一般的に1日6g未満の塩分摂取が推奨される
- 加工食品、外食、インスタント食品の制限
- 調味料の工夫(酢、レモン、香辛料などの活用)
- 水分管理。
- 医師の指示に従った水分摂取量の調整
- 重症例では1日1.5L程度に制限することもある
- バランスの良い食事。
- 適切なタンパク質摂取
- 野菜・果物からのカリウム摂取
- 過度の脂質制限は避ける
生活習慣の調整
- 適切な運動。
- 個々の心機能に応じた運動処方
- 心臓リハビリテーションプログラムへの参加
- 無理のない範囲での日常活動の維持
- **休息と睡