SGLT-2阻害薬配合剤一覧と特徴
糖尿病治療において、複数の作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで、より効果的な血糖コントロールが可能になります。特に近年注目されているSGLT-2阻害薬を含む配合剤は、服薬の簡便さと治療効果の両立という点で大きなメリットがあります。本記事では、現在日本で使用可能なSGLT-2阻害薬配合剤について詳しく解説します。
SGLT-2阻害薬配合剤の種類と薬価比較
現在、日本で承認・販売されているSGLT-2阻害薬配合剤は主に3種類あります。2025年4月現在の情報に基づくと、以下のような製品が市場に出ています。
- トラディアンス配合錠(エンパグリフロジン/リナグリプチン配合錠)
- トラディアンス配合錠AP:235.8円/錠(2025年3月時点)
- トラディアンス配合錠BP:329.8円/錠(2025年3月時点)
- 製造販売元:日本ベーリンガーインゲルハイム、販売提携:日本イーライリリー
- カナリア配合錠(カナグリフロジン/テネリグリプチン配合錠)
- カナリア配合錠:208.5円/錠(2025年3月時点)
- カナリア配合OD錠も販売
- 製造販売元:田辺三菱製薬、プロモーション提携:第一三共
- スージャヌ配合錠(イプラグリフロジン/シタグリプチン配合錠)
- スージャヌ配合錠:178.8円/錠(2025年3月時点)
- 製造販売元:MSD、販売元:アステラス製薬
これらの配合剤はいずれもDPP-4阻害薬とSGLT-2阻害薬を組み合わせたものです。薬価を比較すると、スージャヌ配合錠が最も安価であり、トラディアンス配合錠BPが最も高価となっています。
SGLT-2阻害薬とDPP-4阻害薬の配合による相乗効果
SGLT-2阻害薬とDPP-4阻害薬は作用機序が異なるため、配合することで相補的な効果が期待できます。
SGLT-2阻害薬の作用機序。
SGLT-2阻害薬は腎臓での糖再吸収を抑制し、尿中へのブドウ糖排泄を促進します。血液中の過剰なブドウ糖を尿糖として排出することで高血糖を改善する作用があります。インスリン分泌に依存しないため、膵臓への負担が少ないという特徴があります。
DPP-4阻害薬の作用機序。
DPP-4阻害薬はインクレチンホルモンの分解を抑制することで、血糖値依存的にインスリン分泌を促進し、グルカゴン分泌を抑制します。食後高血糖の改善に特に有効です。
これらを配合することで、以下のような相乗効果が期待できます。
- 食前・食後の血糖値を総合的に改善
- 複数の作用点からの血糖コントロール
- 低血糖リスクの軽減(特にSU薬などと比較して)
- 体重増加の抑制または減少効果
臨床試験では、単剤使用時と比較して、配合剤使用時のHbA1cの改善効果が高いことが示されています。例えば、エンパグリフロジンとリナグリプチンの配合では、それぞれの単剤使用時と比較して、HbA1cの低下が約0.4~0.6%追加されることが報告されています。
SGLT-2阻害薬配合剤の適応と処方時の注意点
SGLT-2阻害薬配合剤は、以下のような患者さんに適していると考えられます。
一方で、処方時には以下の点に注意が必要です。
禁忌・慎重投与。
副作用モニタリング。
- 尿路・性器感染症
- 多尿・頻尿
- 脱水関連事象
- ケトアシドーシス(特に食事摂取不良時)
- 皮膚障害
処方開始時には、患者教育を十分に行い、脱水予防や感染症状の早期発見について指導することが重要です。また、シックデイルールについても説明し、体調不良時の対応について理解してもらうことが必要です。
トラディアンス配合錠APとBPの違いと使い分け
トラディアンス配合錠には、AP錠とBP錠の2種類があります。それぞれの特徴と使い分けについて解説します。
トラディアンス配合錠AP。
- 成分・含量:リナグリプチン5mg + エンパグリフロジン10mg
- 薬価:235.8円/錠(2025年3月時点)
- 特徴:エンパグリフロジンの用量が少なめ
トラディアンス配合錠BP。
- 成分・含量:リナグリプチン5mg + エンパグリフロジン25mg
- 薬価:329.8円/錠(2025年3月時点)
- 特徴:エンパグリフロジンの用量が多め
これらの使い分けについては、主に以下のような点を考慮します。
- 血糖コントロールの状態。
- より強力な血糖降下作用が必要な場合はBP錠
- 軽度~中等度の血糖コントロール不良ではAP錠
- 副作用リスク。
- 副作用(特に多尿、頻尿、脱水など)のリスクが高い患者ではAP錠
- 高齢者や腎機能低下患者では一般的にAP錠から開始
- 体重減少効果。
- より強い体重減少効果を期待する場合はBP錠
- 既存治療からの切り替え。
- ジャディアンス10mg使用中の患者→AP錠
- ジャディアンス25mg使用中の患者→BP錠
トラディアンス配合錠は2018年11月20日に発売され、当初の薬価はAP錠が283.3円/錠、BP錠が395.6円/錠でしたが、2025年3月時点では上記のように改定されています。
SGLT-2阻害薬配合剤の医療経済学的メリット
SGLT-2阻害薬配合剤の使用には、医療経済学的な観点からもいくつかのメリットがあります。
薬剤費の削減効果。
配合剤の薬価は、各単剤を別々に処方する場合と比較して一般的に安価です。例えば。
- トラディアンス配合錠AP(235.8円/錠)vs トラゼンタ錠(リナグリプチン5mg、169.6円/錠)+ ジャディアンス錠10mg(188.9円/錠)= 合計358.5円/日
- 差額:約122.7円/日の削減(約34%の削減)
年間に換算すると、1患者あたり約44,785円の薬剤費削減効果があります。
間接的な医療費削減効果。
- 服薬アドヒアランス向上による合併症予防。
服薬錠数の減少によりアドヒアランスが向上し、血糖コントロールが改善することで、長期的な糖尿病合併症(網膜症、腎症、神経障害など)の発症・進行を予防できる可能性があります。
- 体重管理による健康増進効果。
SGLT-2阻害薬の体重減少効果により、肥満関連疾患の予防・改善が期待でき、これらの疾患に関連する医療費の削減につながる可能性があります。
- 心血管イベント抑制効果。
SGLT-2阻害薬には心血管イベント抑制効果があることが大規模臨床試験で示されており、心不全入院や心血管死のリスク低減による医療費削減効果が期待できます。
患者負担の軽減。
患者自身の薬剤費負担も軽減されるため、経済的な理由による服薬中断のリスクが低減します。また、服薬管理が簡便になることで、特に高齢者や多剤服用中の患者の負担が軽減されます。
医療機関側のメリットとしては、処方箋作成の簡素化や薬剤管理の効率化などが挙げられます。また、患者の服薬アドヒアランス向上により、治療効果が高まることで診療の質の向上にもつながります。
SGLT-2阻害薬配合剤と他の糖尿病治療薬配合剤の比較
糖尿病治療薬の配合剤には、SGLT-2阻害薬とDPP-4阻害薬の組み合わせ以外にも、様々な種類があります。それぞれの特徴を比較してみましょう。
DPP-4阻害薬/SGLT-2阻害薬配合剤。
- 代表製品:トラディアンス配合錠、カナリア配合錠、スージャヌ配合錠
- 特徴:インスリン非依存的な血糖降下作用と体重減少効果
- 適応:単剤での血糖コントロール不十分例
- メリット:低血糖リスクが低く、体重増加がない
ビグアナイド薬/DPP-4阻害薬配合剤。
- 代表製品:エクメット配合錠(ビルダグリプチン/メトホルミン)、イニシンク配合錠(アログリプチン/メトホルミン)、メトアナ配合錠(アナグリプチン/メトホルミン)
- 特徴:肝での糖新生抑制と膵でのインスリン分泌促進
- 適応:メトホルミンまたはDPP-4阻害薬単剤で効果不十分例
- メリット:低血糖リスクが低く、体重増加がない
チアゾリジン薬/DPP-4阻害薬配合剤。
- 代表製品:リオベル配合錠(アログリプチン/ピオグリタゾン)
- 特徴:インスリン抵抗性改善とインスリン分泌促進
- 適応:ピオグリタゾンまたはDPP-4阻害薬単剤で効果不十分例
- 注意点:体重増加、浮腫、骨折リスク
チアゾリジン薬/ビグアナイド薬配合剤。
- 代表製品:メタクト配合錠(ピオグリタゾン/メトホルミン)
- 特徴:インスリン抵抗性改善と肝糖新生抑制
- 適応:ピオグリタゾンまたはメトホルミン単剤で効果不十分例
- メリット:相補的な作用機序
チアゾリジン薬/SU薬配合剤。
- 代表製品:ソニアス配合錠(ピオグリタゾン/グリメピリド)
- 特徴:インスリン抵抗性改善とインスリン分泌促進
- 適応:ピオグリタゾンまたはSU薬単剤で効果不十分例
- 注意点:低血糖リスク、体重増加
速効型インスリン分泌促進薬/α-GI配合剤。
- 代表製品:グルベス配合錠(ミチグリニド/ボグリボース)
- 特徴:食後高血糖の改善に特化
- 適応:食後血糖コントロール不良例
- メリット:食後高血糖に特化した治療
これらの配合剤の中で、SGLT-2阻害薬配合剤は以下の点で特徴的です。
- 心血管イベント抑制効果:SGLT-2阻害薬には心血管イベント抑制効果があることが大規模臨床試験で示されており、特に心不全リスクの高い患者に有用
- 体重減少効果:他の配合剤と異なり、体重減少効果が期待できる
- 腎保護効果:SGLT-2阻害薬には腎保護効果があることが示されており、糖尿病性腎症の進行抑制に有用
- 血圧低下効果:軽度の血圧低下効果があり、高血圧を合併する患者に有用
配合剤の選択にあたっては、患者の病態(肥満度、腎機能、心血管リスクなど)や併存疾患、副作用リスク、薬剤費などを総合的に考慮することが重要です。
SGLT-2阻害薬配合剤の最新研究動向と今後の展望
SGLT-2阻害薬配合剤に関する研究は現在も活発に行われており、その臨床的価値についての理解が深まっています。最新の研究動向と今後の展望について解説します。
最新の臨床研究結果。
- 長期有効性と安全性。
SGLT-2阻害薬とDPP-4阻害薬の配合剤の長期使用(3年以上)においても、血糖降下効果の減弱が少なく、安全性プロファイルも良好であることが報告されています。特に、単剤使用時と比較して低血糖リスクの増加がないことが確認されています。
- 心血管アウトカム。
SGLT-2阻害薬の心血管保護効果はDPP-4阻害薬との配合後も維持されることが示唆されています。特に心不全入院リスクの低減効果は配合剤使用でも確認されています。
- 腎保護効果。
SGLT-2阻害薬の腎保護効果(アルブミン尿減少、eGFR低下抑制)も配合剤使用で維持されることが報告されています。
- 代謝パラメータへの影響。
配合剤使用による体重減少効果、血圧低下効果、脂質プロファイル改善効果などが確認されています。
今後の展望。
- 新規配合剤の開発。
現在、SGLT-2阻害薬と他のクラスの薬剤(GLP-1受容体作動薬など)との配合剤の開発も進められています。これにより、より強力な血糖降下効果と体重減少効果を併せ持つ治療選択肢が増える可能性があります。
- 適応拡大の可能性。
SGLT-2阻害薬は糖尿病以外にも、心不全や慢性腎臓病への適応拡大が進んでいます。将来的には、配合剤についても糖尿病以外の疾患への適応が検討される可能性があります。
- 個別化医療への応用。
患者の遺伝的背景や臨床的特徴に基づいて、最適な配合剤を選択するための研究も進められています。将来的には、より精密な個別化医療が可能になるかもしれません。
- デジタルヘルスとの融合。
配合剤の使用と連動した血糖モニタリングシステムや服薬支援アプリなど、デジタルヘルステクノロジーとの融合も期待されています。
- 新規剤形の開発。
現在の配合剤は主に錠剤ですが、今後はOD錠(口腔内崩壊錠)や徐放性製剤など、様々な剤形の開発が進む可能性があります。実際に、カナリア配合OD錠のように、すでにOD錠が開発されている例もあります。
SGLT-2阻害薬配合剤は、その優れた血糖降下効果と多面的な臓器保護効果により、今後も糖尿病治療の重要な選択肢であり続けると考えられます。特に、心血管疾患や腎疾患を合併する糖尿病患者において、その臨床的価値はさらに高まる可能性があります。
医療従事者は、これらの最新の研究動向を把握し、個々の患者に最適な治療選択を行うことが重要です。また、配合剤の特性を理解し、適切な患者教育と副作用モニタリングを行うことで、その効果を最大化し、リスクを最小化することができます。