SGLT-2阻害薬の一覧と特徴
SGLT-2阻害薬は、2014年に日本で初めて承認された比較的新しい糖尿病治療薬です。従来の糖尿病治療薬とは異なり、腎臓での糖の再吸収を阻害することで血糖値を下げるという独自のメカニズムを持っています。現在、日本では6種類のSGLT-2阻害薬が使用可能であり、それぞれに特徴があります。
SGLT-2阻害薬は単に血糖値を下げるだけでなく、体重減少効果や心血管イベントリスクの低減、腎保護効果など多面的な作用を持つことが大規模臨床試験で証明されており、糖尿病治療における重要な選択肢となっています。
SGLT-2阻害薬の種類と薬価一覧
現在、日本で使用可能なSGLT-2阻害薬は以下の6種類です。それぞれの薬剤名、商品名、規格、薬価を一覧表にまとめました。
一般名 | 商品名 | 規格 | 薬価(円/錠) |
---|---|---|---|
イプラグリフロジン | スーグラ | 錠25mg 錠50mg |
108.7 162.6 |
ダパグリフロジン | フォシーガ | 錠5mg 錠10mg |
163.3 240.2 |
ルセオグリフロジン | ルセフィ | 錠2.5mg 錠5mg ODフィルム2.5mg |
142.3 210.7 142.3 |
トホグリフロジン | デベルザ | 錠20mg | 154.4 |
カナグリフロジン | カナグル | 錠100mg OD錠100mg |
149.9 152.6 |
エンパグリフロジン | ジャディアンス | 錠10mg 錠25mg |
188.9 322.6 |
薬価は2025年3月時点のものです。医療費の負担を考慮する場合、スーグラ錠25mgが最も安価な選択肢となっています。また、ルセフィはODフィルム製剤も選択できるため、嚥下困難な患者さんや持ち運びの便宜を考慮した場合に有用です。
SGLT-2阻害薬の作用機序と血糖降下効果
SGLT-2阻害薬は、腎臓の近位尿細管に存在するナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)を選択的に阻害することで作用します。通常、腎臓ではSGLT2を介して血液中のグルコースの約90%が再吸収されますが、SGLT2阻害薬はこの再吸収を抑制し、尿中にグルコースを排出させることで血糖値を低下させます。
この作用機序には以下のような特徴があります。
- インスリン作用に依存しないため、膵β細胞の負担を軽減できる
- 低血糖リスクが比較的低い(単剤使用時)
- カロリー排出による体重減少効果がある
- 浸透圧利尿作用による血圧低下効果がある
血糖降下効果としては、HbA1c値を0.5~1.0%程度低下させる効果が期待できます。2型糖尿病患者を対象とした研究では、SGLT2阻害薬投与後にHbA1c値、体重、血圧ともに有意に低下することが確認されています。
また、SGLT2阻害薬は糖毒性の解除効果も報告されており、膵β細胞機能の回復や保護作用も期待されています。実験的研究では、SGLT2阻害薬投与によりインスリン遺伝子やその転写因子の発現回復、膵β細胞増殖能の上昇とアポトーシス減少を介した膵β細胞massの増大も報告されています。
SGLT-2阻害薬の副作用と注意点
SGLT-2阻害薬は効果的な治療薬である一方で、その作用機序に関連した特有の副作用があります。主な副作用と注意点は以下の通りです。
頻度の高い副作用
重篤な副作用
- 糖尿病性ケトアシドーシス(DKA):吐き気、嘔吐、腹痛、意識障害などの症状が現れます。正常血糖値でも発症する可能性があるため注意が必要です。
- フルニエ壊疽:会陰部の皮膚の発赤、腫れ、激しい痛みを伴う壊死性筋膜炎です。発生頻度は0.01%未満ですが、早期発見・早期治療が重要です。
- 脱水:尿量増加による脱水症状に注意が必要です。特に高齢者や利尿薬併用患者では注意が必要です。
- 腎盂腎炎:寒気、ふるえ、発熱、背部痛などの症状があります。
- 敗血症:発熱、寒気、脈拍増加、倦怠感などの症状があります。
服用時の注意点
- 発熱・下痢・嘔吐などのシックデイには必ず休薬する
- 75歳以上の高齢者、65~74歳でサルコペニアや認知機能低下などがある場合は慎重投与
- インスリンやSU薬との併用時は低血糖に注意
- 利尿薬併用時は脱水に特に注意
- 職業によっては(トイレに行きづらい環境での仕事など)使用しづらい場合がある
日本糖尿病学会のガイドラインでも、これらの注意点が示されており、患者の状態に応じた慎重な薬剤選択と経過観察が推奨されています。
SGLT-2阻害薬の適応症と心腎保護効果
SGLT-2阻害薬は当初、2型糖尿病の治療薬として承認されましたが、大規模臨床試験によって心血管イベントや腎疾患に対する保護効果が明らかになり、適応症が拡大しています。現在の適応症は薬剤によって異なります。
適応症の拡大状況
- フォシーガ(ダパグリフロジン)。
- 1型糖尿病、2型糖尿病
- 慢性心不全(10mg、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る)
- 慢性腎臓病(10mg、末期・透析除く)
- ジャディアンス(エンパグリフロジン)。
- 2型糖尿病
- 慢性心不全
- カナグル(カナグリフロジン)。
- 2型糖尿病
- 慢性腎臓病(2型糖尿病を合併する)
- スーグラ(イプラグリフロジン)。
- 1型糖尿病、2型糖尿病
- ルセフィ(ルセオグリフロジン)、デベルザ(トホグリフロジン)。
- 2型糖尿病
心血管保護効果
EMPA-REG OUTCOME試験(エンパグリフロジン)やCANVAS試験(カナグリフロジン)などの大規模臨床試験では、SGLT2阻害薬が心血管イベントリスクを有意に低減することが示されました。特に心不全による入院リスクの低減効果が顕著です。
日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインでは、最大量あるいは最大忍容量のβ遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬が導入されているにも関わらず症候性で、収縮能が低下した(左室駆出率≦40%)慢性心不全患者に対して、心不全悪化および心血管死のリスク低減を考慮しSGLT2阻害薬の使用を推奨しています。
腎保護効果
SGLT2阻害薬は腎臓の輸入細動脈の収縮を緩和し、糸球体内圧を低下させることで腎保護効果を発揮すると考えられています。臨床研究では、アルブミン尿の減少やeGFRの低下抑制効果が示されています。
日本腎臓学会は、SGLT2阻害薬はCKD患者において腎保護効果を示すため、リスクとベネフィットを十分に勘案して積極的に使用を検討するとしています。
SGLT-2阻害薬の使い分けと選択のポイント
6種類のSGLT-2阻害薬はそれぞれに特徴があり、患者の状態や治療目標に応じた使い分けが重要です。各薬剤の特徴と選択のポイントを解説します。
スーグラ(イプラグリフロジン)
- ✅ インスリン治療と併用可能
- ✅ 通常量の半量の規格があるため減量しやすい
- ❌ 服用時間が朝食時に限定されている
- 👉 インスリン併用患者や用量調節が必要な患者に適している
フォシーガ(ダパグリフロジン)
- ✅ インスリン治療と併用可能
- ✅ 心血管疾患・腎疾患の適応がある
- ✅ エビデンスが豊富
- ✅ 服用時間が朝食時に限定されていない
- 👉 心血管リスクや腎疾患を有する患者、服薬タイミングの柔軟性が必要な患者に適している
デベルザ(トホグリフロジン)
- ✅ 半減期が短いため夜間頻尿の副作用が抑えられる
- ✅ 割線があるため減量しやすい
- ❌ 服用時間が朝食時に限定されている
- 👉 夜間頻尿が懸念される患者や用量調節が必要な患者に適している
ルセフィ(ルセオグリフロジン)
- ✅ フィルム製剤があるため持ち運びに便利
- ❌ 服用時間が朝食時に限定されている
- 👉 嚥下困難な患者や服薬コンプライアンス向上が必要な患者に適している
カナグル(カナグリフロジン)
- ✅ 腎疾患への適応がある
- ❌ 100mg錠しかないため用量調節がしづらい
- ❌ 服用時間が朝食時に限定されている
- 👉 腎疾患を有する患者に適している
ジャディアンス(エンパグリフロジン)
- ✅ エビデンスが豊富
- ✅ 心血管疾患への適応がある
- ✅ SGLT2選択性が極めて高い
- ❌ 服用時間が朝食時に限定されている
- 👉 心血管リスクを有する患者に適している
選択のポイント
- 併存疾患の有無:心不全や慢性腎臓病がある場合は、それらの適応を持つ薬剤(フォシーガ、ジャディアンス、カナグル)を選択
- 併用薬:インスリン併用の場合はインスリン併用の適応がある薬剤を選択
- 服薬タイミングの制約:服薬時間の柔軟性が必要な場合はフォシーガを選択
- 副作用への懸念:夜間頻尿が懸念される場合は半減期の短いデベルザを選択
- 服薬コンプライアンス:嚥下困難な患者にはルセフィのODフィルム製剤を検討
- 薬価:医療費負担を考慮する場合はスーグラが比較的安価
患者の病態、生活スタイル、併存疾患、併用薬などを総合的に評価し、最適な薬剤を選択することが重要です。
SGLT-2阻害薬の最新研究と将来展望
SGLT-2阻害薬は糖尿病治療薬としての枠を超え、さまざまな疾患への応用可能性が研究されています。最新の研究動向と将来展望について紹介します。
がん発症リスク低減効果
近年、SGLT2阻害薬は実験レベルでさまざまながん種に対する抗腫瘍効果が示唆されています。2024年に発表された日本の大規模疫学研究では、SGLT2阻害薬またはDPP-4阻害薬を処方された患者におけるがん発症率を調査した結果、SGLT2阻害薬のほうががん発症リスクが低く、特に大腸がんの発症リスクが低いことが報告されました。
この研究では、2万6,823例を1:2(SGLT2阻害薬群8,941例、DPP-4阻害薬群1万7,882例)に傾向スコアマッチングし、平均追跡期間2.0±1.6年の間に1,076例ががんを発症しましたが、SGLT2阻害薬投与はがんリスク低下と関連していることが示されました。
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)への効果
SGLT2阻害薬は肝臓での脂肪蓄積を減少させる効果があり、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療薬としての可能性が研究されています。いくつかの臨床試験では、肝酵素値の改善や肝臓の脂肪化の減少が報告されています。
神経保護効果
動物実験では、SGLT2阻害薬が脳内の炎症を抑制し、神経保護効果を示す可能性が報告されています。アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患への応用可能性が研究されています。
肥満症治療薬としての可能性
SGLT2阻害薬の体重減少効果は、糖尿病患者だけでなく非糖尿病の肥満患者にも有効である可能性があります。現在、非糖尿病肥満患者を対象とした臨床試験が進行中です。
実際の臨床例では、40代男性の2型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を処方したところ、7ヶ月でHbA1cが9.1%から5.4%に改善し、体重も76.7kgから61kgに減少した例が報告されています。この改善結果とともに運動療法へのモチベーションが上がり、自主的に筋力トレーニングを開始したことで、最終的にはSGLT2阻害薬を中止してもメトホルミン単剤で良好な血糖コントロールを維持できるようになったケースもあります。
GLP-1受容体作動薬との併用効果
SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の併用は、それぞれの薬剤の長所を活かした相乗効果が期待されています。両剤の併用により、血糖コントロール、体重減少、心血管イベント予防において優れた効果が得られる可能性があります。
薬剤 SGLT2阻害薬 GLP-1受容体作動薬 作用機序 腎臓でのSGLT2をブロックし糖を尿中に排出 インスリン分泌促進と食欲抑制 体重減少効果 〇 ◎ 主な副作用 尿路感染症、性器感染症、脱水 消化器症状(下痢、悪心など) 向いている患者 高血圧がある、インスリン抵抗性が高い、糖質カットしたい 体重減少効果を高めたい、食べ過ぎを防ぎたい SGLT2阻害薬は、従来の糖尿病治療薬とは異なるメカニズムで作用し、血糖コントロールだけでなく、体重減少、血圧低下、心腎保護効果など多面的な効果を持つ革新的な治療薬です。今後も新たな適応症の拡大や、他の疾患への応用可能性について研究が進むことが期待されます。
糖尿病治療において、患者の病態や生活スタイル、併存疾患などを総合的に評価し、最適なSGLT2阻害薬を選択することが重要です。また、副作用や注意点についても十分に理解し、適切な患者教育と経過観察を行うことが安全かつ効果的な治療につながります。