脊椎脂肪腫の症状と治療法及び予防的手術

脊椎脂肪腫の症状と治療

脊椎脂肪腫の基本情報
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定義と発生機序

潜在性二分脊椎を代表する先天異常で、皮膚外胚葉と神経外胚葉の分離障害により発生します

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好発部位と症状

腰仙部に好発し、膀胱直腸障害や下肢障害などの神経症状を引き起こします

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治療アプローチ

外科的手術による脊髄係留解除と脂肪腫切除が基本的な治療法となります


脊椎脂肪腫は、潜在性二分脊椎を代表する先天性の異常(奇形)です。この疾患は皮膚外胚葉と神経外胚葉の分離障害によって発生し、皮下と連続した脂肪組織が脊椎管内に侵入することが特徴です。特に腰仙部に好発することが知られており、脂肪腫そのものによる脊髄圧迫や神経組織の牽引(脊髄係留)によって、さまざまな神経症状が出現します。
脊髄脂肪腫は大きく分けて、軟膜下脂肪腫、脊髄円錐部脂肪腫、脊髄終糸脂肪腫の3つに分類されます。特に脊髄円錐部脂肪腫はさらに詳細に分類され、脊髄脂肪髄膜瘤も含まれます。一般的には、脊髄脂肪腫という場合、脊髄円錐部脂肪腫および脊髄終糸脂肪腫を指すことが多いです。
医療従事者として、この疾患の理解を深めることは、早期発見・早期治療につながり、患者さんのQOL(生活の質)向上に大きく貢献します。

脊椎脂肪腫の臨床症状と皮膚所見

脊椎脂肪腫の症状は多岐にわたりますが、その95%以上が腰仙部に存在するため、主に下肢の運動感覚障害および膀胱直腸障害として現れます。発症時期は出生直後から成人期まで幅広く、脂肪腫の部位・種類・大きさによって大きく異なります。
皮膚症状は脊椎脂肪腫の重要な診断手がかりとなります。ほとんどの症例で何らかの皮膚異常を伴っており、代表的な症状としては以下のようなものがあります:

  • 脂肪による皮下腫瘤
  • 血管腫
  • 異常毛髪
  • 皮膚洞(皮膚の小さな穴)
  • 皮膚陥凹
  • 皮膚の突起

これらの皮膚症状は単独で現れることもありますが、複数の症状が同時に見られることも珍しくありません。例えば、皮下脂肪腫に血管腫を伴うケースなどが挙げられます。
下肢の運動感覚障害は脊椎脂肪腫患者の約1/2〜1/3に認められると言われています。具体的な症状としては:

  • 足関節内反
  • 下肢長の左右差
  • 足底サイズの左右差
  • 下肢難治性潰瘍形成
  • 側弯症
  • 歩容の変化
  • 下肢筋力低下
  • 疼痛

これらの症状により、患者さんは日常生活における運動障害を生じることになります。
膀胱直腸障害も重要な症状の一つで、神経因性膀胱が原因となって以下のような問題が生じます:

  • 繰り返す尿路感染
  • 排尿困難
  • 失禁
  • 尿管の拡張
  • 腎機能障害
  • 便秘

特に膀胱直腸障害は、一度出現すると他の症状と比較して改善の可能性が最も低いとされています。腎機能の温存は長期的な生命予後を占う上で非常に重要な要素となります。

脊椎脂肪腫の診断方法とMRI検査の重要性

脊椎脂肪腫の診断において、画像検査は非常に重要な役割を果たします。特にMRI(磁気共鳴画像)検査は、脊髄脂肪腫の診断に最も有用な検査方法です。
MRI検査では、脊髄腰仙部のT1およびT2強調画像において、皮下脂肪と同じ高信号域として脂肪腫を確認することができます。通常は皮下脂肪と連続していることが特徴ですが、稀に明らかな連続性が認められないケースもあります。
脊椎脂肪腫の診断に用いられる主な検査方法は以下の通りです:

  1. MRI検査:脂肪組織はT1強調画像で高信号、T2強調画像でも高信号として描出されます。脂肪腫の範囲や脊髄との関係を詳細に評価できます。
  2. 腰仙部脊椎3D再構成画像:脂肪腫の皮下脂肪層への連続部位に一致して、病的二分脊椎の存在を確認することができます。
  3. 身体所見:腰仙部から尾骨端にかけた体幹背側正中あるいは傍正中部に、前述したような皮膚病変を認めることが多いです。
  4. 整形外科的検査:下肢変形・足関節内反、足底長・下肢長の左右差、脊椎後側弯などを確認します。
  5. 泌尿器科検査:神経因性膀胱に一致した所見を呈することがあります。

MRI検査は非侵襲的で詳細な情報が得られるため、脊椎脂肪腫の診断において最も重要な検査と言えます。特に小児の場合、早期診断によって適切な治療介入のタイミングを決定することができ、将来的な神経障害の予防につながります。
また、MRIは術前評価としても重要で、脂肪腫の範囲や神経組織との関係を詳細に把握することで、手術計画の立案に役立ちます。定期的なMRI検査によるフォローアップも、病状の進行や治療効果の評価に不可欠です。

脊椎脂肪腫の外科的治療と術後管理

脊椎脂肪腫の治療において、外科手術は中心的な役割を果たします。手術の主な目的は、脊髄係留の解除と脊髄脂肪腫による脊髄圧迫の軽減(特に脊髄円錐部脂肪腫の場合)です。
外科的治療のアプローチは、脊髄脂肪腫の部位や病態に応じて異なります。一般的には、脊髄係留解除術および脊髄脂肪腫切除術が行われます。また、脊髄空洞症を合併している場合には、空洞くも膜下腔短絡術が追加されることもあります。
手術の具体的な流れとしては:

  1. 椎弓切除:脊髄へのアプローチのために椎弓を切除します
  2. 硬膜切開:脊髄脂肪腫へのアクセスのために硬膜を切開します
  3. 脂肪腫の識別と切除:神経組織を損傷しないよう慎重に脂肪腫を切除します
  4. 脊髄係留の解除:終糸の切断などにより脊髄の係留を解除します
  5. 硬膜形成術:切開した硬膜を適切に閉鎖します

手術の難易度は脂肪腫のタイプや大きさ、神経組織との関係によって異なります。特に脂肪腫と神経組織が複雑に絡み合っている場合は、神経機能を温存しながら手術を行うことが技術的に難しくなります。
術後管理においては、以下のような治療が必要となることがあります:

  • 排尿障害に対して:抗コリン剤投与や導尿が行われます。進行例では泌尿器科手術が必要になることもあります。
  • 排便障害に対して:内服薬、浣腸、洗腸などの保存的治療が中心となります。
  • 下肢関節変形に対して:装具療法が適応となりますが、進行の程度によっては整形外科手術が必要になることもあります。

手術のタイミングについては議論があり、症状が出現してからの手術(症候性脊髄脂肪腫)と、症状が出現する前の予防的手術(無症候性脊髄脂肪腫)の選択が重要です。近年の研究では、無症候性脊髄脂肪腫に対する早期の予防的手術が、将来的な神経障害の発生を減少させる可能性が示唆されています。

脊椎脂肪腫の予防的手術の有効性と長期予後

脊椎脂肪腫における予防的手術(無症候性脊髄脂肪腫に対する手術)の有効性については、長年議論が続いています。無症候性脊髄脂肪腫に対して予防的に手術を行うべきか、あるいは症状が出現するまで経過観察すべきかという問題は、脊椎脂肪腫の治療において重要な課題です。
日本では「COE-SB Top 7 Japan」と呼ばれる前方視的多施設共同調査が行われ、二分脊椎に伴う脊髄脂肪腫の自然歴と手術適応に関する研究が進められています。この研究では、2001年から2005年までの261症例の後方視的分析に基づいて、前方視的研究計画が立てられました。
無症候性脊髄脂肪腫の長期治療成績に関する研究によると、早期の予防的手術が将来的な神経症状の発生を減少させる可能性が示唆されています。特に、MRIによる画像診断を活用し、神経マッピング下に顕微鏡を使用した可及的多くの脂肪腫減量と係留解除・脂肪摘出術を行うアプローチが推奨されています。
予防的手術の有効性を支持する要因としては:

  1. 症状発現後の手術では、すでに生じた神経障害の回復が困難であること
  2. 特に膀胱直腸障害は一度発症すると改善の可能性が低いこと
  3. 小児期の手術は成人と比較して技術的に容易で、合併症のリスクが低いこと
  4. 早期の係留解除により、成長に伴う脊髄の牽引障害を予防できること

一方で、予防的手術に対する慎重な意見もあります:

  1. すべての無症候性脊髄脂肪腫が将来的に症状を発現するわけではないこと
  2. 手術自体にも合併症のリスクが伴うこと
  3. 特に脂肪腫と神経組織が複雑に絡み合っている場合、手術による神経損傷のリスクがあること

長期予後に関しては、手術時期や手術方法、脂肪腫のタイプなどによって異なります。一般的に、症状発現前の早期手術例では良好な長期予後が期待できますが、症状発現後の手術例では、特に膀胱直腸障害の改善率は低いとされています。
また、手術後も定期的なフォローアップが重要で、成長に伴う再係留のリスクや、残存脂肪腫の増大による症状再発の可能性があるため、長期的な経過観察が必要です。

脊椎脂肪腫と二分脊椎の関連性と鑑別診断

脊椎脂肪腫と二分脊椎は密接に関連していますが、すべての脊椎脂肪腫が二分脊椎を伴うわけではありません。この関連性と鑑別診断について理解することは、適切な治療方針の決定に重要です。
脊椎脂肪腫は一般的に潜在性二分脊椎を代表する先天異常として知られていますが、「二分脊椎を伴わない脊髄脂肪腫」も存在します。これは「True spinal lipoma」と呼ばれ、全脊髄脂肪腫の約1/3を占めるとされています。
二分脊椎を伴う脊髄脂肪腫と伴わない脊髄脂肪腫の特徴を比較すると:

特徴 二分脊椎を伴う脊髄脂肪腫 二分脊椎を伴わない脊髄脂肪腫
好発年齢 小児期 成人期(特に男性)
好発部位 腰仙部 胸椎、腰椎部
皮膚症状 高頻度 低頻度
発症様式 先天性 後天性の場合もある
症状 下肢障害、膀胱直腸障害 下肢しびれ感、排尿障害、歩行障害
罹病期間 様々 比較的長い

二分脊椎を伴わない脊髄脂肪腫(True spinal lipoma)の診断においては、MRIが最も有用です。CT、MRIにおいて脂肪と等信号の領域として描出されるため、診断は比較的容易です。治療としては、神経症状出現後早期に部分摘出術によって除圧を図ることが推奨されますが、罹病期間が長期に及ぶ場合は予後不良となることが多いです。
脊椎脂肪腫の鑑別診断としては、以下のような疾患が挙げられます:

  1. 脊髄髄膜瘤:神経組織を含む髄膜が脊椎管外に突出する疾患
  2. 脊髄係留症候群:脊髄終糸の肥厚や短縮により脊髄が尾側に牽引される状態
  3. 脊髄空洞症:脊髄内に空洞が形成される疾患
  4. **脊椎硬膜外脂