四環系抗うつ薬の一覧と基本情報
四環系抗うつ薬の種類と商品名一覧
四環系抗うつ薬は日本において4つの主要な薬剤が臨床使用されています。それぞれの一般名と対応する商品名、特徴を以下に詳しく示します。
マプロチリン系薬剤
- マプロチリン塩酸塩(ルジオミール、マプロチリン塩酸塩「アメル」)
- 1964年に合成された最初の四環系抗うつ薬
- ノルアドレナリン取り込み阻害作用が強い
ミアンセリン系薬剤
- ミアンセリン(テトラミド)
- α2アドレナリン受容体阻害作用を持つ
- 併用療法として有効性が報告されている
セチプチリン系薬剤
- セチプチリンマレイン酸塩(テシプール、セチプチリンマレイン酸塩「サワイ」)
- ミアンセリンと類似した作用プロファイルを示す
- 比較的軽微な副作用プロファイル
ミルタザピン系薬剤
- ミルタザピン(リフレックス、レメロン、各種後発品)
- NaSSA(ノルアドレナリン・セロトニン特異的抗うつ薬)に分類される場合もある
- 最も多くの後発品が発売されている
これらの薬剤は全て「うつ病・うつ状態」に対して保険適応が認められており、医療現場で幅広く使用されています。
四環系抗うつ薬の作用機序と特徴
四環系抗うつ薬の作用機序は薬剤により異なりますが、共通して脳内のモノアミン神経伝達を調節することで抗うつ効果を発揮します。
主要な作用機序
- ノルアドレナリン取り込み阻害作用(特にマプロチリン)
- α2アドレナリン受容体阻害作用(ミアンセリン、セチプチリン)
- セロトニン5HT2受容体阻害作用
- ヒスタミンH1受容体阻害作用
マプロチリンは他の四環系抗うつ薬と比較して、ノルアドレナリン取り込み阻害作用が特に強く、気力や意欲の改善により効果的とされています。一方で、セロトニン神経系への作用はほとんど持たないため、落ち込みや不安に対する効果は限定的です。
ミアンセリンとセチプチリンは作用プロファイルが類似しており、α2アドレナリン受容体阻害を介してノルアドレナリンとセロトニンの放出を促進します。これらの薬剤はアミトリプチリンと同程度の抗うつ作用を有することが報告されています。
臨床的特徴
- 三環系抗うつ薬より心血管系副作用が少ない
- 起立性低血圧のリスクが低い
- 初老期以降のうつ病治療での選択肢となる
- 併用療法として有効(特にミアンセリン)
四環系抗うつ薬の副作用と注意点
四環系抗うつ薬は三環系抗うつ薬と比較して副作用プロファイルが改善されていますが、特有の注意すべき副作用が存在します。
主要な副作用
抗ヒスタミン作用による副作用
- 眠気(最も頻度の高い副作用)
- 食欲亢進
- 体重増加
特にミアンセリンはヒスタミンH1受容体阻害作用とセロトニン5HT2C受容体阻害作用により、抗うつ薬の中でも眠気が強く出現することが知られています。この特性を逆に利用して、不眠症治療やせん妄治療にも使用されることがあります。
抗コリン作用による副作用
- 口渇
- 便秘
- 緑内障への影響(軽微だが注意が必要)
四環系抗うつ薬の抗コリン作用は三環系と比較して弱いものの、完全に無いわけではありません。
循環器系副作用
- ふらつき
- 血圧低下(α1アドレナリン受容体阻害による)
- 心機能への軽微な影響
マプロチリンは他の四環系抗うつ薬と比較して、ヒスタミンH1受容体阻害作用とα1アドレナリン受容体阻害作用が比較的弱いことが報告されています。
重篤な副作用
- 悪性症候群(頻度は低いが重篤)
- 痙攣(てんかん既往歴のある患者で注意)
- 躁転(躁うつ病患者で注意)
四環系抗うつ薬の薬価と選択基準
四環系抗うつ薬の薬価は先発品と後発品で大きな差があり、経済性も考慮した選択が重要です。
薬価比較(2025年5月版)
マプロチリン系
- ルジオミール錠10mg(先発品):6.1円/錠
- ルジオミール錠25mg(先発品):12円/錠
- マプロチリン塩酸塩錠10mg「アメル」(後発品):6.1円/錠
- マプロチリン塩酸塩錠25mg「アメル」(後発品):8.7円/錠
ミアンセリン系
- テトラミド錠10mg(先発品):9.1円/錠
- テトラミド錠30mg(先発品):25円/錠
セチプチリン系
- テシプール錠1mg(先発品):8.4円/錠
- セチプチリンマレイン酸塩錠1mg「サワイ」(後発品):6.1円/錠
ミルタザピン系
- リフレックス錠15mg(先発品):76.3円/錠
- レメロン錠15mg(先発品):61.9円/錠
- ミルタザピン錠15mg(後発品各社):13.3円/錠~
ミルタザピンは最も多くの後発品が発売されており、薬価も大幅に安くなっています。
選択基準
- 眠気を避けたい場合:マプロチリン
- 併用療法を考慮する場合:ミアンセリン
- 経済性を重視する場合:各種後発品
- 高齢者への処方:心血管系副作用の少ない四環系全般
四環系抗うつ薬の臨床応用と治療戦略
四環系抗うつ薬は現在、第一選択薬として使用されることは少なくなっていますが、特定の臨床場面では依然として有用性があります。
適応となる臨床場面
不眠症併存例での活用
四環系抗うつ薬の強い眠気作用は、従来は副作用として捉えられていましたが、現在では不眠症を併存するうつ病患者において有効活用されています。特にベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用を避けたい場合や、依存性のない睡眠改善を目指す場合に選択されます。
高齢者うつ病での選択肢
初老期以降のうつ病治療において、三環系抗うつ薬より心血管系副作用が少ないことから、安全性を重視した治療選択肢として位置づけられています。特に起立性低血圧や心血管系疾患を併存する高齢者では重要な選択肢となります。
併用療法での戦略的使用
ミアンセリンは抗うつ薬の併用療法において特に有効性が報告されており、SSRI/SNRIで十分な効果が得られない場合の併用薬として検討されます。この併用戦略は従来から精神科臨床で活用されてきた手法です。
せん妄治療での応用
ミアンセリンは不眠だけでなく、せん妄治療においても有効性が報告されています。一般的な抗精神病薬とは異なる作用機序により、せん妄の症状改善に寄与する可能性があります。
現代的な位置づけ
現在の精神科薬物療法において、四環系抗うつ薬は「古い薬剤」として軽視されがちですが、その独特な薬理学的特性を理解し、適切な患者に使用することで、現代の治療においても十分な価値を発揮します。特に多剤併用を避けつつ、うつ症状と睡眠障害の両方に対処したい場合には、非常に合理的な選択肢となり得ます。
四環系抗うつ薬は、新しい抗うつ薬では対応困難な特定の臨床場面において、依然として重要な治療選択肢であり続けています。その適切な使い分けこそが、現代の精神科薬物療法における真の専門性を示すものといえるでしょう。
参考リンク:四環系抗うつ薬の詳細な薬理学的特性について
参考リンク:四環系抗うつ薬の副作用と安全性情報について