脊髄小脳変性症薬の一覧と最新治療薬開発

脊髄小脳変性症薬の一覧

脊髄小脳変性症治療薬の全体像
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運動失調治療薬

TRH製剤とTRH誘導体が主力薬剤

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幹細胞治療薬

ステムカイマルが第II相臨床試験で良好な結果

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新規治療薬候補

L-アルギニンやロバチレリンが開発中

脊髄小脳変性症の運動失調治療薬

脊髄小脳変性症の主症状である運動失調に対する治療薬として、現在保険適用されているのは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤とその誘導体です。

TRH製剤

  • プロチレリン酒石酸水和物(ヒルトニン):注射薬として使用される最初の運動失調治療薬
  • 静脈内投与により効果を発揮するが、患者の負担が大きい
  • 入院または外来での点滴治療が必要

TRH誘導体

  • タルチレリン水和物(セレジスト):世界初のTRH経口投与薬
  • TRH製剤と比較して約100倍の作用活性と約8倍の作用時間を持つ
  • ホルモン作用は10-20%と弱く、副作用の軽減が期待される
  • 口腔内崩壊錠(セレジストOD錠)も開発され、嚥下障害のある患者でも服用しやすい

これらの薬剤の作用機序は完全には解明されていませんが、腹側被蓋野におけるグルコース利用率の改善により神経活動を賦活することで運動失調を改善すると考えられています。

脊髄小脳変性症の症状別薬物療法

脊髄小脳変性症は運動失調以外にも多様な症状を呈するため、症状に応じた薬物療法が重要です。

運動失調症状への治療

  • 歩行障害、四肢失調、構音障害に対してTRH製剤・TRH誘導体を使用
  • 症状の進行抑制と現状維持を目的として早期から治療開始が推奨される

錐体外路症状(パーキンソニズム)への治療

  • ドーパミン受容体刺激薬などの抗パーキンソン病薬を使用
  • 大脳基底核の運動調節障害により生じる不随意運動や運動の円滑性低下に対応

錐体路症状(痙縮)への治療

  • 筋弛緩薬により筋肉の突っ張りを和らげる
  • 大脳からの運動命令伝達経路の障害による運動麻痺に対処

自律神経症状への治療

  • 起立性低血圧:昇圧薬や血管収縮薬
  • 排尿障害:抗コリン薬や交感神経刺激薬
  • 発汗障害:症状に応じた対症療法

症状が多岐にわたるため、患者個々の症状パターンに応じた個別化された薬物療法が必要です。

脊髄小脳変性症の新薬開発状況

脊髄小脳変性症に対する根治療法は確立されておらず、新薬開発が活発に行われています。

ステムカイマル(幹細胞治療薬)

2025年4月に台湾での第II相臨床試験で良好な結果が報告されました。

  • SCA3型患者56名を対象としたランダム化二重盲検試験
  • ステムカイマル投与群でSARAスコアの上昇(悪化)が抑制
  • 一部患者でSARAスコア1点以上の改善も観察
  • 日本では独占的商業化ライセンス契約により開発中

L-アルギニン

SCA6型を対象とした第2相臨床試験が実施されました。

  • 日本国内5施設で40名の患者が参加
  • L-アルギニン群でSARA 0.96点改善、プラセボ群で0.56点悪化
  • 統計学的有意差は得られなかったものの(p=0.0582)、一定の効果を確認
  • より大規模な第3相試験が期待される

ロバチレリン(KPS-0373)

キッセイ薬品工業が開発中のTRH誘導体。

  • 塩野義製薬が創製した新規TRH誘導体
  • SARAスコアによる運動失調改善効果を検証
  • 2021年に製造販売承認申請を行ったが、2023年に一度取り下げ
  • 現在、追加の第III相臨床試験が実施中

これらの新薬候補は、従来の対症療法を超えた疾患進行抑制効果が期待されています。

脊髄小脳変性症薬の投与形態と特徴

脊髄小脳変性症患者は嚥下障害を合併することが多いため、投与形態の工夫が重要です。

経口薬の特徴

  • 通常錠剤:タルチレリン水和物(セレジスト錠5mg)
  • 口腔内崩壊錠:タルチレリン水和物(セレジストOD錠5mg)
  • 口の中で素早く溶解
  • 水なしでも服用可能
  • 嚥下障害患者の服薬コンプライアンス向上に寄与

注射薬の特徴

  • プロチレリン酒石酸水和物(ヒルトニン)
  • 静脈内投与が必要
  • 即効性があるが患者負担が大きい
  • 入院または外来での点滴治療

新規投与形態

  • ステムカイマル:静脈内投与による幹細胞治療
  • 3回の静脈内投与で実施
  • 長期間の効果持続が期待される

薬価設定も治療選択に影響し、セレジストOD錠5mgは1錠1178.90円と設定されています。患者の症状や生活状況に応じた投与形態の選択が治療継続の鍵となります。

脊髄小脳変性症薬の副作用と注意点

脊髄小脳変性症治療薬には重篤な副作用のリスクがあるため、慎重な管理が必要です。

TRH製剤・TRH誘導体の重大な副作用

  • 痙攣:突然の意識消失を伴う全身性痙攣
  • 悪性症候群:高熱、筋硬直、意識障害を呈する重篤な状態
  • 下垂体卒中:突然の激しい頭痛、視野障害
  • 肝機能障害・黄疸:定期的な肝機能検査が必要
  • ショック様症状:血圧低下、呼吸困難
  • 血小板減少:出血傾向の監視が重要

その他の副作用

  • 足のつっぱり感
  • めまい感
  • 消化器症状

L-アルギニンの安全性

第2相試験では治験薬の影響が否定できない重篤な有害事象が2例報告されました。

  • 肺炎1例(死亡)
  • 肝障害1例(改善)

ステムカイマルの安全性

日本での第II相臨床試験では全被験者において重篤な有害事象は認められず、良好な安全性プロファイルを示しています。

臨床現場での注意点

  • 投与前の詳細な問診と身体検査
  • 定期的な血液検査(肝機能、血小板数)
  • 患者・家族への副作用説明と緊急時対応の指導
  • 他剤との相互作用の確認

早期からの治療開始が推奨される一方で、副作用リスクを十分に評価した上での慎重な薬剤選択が求められます。

厚生労働省の特定疾患に指定されている脊髄小脳変性症は、日本で約3万人の患者が認定されており、継続的な薬物療法が必要な疾患です。現在の治療薬は主に症状進行の抑制を目的としていますが、新たな幹細胞治療薬や分子標的薬の開発により、将来的にはより根本的な治療法の確立が期待されています。

脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の詳細な治療薬情報
京都府難病相談・支援センターによる脊髄小脳変性症の詳細資料